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ユージーン
冷たすぎない?
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夕食の席で、僕たちの会話は少なかった。
昼間打ち付けた後頭部にはコブができていた。――もっと強くぶつけていれば、記憶も戻ったかもしれないのに、中途半端な!
ルイーズは少しばかり気まずそうにしていたが、デザートの時になって、ためらいがちに言った。
「明日の日曜日、わたくしは教会に参りますけれど、あなたはどうなさいます?」
「教会……?」
「結婚直後に一度だけ、ご一緒しましたが、その後はバカバカしいとおっしゃって、あなたは拒否なさいました」
僕はデザートワインを一口飲むと、グラスを置く。
「……戦争から無事に戻られたので、信徒や領民にも顔を見せた方がよろしいかと思いますが、ですが――」
「もちろん行くよ。君も一緒にいてくれるんだろう?」
「それはもう。教会に献金をして、それから牧師様に少しばかりご挨拶しますけれど、それほど長くはなりません」
「いや、気にしなくていいよ、僕はおとなしく待っていられるし」
そう答えてから、僕はふと左目の包帯に触れた。
「でも、こんななりで行かない方がよかったりするかな。医者の言う眼帯はまだ準備ができていないし――」
「それは構わないと思いますわ。……お怪我はなさったけれど、お元気に戻ってこられたことがわかれば……」
「僕が行った方がいいなら、行くよ」
「……いろいろ、言う者がいるかもしれませんが」
「それは、覚悟しておくよ」
僕はふっとため息をついた。
「それより――僕は今夜も君に閉め出されるのは嫌だ。鍵は開けておいてくれるね?」
「あなた――」
ルイーズがため息をつく。
「できれば来ないでいただきたいのですけれど……」
デザートのチーズケーキをフォークで細かく切って、迷う風のルイーズに、僕が身を乗り出す。
「はっきり言ってくれ、そんなに僕が嫌か?」
「ええ。……はっきり申し上げれば、嫌です」
僕はショックのあまり手を滑らせ、ワイングラスを倒してしまう。
「ああ……」
ルイーズはナプキンでテーブルを押さえ、グレイグ夫人が駆けつけて、新しいグラスとナプキンを手渡す。
「すまない……その……そんなハッキリ言われるとは思わず……」
多分、僕はものすごく惨めそうな顔ですがるようにルイーズを見ていたのだと思う。ルイーズが観念したように言った。
「怖い夢を見て、落ち着くまでの間なら、居ても構いません。でも、落ち着いたら自分の部屋に帰ってくださいまし」
「自分の部屋に戻ったら、また怖い夢を見るかもしれない。一人じゃ眠れないんだ」
ルイーズが困ったように僕を見る。
「……じゃあ、やっぱり添い寝係を……」
「君が添い寝してくれれば、万事解決」
「しません」
「君が僕の部屋に来てくれても……」
「絶対にお断りですわ」
憎しみを込めて冷たく拒絶され、僕は捨て犬のように項垂れた。
結局、夜中に悪夢で目を覚ました時は、ルイーズも僕を宥めてくれたけれど、落ち着いたら無情に追い返され、その後は明け方近くまで眠れず、寝不足のまま僕はケネスに起こされる。
教会に行くために正装し、トーストをなんとか喉に流し込む。玄関に降りていくと、ルイーズは支度を整え、使用人たちにあれこれ指図していた。
「おはようございます」
「おはよう……」
「体調が悪そうですわね」
「どなたかさんが冷たいから、眠れなかった」
僕の嫌みをあっさり無視して、ルイーズは僕に馬車に乗るように促す。二人で出掛けるのは、僕が戻ってきて初めてのこと。
――思えば、村に行くのも初めてだ。邸から教会はそれほど離れてはいなくて、ほどなく教会の尖塔が見えてきた。
僕は欠伸をして、額を押さえる。
「居眠りしたら起こしてくれないか」
「いびきさえかかなければ構いませんわ」
「ひどいな……」
僕は隣に座るルイーズの腕に指を絡め、そのまま腕を辿り、手を握った。
僕に手を握られて、ルイーズがぎょっと身を固くする。
――人妻のくせに、ルイーズの反応はやけに硬くて、まるで生娘みたいだ。可愛いと言えなくもないが、そんなに僕が嫌いか? と聞きたくなる。間違いなく、はっきり「嫌い」と言われるだろうと思い、言葉を飲み込んだ。
「離してくださいませ」
ルイーズが僕から顔を背けながら言うが、僕はルイーズの手を握り、自分の唇に近づける。
「嫌だ。手を握っていてくれないと、不安なんだ」
「不安?」
ルイーズが僕の顔を見上げる。
「僕はこのあたりの人にずいぶん、嫌われているらしいから」
「あなたが憶えていらっしゃらないだけで、自業自得なんですのよ」
「憶えていないんだから、しょうがないじゃないか」
僕は教会に着くまで、ルイーズの手を離さなかった。
昼間打ち付けた後頭部にはコブができていた。――もっと強くぶつけていれば、記憶も戻ったかもしれないのに、中途半端な!
