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ルイーズ
王宮舞踏会
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王宮での叙爵の日。
夫とわたしが腕を組んで王宮の謁見の間に現れると、居並ぶ貴顕淑女たちの視線が、一斉に集中する。
夫のいでたちは、夜の最高正装であるホワイト・タイの燕尾服に、赤いサッシュ。普段は額の傷を気にして前髪を下ろしているが、今日は黒髪を撫でつけ、綺麗な右半面をさらしている。眼帯代わりの黒い半仮面を着けることで、美貌はさらに引き立って、化け物の顔、などと心無い噂を流した人々が、陶酔のまなざしで見ている。
隣に立つわたしは、マデリーンに白髪と揶揄されるほど色の薄いプラチナ・ブロンドを結い上げ、ドレスは濃い紫。薄紫のレースのオーバースカートを重ね、ベルベッドの重厚なリボンで肩と胸元を飾る。背後は大きく膨らんだバッスルスタイルで、長いレースの裳裾。歩く時はそれを腕に引っ掛けなければならず、とても動きにくい。
先日お会いした国王陛下は正面の玉座に立ち、王族の特別な青いサッシュをかけ、胸にはたくさんの勲章を飾る。そのお隣の玉座には、王妃アメリア陛下。赤に近い鮮やかな金髪に、緑色の瞳をなさっていて、わたしたちを見る目は少し冷たい。
陛下の左右には、第二王子のエドワード殿下。その反対側が、王弟でマールバラ公爵に叙爵されたヘンリー卿ご夫妻。嫡出の王子は結婚と同時に公爵位を賜わるのが慣例だという。……夫ユージーンは庶出であり、正規に認知されていないので、公爵位には叙爵できない。それゆえの、わたし、バークリー公爵の娘との結婚。
重厚で厳粛な謁見の間。薔薇の花と聖十字の意匠の勲章を胸に提げ、さらにエリオット伯爵に叙爵されて、夫は国王への忠誠を宣誓して、儀式は終わった。
短い休憩の後、わたしたちは王宮でも最も豪華で広い、舞踏会場に移動した。
真紅の絨毯が敷き詰められ、壁も壁際のソファもすべて、真紅の天鵞絨《ビロード》と金の鋲で埋め尽くされた絢爛豪華な大広間。金とクリスタルのシャンデリアがいくつも吊り下げられ、周囲に並べられた金銀やガラスの器が、光を反射してキラキラ煌めいて、目が眩みそう。
眺めていると、五年前の記憶が蘇ってくる。
結婚したその二月の王家主催の舞踏会で、わたしは夫ユージーンのエスコートでデビューした。デビュタントの白一色のドレスを着て、小さなブーケを手にして。長い裳裾は歩きにくく、履きなれないヒールは足が痛かった。幼い頃からの憧れだったその日、わたしには惨めな思い出しかない。
『爵位と所領のためにだけに、いやいや結婚した幼な妻』
『田舎育ちで美貌の夫に目もくれてもらえない惨めな妻』
謁見が済むと夫はどこかに行ってしまい、一人放置されたわたしに、聞こえよがしに囁かれた噂。
辛くて惨めな記憶に、わたしが俯いて唇を噛む。横でわたしの手を取っていた夫は、わたしの足が止まったことに気づき、耳元に唇を寄せた。
「ルイーズ、疲れた? それとも緊張してる?」
「いえ……」
俯くわたしを気遣うように、夫はわたしの手を握り、指を絡めた。
ファンファーレが鳴り響き、見目のいい小姓を先導に、国王チャールズ陛下と王妃アメリア陛下が並んで入場する。その背後に第二王子のエドワード殿下。少し間を置いて王弟のマールバラ公爵夫妻。マールバラ公爵の嫡男、ブラックウェル伯爵オズワルド卿と、第一王女であるレイチェル殿下と御夫君のマッケンジー侯爵。
エドワード殿下の下に、年の離れた妹姫のクラリス王女がいらっしゃるけれど、まだ十二歳なので夜会には出席なさらない。
王族の入場がし、再びファンファーレが鳴り響き、王室長官が開会を告げる。そしてまず、夫・ユージーン・ロックフォードへの薔薇十字勲章の授与が滞りなく終わったこと、彼にエリオット伯爵の爵位を授与したことを告げる。夫は一歩前に出て頭を軽く下げ、わたしはその場で片足を引いてカーテシーの姿勢を取った。
貴族たちの好奇の視線は、夫の黒い半仮面に釘付けだ。
『左目を失明なさったとか』
『左側はひどい火傷の痕が……』
『だが相変わらず、右側は陛下に瓜二つ――』
そんなヒソヒソ声がわたしの耳にも入ってくる。わたしたちが姿勢を戻すと、次いで王室長官が言う。
「この場に借りて貴公淑女らに告げる。来月、第二王子エドワード・ヴィクターを王太子として冊立する。同時にその妃としてレコンフィールド公爵令嬢レディ・エレイン・グローブナーが内定したことを告げる」
会場から自然に拍手が沸き起こった。王太子アルバート殿下が病気で亡くなってから、なんとなく暗いムードが漂っていたから、新たな王太子の冊立に皆なホッとする。まだ若いエドワード殿下は困ったような表情で、そして会場の人の輪の中で、若く華やかな妃候補のレディ・エレインは、恥ずかしそうに微笑んでいた。
「新たな国の門出を、春の訪れとともに祝おう。ダンスを、音楽を!」
