29 / 106
ユージーン
王都からの手紙
しおりを挟む
僕が悪夢を見るたびに、大騒ぎしてルイーズの部屋に突入を試みるせいで、ルイーズはとうとう、諦めて僕を寝室に招き入れた。ルイーズは心優しいので、僕が騒ぐたびに夜中に起こされる使用人が、気の毒になったのだと思う。
ルイーズは僕から受けた仕打ちを忘れていないし、許すつもりもないようだ。だから態度はそっけないし、露骨に嫌そうにすることもある。ルイーズの受けた心の傷を思えば当然だし、彼女の怒りが解けるまで、僕は身を慎むべきかもしれないが、同衾すれば僕の方は当然、ルイーズが欲しくなる。なにせ、ルイーズの見かけも体つきも、僕の好みドンピシャリだし、何と言っても「妻」なのだから。
妻が隣に寝てたら抱いていいってのは、人類不変の摂理でしょ。むしろ昔の僕みたいに、抱かなかったら非難されるべきで。
……まあ、僕の場合はそれが妻でなくても抱いちゃうバカだから、えらいことになったんだけど。
というわけで僕は毎晩、ルイーズのベッドでルイーズに抱き着き、必然的に欲情して、なんのかんのと嫌がるルイーズを組み敷き、彼女を思い通りにしてから眠りにつく。おかげで、まったく夢も見ずに健やかな眠りを手に入れた。
「ルイーズに触れると不思議に安心して、夢も見ずに眠れるんだ」
朝食の席で嬉しそうに言う僕に、料理の皿を下げながら、例のメイドがぽつりと呟く。
「そりゃ単に運動してるからでしょ」
それを耳にしたルイーズが耳まで真っ赤になる。
いや、とか、やめて、とか言うくせに、ルイーズはすっかり僕の手管に堕ちてしまった。夫婦円満の特効薬は要するにセックスってことなんだろう。どこでどうやって培ったのか、まったく憶えていないが、僕の無駄な技術が役に立ってよかった。
僕とルイーズの関係が劇的に変わったことは、使用人にもすぐに知れた。
相変わらず僕は、「今さら図々しい」とか「節操のないクズ男」とか言われているらしいが、僕がどっぷりルイーズに甘え、ルイーズも渋々ながら受け入れているのだから、使用人としては文句を言う筋はないはずだ。
まあ、使用人たちの視線は相変わらず冷たいけど。……毒を入れられるほどではないと信じたい。
僕は素行は悪く怠け者だったが、その気になれば領主としての仕事もちゃんとやれるらしい。ただ、細かい帳簿を長い時間見ると頭が痛くなるので、今はルイーズが手伝っている。将来的には秘書を雇うべきだが、どんな人物を雇っていいのか想像もつかない。
「ご希望の人材はどんな感じで? 年齢とか容姿、求める資格なのでございますが」
サンダースに言われ、僕は隣で帳簿を広げるルイーズをちらりと見る。
「うーん……とりあえず今は、可愛くて優しくておっぱいの大きいルイーズって最高の秘書がいるから、間に合っているよ」
ルイーズが真っ赤になって僕をにらみつける。
「ご冗談が過ぎますわ」
「いやいや僕は本気だよ?」
「本当に、人格ごと入れ替わっているんじゃありませんの?」
ルイーズの言葉に、お茶を運んできたケネスが言う。
「わりときさくに軽口を叩かれる方でしたよ、記憶を失う前から。ふざけているのか、真面目なのか、時々迷う時がございましたから」
「以前は冗談なんて全くおっしゃらなかったわ。話しかけるなとまで言われたのに」
「……照れていたんだよ、きっと。ルイーズが綺麗過ぎて。僕はこの屋敷の全方位から嫌われてたっぽいし……」
「自業自得です!」
ただ、ルイーズにも邸の女主人の仕事があるし、アンの世話だのなんだの、結構忙しい。僕の目の代わりをさせるのにも、限界はある。
「このバークリー領内から選ぶのは嫌だな。僕は嫌われ過ぎているし」
「王都のお父様に相談します?」
「うーん……」
僕は悩む。
過去の悪行が明らかになってくると、バークリー公爵は僕とルイーズの離婚を狙っていただろうと、僕は予想がついた。
――普通なら、僕が王都で療養するときに公爵家の王都屋敷に迎え入れ、妻のルイーズを呼び出して看病させただろう。記憶がないとはいえ、そうしなかった時点で、公爵は僕を切るつもりだったのだ。
隻眼で半面焼け爛れ、記憶すらないような男、後継ぎとしては使えないにもほどがある。
この面相でルイーズに会い、喧嘩になってすぐに王都に戻ったあたりで、過去の僕の悪行を持ち出して離婚を要求するつもりだったのでは……と疑うのは、穿ちすぎだろうか?
