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ユージーン
衝撃の事実
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明かされた衝撃の事実に耐えきれず、僕はその午後、昼食も全て拒否して自室にこもった。
アンは僕とルイーズの子ではなかった。
僕とルイーズとの間にアンがいるというのが、僕にとっては一番、大きな心の拠り所だった。今は何かのすれ違いで、ルイーズは僕に冷たいけれど、以前はそこそこ円満に夫婦していたはず、という希望の源だった。
でも、アンの母親はルイーズではなく、リンダとかいう、全く見覚えのない田舎くさい女。……アンがルイーズに全く似ていなくて、当然だ。
そして僕は、使用人たちの話を思い出す。そうだ、そこに出てきた名前だ。
ルイーズは言っていた。屋敷の者も、村の者も皆知っている。隠すことが出来なかった、と。
僕は大っぴらにあのリンダとかいう冴えない女と関係を持ち、子まで生ませているのだ。
入り婿の僕が! 最悪じゃないか!
僕はカーテンも閉め切った薄暗い部屋で、髪をかきむしった。
記憶を失う前の僕は、バカなのか? 頭がおかしいだろ! いったい何をやってるんだよ!
あのリンダという女の風貌を思い出しても、全く惹かれるところがない。田舎くさいし、素朴なだけが取り柄みたいな女だ。体つきは肉感的で、情動は煽るかもしれないが、より魅力的な妻であるルイーズを差し置いて、あの女を抱くとか有り得なくないか?
……とそこまで考えて、僕は一つの結論に達する。
きっと、ルイーズに拒まれて、我慢が出来なくなって、手近な女で間に合わせたに違いない。
そうだ、それ以外考えられない!
僕は悪くない! ルイーズが僕を拒んだからだ! きっとそうだ、そうに違いない!
そう結論づけると、僕は少しだけ元気になった。
だって、自分のかつての行動の、平仄が合わないなんて気持ち悪過ぎる。
僕はそれから、今後の対応を考えた。
僕は憶えていないが、なかったことにはならない。ルイーズという妻がありながら、使用人の女に手を付け、子供まで作ったのはやっぱりまずい。それは謝るべきだろう……。憶えていないことを謝罪するのは、なんだか納得がいかないというか、反省のしようもないから心の籠らない謝罪になりそうだけど……。
そして新たにわかった事実。
使用人たちが僕を嫌っている理由は、間違いなくリンダの件だ。
そりゃそうだ。入り婿のクセに、大事なお嬢様を差し置いて、使用人に手を付ける。さらに現場をルイーズに発見される。バカなのか、ユージーンよ。蹴り出されても文句言えないぞ。
――僕が国王の公妾の息子じゃなかったら、確実に離婚案件だな。情けなくて死にたい。
そしてもう一つ。
アンがルイーズの子ではないとなれば、バークリー公爵家の継承のために、絶対にルイーズには子供が必要なわけだ。
……この状況で、アンが生まれた直後に僕が戦争に行くってどういうことなんだ? 僕は本当に自分の意志で出征したのか? だって危うく死ぬ目に遭っているんだぞ?
――死ねばよかったのに。
――お嬢様もお気の毒に。
もしや、この家の人間は僕の存在が邪魔で、僕を亡き者にするために、戦争に行かせたわけじゃあるまいな?
いろんな疑問が次から次へと出てきて、僕はただ、頭を抱えて身もだえた。
怖い、何もかも、誰も彼も信用できない。
妻であるルイーズだけは僕の味方でいてくれると、どこかで信じていたのに――。
ケネスが僕を呼びに来て、夕食の時間だと言う。
昼飯を食べていないから、腹は減っている。……僕はケネスに手伝ってもらって身支度を整え、食堂に降りた。
僕は真っ青な顔をしていたのだろう、先に来ていたルイーズが立ち上がって、僕を見た。
「ご気分が悪いと聞きましたが――」
「良いわけない」
「……ですが、アンの件は早めにお伝えしないといけないと思ったのです。幼いアンはわたくしのことを本当の母だと思っていますので、わたくしも使用人もそのようにふるまっていますが、みな、事実は知っています。あなただけがご存知ないままなのはよくないと――」
「わかっている! わかるが、いきなり聞かされて受け入れられるかどうかは別だ!」
僕が口調を荒げ、給仕をしていたグレイグ夫人と、執事のサンダースが仕事をやめて僕を見た。
「旦那様……」
何か言おうとする彼らをルイーズが首を振って制止し、僕の方に歩みより、腕を取る。
「先にお食事をしましょう。その話は後で」
ルイーズが僕を席に導くと、サンダーズが椅子を引き、僕は大人しく腰を下ろす。いつもの、左側の席にルイーズが座った。
食事の味はほとんどしなかったが、僕とルイーズは黙々と食べた。僕がワイングラスに手を伸ばすたびに、ルイーズがグラスを倒さないように支えてくれる。僕の一挙手一投足に気を配ってくれるのがわかる。――見かけが美しいばかりでなく、ここまで気配りをしてくれる妻を、僕が蔑ろにする理由がわからない。ルイーズに拒絶されて自棄になった以外には――
ほぼ無言で夕食を終え、ルイーズが言った。
「食後のお茶を飲みながらお話しましょう。……今後のこともございますから」
僕に否やはなく、僕たちはサロンに移動した。
「アンの将来のことにも関わりますから、このお話はサンダースと、グレイグ夫人、それから――」
ルイーズは僕の背後のケネスを見て言った。
「ウィルソン、あなたにも同席してもらいたいの。よろしいでしょう?」
アンは僕とルイーズの子ではなかった。
僕とルイーズとの間にアンがいるというのが、僕にとっては一番、大きな心の拠り所だった。今は何かのすれ違いで、ルイーズは僕に冷たいけれど、以前はそこそこ円満に夫婦していたはず、という希望の源だった。
でも、アンの母親はルイーズではなく、リンダとかいう、全く見覚えのない田舎くさい女。……アンがルイーズに全く似ていなくて、当然だ。
そして僕は、使用人たちの話を思い出す。そうだ、そこに出てきた名前だ。
ルイーズは言っていた。屋敷の者も、村の者も皆知っている。隠すことが出来なかった、と。
僕は大っぴらにあのリンダとかいう冴えない女と関係を持ち、子まで生ませているのだ。
入り婿の僕が! 最悪じゃないか!
