【R18】記憶喪失の僕に美人妻は冷たい

無憂

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オズワルド

ユージーンの近況報告②

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 夕食時、何度もグラスを引っ掛けそうになるユージーンを、奥方がさりげなく庇う。湖で取れたマスをパイ仕立てにしたものが、ここらの名物であるらしい。

「君は魚は嫌いだったのに、大丈夫になったのか」

 僕が言えば、ユージーンが手を止めて夫人を見た。

「……そうなのか?」

 ルイーズ夫人が気まずそうに言う。

「実は、以前はお嫌いだと仰っていましたが、戻って来られてからは何も言わずに召し上がっているので、とくには説明しておりません……」
「そうなんだ。別に問題なく食べられる。……食わず嫌いだったのかな?」
「……以前のあなたは食べ物の好き嫌いが多くて、厨房も苦労しておりました。戻ってこられてからは文句も仰らずに召し上がっているので、つい――」

 執事と家政婦と顔を見合わせる夫人を見て、僕はなんとなく思う。

 以前のユージーンは奥方と不仲で、入り婿の彼は針の筵だったという。彼が怪我をして戻ってきて、厨房はわざと、彼の嫌いな食べ物を出したのかもしれないが、記憶のないユージーンは気にせずに食べてしまった。
 僕は気まずそうな使用人を庇うつもりで言った。

「昔のユージーンは本当に食わず嫌いで、一緒に食事をするのが大変だった。何でも食べられるようになったなら、記憶を失うのも悪くないな」
「戦場は内海に近いから、たぶん魚ばっかりだったろうし、病院の食事はもっと不味かった。ここの食事に不満はないよ、いつも美味しい。特に、この、ベリーソースが肉に合う。これは僕とルイーズと、それからアンの三人で摘んだんだよ」

 ユージーンがルイーズ夫人に微笑みかけ、夫人も頷く。

「庭のブラックベリーですの。わたくしと娘が摘んでおりますところに、邪魔しに参りましたのよ。摘んだそばから食べてしまって、娘が怒りまして、大変でしたわ。邪魔だからあっちへ行ってと言われても、収穫するのが楽しいから、来年は畑で野菜を作りたいだなんて言い出して。虫が大嫌いなくせに、無茶ばっかり」
「そう、土を掘ると虫が出てくるんだよ。……虫さえいなければね……」

 ユージーンが肩を竦め、僕は思わず笑った。

「とうとう農夫の真似事まで始める気かい? 陛下が聞いたらさすがに驚かれるだろう」
「貴族なんだから、せめて薔薇ぐらいにしておけ、って言われるんだけど、僕は食えるものを育てたいんだよ。薔薇は食えないじゃないか」

 僕が王都で予想していたより、はるかに和やかな食卓で、僕は正直、驚いていた。





 夕食後、僕はユージーンに持ちかけた。

「少し、男同士の話がしたいのだがね」
「ああ、構わないよ。……サロンに酒の用意をさせよう」

 ユージーンは妻の耳元で、「少し飲んでいくから、先に戻って」とささやくと、奥方は、「別に来なくてもよろしくてよ。たまにはおひとりでお休みくださいませ」と小声で言い返し、僕に向かっては、

「ではお先に失礼します。おやすみなさいませ」

と、にこやかに挨拶して下がっていった。

 執事がサロンにブランデーのデキャンタとグラスを用意し、僕たちはソファに寛ぐ。僕がポケットからパイプを取り出し、吸ってもいいかと聞けば、ユージーンは頷いた。

「どうぞ」
「君は吸わないのか?」
 
 僕がパイプに、ランプの火を移しながら問えば、ユージーンは言った。

「一年近く病院にいただろう。その間に吸う習慣がなくなってしまった」
「そうか……」

 僕が紫煙を吐き出していると、ユージーンは慎重にブランデーグラスを手に取り、口に含む。

「予想はついていると思うが、僕が来たのは陛下のご意向でね」
「そうだろうと思ったよ。……様子を見てこいって? 一度だけ、王宮で直接お会いしたけれど、全然、思い出せない。どういう態度を取ったらいいかもわからないし、疲れるからもう嫌だ」
「公式には認知されていないからね」

 公然の秘密ではあるが、正式には認められない王の庶子。その危ういポジションは、長年の勘と経験で渡っていくしかないが、彼はその記憶を全て失った。……王都にいたくない理由の一つは、おそらくそれだろう。

 僕はユージーンの斜め右側に座っているので、以前と同じ、秀麗な半面しか見えない。……なるべく、右半面だけを見せるようにしているのだろう。僕はパイプの煙をくゆらせながら切り出した。

「奥方とはうまくやっているようじゃないか。常に君に気を使って」
「ルイーズは優しいし、お人よしだから。僕の不実を許すつもりはないらしいが、僕がグラスを倒すと、使用人が大変だから、倒さないように見張ってる」

 ユージーンが笑う。

「使用人からは蛇蝎のごとく嫌われているよ。今さら節操もなく擦り寄ってくるクズ男ってね。……僕たちの不仲は有名だった?」
「ああ。王都に連れてきたのは一度きりで、その後は、君は領地に居つかず、王都で遊び歩いていたし」
「……そっか……」

 ユージーンが頭をかく。

「今の僕は、ルイーズに全く不満がないし、むしろ彼女がいないと生きていけないくらいだから……」

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