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ルイーズ

ある朝の会話

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「秋に王都に行かなきゃならない」

 朝食の席で夫が言う。
 昨夜の疲れが残っているわたしは食欲もないけれど、使用人の手前、寝ているわけにもいかない。
 わたしはミルクと砂糖をたっぷり入れた熱い紅茶を一口飲んでから、尋ねた。

「王都に? なぜ?」
「昨日、王都のオズワルドから手紙が来て、僕に薔薇十字勲章を授与するらしい」
「まあ!」

 めでたい知らせなのだろうが、夫は面倒臭そうに、右の眉を顰めている。

「手柄も何も僕は憶えていないから、それで勲章をもらってもね……」
「陛下が授与するというのを、辞退もできないのですよね?」
「うん。……信賞必罰って言うの? 手柄を立てたのに褒賞しないのはまずいらしいよ。僕は要らないんだけどな」

 チーズの入ったオムレツをフォークですくいながら、夫が肩を竦める。

「それで、その後は国王主催の舞踏会も開くから、僕と君は出なきゃいけないらしい」
「えええ? わたしも?」

 わたしは飲みかけた紅茶のカップをソーサーに戻し、身を乗り出す。

「オズワルドは、僕と君はまあまあ、仲良くやってる、って国王に報告したらしい。そうしたら、不仲の噂を払拭するためにも、社交界に出るべきだと」
「……いやですわ。わたし、社交界なんて、もうこりごり。欠席します」
「そうもいかないらしいよ。……って言うか、君、社交界でなんか仕出かしたの?」

 夫に聞かれて、わたしはどの口が言う、という気分になった。

「わたしは社交デビューする前の十六歳であなたと結婚し、その翌年最初の王宮舞踏会であなたのエスコートでデビューして、散々な目に遭いましたのよ。誰のせいだと思っていらっしゃるの!」

 わたしが睨みつけてやると、夫は一つしかない金色の瞳を見開いた。

「ええ……僕? 僕がいったい何を……」
「夫としてエスコートするべきあなたが、新妻のわたしを放置して、どこかに行ってしまったんですのよ! おかげでとんだ大恥をかかされましたわ。もう二度とご免です!」

 あの時のことを思い出すと、悔しさで涙が溢れそうになり、わたしは慌てて下を向いた。その様子を見て、夫はまずいと思ったらしい。

「あー昔の僕は死んだと思ってくれないかな、もうノーカンで……」
「あなたが憶えていないだけで、みな知ってるんです!」
「その、すまない……オズワルドはそんなこと何も言っていなかったのに……」
「あの年、オズワルド様は社交界から遠ざかって、舞踏会も欠席なさったそうですの。噂は聞いていらして、この前、詫びてくださいました。自分がその場にいればそんなことはさせなかったのに、申し訳ないって!」
「いつの間に……」

 夫は気まずそうにオムレツを口に押し込み、飲み込んでからため息をつく。

「まいったなあ……本当に何も憶えていないのに、社交なんてできるわけない。頼りの君まで社交が苦手だとは――」
「言っておきますけど、あなたの自業自得ですわよ?」
「わかっているよ……でも……」

 そう言って紅茶のカップを持ち上げて、夫はわたしを見て微笑んだ。

「着飾ったルイーズが見られるのは楽しみだな。ドレスやら、今から注文しないと。それから宝石も――僕はどんな店で買ってた?」

 わたしは呆れてしまう。

「何一つ買っていただいたこともないし、あなたの行きつけの宝石店なんて存じあげません。……ああ、他の女性へのプレゼントの、請求書が来たことはあったような。それを探してみましょうか」
「ルイーズ、そうやって僕の過去の不行跡を抉るのはやめて……本当に覚えていないのだから」

 夫が首を振るが、彼の中ではなかったことになっていても、わたしを含めた世間の人はみな憶えている。蔑ろにされた惨めな妻だったわたしが、記憶と美貌を失った夫の世話を焼いて社交界に出るなんて。

 わたしは夫の左目を覆う、黒い眼帯を見て思う。

「……なんというか、もうちょっとこう――素敵なものを注文できないかしら」
「何が?」
「その眼帯ですわ。今のはいかにも医療用で、無骨ですわね。舞踏会に相応しい、洒落たものを注文なさったら」

 夫は左手を眼帯に当てる。

「……そうだね。採寸やデザインの相談に、王都から宝石商を呼ぼう」

 照れくさそうに微笑んで、夫は言う。

「もちろん、君のものもたくさん、注文しよう。好きなだけ」
「今さら、ものに絆されたりしませんわ」
「気持ちだよ。……僕のね」

 秀麗な右半面の笑顔に、わたしはドキリとして目を伏せた。

 ――今さら、絆されたりはしない。

 かつての冷え切った関係とは全く違う二人。夫の左半面と記憶を犠牲にして手に入れた穏やかな時間を、今、わたしは持て余している。
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