上 下
60 / 106
ルイーズ

甘い泥沼*

しおりを挟む
 気持ち悪い。吐きそう。

 わたしは起き上がり、ベッドから出ようとしたけれど、間に合わずに吐いてしまった。慌ててベッドサイドの紐を引いて鈴を鳴らす。
 立ち込める吐瀉物の臭いに、さらに気分が悪くなる。

 と、コネクティング・ドアが開き、夫が入ってきて、驚いて駆け寄ってきた。

「ルイーズ、大丈夫!」

 夫は夜会服の上着とウェストコートを脱ぎ、タイも、カラーも外していた。……着替えの途中だったらしい。

 夫は窓際のスタンドから洗面器を持ってきて、わたしにあてがう。

「まだ吐きそう? ごめん、一人にするんじゃなかった!」

 ポケットからハンカチを取り出し、わたしの口元を拭い、水を飲むか聞いてくるが、実のところ、今は夫の顔を見たくない気分だった。

 こみ上げるまま、もう一度洗面器に吐き出すが、胃液のような酸っぱいものが出るだけ。
 鈴に呼ばれて、ジュリーが駆けつけてくる。

「お嬢様!」

 夫は吐瀉物で汚れた上掛けを避け、わたしをベッドから横抱きにして、言った。

「今夜は僕の部屋で寝かせる。着替えを僕の部屋に持ってきて。それとここを片付けてくれるか?」
「承知しました」

 そのまま夫の部屋に運ばれ、部屋の中央のベッドに寝かされる。ゴルボーン・ハウスのものと違い、天井から天蓋を吊って、四本柱はない。

 すぐにジュリーが替えの寝間着を持ってきて着替えさせようとするのを、夫が追い払い、二人きりになる。

「お湯がないから冷たいけど我慢して」

 夫は水で絞ったリネンでわたしの顔を拭い、汚れた寝間着のボタンを外し、するりと脱がしてしまう。

「や……」
「いいから、すぐに済む」

 寝間着の下は下着一枚身に着けていない。恥ずかしくて身を捩るわたしの、胸元と首筋を拭う。そうして突然、圧し掛かってキスをした。お酒の臭いに思わずぎゅっと目をつぶる。

「んん……」

 首を振って逃れれば、夫が裸のわたしを抱きしめて熱っぽく囁く。

「今夜は我慢するつもりだったけど、ルイーズが可愛くて我慢できそうもない」
「や……」
「待ってて、灯りを消してくる」

 夫はいったんベッドを離れ、部屋の灯りを落としてベッドサイドのランプだけにした。
 ぼんやりとした薄暗い部屋で、夫が服を脱ぐ気配がする。

 いやだ。マデリーンからあんな話を聞いた後で、夫に抱かれたくない。絶対に考えてしまう。

 ――マデリーンも、こんな風に抱いたのかって。

 なのに夫は裸でベッドに入ってくると、容赦なくわたしを組み敷いて、大きな手が体中を這いまわり、唇が肌をついばむ。

「や……やだ……」
「ルイーズ、少しだけ……気分が悪くなったら言って。やめるから……」

 耳元で囁かれる息が熱く、酒精の臭いがする。……酔っているのだ。

「ルイーズ、愛してる……可愛い……」

 夫の指が脚の間をまさぐり、秘裂を割って侵入してくる。そのまま敏感な場所を慣れた手つきで嬲られ、いつもの快感が襲ってきて抵抗できなくなってしまう。

「あ……だめ……」
「ルイーズ、ルイーズ……」

 巧みな指に快楽の鍵を開けられ、わたしの秘所はすぐに潤い、淫靡な水音を立て始める。腰が勝手に揺れて、彼を受け入れる準備を整えてしまう。

「あっ……ああっ……」
「我慢できない、ルイーズ……」 

 いつもより性急に熱杭が蜜口に当たり、ゆっくりと分け入ってくる。あっさりと受け入れてしまう自分の身体が恨めしいのに、快楽の予感にわたしは抵抗できなかった。

「くっ……い……最高だよ、ルイーズ……」
「う……ああっ……やあっ……」

 ずぶずぶと深く穿たれて、彼が真上からわたしを見下ろす。ほの暗いランプの光に照らされた、美しい半面が快楽に歪んでいる。潰れた左目と焼け爛れた額は陰になって見えない。

 彼が体を揺すぶり、わたしの内部が快感にうねる。彼の荒い息遣いと、わたしのこらえきれない嬌声が絡まり合う。

「はっ……はあっ、はあっ、ルイーズ、ルイーズ……君だけだ……」
「ああっ、あっ、あっ……ああっ……」

『愛しているのはわたしだけって、彼は何度も情熱的に――』

 ああこうやって、彼はマデリーンも抱いたのだ。何度も、愛を囁いて――
 マデリーンと愛し合った時の彼は、左半面も美しいままだったろう。わたしは手を伸ばし、彼の焼け爛れた左目に触れた。

 夫の右目が快楽に潤み、ランプの光を弾いて煌めく。

「ルイーズ、愛してる……」

 夫の動きと息遣いは激しさを増し、わたしはただ、為すすべもなく翻弄される。
 辛い、悔しい、いっそ、こんな男は捨ててしまいたい。なのに――

「あっああっ……あ……ああっ……」

 身体だけは否応なく高みに上り詰め、快楽の波にもまれて幾度も絶頂に連れ去られる。こんな甘く苦しい泥沼も、灼けつくような快楽の地獄も、知らないままならよかったのに。

「……ぁあああっ……ア――――っ」

 わたしの中ではじける彼の熱い滾りも、何もかも――知らないままなら――

しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】それぞれの贖罪

夢見 歩
恋愛
タグにネタバレがありますが、 作品への先入観を無くすために あらすじは書きません。 頭を空っぽにしてから 読んで頂けると嬉しいです。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...