玉座から立ち上がった陛下が合図をし、音楽が流れだす。国王陛下と王妃陛下のファーストダンスで、舞踏会は始まるのだ。
夫とわたしが腕を組んで王宮の謁見の間に現れると、居並ぶ貴顕淑女たちの視線が、一斉に集中する。
夫のいでたちは、夜の最高正装であるホワイト・タイの燕尾服に、赤いサッシュ。普段は額の傷を気にして前髪を下ろしているが、今日は黒髪を撫でつけ、綺麗な右半面をさらしている。眼帯代わりの黒い半仮面を着けることで、美貌はさらに引き立って、化け物の顔、などと心無い噂を流した人々が、陶酔のまなざしで見ている。
隣に立つわたしは、マデリーンに白髪と揶揄されるほど色の薄いプラチナ・ブロンドを結い上げ、ドレスは濃い紫。薄紫のレースのオーバースカートを重ね、ベルベッドの重厚なリボンで肩と胸元を飾る。背後は大きく膨らんだバッスルスタイルで、長いレースの裳裾。歩く時はそれを腕に引っ掛けなければならず、とても動きにくい。
先日お会いした国王陛下は正面の玉座に立ち、王族の特別な青いサッシュをかけ、胸にはたくさんの勲章を飾る。そのお隣の玉座には、王妃アメリア陛下。赤に近い鮮やかな金髪に、緑色の瞳をなさっていて、わたしたちを見る目は少し冷たい。
陛下の左右には、第二王子のエドワード殿下。その反対側が、王弟でマールバラ公爵に叙爵されたヘンリー卿ご夫妻。嫡出の王子は結婚と同時に公爵位を賜わるのが慣例だという。……夫ユージーンは庶出であり、正規に認知されていないので、公爵位には叙爵できない。それゆえの、わたし、バークリー公爵の娘との結婚。
重厚で厳粛な謁見の間。薔薇の花と聖十字の意匠の勲章を胸に提げ、さらにエリオット伯爵に叙爵されて、夫は国王への忠誠を宣誓して、儀式は終わった。
短い休憩の後、わたしたちは王宮でも最も豪華で広い、舞踏会場に移動した。
真紅の絨毯が敷き詰められ、壁も壁際のソファもすべて、真紅の天鵞絨《ビロード》と金の鋲で埋め尽くされた絢爛豪華な大広間。金とクリスタルのシャンデリアがいくつも吊り下げられ、周囲に並べられた金銀やガラスの器が、光を反射してキラキラ煌めいて、目が眩みそう。
眺めていると、五年前の記憶が蘇ってくる。
結婚したその二月の王家主催の舞踏会で、わたしは夫ユージーンのエスコートでデビューした。デビュタントの白一色のドレスを着て、小さなブーケを手にして。長い裳裾は歩きにくく、履きなれないヒールは足が痛かった。幼い頃からの憧れだったその日、わたしには惨めな思い出しかない。
『爵位と所領のためにだけに、いやいや結婚した幼な妻』
『田舎育ちで美貌の夫に目もくれてもらえない惨めな妻』
謁見が済むと夫はどこかに行ってしまい、一人放置されたわたしに、聞こえよがしに囁かれた噂。
辛くて惨めな記憶に、わたしが俯いて唇を噛む。横でわたしの手を取っていた夫は、わたしの足が止まったことに気づき、耳元に唇を寄せた。
「ルイーズ、疲れた? それとも緊張してる?」
「いえ……」
俯くわたしを気遣うように、夫はわたしの手を握り、指を絡めた。
ファンファーレが鳴り響き、見目のいい小姓を先導に、国王チャールズ陛下と王妃アメリア陛下が並んで入場する。その背後に第二王子のエドワード殿下。少し間を置いて王弟のマールバラ公爵夫妻。マールバラ公爵の嫡男、ブラックウェル伯爵オズワルド卿と、第一王女であるレイチェル殿下と御夫君のマッケンジー侯爵。
エドワード殿下の下に、年の離れた妹姫のクラリス王女がいらっしゃるけれど、まだ十二歳なので夜会には出席なさらない。
王族の入場がし、再びファンファーレが鳴り響き、王室長官が開会を告げる。そしてまず、夫・ユージーン・ロックフォードへの薔薇十字勲章の授与が滞りなく終わったこと、彼にエリオット伯爵の爵位を授与したことを告げる。夫は一歩前に出て頭を軽く下げ、わたしはその場で片足を引いてカーテシーの姿勢を取った。
貴族たちの好奇の視線は、夫の黒い半仮面に釘付けだ。
『左目を失明なさったとか』
『左側はひどい火傷の痕が……』
『だが相変わらず、右側は陛下に瓜二つ――』
そんなヒソヒソ声がわたしの耳にも入ってくる。わたしたちが姿勢を戻すと、次いで王室長官が言う。
「この場に借りて貴公淑女らに告げる。来月、第二王子エドワード・ヴィクターを王太子として冊立する。同時にその妃としてレコンフィールド公爵令嬢レディ・エレイン・グローブナーが内定したことを告げる」
会場から自然に拍手が沸き起こった。王太子アルバート殿下が病気で亡くなってから、なんとなく暗いムードが漂っていたから、新たな王太子の冊立に皆なホッとする。まだ若いエドワード殿下は困ったような表情で、そして会場の人の輪の中で、若く華やかな妃候補のレディ・エレインは、恥ずかしそうに微笑んでいた。
「新たな国の門出を、春の訪れとともに祝おう。ダンスを、音楽を!」
玉座から立ち上がった陛下が合図をし、音楽が流れだす。国王陛下と王妃陛下のファーストダンスで、舞踏会は始まるのだ。
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