そもそも、なぜ僕は戦争に行ったのだろう?
――国王の庶子で、公爵家の入り婿。普通ならみんな止めるんじゃないのか? それとも、僕が愚かにも、周囲の意見を聞かずに暴走したのか。
ただ、公爵はきっと、僕が戦争でいっそ死んでくれればと、思っていたに違いない。
自業自得ではあるが、本当に僕は周囲全てを敵に回している。……ルイーズに頼ってばかりじゃなくて、ちゃんと人生を立て直さなければ。でも、何も憶えていない僕は、これからどう生きていけばいいのだろう?
片目で記憶もなくて、まともな仕事もできそうもなく、誰もが僕の愚行を憶えているというのに。
そんなことを考えていると、従僕が王都からの手紙を僕のもとに持ってきたので、僕はルイーズに差出人を読み上げてもらった。
「王都のウィルキンソン商会――請求書ですわね、それから百貨店のハーシーズ……」
「請求書ばっかりだね」
「王都でいろいろと揃えましたからね」
ケネスが口添えし、ルイーズがさらに読み上げる。
「アイリス・カーター男爵夫人……お義母さまからですわ」
「ああ……面倒くさい。読んでくれる?」
ルイーズは少しためらったがペーパーナイフで封を開け、手紙を取り出す。
「親愛なるジーン、怪我の具合はいかがですか。田舎で療養して、少しでも記憶が戻ることを望みます。あなたと妻のルイーズは不仲のようでしたが、まさか追い出すようなこともないと思いますが、もし不満があるならば、わたくしから陛下に申し上げて……」
「あーもういいよ、どうせたいしたことは書いてないだろう」
僕が手を振って止めると、ルイーズは僕とサンダースの顔を見比べて、肩を竦める。
「お返事をお書きになるべきですわ」
「ああ……そういう口述筆記も必要だな。適当に返事を書いてくれる人材が欲しい。母親って言われても、憶えてないから面倒くさいんだよ……」
僕はそれを「要返信」の箱に入れ、次を促す。
「……ブラックウェル伯爵オズワルド・クリーヴランド卿……えーとこれは……」
ルイーズは僕から受けた仕打ちを忘れていないし、許すつもりもないようだ。だから態度はそっけないし、露骨に嫌そうにすることもある。ルイーズの受けた心の傷を思えば当然だし、彼女の怒りが解けるまで、僕は身を慎むべきかもしれないが、同衾すれば僕の方は当然、ルイーズが欲しくなる。なにせ、ルイーズの見かけも体つきも、僕の好みドンピシャリだし、何と言っても「妻」なのだから。
妻が隣に寝てたら抱いていいってのは、人類不変の摂理でしょ。むしろ昔の僕みたいに、抱かなかったら非難されるべきで。
……まあ、僕の場合はそれが妻でなくても抱いちゃうバカだから、えらいことになったんだけど。
というわけで僕は毎晩、ルイーズのベッドでルイーズに抱き着き、必然的に欲情して、なんのかんのと嫌がるルイーズを組み敷き、彼女を思い通りにしてから眠りにつく。おかげで、まったく夢も見ずに健やかな眠りを手に入れた。
「ルイーズに触れると不思議に安心して、夢も見ずに眠れるんだ」
朝食の席で嬉しそうに言う僕に、料理の皿を下げながら、例のメイドがぽつりと呟く。
「そりゃ単に運動してるからでしょ」
それを耳にしたルイーズが耳まで真っ赤になる。
いや、とか、やめて、とか言うくせに、ルイーズはすっかり僕の手管に堕ちてしまった。夫婦円満の特効薬は要するにセックスってことなんだろう。どこでどうやって培ったのか、まったく憶えていないが、僕の無駄な技術が役に立ってよかった。
僕とルイーズの関係が劇的に変わったことは、使用人にもすぐに知れた。
相変わらず僕は、「今さら図々しい」とか「節操のないクズ男」とか言われているらしいが、僕がどっぷりルイーズに甘え、ルイーズも渋々ながら受け入れているのだから、使用人としては文句を言う筋はないはずだ。
まあ、使用人たちの視線は相変わらず冷たいけど。……毒を入れられるほどではないと信じたい。
僕は素行は悪く怠け者だったが、その気になれば領主としての仕事もちゃんとやれるらしい。ただ、細かい帳簿を長い時間見ると頭が痛くなるので、今はルイーズが手伝っている。将来的には秘書を雇うべきだが、どんな人物を雇っていいのか想像もつかない。
