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ユージーン2

マデリーンとの再会

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 甘ったるい声と、男は皆、自分に夢中になると信じて疑わない、妙な自信と。
 全く憶えていないが、かつての僕ならあっさり騙されて夢中になったかもしれない。少なくとも容姿はルイーズともよく似ていて美しい。つまりは僕好みなのだ。

 僕はリンダに手を付けた、というのは全く信じられないし、正直何かの間違いだと思いたいのだが、マデリーンならしょうがないなと納得する程度には美女。ただし、僕は清楚系なルイーズの方がより好みだ。……少なくとも今は。

 だが昔の僕はマデリーンに夢中で、ルイーズを蔑ろにしていた。
 
「お久しぶりね、ルイーズ。……それから、ジーン?」

 わざわざ僕を愛称で呼んで親しさをアピールするあたり、性格悪いな、この女。これに夢中だった僕もたいがい、頭が悪い。ルイーズははっきりわかるほどに凍り付いているし、ここは関わらない方がいいと、僕はルイーズの腰を抱いてその場を離れようとした。
 
 だが、マデリーンに呼び止められ、さらに「せっかく夫が死んだのに」などと口走られ、僕はため息をつくのを咄嗟に堪える。誰が聞いているかわからない場所で、やめてくれよ。
 
 少し冷たく言い捨てて強引にその場を離れたが、マデリーンの不謹慎発言は当然ながらオズワルドの耳にも入っていた。

「頭がおかしいんじゃないか?」

 オズワルドが言うが、あれと付き合っていた僕こそ頭がおかしい。
 
「僕が出征した後に、ルイーズにも変なことを言いに来たそうだよ? 僕が出征したのは、手柄を立てて彼女との結婚を陛下にお許しいただくためだって。常識で考えてもあり得ないと思うけど」

 僕の意見にオズワルドも頷く。

「そんな非常識なお願いをしたら、陛下に大激怒されるに違いない。あり得んだろ」

 ルイーズが僕に抱く疑いが、少しでもなくなればいいと思う。そこから僕は、ゴルボーン・ハウスの机の中から出てきた、マデリーンと思われる相手からの手紙のことを話しておいた。……あとでひょっこり発見されて、ルイーズに疑われても困る。戦争前はともかく、戦地から戻ってからはマデリーンとは没交渉であることだけは、念を押しておかなくては。

 オズワルドはあの忌々しい医者のことを妙に気にしていたけれど、僕は体調の悪そうなルイーズが心配で、よく聞いていなかった。何とか理由をつけて退出させた方がいいかもしれない。そんな風に思っていたが、ルイーズが化粧室に行くと言って座を外し、しばらく姿が見えなくなってしまった。

「……どうした、ユージーン」
「ルイーズが化粧室に行ったまま戻ってこない。……吐いてるかもしれない」
「……体調が悪いのか?」
「その……たぶん、アレだよ」
「アレ?」

 僕は察しの悪いオズワルドにイラつきながら、耳元で言った。

「妊娠してるかもしれない」
「!」

 オズワルドがハッとして目を見開く。

「医者にはまだ――」
「気づいたのはついさっきで……この忌々しい夜会さえなければ、すぐに医者に診せて、バークリーに帰ったのに」

 僕がイライラと唇を噛む。

「……化粧室じゃあ、様子を見に行くわけにもいかんな。それに――」

 オズワルドが言う。

「さっきから、マデリーンもいないぞ?」
「なんだって?」

 たしかに、あの目立つ喪服姿が見当たらない。僕は舌打ちした。

「ルイーズが僕を信じられないというのは仕方ない。でも、あんな女にいろいろ言われて、ルイーズが振り回されるのは我慢ならない」

 だが、やがてホールの隅にルイーズの姿を見つけ、僕は人波をかき分けて近づく。

「ルイーズ! どこに行っていたの?」

 ルイーズは蒼白な顔をさっとレースの扇で隠し、俯いた。

「その……ちょっと……はばかりに……」
「気分が悪いのじゃないの、ひどい顔色だ」

 僕はもう、強引に彼女を退出させてしまおうと考えて、ふと思いつく。

 ルイーズの妊娠こそ、待ち望まれている。なら、その可能性を告げれば、うるさ型のおば様連中もルイーズを守ろうとするだろう。――僕は戸惑うルイーズをよそに、コンスタンス叔母様と母上の了解を取り付け、ルイーズを寝室に連れ出すことに成功した。

 実際、ルイーズの体調は悪そうだった。……無理もない。ただでさえキツくコルセットで締め上げて、女主人として緊張を強いられている。さらにあの、得体のしれないマデリーンまで。本当は僕も夜会など切り上げてしまいたかったが、今日は僕の封爵のお披露目だ。さすがに僕が抜けるのはまずい。

 僕はルイーズにキスをすると、後ろ髪を引かれる思いで会場に戻った。
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