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ルイーズ
甘い泥沼*
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気持ち悪い。吐きそう。
わたしは起き上がり、ベッドから出ようとしたけれど、間に合わずに吐いてしまった。慌ててベッドサイドの紐を引いて鈴を鳴らす。
立ち込める吐瀉物の臭いに、さらに気分が悪くなる。
と、コネクティング・ドアが開き、夫が入ってきて、驚いて駆け寄ってきた。
「ルイーズ、大丈夫!」
夫は夜会服の上着とウェストコートを脱ぎ、タイも、カラーも外していた。……着替えの途中だったらしい。
夫は窓際のスタンドから洗面器を持ってきて、わたしにあてがう。
「まだ吐きそう? ごめん、一人にするんじゃなかった!」
ポケットからハンカチを取り出し、わたしの口元を拭い、水を飲むか聞いてくるが、実のところ、今は夫の顔を見たくない気分だった。
こみ上げるまま、もう一度洗面器に吐き出すが、胃液のような酸っぱいものが出るだけ。
鈴に呼ばれて、ジュリーが駆けつけてくる。
「お嬢様!」
夫は吐瀉物で汚れた上掛けを避け、わたしをベッドから横抱きにして、言った。
「今夜は僕の部屋で寝かせる。着替えを僕の部屋に持ってきて。それとここを片付けてくれるか?」
「承知しました」
そのまま夫の部屋に運ばれ、部屋の中央のベッドに寝かされる。ゴルボーン・ハウスのものと違い、天井から天蓋を吊って、四本柱はない。
すぐにジュリーが替えの寝間着を持ってきて着替えさせようとするのを、夫が追い払い、二人きりになる。
「お湯がないから冷たいけど我慢して」
夫は水で絞ったリネンでわたしの顔を拭い、汚れた寝間着のボタンを外し、するりと脱がしてしまう。
「や……」
「いいから、すぐに済む」
寝間着の下は下着一枚身に着けていない。恥ずかしくて身を捩るわたしの、胸元と首筋を拭う。そうして突然、圧し掛かってキスをした。お酒の臭いに思わずぎゅっと目をつぶる。
「んん……」
首を振って逃れれば、夫が裸のわたしを抱きしめて熱っぽく囁く。
「今夜は我慢するつもりだったけど、ルイーズが可愛くて我慢できそうもない」
「や……」
「待ってて、灯りを消してくる」
夫はいったんベッドを離れ、部屋の灯りを落としてベッドサイドのランプだけにした。
ぼんやりとした薄暗い部屋で、夫が服を脱ぐ気配がする。
いやだ。マデリーンからあんな話を聞いた後で、夫に抱かれたくない。絶対に考えてしまう。
――マデリーンも、こんな風に抱いたのかって。
なのに夫は裸でベッドに入ってくると、容赦なくわたしを組み敷いて、大きな手が体中を這いまわり、唇が肌をついばむ。
「や……やだ……」
「ルイーズ、少しだけ……気分が悪くなったら言って。やめるから……」
耳元で囁かれる息が熱く、酒精の臭いがする。……酔っているのだ。
「ルイーズ、愛してる……可愛い……」
夫の指が脚の間をまさぐり、秘裂を割って侵入してくる。そのまま敏感な場所を慣れた手つきで嬲られ、いつもの快感が襲ってきて抵抗できなくなってしまう。
「あ……だめ……」
「ルイーズ、ルイーズ……」
巧みな指に快楽の鍵を開けられ、わたしの秘所はすぐに潤い、淫靡な水音を立て始める。腰が勝手に揺れて、彼を受け入れる準備を整えてしまう。
「あっ……ああっ……」
「我慢できない、ルイーズ……」
いつもより性急に熱杭が蜜口に当たり、ゆっくりと分け入ってくる。あっさりと受け入れてしまう自分の身体が恨めしいのに、快楽の予感にわたしは抵抗できなかった。
「くっ……悦い……最高だよ、ルイーズ……」
「う……ああっ……やあっ……」
ずぶずぶと深く穿たれて、彼が真上からわたしを見下ろす。ほの暗いランプの光に照らされた、美しい半面が快楽に歪んでいる。潰れた左目と焼け爛れた額は陰になって見えない。
彼が体を揺すぶり、わたしの内部が快感にうねる。彼の荒い息遣いと、わたしのこらえきれない嬌声が絡まり合う。
「はっ……はあっ、はあっ、ルイーズ、ルイーズ……君だけだ……」
「ああっ、あっ、あっ……ああっ……」
『愛しているのはわたしだけって、彼は何度も情熱的に――』
ああこうやって、彼はマデリーンも抱いたのだ。何度も、愛を囁いて――
マデリーンと愛し合った時の彼は、左半面も美しいままだったろう。わたしは手を伸ばし、彼の焼け爛れた左目に触れた。
夫の右目が快楽に潤み、ランプの光を弾いて煌めく。
「ルイーズ、愛してる……」
夫の動きと息遣いは激しさを増し、わたしはただ、為すすべもなく翻弄される。
辛い、悔しい、いっそ、こんな男は捨ててしまいたい。なのに――
「あっああっ……あ……ああっ……」
身体だけは否応なく高みに上り詰め、快楽の波にもまれて幾度も絶頂に連れ去られる。こんな甘く苦しい泥沼も、灼けつくような快楽の地獄も、知らないままならよかったのに。
「……ぁあああっ……ア――――っ」
