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ユージーン

嫌われ者

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 翌朝、僕が目を覚ました時には、もうルイーズはいなかった。
 見たこともない部屋を、僕は呆然と見回す。明るい光の中で見る、妻ルイーズの部屋。
 白いクリーム色の壁紙には淡い薔薇の模様が描かれ、カーテンも薄紅色で、全体にかわいらしい、女性らしい部屋だ。家具は猫脚の繊細なもので揃えられ、布張りのソファは薔薇の模様。クッションには薔薇の花の刺繍が施され、レースの縁取りと凝ったタッセルがついている。鏡台にはさまざまな化粧品が並ぶ。

 僕がぼんやりと寝台に座っていると、掃除のためにか部屋を覗いたメイドが、驚いて去っていく。まもなく、コネクション・ドアをノックする音がして、ケネスが顔を出した。

「おはようございます。お支度を――」
「あ、ああ……」

 僕はフラフラと自分の部屋に戻る。ふと振り返ると、さっきのメイドが掃除のために箒と塵取りと抱えてやってくるのと目が合った。――射殺さんばかりの憎しみの籠った目で睨まれて、僕は慌てて退散する。

「ルイーズは?」
「奥様はもう、お庭に出ていらっしゃいます。朝はお庭の手入れをしながら、お嬢様とすごすご習慣だとか」
「そうなんだ」

 僕は昨日見た、若い園丁を思い出し、眉を顰める。――面白くない。

「さっきもメイドにすごい目で睨まれちゃったけど、僕はこの屋敷でずいぶん、嫌われているみたいだ」 

 オートミールの粥をスプーンですくいながら言えば、ケネスが少しばかり眉を寄せた。

「こちらのお屋敷は、奥様がお育ちになられた実家でございますからね。……その、旦那様はどうやら、奥様とはあまり関係がよろしくなかったようで……」
「押し付けられた入り婿ってことか」
「いろいろとすれ違いがあったのかもしれません」

 ケネスが僕を慰める。

「私も使用人部屋であれこれと尋ねてみましたが、五年前に結婚された後、こちらのお屋敷にいたのは通算でも三か月に満たないと。ほとんどは王都で過ごされていたようです」
「……それで僕がここに住むって言ったら、嫌な顔したんだな」

 僕はケネスの淹れた紅茶をすすりながら、バター付きのトーストをほおばる。
 結局、記憶を失った僕には、安住に地などどこにもないのだ。

 ――いっそ王都に帰ろうか――

 そこまで考えて、僕はため息をつく。
 覚えていなくても、ゴルボーン伯爵としての僕の立場と将来は、すべて妻との関係にかかっている。
 この結婚は王命によるもので、妻の側からは離縁できないみたいなことを言っていたが、たとえばこのまま男の子が生まれなければ、結局は後継ぎに困る。――まあ、アンがいるけれど、代襲相続って言うのは女児の産んだ男児への継承を認めるものだから、さらに女児への継承はなかなか難しい。僕は戦争で怪我をして、顔に傷まで負って帰ってきた。こんな男では男児は産めないとか、適当な理由をつければ、国王も離婚を許すかもしれない。

 離縁されて、そしてこの顔では、新たな婿入り先を探すのも無理だろう。

 我が国は基本、男性優位の法体系ではあるが、こと僕に限っては離婚されてしまうと全部終わる。
 
 僕は朝食を終えると、ケネスに手伝ってもらって衣服を整え、念入りに包帯を巻いてから、庭に降りることにした。
 ルイーズとの関係を改善する以外に、僕が生きていく道はないと気づいたから。





 部屋を出て階段を降り、玄関ホールに向かう途中、考え事をしていた僕は、使用人用の通路の方に入り込んでしまった。
 普段、僕らが通ることはない廊下で、僕は慌てて元に戻ろうとして、使用人たちが立ち話をしている声を聴き、つい足を止めた。

「じゃあ、結局、奥様のお部屋にお泊りになったの? 図々しい!」
「まったくよ、どのツラ下げて戻ってきたのやら」
「片目がなくなっても命があるだなんて、いっそ死ねばよかったのに。あのクズ男!」

 ……ぼろくそである。
 ここまで嫌われるって、僕がいったい何をしたと?

「奥様もお気の毒に。いくら国王陛下のご命令だからってあんなクズ男と!」
「唯一、マシだった見かけもあれじゃあねえ……」
「奥様にあんな仕打ちをしておきながら、しかも記憶が混乱してるとかなんとか言って! 本当かしら?」
「忘れたフリして奥様にすり寄ろうとしているのよ、ほんっと忌々しい! スープに毒でも入れてやろうかしら!」

 僕はゾッとして思わず喉を押さえる。嫌われるにもほどがあるだろう。

「そう言えばリンダはどうするのかしら? やっと、例の幼馴染と結婚できそうなのに、またあのクズが帰ってきたら――」
「さあ、いくら何でもそれはないでしょう」
「あの子も可哀想な子よ。奥様に顔向けできないって泣いてたわ」
「それもこれもみんな、あのクズが悪いのよ!」

 ――リンダ? リンダって誰だ?
 そしてリンダにも僕が悪いことをしたのか? 全然わからないのだが――

 僕は使用人たちがいなくなるを待ってから、そっとその場を後にした。

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