「ご希望の人材はどんな感じで? 年齢とか容姿、求める資格なのでございますが」
サンダースに言われ、僕は隣で帳簿を広げるルイーズをちらりと見る。
「うーん……とりあえず今は、可愛くて優しくておっぱいの大きいルイーズって最高の秘書がいるから、間に合っているよ」
ルイーズが真っ赤になって僕をにらみつける。
「ご冗談が過ぎますわ」
「いやいや僕は本気だよ?」
「本当に、人格ごと入れ替わっているんじゃありませんの?」
ルイーズの言葉に、お茶を運んできたケネスが言う。
「わりときさくに軽口を叩かれる方でしたよ、記憶を失う前から。ふざけているのか、真面目なのか、時々迷う時がございましたから」
「以前は冗談なんて全くおっしゃらなかったわ。話しかけるなとまで言われたのに」
「……照れていたんだよ、きっと。ルイーズが綺麗過ぎて。僕はこの屋敷の全方位から嫌われてたっぽいし……」
「自業自得です!」
ただ、ルイーズにも邸の女主人の仕事があるし、アンの世話だのなんだの、結構忙しい。僕の目の代わりをさせるのにも、限界はある。
「このバークリー領内から選ぶのは嫌だな。僕は嫌われ過ぎているし」
「王都のお父様に相談します?」
「うーん……」
僕は悩む。
過去の悪行が明らかになってくると、バークリー公爵は僕とルイーズの離婚を狙っていただろうと、僕は予想がついた。
――普通なら、僕が王都で療養するときに公爵家の王都屋敷に迎え入れ、妻のルイーズを呼び出して看病させただろう。記憶がないとはいえ、そうしなかった時点で、公爵は僕を切るつもりだったのだ。
隻眼で半面焼け爛れ、記憶すらないような男、後継ぎとしては使えないにもほどがある。
この面相でルイーズに会い、喧嘩になってすぐに王都に戻ったあたりで、過去の僕の悪行を持ち出して離婚を要求するつもりだったのでは……と疑うのは、穿ちすぎだろうか?
そもそも、なぜ僕は戦争に行ったのだろう?
――国王の庶子で、公爵家の入り婿。普通ならみんな止めるんじゃないのか? それとも、僕が愚かにも、周囲の意見を聞かずに暴走したのか。
ただ、公爵はきっと、僕が戦争でいっそ死んでくれればと、思っていたに違いない。
自業自得ではあるが、本当に僕は周囲全てを敵に回している。……ルイーズに頼ってばかりじゃなくて、ちゃんと人生を立て直さなければ。でも、何も憶えていない僕は、これからどう生きていけばいいのだろう?
片目で記憶もなくて、まともな仕事もできそうもなく、誰もが僕の愚行を憶えているというのに。
そんなことを考えていると、従僕が王都からの手紙を僕のもとに持ってきたので、僕はルイーズに差出人を読み上げてもらった。
「王都のウィルキンソン商会――請求書ですわね、それから百貨店のハーシーズ……」
「請求書ばっかりだね」
「王都でいろいろと揃えましたからね」
ケネスが口添えし、ルイーズがさらに読み上げる。
「アイリス・カーター男爵夫人……お義母さまからですわ」
「ああ……面倒くさい。読んでくれる?」
ルイーズは少しためらったがペーパーナイフで封を開け、手紙を取り出す。
「親愛なるジーン、怪我の具合はいかがですか。田舎で療養して、少しでも記憶が戻ることを望みます。あなたと妻のルイーズは不仲のようでしたが、まさか追い出すようなこともないと思いますが、もし不満があるならば、わたくしから陛下に申し上げて……」
「あーもういいよ、どうせたいしたことは書いてないだろう」
僕が手を振って止めると、ルイーズは僕とサンダースの顔を見比べて、肩を竦める。
「お返事をお書きになるべきですわ」
「ああ……そういう口述筆記も必要だな。適当に返事を書いてくれる人材が欲しい。母親って言われても、憶えてないから面倒くさいんだよ……」
僕はそれを「要返信」の箱に入れ、次を促す。
「……ブラックウェル伯爵オズワルド・クリーヴランド卿……えーとこれは……」
20
お気に入りに追加
711
あなたにおすすめの小説


蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる