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ユージーン
平穏な日々
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「オズワルド? ……えーと、王都でも何度かやってきたよね。僕と年齢も近い色男で……友人で親戚だって言ってたけど」
僕は貴族の血筋とかの社交上の重要事項もすっかり忘れていて、名前を聞いても何者かわからない。一方、女性のドロワースの股が縫われていないことはちゃんと憶えていたわけで、僕が根っからのクズなのは、このことからも証明されてしまった。
で、サンダースに貴族年鑑を持ってきてもらおうとしたが、ルイーズが横から言った。
「マールバラ公爵の嫡男ですわ。王弟殿下のご子息、陛下の甥御さまですわよ」
「そっか……もしかして僕のイトコ?」
なるほど、それで王都の療養先にも頻繁にやってきてたのか。
僕は陛下の庶子だけど、公には認められていない。僕が大怪我をして、陛下もそれなりには心配しているみたいだけど、正式に認知していないから、堂々と使者を遣わすわけにいかない。で、友人ってことになっている、陛下の甥っ子が代わりに訪問していたってわけだ。
「その、オズワルド卿がなんて?」
「ええと……」
ルイーズが読み上げたのは、オズワルド卿がこちらを訪問したい、というそんな趣旨であった。
僕は憶えていないが、もともとオズワルド卿とは親しかったのかもしれない。が、おそらくこれは陛下の差し金だ。
「以前、彼が来たことは?」
ルイーズは首を振った。
「いいえ、あなたのお友達は誰一人。……そもそもあなたはこちらの家には、長くても十日ほどしか滞在なさらなかったので」
僕はずっと王都か、そのほかの友人宅を泊まり歩いていたらしい。――要するに、大っぴらに言えない類の場所だ。
「ブラックウェル伯爵からは、戦地にもお手紙が来ていました。しばらく入院していた病院にも。王都に戻ったときも、母上のカーター夫人の次に駆けつけられたので、もともと親しいご友人だったと思います。旦那様の記憶がないと聞いて呆然となさっていましたから」
ケネスが言い、僕も思い出した。オズワルドという男だけは、僕の傷を見たいと言わなかったし、余計な噂を吹聴することもなかった。僕が聞いたこと以外は、昔の話もせず、最近の王都の話をする程度だった。
「どのみち断れない筋だろう。……世話をかけるが頼む」
「あなたはここの当主なのですから、旦那様のご友人をもてなすのは当然のことですわ」
ルイーズが言い、訪問の日時を書きとめてグレイグ夫人に指示すると言った。
天気のいい日は庭でお茶や、昼食を摂ることも多い。
ブランケットやクッションを持ち出し、木陰でルイーズの膝枕で寝そべり(もちろん嫌がるけど、半ば強行して)、ルイーズがアンに読んでやる絵本を聞きながら、ウトウトする。
お姫様が悪い魔王に攫われて、勇者が旅をして成敗する話。以前の僕なら、魔王が僕で勇者が医者じゃないのか、なんて気を回したところだが、今んとこ(ルイーズの内心はともかく)夫婦関係は上手くいっているので、僕も穏やかな気持ちで聞き流す。ルイーズの朗読に、アンも興味津々で耳を傾けている。信じがたい話だが、アンはけっこう、僕に懐いている。
ルイーズの膝から見上げれば、青い空を雲が流れていく。
平和だ。
美人妻にかわいい娘(庶子だけど)。傍目には絵に描いたような幸せな家族の図。
……まあ僕が隻眼でちょっと見た目ヤバイけど、右側から見ればきっと。
これでルイーズが男の子を生んでくれれば、公爵も離婚なんて思わないだろうし、僕の昔のクズ行為も帳消しになるのでは。
いろいろあったけど、クズの僕でも、この地でルイーズと幸せに――
なんて、そう簡単にいくわけないのである。
僕は貴族の血筋とかの社交上の重要事項もすっかり忘れていて、名前を聞いても何者かわからない。一方、女性のドロワースの股が縫われていないことはちゃんと憶えていたわけで、僕が根っからのクズなのは、このことからも証明されてしまった。
で、サンダースに貴族年鑑を持ってきてもらおうとしたが、ルイーズが横から言った。
「マールバラ公爵の嫡男ですわ。王弟殿下のご子息、陛下の甥御さまですわよ」
「そっか……もしかして僕のイトコ?」
なるほど、それで王都の療養先にも頻繁にやってきてたのか。
僕は陛下の庶子だけど、公には認められていない。僕が大怪我をして、陛下もそれなりには心配しているみたいだけど、正式に認知していないから、堂々と使者を遣わすわけにいかない。で、友人ってことになっている、陛下の甥っ子が代わりに訪問していたってわけだ。
「その、オズワルド卿がなんて?」
「ええと……」
ルイーズが読み上げたのは、オズワルド卿がこちらを訪問したい、というそんな趣旨であった。
僕は憶えていないが、もともとオズワルド卿とは親しかったのかもしれない。が、おそらくこれは陛下の差し金だ。
「以前、彼が来たことは?」
ルイーズは首を振った。
「いいえ、あなたのお友達は誰一人。……そもそもあなたはこちらの家には、長くても十日ほどしか滞在なさらなかったので」
僕はずっと王都か、そのほかの友人宅を泊まり歩いていたらしい。――要するに、大っぴらに言えない類の場所だ。
「ブラックウェル伯爵からは、戦地にもお手紙が来ていました。しばらく入院していた病院にも。王都に戻ったときも、母上のカーター夫人の次に駆けつけられたので、もともと親しいご友人だったと思います。旦那様の記憶がないと聞いて呆然となさっていましたから」
ケネスが言い、僕も思い出した。オズワルドという男だけは、僕の傷を見たいと言わなかったし、余計な噂を吹聴することもなかった。僕が聞いたこと以外は、昔の話もせず、最近の王都の話をする程度だった。
「どのみち断れない筋だろう。……世話をかけるが頼む」
「あなたはここの当主なのですから、旦那様のご友人をもてなすのは当然のことですわ」
ルイーズが言い、訪問の日時を書きとめてグレイグ夫人に指示すると言った。
天気のいい日は庭でお茶や、昼食を摂ることも多い。
ブランケットやクッションを持ち出し、木陰でルイーズの膝枕で寝そべり(もちろん嫌がるけど、半ば強行して)、ルイーズがアンに読んでやる絵本を聞きながら、ウトウトする。
お姫様が悪い魔王に攫われて、勇者が旅をして成敗する話。以前の僕なら、魔王が僕で勇者が医者じゃないのか、なんて気を回したところだが、今んとこ(ルイーズの内心はともかく)夫婦関係は上手くいっているので、僕も穏やかな気持ちで聞き流す。ルイーズの朗読に、アンも興味津々で耳を傾けている。信じがたい話だが、アンはけっこう、僕に懐いている。
ルイーズの膝から見上げれば、青い空を雲が流れていく。
平和だ。
美人妻にかわいい娘(庶子だけど)。傍目には絵に描いたような幸せな家族の図。
……まあ僕が隻眼でちょっと見た目ヤバイけど、右側から見ればきっと。
これでルイーズが男の子を生んでくれれば、公爵も離婚なんて思わないだろうし、僕の昔のクズ行為も帳消しになるのでは。
いろいろあったけど、クズの僕でも、この地でルイーズと幸せに――
なんて、そう簡単にいくわけないのである。
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