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ルイーズ2
再現
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それから数日は何事もなく過ぎた。
リンダには家政婦のグレイグ夫人経由で解雇を伝えたところ、あっさり納得して村に戻ったという。
アンはリンダの不在を気にすることもないから、実の母子とはいえ特別な絆はないのかもしれない。
――本当はリンダを正面切って問い詰めるべきなのかもしれない。
彼女が嘘を言っているのだとしたら。アンは本当に夫の子なのか。
わたしは自室のソファで編み物をしながら、でもふと気づけば手は止まり、考え事に耽ってしまう。わたしは臆病で、真実を知るのが怖い。
わたしが気が動顛して、夫に冤罪をかけたのだとしたら――
と、コネクティング・ドアが開いて、夫が顔を出す。
「ルイーズ、ちょっと」
呼ばれて仕方なく立ち上がる。……実はこのドアにはまだ、トラウマがある。
夫はドアのところに立ってわたしを呼び、そこから寝室を見て言った。
「その、例の事件の時の状況を教えて欲しい」
「……え、でも――」
本当は逃げ出したいくらい嫌だったけれど、彼はわたしの腕を掴んで引っ張り、ベッドを指さした。
「ここから、見たんだね? ちょうど時間は今ぐらい?」
「え……ええ……」
コネクティング・ドアから見れば、部屋の中央に鎮座する、大きな四本柱の天蓋ベッドはハッキリと見える。
「僕は体調が悪いと言って寝室に引っ込み――そういうことはよくあったの?」
「え……ええ。あなたはしょっちゅう、体調が悪いと言って。食べ物が合わないのかもとか、気候のせいかもしれないと……」
当時のわたしも周囲のものも、バークリーにいづらい言い訳だと思い、誰もまともに取り合わなかった。……きっと針の筵だったろう。
そんなことを思い出し、逡巡するわたしに構わずに、夫はわたしの腕を掴み、ベッドに歩み寄る。
「どんな風にしてた?」
「え? どんな風って?」
「僕の顔はわかった? 僕と女がここで寝ていたんだよね?」
思い出したくもなくて顔を背ければ、夫は靴を脱いでベッドに上る。
「ルイーズ、こっち来て」
「え……でも……きゃあ!」
夫はわたしをベッドに引きずり込むようにして、組み敷いて上から圧し掛かって見下ろす。
「こんな感じだった?」
至近距離に端麗な顔があって、わたしは慌てて首を振る。
「い、いいえ、違います!」
「じゃあ……こんな感じ?」
夫は起き上がるとわたしを軽々とひっくり返し、背後から圧し掛かるような体勢になる。ちょうど、数日前の夜のような。……あの時のことを思い出し、わたしが真っ赤になる。
「ち、違います! そうじゃなくて!」
「……正常位でも後背位でもないって……」
「その……わたしが見たのはリンダの背中で……あなたの、上に……」
「まさかの騎乗位!」
夫が片方しかない目を丸くする。
「ちょっと待って、じゃあ僕がこうなって、女は僕の上に跨っていたのか!」
夫はゴロリとベッドに横たわり、わたしに身体の上に跨るように言う。
「そんなことできません!」
「いいから!」
わたしは仕方なく夫の腹の上に乗る。
「もうちょっと後ろじゃないとヤれないよ」
夫はわたしを両足の間に挟み込むようにして、下から見上げる。
「その女は服を着ていたの?」
わたしは首を振る。
「裸で? ……そりゃあ、びっくりするね。あのドアからだと背中しか見えないだろうけど。……僕も裸だった?」
夫はコネクティング・ドアを指さしながら淡々と尋ねるが、わたしはあの時の衝撃を思い出して気分が悪くなってきた。
「さあ、……よく覚えて……」
口元を押さえて俯くわたしに気づき、夫が慌てて起き上がる。
「ああ、ごめん、嫌なことを思い出させてしまった。……でも、大事なことだ」
夫はその場からドアを指さして言う。
「白昼の明るい時刻に、ドア一枚隔てた部屋で、ってのがどうにも納得いかなくて」
「でも……あなた、昼間の庭で……」
わたしは王都のバークリー邸の迷宮での情事を思い出し、真っ赤になってそっぽを向くと、夫は「ああ」と思い出したように頭を掻いた。
「でも、あれは君が奥さんだからだよ。さすがに白昼堂々、メイドとヤらないと思うがなあ……」
夫はさらに言う。
「しかも用意万端裸になって騎乗位だなんて。その女、相当慣れてるよね。君だってまだ未体験じゃないか」
「それは……」
夫はわたしの、まだ膨らまないお腹に大きな手を当てて、にやりと笑った。
「正常位だとお腹を潰しちゃわないように、僕は気を付けてるんだけど、騎乗位なら安心だ。……今夜試してみる? それとも、今ここで……」
「な、ちょっと……やめっ……」
夫はわたしのうなじに手を回して、強引に唇を奪ってきて、わたしは慌てて身を捩った。その時。
廊下につながるドアが、激しくノックされた。
「旦那様、奥様!……大変です! アンお嬢様が……!」
普段、何事にも動じないはずのサンダースの動揺した声に、わたしたちは思わず顔を見合わせる。
「どうした、何があった」