ルイーズは少しばかり気まずそうにしていたが、デザートの時になって、ためらいがちに言った。
「明日の日曜日、わたくしは教会に参りますけれど、あなたはどうなさいます?」
「教会……?」
「結婚直後に一度だけ、ご一緒しましたが、その後はバカバカしいとおっしゃって、あなたは拒否なさいました」
僕はデザートワインを一口飲むと、グラスを置く。
「……戦争から無事に戻られたので、信徒や領民にも顔を見せた方がよろしいかと思いますが、ですが――」
「もちろん行くよ。君も一緒にいてくれるんだろう?」
「それはもう。教会に献金をして、それから牧師様に少しばかりご挨拶しますけれど、それほど長くはなりません」
「いや、気にしなくていいよ、僕はおとなしく待っていられるし」
そう答えてから、僕はふと左目の包帯に触れた。
「でも、こんななりで行かない方がよかったりするかな。医者の言う眼帯はまだ準備ができていないし――」
「それは構わないと思いますわ。……お怪我はなさったけれど、お元気に戻ってこられたことがわかれば……」
「僕が行った方がいいなら、行くよ」
「……いろいろ、言う者がいるかもしれませんが」
「それは、覚悟しておくよ」
僕はふっとため息をついた。
「それより――僕は今夜も君に閉め出されるのは嫌だ。鍵は開けておいてくれるね?」
「あなた――」
ルイーズがため息をつく。
「できれば来ないでいただきたいのですけれど……」
デザートのチーズケーキをフォークで細かく切って、迷う風のルイーズに、僕が身を乗り出す。
「はっきり言ってくれ、そんなに僕が嫌か?」
「ええ。……はっきり申し上げれば、嫌です」
僕はショックのあまり手を滑らせ、ワイングラスを倒してしまう。
「ああ……」
ルイーズはナプキンでテーブルを押さえ、グレイグ夫人が駆けつけて、新しいグラスとナプキンを手渡す。
「すまない……その……そんなハッキリ言われるとは思わず……」
多分、僕はものすごく惨めそうな顔ですがるようにルイーズを見ていたのだと思う。ルイーズが観念したように言った。
「怖い夢を見て、落ち着くまでの間なら、居ても構いません。でも、落ち着いたら自分の部屋に帰ってくださいまし」
「自分の部屋に戻ったら、また怖い夢を見るかもしれない。一人じゃ眠れないんだ」
ルイーズが困ったように僕を見る。
「……じゃあ、やっぱり添い寝係を……」
「君が添い寝してくれれば、万事解決」
「しません」
「君が僕の部屋に来てくれても……」
「絶対にお断りですわ」
憎しみを込めて冷たく拒絶され、僕は捨て犬のように項垂れた。
結局、夜中に悪夢で目を覚ました時は、ルイーズも僕を宥めてくれたけれど、落ち着いたら無情に追い返され、その後は明け方近くまで眠れず、寝不足のまま僕はケネスに起こされる。
教会に行くために正装し、トーストをなんとか喉に流し込む。玄関に降りていくと、ルイーズは支度を整え、使用人たちにあれこれ指図していた。
「おはようございます」
「おはよう……」
「体調が悪そうですわね」
「どなたかさんが冷たいから、眠れなかった」
僕の嫌みをあっさり無視して、ルイーズは僕に馬車に乗るように促す。二人で出掛けるのは、僕が戻ってきて初めてのこと。
――思えば、村に行くのも初めてだ。邸から教会はそれほど離れてはいなくて、ほどなく教会の尖塔が見えてきた。
僕は欠伸をして、額を押さえる。
「居眠りしたら起こしてくれないか」
「いびきさえかかなければ構いませんわ」
「ひどいな……」
僕は隣に座るルイーズの腕に指を絡め、そのまま腕を辿り、手を握った。
僕に手を握られて、ルイーズがぎょっと身を固くする。
――人妻のくせに、ルイーズの反応はやけに硬くて、まるで生娘みたいだ。可愛いと言えなくもないが、そんなに僕が嫌いか? と聞きたくなる。間違いなく、はっきり「嫌い」と言われるだろうと思い、言葉を飲み込んだ。
「離してくださいませ」
ルイーズが僕から顔を背けながら言うが、僕はルイーズの手を握り、自分の唇に近づける。
「嫌だ。手を握っていてくれないと、不安なんだ」
「不安?」
ルイーズが僕の顔を見上げる。
「僕はこのあたりの人にずいぶん、嫌われているらしいから」
「あなたが憶えていらっしゃらないだけで、自業自得なんですのよ」
「憶えていないんだから、しょうがないじゃないか」
僕は教会に着くまで、ルイーズの手を離さなかった。
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