僕はカーテンも閉め切った薄暗い部屋で、髪をかきむしった。
記憶を失う前の僕は、バカなのか? 頭がおかしいだろ! いったい何をやってるんだよ!
あのリンダという女の風貌を思い出しても、全く惹かれるところがない。田舎くさいし、素朴なだけが取り柄みたいな女だ。体つきは肉感的で、情動は煽るかもしれないが、より魅力的な妻であるルイーズを差し置いて、あの女を抱くとか有り得なくないか?
……とそこまで考えて、僕は一つの結論に達する。
きっと、ルイーズに拒まれて、我慢が出来なくなって、手近な女で間に合わせたに違いない。
そうだ、それ以外考えられない!
僕は悪くない! ルイーズが僕を拒んだからだ! きっとそうだ、そうに違いない!
そう結論づけると、僕は少しだけ元気になった。
だって、自分のかつての行動の、平仄が合わないなんて気持ち悪過ぎる。
僕はそれから、今後の対応を考えた。
僕は憶えていないが、なかったことにはならない。ルイーズという妻がありながら、使用人の女に手を付け、子供まで作ったのはやっぱりまずい。それは謝るべきだろう……。憶えていないことを謝罪するのは、なんだか納得がいかないというか、反省のしようもないから心の籠らない謝罪になりそうだけど……。
そして新たにわかった事実。
使用人たちが僕を嫌っている理由は、間違いなくリンダの件だ。
そりゃそうだ。入り婿のクセに、大事なお嬢様を差し置いて、使用人に手を付ける。さらに現場をルイーズに発見される。バカなのか、ユージーンよ。蹴り出されても文句言えないぞ。
――僕が国王の公妾の息子じゃなかったら、確実に離婚案件だな。情けなくて死にたい。
そしてもう一つ。
アンがルイーズの子ではないとなれば、バークリー公爵家の継承のために、絶対にルイーズには子供が必要なわけだ。
……この状況で、アンが生まれた直後に僕が戦争に行くってどういうことなんだ? 僕は本当に自分の意志で出征したのか? だって危うく死ぬ目に遭っているんだぞ?
――死ねばよかったのに。
――お嬢様もお気の毒に。
もしや、この家の人間は僕の存在が邪魔で、僕を亡き者にするために、戦争に行かせたわけじゃあるまいな?
いろんな疑問が次から次へと出てきて、僕はただ、頭を抱えて身もだえた。
怖い、何もかも、誰も彼も信用できない。
妻であるルイーズだけは僕の味方でいてくれると、どこかで信じていたのに――。
ケネスが僕を呼びに来て、夕食の時間だと言う。
昼飯を食べていないから、腹は減っている。……僕はケネスに手伝ってもらって身支度を整え、食堂に降りた。
僕は真っ青な顔をしていたのだろう、先に来ていたルイーズが立ち上がって、僕を見た。
「ご気分が悪いと聞きましたが――」
「良いわけない」
「……ですが、アンの件は早めにお伝えしないといけないと思ったのです。幼いアンはわたくしのことを本当の母だと思っていますので、わたくしも使用人もそのようにふるまっていますが、みな、事実は知っています。あなただけがご存知ないままなのはよくないと――」
「わかっている! わかるが、いきなり聞かされて受け入れられるかどうかは別だ!」
僕が口調を荒げ、給仕をしていたグレイグ夫人と、執事のサンダースが仕事をやめて僕を見た。
「旦那様……」
何か言おうとする彼らをルイーズが首を振って制止し、僕の方に歩みより、腕を取る。
「先にお食事をしましょう。その話は後で」
ルイーズが僕を席に導くと、サンダーズが椅子を引き、僕は大人しく腰を下ろす。いつもの、左側の席にルイーズが座った。
食事の味はほとんどしなかったが、僕とルイーズは黙々と食べた。僕がワイングラスに手を伸ばすたびに、ルイーズがグラスを倒さないように支えてくれる。僕の一挙手一投足に気を配ってくれるのがわかる。――見かけが美しいばかりでなく、ここまで気配りをしてくれる妻を、僕が蔑ろにする理由がわからない。ルイーズに拒絶されて自棄になった以外には――
ほぼ無言で夕食を終え、ルイーズが言った。
「食後のお茶を飲みながらお話しましょう。……今後のこともございますから」
僕に否やはなく、僕たちはサロンに移動した。
「アンの将来のことにも関わりますから、このお話はサンダースと、グレイグ夫人、それから――」
ルイーズは僕の背後のケネスを見て言った。
「ウィルソン、あなたにも同席してもらいたいの。よろしいでしょう?」
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