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ユージーン
最低の入り婿
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「その……アンが生まれて僕は戦争に行ったわけだが――それは、誰の差し金で?」
僕の問いに、ルイーズがサンダースやグレイグ夫人と顔を見合わせる。
「差し金、と言われましても。旦那様はご自身の意志で突然、戦争に行くとおっしゃったのですわ」
「僕が、自分の意志で?……でも、おかしくないか?」
バークリー公爵家は、入り婿として僕を迎えたが、結婚して二年、まだルイーズに子供ができない。僕が万一戦争で死んだりしたら、後継ぎがいないままになる。
――いっそのこと僕が死んでくれれば、おおっぴらにもっとマトモな男を婿にできる。
「僕が自分から戦争に行く意味がわからない……」
ルイ―ズはしばらく考えていたが、顔を上げて言う。
「アンの件で、わたくしとあなたの間は完全に決裂しておりました。それは父も知っていて……このままでは、継承者を得るのも難しいと考え、国王陛下に離縁を願い出るかというところまできておりました」
「……そんなに……」
「ですが、この結婚は王命でございますし、あなたがメイドに子を産ませた程度では、離縁は困難だろうと、父は申します。そんな時に、あなたが突然、戦争に行くと言い出されたのです」
ルイーズはやや考えるようにしながら、言った。
「あなたは、わたくしとの結婚によって、爵位を得たことは理解して、そしてそれを負い目に思っていらっしゃったようです。ですから戦争で手柄を立て、自力で功績を上げて、爵位を得ようと思っていらっしゃたのではないかと……」
「僕がそんなことを? それは……いつ、君に離縁されてもいいように、ってこと?」
僕が驚愕する。
結婚して二年でリンダがアンを生んでいるから、ざっくり計算して結婚して一年半くらいには僕の不貞が明らかになったはずだ。自分が犯した不貞の罪から逃げるように、王都に行って帰らず、生まれた子供も知らないと言い張る男、絶対、別れた方がいい。自分で言うのもなんだが頭おかしい。
「……つまり、僕は君に離縁されるのに備えて、自ら志願して戦争に行った……」
「少し違います。あなたは最初から、わたくしとの離縁を望んでいました」
「僕が? 最初から?」
思わず声が裏返る。そんな馬鹿な。
ルイーズの見かけは、僕の好みばっちりのどストライクだぞ? 何が気に入らなくて? それとも昔はリンダのような芋っぽい娘が好みだったのか? いやいやそれはない……。
「その……僕から離縁を望むのは、常識的にもおかしくないか?」
何しろ僕は入り婿なのだ。離縁して、何もかも失うのは僕の方だ。――妻に明確な瑕疵があれば、多少の慰謝料は得られるかもしれないが、爵位も領地も本来は彼女に付随しているのだから。
「旦那様は、わたくしとの結婚は不満だったようですわ。ここにいる者も、父も知っています」
「でもなぜ……その、今の僕から見て、君は容姿も人柄も、素晴らしいし、その……何が不満だったのかさっぱりわからない」
その言葉にルイーズがアメジストの瞳を瞠った。
「さあ、理由は何も……結婚式の時からずっと不機嫌そうにしていらっしゃいましたし。最初はここが田舎過ぎるせいかと思いましたし、わたくしが子供過ぎるせいかとも思いましたけれど……」
「子供?」
ルイーズは首を傾げ、はかなげに微笑む。
「結婚したとき、わたくしはまだ十六歳で……社交デビューもしておりませんから、ずっと田舎暮らしで。都会の物慣れたご婦人がたに比べて、世間知らずで子供でしたでしょう」
そうか……五年前と言えば僕もまだ二十歳になったばかりだ。あからさまに爵位と領地目当ての結婚を強要されて、僕も不満だったのかもしれない。
しかしそれは、ルイーズの側も同じであり、さらに王命という断れない筋の結婚で――。
今の僕は、理不尽な思いはお互い様だと理解できる。
でも昔の僕はルイーズの気持ちを慮ることができなかったのかもしれない。そもそも、多方面にいろいろバカすぎて、まったく、僕の理解を越えている。