わたしの中ではじける彼の熱い滾りも、何もかも――知らないままなら――
わたしは起き上がり、ベッドから出ようとしたけれど、間に合わずに吐いてしまった。慌ててベッドサイドの紐を引いて鈴を鳴らす。
立ち込める吐瀉物の臭いに、さらに気分が悪くなる。
と、コネクティング・ドアが開き、夫が入ってきて、驚いて駆け寄ってきた。
「ルイーズ、大丈夫!」
夫は夜会服の上着とウェストコートを脱ぎ、タイも、カラーも外していた。……着替えの途中だったらしい。
夫は窓際のスタンドから洗面器を持ってきて、わたしにあてがう。
「まだ吐きそう? ごめん、一人にするんじゃなかった!」
ポケットからハンカチを取り出し、わたしの口元を拭い、水を飲むか聞いてくるが、実のところ、今は夫の顔を見たくない気分だった。
こみ上げるまま、もう一度洗面器に吐き出すが、胃液のような酸っぱいものが出るだけ。
鈴に呼ばれて、ジュリーが駆けつけてくる。
「お嬢様!」
夫は吐瀉物で汚れた上掛けを避け、わたしをベッドから横抱きにして、言った。
「今夜は僕の部屋で寝かせる。着替えを僕の部屋に持ってきて。それとここを片付けてくれるか?」
「承知しました」
そのまま夫の部屋に運ばれ、部屋の中央のベッドに寝かされる。ゴルボーン・ハウスのものと違い、天井から天蓋を吊って、四本柱はない。
すぐにジュリーが替えの寝間着を持ってきて着替えさせようとするのを、夫が追い払い、二人きりになる。
「お湯がないから冷たいけど我慢して」
夫は水で絞ったリネンでわたしの顔を拭い、汚れた寝間着のボタンを外し、するりと脱がしてしまう。
「や……」
「いいから、すぐに済む」
寝間着の下は下着一枚身に着けていない。恥ずかしくて身を捩るわたしの、胸元と首筋を拭う。そうして突然、圧し掛かってキスをした。お酒の臭いに思わずぎゅっと目をつぶる。
「んん……」
首を振って逃れれば、夫が裸のわたしを抱きしめて熱っぽく囁く。
「今夜は我慢するつもりだったけど、ルイーズが可愛くて我慢できそうもない」
「や……」
「待ってて、灯りを消してくる」
夫はいったんベッドを離れ、部屋の灯りを落としてベッドサイドのランプだけにした。
ぼんやりとした薄暗い部屋で、夫が服を脱ぐ気配がする。
いやだ。マデリーンからあんな話を聞いた後で、夫に抱かれたくない。絶対に考えてしまう。
――マデリーンも、こんな風に抱いたのかって。
なのに夫は裸でベッドに入ってくると、容赦なくわたしを組み敷いて、大きな手が体中を這いまわり、唇が肌をついばむ。
「や……やだ……」
「ルイーズ、少しだけ……気分が悪くなったら言って。やめるから……」
耳元で囁かれる息が熱く、酒精の臭いがする。……酔っているのだ。
「ルイーズ、愛してる……可愛い……」
夫の指が脚の間をまさぐり、秘裂を割って侵入してくる。そのまま敏感な場所を慣れた手つきで嬲られ、いつもの快感が襲ってきて抵抗できなくなってしまう。
「あ……だめ……」
「ルイーズ、ルイーズ……」
巧みな指に快楽の鍵を開けられ、わたしの秘所はすぐに潤い、淫靡な水音を立て始める。腰が勝手に揺れて、彼を受け入れる準備を整えてしまう。
「あっ……ああっ……」
「我慢できない、ルイーズ……」
いつもより性急に熱杭が蜜口に当たり、ゆっくりと分け入ってくる。あっさりと受け入れてしまう自分の身体が恨めしいのに、快楽の予感にわたしは抵抗できなかった。
「くっ……悦い……最高だよ、ルイーズ……」
「う……ああっ……やあっ……」
ずぶずぶと深く穿たれて、彼が真上からわたしを見下ろす。ほの暗いランプの光に照らされた、美しい半面が快楽に歪んでいる。潰れた左目と焼け爛れた額は陰になって見えない。
彼が体を揺すぶり、わたしの内部が快感にうねる。彼の荒い息遣いと、わたしのこらえきれない嬌声が絡まり合う。
「はっ……はあっ、はあっ、ルイーズ、ルイーズ……君だけだ……」
「ああっ、あっ、あっ……ああっ……」
『愛しているのはわたしだけって、彼は何度も情熱的に――』
ああこうやって、彼はマデリーンも抱いたのだ。何度も、愛を囁いて――
マデリーンと愛し合った時の彼は、左半面も美しいままだったろう。わたしは手を伸ばし、彼の焼け爛れた左目に触れた。
夫の右目が快楽に潤み、ランプの光を弾いて煌めく。
「ルイーズ、愛してる……」
夫の動きと息遣いは激しさを増し、わたしはただ、為すすべもなく翻弄される。
辛い、悔しい、いっそ、こんな男は捨ててしまいたい。なのに――
「あっああっ……あ……ああっ……」
身体だけは否応なく高みに上り詰め、快楽の波にもまれて幾度も絶頂に連れ去られる。こんな甘く苦しい泥沼も、灼けつくような快楽の地獄も、知らないままならよかったのに。
「……ぁあああっ……ア――――っ」
わたしの中ではじける彼の熱い滾りも、何もかも――知らないままなら――
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