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ユージーン
教会にて
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教会はこじんまりとした、でも清潔な印象のする場所だった。
僕たちの結婚式もここで行われたらしいが、僕は当然、何も思い出せない。
ルイーズの花嫁姿はさぞ、美しかっただろうに。
村人は純朴で、領主夫妻である僕たちを見ると、男は帽子を取り、女は皆、額に手を当ててお辞儀をする。が、彼らの忠誠と尊敬はルイーズにのみ捧げられているらしく、通り過ぎると背後からは、
「生き残ってくるとはね……」
「お嬢様もお気の毒に……」
などとささやかれて、僕の精神をゴリゴリと削った。
領主の座る専用の席に並んで座り、厳かに礼拝を守る。
年老いた白い髭の牧師はそこそこ威厳があって、説法はなかなか上手かった。
不実な夫が放蕩のあげく、尾羽打ち枯らして帰ってきて、妻の許しを乞う話は、どうも誰かをあてこすっているようだが、何も覚えていないので何とも思わないぞ。――周囲から視線が背中に刺さりまくって痛いけど、振り返ったら負けだ。
礼拝が終わり、ルイーズが牧師に挨拶する間、僕は一歩下がっておとなしく待っていた。牧師は僕の左目を見て、ルイーズに尋ねる。
「お怪我をなさったとか」
「ええ。……ニコルソン先生によれば、命が助かったのは神のご加護だと」
「なるほど……神は人の善悪に関わらず、情けをおかけくださいますから。それでも、やはり悪行の報いはあるのですね」
さりげなくボロクソ言われている気がするが、気にしたら負けだと思い、知らぬふりを決め込む。
ルイーズが牧師に別れを言い、僕たちは教会の外に出て、馬車に向かう。
と、黒いヴェールをかぶった一人の女が、妻を呼びかけ、ヴェールをめくって顔を顕にする。丸っこくて田舎くさい、平凡な容姿。ヘーゼルの瞳が怯えた色を含んで、僕とルイーズを見る。
「……奥様……」
「リンダ……」
リンダ、という名を、どこで聞いたのだったか。僕が呼び止めた女をじっと見ると、女は僕の視線に怯えるように一歩下がり、すると横にいた男が女の腰をいたわるように抱いた。その男がアンバーの瞳で僕を睨みつける。僕はギョッとした。……憎しみに燃えていたからだ。
「旦那様もご無事で……」
「ええ、お怪我をなさったけれど、今はお元気で。神様のご加護だわ」
女が怯えたように俯くのを、男が言った。
「我々は来月、やっと結婚が決まりました」
「そうなの、おめでとう。式にはいけないと思うけれど、お祝いは届けさせるわ」
「あ、ありがとうございます」
二人がチラチラと、不安げに僕を見るのが不快で、僕は思わず眉を顰める。
「何か不自由はない?」
「え、ええ大丈夫です……その……」
「アンは元気にしているわ。心配しないで」
「あ、ありがとうございます、本当に、何と申し上げたら――」
「いいのよ、お前が幸せになってくれるのが一番だわ」
二人は何度も振り返っては、お辞儀をしながら去っていく。もちろん、その感謝と尊敬も、たぶんルイーズ一人にしか向けられていない。――男からは、明確な殺意すら感じたから、間違いない。
二人が去ってから僕が尋ねた。
「あれは? 来月結婚するって」
「ええ、幼馴染で……本当は三年前に結婚するはずが、事情があって」
「何か僕に恨みでもあるのかな、あの男。夜道で会ったら刺されそうな目だった」
「……ええ、あると思いますわ」
馬車の手前まで来て、ルイーズがためらうように僕を見た。
「こちらでお過ごしになるなら、お話しておいた方がよろしいですわね。あなたは憶えていなくとも、なかったことにはなりませんし。……リンダは、アンの母親です」
「は?」
僕は一つしかない目でルイーズを穴が開くほど見つめた。何を言われたのか、理解できない。いや、意味はわかる。でも訳がわからない。
「どういうこと?」
ルイーズは僕に目で、馬車に乗るように合図するので、僕は馬車に乗り、手を貸してルイーズを引っ張り上げる。
「アンの母親は、君ではないの?」
「産んだのはリンダです。わたくしの養女として届け出ています。……ユージーン・ロックフォードの長女としては認められていますが、バークリー公爵家の血は引いておりません」
僕の血の気が急速に引いていく。左目の奥がズキズキと痛む。つまりそれは……。
「……それは、僕と、さっきの女が? ウソだろ!」
僕は叫んでいた。ありえない! あんな田舎女を、僕が?!