「その……わかった。というか、僕には昔の自分の考えていたことがさっぱりわからないということが。……でも話してくれてありがとう。それで――」
僕はルイーズを見た。
「その、君もそれから公爵も、現在でも僕との離縁を考えているのだろうか?」
僕は自分の包帯に包まれた左半面を手で覆う。
「こんな顔になって、さらに記憶もないし――この先、記憶が戻るアテもない。素行も悪いし、なんていうか、こんな婿を押しつけられて、本当に貧乏くじだな」
自嘲気味の言葉に、ルイーズが肩を竦めた。
「あなたが戦地でしばらく行方不明になった時、カーター男爵夫人が宮廷で大騒ぎなさって……父を詰ったそうですわ」
「……母が、君の父上を?」
「わたくしと不仲だったせいで、あなたは自暴自棄になって戦場に行ったと。あなたがこんなことになったのも、すべてはバークリーのせいだと。……国王陛下は止めてくださったそうですが」
僕は絶句した。
「そんなことが……」
「あのまま、あなたが戦争に行かなければ、数年して子供ができないことを理由に、離縁を願い出ることも可能だったかもしれません。父が、アンを養女にすることに賛成したのも、離縁の際のあなたの有責事項の証拠を確保する意味もあったのです。わたくしが育てている方が、世論の同情を得やすいですから。……でも、あなたは戦争に行って、片目を失う大怪我をなさった。今、この段階で離縁を申し出れば、世間の批判は我が家に向かうでしょう。あなたの狙いはともかく、差し当たって、我が家の方からあなたに離縁を申し出ることはできなくなりました」
淡々としたルイーズの言葉に、僕は二の句が継げない。
「……少なくとも今の僕には、君と離縁しようという気はないよ」
辛うじてそれだけを言うと、ルイーズは少しばかり疲れたような表情でため息をついた。
「今のあなたはね……でも、記憶を取り戻したら昔のあなたに戻ってしまうかも」
ルイーズのその言葉に、僕はハッとした。
僕にとって、記憶のない現在の状況はとても不安で、辛い。
記憶を失う前の僕と、今の僕。記憶を取り戻した時、今の僕はどうなるんだろう……?
僕の問いに、ルイーズがサンダースやグレイグ夫人と顔を見合わせる。
「差し金、と言われましても。旦那様はご自身の意志で突然、戦争に行くとおっしゃったのですわ」
「僕が、自分の意志で?……でも、おかしくないか?」
バークリー公爵家は、入り婿として僕を迎えたが、結婚して二年、まだルイーズに子供ができない。僕が万一戦争で死んだりしたら、後継ぎがいないままになる。
――いっそのこと僕が死んでくれれば、おおっぴらにもっとマトモな男を婿にできる。
「僕が自分から戦争に行く意味がわからない……」
ルイ―ズはしばらく考えていたが、顔を上げて言う。
「アンの件で、わたくしとあなたの間は完全に決裂しておりました。それは父も知っていて……このままでは、継承者を得るのも難しいと考え、国王陛下に離縁を願い出るかというところまできておりました」
「……そんなに……」
「ですが、この結婚は王命でございますし、あなたがメイドに子を産ませた程度では、離縁は困難だろうと、父は申します。そんな時に、あなたが突然、戦争に行くと言い出されたのです」
ルイーズはやや考えるようにしながら、言った。
「あなたは、わたくしとの結婚によって、爵位を得たことは理解して、そしてそれを負い目に思っていらっしゃったようです。ですから戦争で手柄を立て、自力で功績を上げて、爵位を得ようと思っていらっしゃたのではないかと……」
「僕がそんなことを? それは……いつ、君に離縁されてもいいように、ってこと?」
僕が驚愕する。
結婚して二年でリンダがアンを生んでいるから、ざっくり計算して結婚して一年半くらいには僕の不貞が明らかになったはずだ。自分が犯した不貞の罪から逃げるように、王都に行って帰らず、生まれた子供も知らないと言い張る男、絶対、別れた方がいい。自分で言うのもなんだが頭おかしい。
「……つまり、僕は君に離縁されるのに備えて、自ら志願して戦争に行った……」
