【R18】記憶喪失の僕に美人妻は冷たい

無憂

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ルイーズ

王宮舞踏会

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 王宮での叙爵の日。
 夫とわたしが腕を組んで王宮の謁見の間に現れると、居並ぶ貴顕淑女たちの視線が、一斉に集中する。

 夫のいでたちは、夜の最高正装であるホワイト・タイの燕尾服テールコートに、赤いサッシュ。普段は額の傷を気にして前髪を下ろしているが、今日は黒髪を撫でつけ、綺麗な右半面をさらしている。眼帯代わりの黒い半仮面を着けることで、美貌はさらに引き立って、化け物の顔、などと心無い噂を流した人々が、陶酔のまなざしで見ている。
 
 隣に立つわたしは、マデリーンに白髪と揶揄されるほど色の薄いプラチナ・ブロンドを結い上げ、ドレスは濃い紫。薄紫のレースのオーバースカートを重ね、ベルベッドの重厚なリボンで肩と胸元を飾る。背後は大きく膨らんだバッスルスタイルで、長いレースの裳裾トレーン。歩く時はそれを腕に引っ掛けなければならず、とても動きにくい。
   
 先日お会いした国王陛下は正面の玉座に立ち、王族の特別な青いサッシュブルーリボンをかけ、胸にはたくさんの勲章を飾る。そのお隣の玉座には、王妃アメリア陛下。赤に近い鮮やかな金髪に、緑色の瞳をなさっていて、わたしたちを見る目は少し冷たい。
 
 陛下の左右には、第二王子のエドワード殿下。その反対側が、王弟でマールバラ公爵に叙爵されたヘンリー卿ご夫妻。嫡出の王子は結婚と同時に公爵位を賜わるのが慣例だという。……夫ユージーンは庶出であり、正規に認知されていないので、公爵位には叙爵できない。それゆえの、わたし、バークリー公爵の娘との結婚。

 重厚で厳粛な謁見の間。薔薇の花と聖十字の意匠の勲章を胸に提げ、さらにエリオット伯爵に叙爵されて、夫は国王への忠誠を宣誓して、儀式は終わった。

 短い休憩の後、わたしたちは王宮でも最も豪華で広い、舞踏会場ボールルームに移動した。
 
 真紅の絨毯が敷き詰められ、壁も壁際のソファもすべて、真紅の天鵞絨《ビロード》と金の鋲で埋め尽くされた絢爛豪華な大広間。金とクリスタルのシャンデリアがいくつも吊り下げられ、周囲に並べられた金銀やガラスの器が、光を反射してキラキラ煌めいて、目が眩みそう。

 眺めていると、五年前の記憶が蘇ってくる。
 結婚したその二月の王家主催の舞踏会で、わたしは夫ユージーンのエスコートでデビューした。デビュタントの白一色のドレスを着て、小さなブーケを手にして。長い裳裾トレーンは歩きにくく、履きなれないヒールは足が痛かった。幼い頃からの憧れだったその日、わたしには惨めな思い出しかない。
 
『爵位と所領のためにだけに、いやいや結婚した幼な妻』
『田舎育ちで美貌の夫に目もくれてもらえない惨めな妻』
 
 謁見が済むと夫はどこかに行ってしまい、一人放置されたわたしに、聞こえよがしに囁かれた噂。
 辛くて惨めな記憶に、わたしが俯いて唇を噛む。横でわたしの手を取っていた夫は、わたしの足が止まったことに気づき、耳元に唇を寄せた。

「ルイーズ、疲れた? それとも緊張してる?」
「いえ……」

 俯くわたしを気遣うように、夫はわたしの手を握り、指を絡めた。
 ファンファーレが鳴り響き、見目のいい小姓ページを先導に、国王チャールズ陛下と王妃アメリア陛下が並んで入場する。その背後に第二王子のエドワード殿下。少し間を置いて王弟のマールバラ公爵夫妻。マールバラ公爵の嫡男、ブラックウェル伯爵オズワルド卿と、第一王女であるレイチェル殿下と御夫君のマッケンジー侯爵。

 エドワード殿下の下に、年の離れた妹姫のクラリス王女がいらっしゃるけれど、まだ十二歳なので夜会には出席なさらない。

 王族の入場がし、再びファンファーレが鳴り響き、王室長官ロード・チェンバレンが開会を告げる。そしてまず、夫・ユージーン・ロックフォードへの薔薇十字勲章の授与が滞りなく終わったこと、彼にエリオット伯爵の爵位を授与したことを告げる。夫は一歩前に出て頭を軽く下げ、わたしはその場で片足を引いてカーテシーの姿勢を取った。
 貴族たちの好奇の視線は、夫の黒い半仮面に釘付けだ。

『左目を失明なさったとか』
『左側はひどい火傷の痕が……』
『だが相変わらず、右側は陛下に瓜二つ――』

 そんなヒソヒソ声がわたしの耳にも入ってくる。わたしたちが姿勢を戻すと、次いで王室長官が言う。

「この場に借りて貴公淑女らに告げる。来月、第二王子エドワード・ヴィクターを王太子として冊立する。同時にその妃としてレコンフィールド公爵令嬢レディ・エレイン・グローブナーが内定したことを告げる」
 
 会場から自然に拍手が沸き起こった。王太子アルバート殿下が病気で亡くなってから、なんとなく暗いムードが漂っていたから、新たな王太子の冊立に皆なホッとする。まだ若いエドワード殿下は困ったような表情で、そして会場の人の輪の中で、若く華やかな妃候補のレディ・エレインは、恥ずかしそうに微笑んでいた。

「新たな国の門出を、春の訪れとともに祝おう。ダンスを、音楽を!」

 玉座から立ち上がった陛下が合図をし、音楽が流れだす。国王陛下と王妃陛下のファーストダンスで、舞踏会は始まるのだ。
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