「落ち着いてくださいませ。……屋敷の者も、村の者も全員が知っている事実ですわ。リンダは村の出身で、昔からわたくしに仕えていて……彼女の両親も我が家の使用人でしたので、妊娠が発覚したときに両親がリンダを勘当すると大騒ぎになって。隠しきれませんでした」
「ほ、本当に僕の子? 信じられない……」
震え声で確認する僕に、ルイーズは冷たく頷いた。
「ええ。あなたとリンダには関係がありました」
「し、証拠は?」
「証拠?」
ルイーズはいかにも軽蔑し切ったような口調で吐き捨てた。
「わたくし、現場を見ましたから」
衝撃だった。僕は鈍器で殴られたような頭痛に耐えられなくなり、馬車の中で頭を抱えて沈み込んだ。
僕たちの結婚式もここで行われたらしいが、僕は当然、何も思い出せない。
ルイーズの花嫁姿はさぞ、美しかっただろうに。
村人は純朴で、領主夫妻である僕たちを見ると、男は帽子を取り、女は皆、額に手を当ててお辞儀をする。が、彼らの忠誠と尊敬はルイーズにのみ捧げられているらしく、通り過ぎると背後からは、
「生き残ってくるとはね……」
「お嬢様もお気の毒に……」
などとささやかれて、僕の精神をゴリゴリと削った。
領主の座る専用の席に並んで座り、厳かに礼拝を守る。
年老いた白い髭の牧師はそこそこ威厳があって、説法はなかなか上手かった。
不実な夫が放蕩のあげく、尾羽打ち枯らして帰ってきて、妻の許しを乞う話は、どうも誰かをあてこすっているようだが、何も覚えていないので何とも思わないぞ。――周囲から視線が背中に刺さりまくって痛いけど、振り返ったら負けだ。
礼拝が終わり、ルイーズが牧師に挨拶する間、僕は一歩下がっておとなしく待っていた。牧師は僕の左目を見て、ルイーズに尋ねる。
「お怪我をなさったとか」
「ええ。……ニコルソン先生によれば、命が助かったのは神のご加護だと」
「なるほど……神は人の善悪に関わらず、情けをおかけくださいますから。それでも、やはり悪行の報いはあるのですね」
さりげなくボロクソ言われている気がするが、気にしたら負けだと思い、知らぬふりを決め込む。
ルイーズが牧師に別れを言い、僕たちは教会の外に出て、馬車に向かう。
と、黒いヴェールをかぶった一人の女が、妻を呼びかけ、ヴェールをめくって顔を顕にする。丸っこくて田舎くさい、平凡な容姿。ヘーゼルの瞳が怯えた色を含んで、僕とルイーズを見る。
「……奥様……」
「リンダ……」
リンダ、という名を、どこで聞いたのだったか。僕が呼び止めた女をじっと見ると、女は僕の視線に怯えるように一歩下がり、すると横にいた男が女の腰をいたわるように抱いた。その男がアンバーの瞳で僕を睨みつける。僕はギョッとした。……憎しみに燃えていたからだ。
「旦那様もご無事で……」
「ええ、お怪我をなさったけれど、今はお元気で。神様のご加護だわ」
女が怯えたように俯くのを、男が言った。
「我々は来月、やっと結婚が決まりました」
「そうなの、おめでとう。式にはいけないと思うけれど、お祝いは届けさせるわ」
「あ、ありがとうございます」
二人がチラチラと、不安げに僕を見るのが不快で、僕は思わず眉を顰める。
「何か不自由はない?」
「え、ええ大丈夫です……その……」
「アンは元気にしているわ。心配しないで」
「あ、ありがとうございます、本当に、何と申し上げたら――」
「いいのよ、お前が幸せになってくれるのが一番だわ」
二人は何度も振り返っては、お辞儀をしながら去っていく。もちろん、その感謝と尊敬も、たぶんルイーズ一人にしか向けられていない。――男からは、明確な殺意すら感じたから、間違いない。
二人が去ってから僕が尋ねた。
「あれは? 来月結婚するって」
「ええ、幼馴染で……本当は三年前に結婚するはずが、事情があって」
「何か僕に恨みでもあるのかな、あの男。夜道で会ったら刺されそうな目だった」
「……ええ、あると思いますわ」
馬車の手前まで来て、ルイーズがためらうように僕を見た。
「こちらでお過ごしになるなら、お話しておいた方がよろしいですわね。あなたは憶えていなくとも、なかったことにはなりませんし。……リンダは、アンの母親です」
「は?」
僕は一つしかない目でルイーズを穴が開くほど見つめた。何を言われたのか、理解できない。いや、意味はわかる。でも訳がわからない。
「どういうこと?」
ルイーズは僕に目で、馬車に乗るように合図するので、僕は馬車に乗り、手を貸してルイーズを引っ張り上げる。
「アンの母親は、君ではないの?」
「産んだのはリンダです。わたくしの養女として届け出ています。……ユージーン・ロックフォードの長女としては認められていますが、バークリー公爵家の血は引いておりません」
僕の血の気が急速に引いていく。左目の奥がズキズキと痛む。つまりそれは……。
「……それは、僕と、さっきの女が? ウソだろ!」
僕は叫んでいた。ありえない! あんな田舎女を、僕が?!
「落ち着いてくださいませ。……屋敷の者も、村の者も全員が知っている事実ですわ。リンダは村の出身で、昔からわたくしに仕えていて……彼女の両親も我が家の使用人でしたので、妊娠が発覚したときに両親がリンダを勘当すると大騒ぎになって。隠しきれませんでした」
「ほ、本当に僕の子? 信じられない……」
震え声で確認する僕に、ルイーズは冷たく頷いた。
「ええ。あなたとリンダには関係がありました」
「し、証拠は?」
「証拠?」
ルイーズはいかにも軽蔑し切ったような口調で吐き捨てた。
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