「少し違います。あなたは最初から、わたくしとの離縁を望んでいました」
「僕が? 最初から?」
思わず声が裏返る。そんな馬鹿な。
ルイーズの見かけは、僕の好みばっちりのどストライクだぞ? 何が気に入らなくて? それとも昔はリンダのような芋っぽい娘が好みだったのか? いやいやそれはない……。
「その……僕から離縁を望むのは、常識的にもおかしくないか?」
何しろ僕は入り婿なのだ。離縁して、何もかも失うのは僕の方だ。――妻に明確な瑕疵があれば、多少の慰謝料は得られるかもしれないが、爵位も領地も本来は彼女に付随しているのだから。
「旦那様は、わたくしとの結婚は不満だったようですわ。ここにいる者も、父も知っています」
「でもなぜ……その、今の僕から見て、君は容姿も人柄も、素晴らしいし、その……何が不満だったのかさっぱりわからない」
その言葉にルイーズがアメジストの瞳を瞠った。
「さあ、理由は何も……結婚式の時からずっと不機嫌そうにしていらっしゃいましたし。最初はここが田舎過ぎるせいかと思いましたし、わたくしが子供過ぎるせいかとも思いましたけれど……」
「子供?」
ルイーズは首を傾げ、はかなげに微笑む。
「結婚したとき、わたくしはまだ十六歳で……社交デビューもしておりませんから、ずっと田舎暮らしで。都会の物慣れたご婦人がたに比べて、世間知らずで子供でしたでしょう」
そうか……五年前と言えば僕もまだ二十歳になったばかりだ。あからさまに爵位と領地目当ての結婚を強要されて、僕も不満だったのかもしれない。
しかしそれは、ルイーズの側も同じであり、さらに王命という断れない筋の結婚で――。
今の僕は、理不尽な思いはお互い様だと理解できる。
でも昔の僕はルイーズの気持ちを慮ることができなかったのかもしれない。そもそも、多方面にいろいろバカすぎて、まったく、僕の理解を越えている。
「その……わかった。というか、僕には昔の自分の考えていたことがさっぱりわからないということが。……でも話してくれてありがとう。それで――」
僕はルイーズを見た。
「その、君もそれから公爵も、現在でも僕との離縁を考えているのだろうか?」
僕は自分の包帯に包まれた左半面を手で覆う。
「こんな顔になって、さらに記憶もないし――この先、記憶が戻るアテもない。素行も悪いし、なんていうか、こんな婿を押しつけられて、本当に貧乏くじだな」
自嘲気味の言葉に、ルイーズが肩を竦めた。
「あなたが戦地でしばらく行方不明になった時、カーター男爵夫人が宮廷で大騒ぎなさって……父を詰ったそうですわ」
「……母が、君の父上を?」
「わたくしと不仲だったせいで、あなたは自暴自棄になって戦場に行ったと。あなたがこんなことになったのも、すべてはバークリーのせいだと。……国王陛下は止めてくださったそうですが」
僕は絶句した。
「そんなことが……」
「あのまま、あなたが戦争に行かなければ、数年して子供ができないことを理由に、離縁を願い出ることも可能だったかもしれません。父が、アンを養女にすることに賛成したのも、離縁の際のあなたの有責事項の証拠を確保する意味もあったのです。わたくしが育てている方が、世論の同情を得やすいですから。……でも、あなたは戦争に行って、片目を失う大怪我をなさった。今、この段階で離縁を申し出れば、世間の批判は我が家に向かうでしょう。あなたの狙いはともかく、差し当たって、我が家の方からあなたに離縁を申し出ることはできなくなりました」
淡々としたルイーズの言葉に、僕は二の句が継げない。
「……少なくとも今の僕には、君と離縁しようという気はないよ」
辛うじてそれだけを言うと、ルイーズは少しばかり疲れたような表情でため息をついた。
「今のあなたはね……でも、記憶を取り戻したら昔のあなたに戻ってしまうかも」
ルイーズのその言葉に、僕はハッとした。
僕にとって、記憶のない現在の状況はとても不安で、辛い。
記憶を失う前の僕と、今の僕。記憶を取り戻した時、今の僕はどうなるんだろう……?
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