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ルイーズ

夜明けの情事*

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 夜明けに目を覚ますと、夫の腕の中に絡め取られていた。
 身じろぎすると、夫も気づいて目を覚ました。

「ルイーズ……?」

 腕から抜け出そうとするのを夫に抑え込まれ、体勢を変えて圧し掛かられる。少し開いたカーテンから朝の光が差し込み、夫の秀麗な右半面を照らす。黒髪の隙間から、右目が金色に光った。

 ――かつて、整いすぎるほどの美貌を遠くから眺めるだけだった時は、知らなかった。洗練され、作り物めいた笑顔を周囲の人にだけ向け、わたしの前では不機嫌そうだった。

「ルイーズ、もう一回したい……」
「もう、明るいからいや」
「明るいところでしたいんだよ。朝の光の中で君を抱きたい」
「だめ、恥ずかしい……」

 でもこうなった時のこの人はひどく我儘で、言い出したら聞かないことを、この数か月でわたしは嫌というほど知った。――結局、流されてしまう自分の弱さも。
 
 夫は昨夜の残滓をありありと示す明るい寝台の上で、わたしの脚の間に早くも猛った灼熱を突き立てる。

「ああっ……だめ……」
「ルイーズ、君のだめはイイってことだって、僕はもう知っているよ? ホラ、もう自分から僕を飲み込んでいく」
「んんっ……ああっ……だめ、だめ、なのに……」

 夫はゆっくりとわたしを奥まで貫くと、顔の横に手をついて体重をかけないようにして、微笑んで顔を近づけ、唇を塞ぐ。角度を変え、舌を絡め、歯列の上をなぞられ、二か所からの甘い刺激に耐えられなくて、わたしは夫の裸の肩に両腕で縋り付く。
 しばらく唇を貪られてから、夫が唇を離す。唾液が糸を引いて、恥ずかしくて顔を背けるわたしを、彼が喉の奥で笑った。

「だめって言いながら、すごく感じてる……中も、すごいよ……」
「んん……だめっ……」

 ゆるゆると腰を揺らしながら、彼の一つしかない金色の瞳がわたしを見下ろしてくる。

「どうしてだめなの……ルイーズ?」
「だって……昔のあなたと、ぜんぜん、違う……」
「ルイーズ……」

 朝の光の中に浮かび上がる夫の姿は、崩れた左半面すら神話の世界を描いた巨匠の絵画のように美しかった。わたしは右手を伸ばし、彼の左の目を覆うケロイドに触れた。

「……記憶を取り戻したら、昔のあなたに戻ってしまうんじゃないかって……」
「ルイーズ」

 夫がわたしの右手を、左手で掴む。

「……僕は悪魔にこの半面を売り渡して、君の元に帰ってきた。僕はもう、昔には戻らない。信じて……ルイーズ」

 彼はわたしの白い両胸に顔を埋め、囁く。

「こんなに美しい君に、僕は相応しくないかもしれない。でも……もう手放すことはできない。愛してる、ルイーズ……」

 頂点の尖りを執拗に唇で弄ばれて、わたしの中が疼いて彼を締め付ける。彼の腕がわたしの背中を掻き抱き、骨が折れるほどに抱きしめられる。

 愛されているのだと、思う。
 ――少なくとも、今、この時は。

 次第に激しくなる彼の動きに翻弄され、わたしは朝日に照らされたベッドの上で幾度も絶頂を迎え、彼もまた、わたしの中で果てた。



 わたしたちが次に目を覚ましたのは、もう日も高くなってから。
 遅く起きだしたわたしたちに、父は複雑そうな表情を隠さない。

「コンスタンス叔母様が、今日、こちらに着く」
「コンスタンス叔母様が?」

 コンスタンス叔母様は祖父の年の離れた妹で、つまりわたしの大叔母だ。アディントン伯爵に嫁ぎ、未亡人になっているが、まだ矍鑠かくしゃくとしていらっしゃるはずだ。

 我が家で夜会を開催するのに、女主人役がわたしではさすがに心もとないと、父も思ったのだろう。
 ……わたしが頼りなさすぎるせいで、父ばかりか、叔母様にまでご迷惑をおかけすることになってしまった。
 
 数年ぶりにお会いしたコンスタンス叔母様は、相変わらずお元気で、そして毒舌だった。

「出迎えは不要ですよ! 年寄扱いはやめてちょうだい!……まあまあ、ルイーズ! 本当に久しぶりだこと! お前ときたら王都に近寄りもしなのだから!」
「叔母様、お元気そうで何よりです」

 コンスタンス叔母様は未亡人の黒いドレスに黒いボンネット。ドレスは控えめではあるが、釣り鐘型のクリノリンが入っている、少し型遅れのもの。でも、年嵩の未亡人が最新流行の、バッスル・スタイルの喪服を着ていてもなんだか微妙な気がするし、これくらいが似つかわしく思える。
 抱き合って挨拶を交すと、叔母様が夫に視線を向ける。

「こちらが噂の、『領地目当てで結婚した妻を蔑ろにした色男』かしら?」

 叔母様の冷たい薄紫の瞳に見つめられて、夫がうっと息を飲む。

「叔母様……」

 ……わたしが間に入ろうとするが、叔母様は眼鏡を直して夫の顔をジロジロと見た。

「あらまあ、本当に陛下のお若いころに瓜二つだこと! 子供の頃に一度、お会いしたことがありましてよ!」
「……僕に、ですか?」

 夫が戸惑うように問い直せば、叔母様は頷いた。

「ええ、オスカーが公爵になった時、こちらのお屋敷で園遊会ガーデン・パーティを開いたのよ。子供たちも集まれるようにね。ルイーズも、マデリーンもいて……カーター夫人も短い時間でしたが、お子様をお連れになったのよ」

 夫が金色の片目を見開く。

「……ルイーズ、僕は以前に君と会っていたの?」
「え、ええまあ……その話はまたいずれ……」
「まあとにかく、死にかけて戻ってきた以上は、ちゃんとバークリーの後継ぎを生ませてもらわないと困るわ。なんのために婿に来たのやら」
「え、鋭意努力中です。おそらく近いうちには……」
「もうやめて!」

 わたしが真っ赤になって夫の腕を引っ張り、涙目で首を振ると、夫は微笑んで耳元で言った。

「だってあれだけ毎晩してるんだよ? ルイーズ似の子だったら可愛いだろうね?」

 その様子を見た叔母様が、おや、という顔をする。

「あたくしの聞いた噂とずいぶん、違うわね? 片目と一緒に憑き物も落ちたのかしら?」
「曇っていた目が晴れたのかもしれません」

 叔母様の嫌みもあっさり受け流し、夫は一つしかない金色の目を微笑ませた。
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