夫が声をかければ、サンダースが慌てたように駆け込んできた。
「アンお嬢様が……誘拐されました!」
リンダには家政婦のグレイグ夫人経由で解雇を伝えたところ、あっさり納得して村に戻ったという。
アンはリンダの不在を気にすることもないから、実の母子とはいえ特別な絆はないのかもしれない。
――本当はリンダを正面切って問い詰めるべきなのかもしれない。
彼女が嘘を言っているのだとしたら。アンは本当に夫の子なのか。
わたしは自室のソファで編み物をしながら、でもふと気づけば手は止まり、考え事に耽ってしまう。わたしは臆病で、真実を知るのが怖い。
わたしが気が動顛して、夫に冤罪をかけたのだとしたら――
と、コネクティング・ドアが開いて、夫が顔を出す。
「ルイーズ、ちょっと」
呼ばれて仕方なく立ち上がる。……実はこのドアにはまだ、トラウマがある。
夫はドアのところに立ってわたしを呼び、そこから寝室を見て言った。
「その、例の事件の時の状況を教えて欲しい」
「……え、でも――」
本当は逃げ出したいくらい嫌だったけれど、彼はわたしの腕を掴んで引っ張り、ベッドを指さした。
「ここから、見たんだね? ちょうど時間は今ぐらい?」
「え……ええ……」
コネクティング・ドアから見れば、部屋の中央に鎮座する、大きな四本柱の天蓋ベッドはハッキリと見える。
「僕は体調が悪いと言って寝室に引っ込み――そういうことはよくあったの?」
「え……ええ。あなたはしょっちゅう、体調が悪いと言って。食べ物が合わないのかもとか、気候のせいかもしれないと……」
当時のわたしも周囲のものも、バークリーにいづらい言い訳だと思い、誰もまともに取り合わなかった。……きっと針の筵だったろう。
そんなことを思い出し、逡巡するわたしに構わずに、夫はわたしの腕を掴み、ベッドに歩み寄る。
「どんな風にしてた?」
「え? どんな風って?」
「僕の顔はわかった? 僕と女がここで寝ていたんだよね?」
思い出したくもなくて顔を背ければ、夫は靴を脱いでベッドに上る。
「ルイーズ、こっち来て」
「え……でも……きゃあ!」
夫はわたしをベッドに引きずり込むようにして、組み敷いて上から圧し掛かって見下ろす。
「こんな感じだった?」
至近距離に端麗な顔があって、わたしは慌てて首を振る。
「い、いいえ、違います!」
「じゃあ……こんな感じ?」
夫は起き上がるとわたしを軽々とひっくり返し、背後から圧し掛かるような体勢になる。ちょうど、数日前の夜のような。……あの時のことを思い出し、わたしが真っ赤になる。
「ち、違います! そうじゃなくて!」
「……正常位でも後背位でもないって……」
「その……わたしが見たのはリンダの背中で……あなたの、上に……」
「まさかの騎乗位!」
夫が片方しかない目を丸くする。
「ちょっと待って、じゃあ僕がこうなって、女は僕の上に跨っていたのか!」
夫はゴロリとベッドに横たわり、わたしに身体の上に跨るように言う。
「そんなことできません!」
「いいから!」
わたしは仕方なく夫の腹の上に乗る。
「もうちょっと後ろじゃないとヤれないよ」
夫はわたしを両足の間に挟み込むようにして、下から見上げる。
「その女は服を着ていたの?」
わたしは首を振る。
「裸で? ……そりゃあ、びっくりするね。あのドアからだと背中しか見えないだろうけど。……僕も裸だった?」
夫はコネクティング・ドアを指さしながら淡々と尋ねるが、わたしはあの時の衝撃を思い出して気分が悪くなってきた。
「さあ、……よく覚えて……」
口元を押さえて俯くわたしに気づき、夫が慌てて起き上がる。
「ああ、ごめん、嫌なことを思い出させてしまった。……でも、大事なことだ」
夫はその場からドアを指さして言う。
「白昼の明るい時刻に、ドア一枚隔てた部屋で、ってのがどうにも納得いかなくて」
「でも……あなた、昼間の庭で……」
わたしは王都のバークリー邸の迷宮での情事を思い出し、真っ赤になってそっぽを向くと、夫は「ああ」と思い出したように頭を掻いた。
「でも、あれは君が奥さんだからだよ。さすがに白昼堂々、メイドとヤらないと思うがなあ……」
夫はさらに言う。
「しかも用意万端裸になって騎乗位だなんて。その女、相当慣れてるよね。君だってまだ未体験じゃないか」
「それは……」
夫はわたしの、まだ膨らまないお腹に大きな手を当てて、にやりと笑った。
「正常位だとお腹を潰しちゃわないように、僕は気を付けてるんだけど、騎乗位なら安心だ。……今夜試してみる? それとも、今ここで……」
「な、ちょっと……やめっ……」
夫はわたしのうなじに手を回して、強引に唇を奪ってきて、わたしは慌てて身を捩った。その時。
廊下につながるドアが、激しくノックされた。
「旦那様、奥様!……大変です! アンお嬢様が……!」
普段、何事にも動じないはずのサンダースの動揺した声に、わたしたちは思わず顔を見合わせる。
「どうした、何があった」
夫が声をかければ、サンダースが慌てたように駆け込んできた。
「アンお嬢様が……誘拐されました!」
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