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ルイーズ

夜会

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 それから夜会当日まで、わたしたちは招待客のリストと貴族年鑑を首っ引きで予習させられた。
 ずっと領地に籠り切りだったわたしと、以前の記憶を全部忘れた夫。わたしたちのやり取りを耳にして、さすがにコンスタンス叔母様がおかしいと気づいた。

「ユージーン卿は王都に友人も多いのでしょう? いくら三年のブランクがあるにしても、忘れすぎではないの?」
「それが……目をやられた時に頭も強く打っていて、記憶に混乱があるんです。特に友人あたりがゴソっと抜けてしまっていて……名前と顔が一致しないのです」
「んまあああ!」
 
 コンスタンス叔母様が扇で顔を隠して大げさに驚く。

「あまり大っぴらにできないと、母から釘を刺されていて……」
「そりゃあ、そうよねぇ! そんなみっともない話、大っぴらにできるわけないわ! でも大丈夫なの?」
「……とりあえずは、ボロを出さない程度になんとか――」

 叔母様は少し考えて、言った。

「わかったわ、あんたたち夫婦は挨拶まわりはしなくていいわ。とにかく一晩だけ、夜会さえ乗り切ればいいんだから。後はあたくしと、オスカーで何とかするわ」
「……すみません叔母様」

 役に立たない夫婦であるわたしたちは、顔を見合わせてこっそり、肩を竦めた。



 そうして、夜会当日の夜になった。

 今夜のドレスは白に近い生成りのもの。光沢のある地紋を散らした生地に、細かいビーズ刺繍を施し、黒いベルベットのリボンがアクセントになっている。やはり背中にボリュームを持たせたバッスル・スタイル。首元には黒いビーズ刺繍のチョーカー。髪は上半分を結って、半分は緩く編んで背中にかかる程度でまとめている。プラチナ・ブロンドに黒と白の天鵞絨のリボンと真珠とアメジストをあしらった髪飾り。黒いレースの扇に、手袋もまた黒いレースのもの。ところどころ、真珠の凝った装飾がついている。

「今夜も素敵だ、ルイーズ」

 夫が向きを変えたり、矯めつ眇めつしてわたしを点検する。

「当たり前です! お嬢様はいつもお美しいんですから!」

 凝った髪型に結い上げ、化粧の最後の仕上げをしながら、メイドのジュリーがフンと鼻を鳴らす。夫も今日は黒のテールコートにホワイト・タイ、白いウエストコート。左側半面を黒い仮面で覆っている。

「お客様はもう、いらっしゃってる?」
「続々と集まっているよ。カーター夫人ももう来ているみたい。……議会関係のオジサンたちも、たくさんね」
「お父様とコンスタンス叔母様にお任せするしかないわね……」

 わたしはため息をつく。……さっきから、ぎゅうぎゅうにコルセットで締め上げられているから、苦しいし胸がムカムカする。

「顔色がよくないね、大丈夫?」
「コルセットが苦しいの……」
「無理はしないで」
   
 夫がテーブルの上に積んである、砂糖菓子ドラジェを一つ摘まんで、わたしの口に差し出す。

「少しは食べておいたら」
「でも……」

 が、それを口に含んだ瞬間、急激な吐き気がこみ上げていた。

「ううっ……」
「ルイーズ?」

 なんとか吐き気を堪え、ジュリーの差し出す水を飲む。

「もう! そんなもの食べさせるから! お嬢様、しっかりしてください!」
「ごめん、そんなつもりは……」
「……もう、大丈夫だから……」
 
 わたしはもう一口水を飲み、言った。

「なんだか食べ物を見ると気持ち悪くなるの。……緊張してるのね……」
「ルイーズ、それってもしかして……」

 が、その時、従僕のハワード・サンダースがわたしたちを広間に呼びに来た。

 ――本日最も身分の高い客人である、王弟、マールバラ公爵ご夫妻に、嫡男のブラックウェル伯爵オズワルド卿がご到着なさったから。

 夫はわたしの手を取って言う。

「ルイーズ、無理しないで。気分が悪くなったらすぐに休んでいいから」
「え、ええ……」

 広間につながる中央の大階段を二人で降りながら、夫が囁く。

「本当にきれいだ、ルイーズ」
「あ、ありがとう……あなたも素敵よ?」

 ――仮面をつけると美男子度が三割は上がって、さぞご婦人がたが騒ぎそう。

「ジーンって呼んでよ、ルイーズ。仲良さをアピールしないと」
「……わかったわ……ジーン」

 シャンデリアに照らされ、蝋燭がともされ、銀器と生花で飾られたわがバークリー邸。客人に挨拶を振りまき、怪我からの回復と叙勲を寿ことほがれ、それに無難に返して。

 夫がオズワルド卿と何か話し込んでいるとき、鈴を振るような声で名を呼ばれ、わたしはハッと顔を上げた。
 
「久しぶりね、ルイーズ……二年、三年ぶりかしら? ジーンも」 

 黒い喪服を着ているのに、その場の誰よりも美しいマデリーンが、嫣然と微笑んで立っていた。
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