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第三章
誓い
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「……片割れ……勅書の?」
「副本ということか?」
ざわざわ……と議場がどよめく。
「一目でわかったのか?」
殿下の問いに、リーガル氏が当然、という風に頷いた。
「もちろんです。五百年前の資料は、全部、羊皮紙なんです。……ですから、植物性の紙でできた妙な書類が紛れ込んでいると、すぐに気づきました。また、書類の名前がアシュバートンだったので、私は以前の一件を思い出し、さらにたまたまですが、別の方面からもアシュバートンの名を聞きましてね。迂闊に上役に届けるべきでないと、しばらく手元に置いておいたんです」
リーガル氏の返答に、殿下が首を傾げると、リーガル氏は何でもないことのように、言った。
「実は私の伯母が、王都の王立療養院に入院しておりまして。そこで、爵位を失ったかつての伯爵夫人に知り合ったと。彼女の名が、レディ・アシュバートン。孫娘が、第三王子殿下と、最近、噂になっている女性だと。見つけた書類の一通は、出征前の、相続の確約を求める請願で、もう一通が伯爵令嬢とアルバート殿下の結婚を認める、という詔勅でした。日付は戦争中のもので。ちょうど、殿下がレコンフィールド公爵のご令嬢と婚約するか、あるいは新しい恋人がいるとかなんとか。何となく話が繋がったような気がしていたところに、殿下の主席秘書官の方から問い合わせがあった。それで、証言をお引き受けしたんです」
少しだけはにかんだような表情に、わたしは思い出す。――あの老姉妹の妹は、リーガル夫人!
わたしの動揺を余所に、質疑は進んでいく。
「古い資料に、現代の書類が紛れ込む可能性は――」
「誰かが故意に隠そうとしない限り、あり得ないと思いますよ。私の推測ですが、資料室の出入りには厳しいチェックがあり、さらに、資料調査室は火気厳禁でなんです。持ち出すことも燃やすこともできず、数百年前の棚に移動して、適当な場所に突っこんで、隠蔽したのではないかと」
それは極めて合理的に思える解釈だが、いったい誰が何のために、父への詔勅の副本を――。
「誰が――なぜ、そこまでして、書類を隠蔽するなんて……」
思わず呟いたわたしの声を、隣の殿下が拾い、答えた。
「おそらくは、リンドホルム伯爵が、田舎の伯爵家だったからだ」
意味がわからずただ見上げると、殿下がもう一度言う。
「権力の中枢にいる者からすれば、リンドホルム伯爵なんて、潰れても踏みつけにしてもわからないくらい、ちっぽけな家だったからだ。だから――」
殿下は議場を見回して言う。
「そんな田舎の伯爵家から、王子の妃を出すことが我慢ならないと思う者がいた。その者は国王の詔勅に触れる機会がある側近で、国王が王子の結婚を認める詔勅を戦地に送ったことを知る。詔勅の条件は、『リンドホルム伯爵令嬢のエルスペス・アシュバートン』と、第三王子の結婚だ。彼女が伯爵令嬢でなければ、条件は発動しない。だから代襲相続を認める詔勅と、結婚を許す詔勅と、二つの副本を隠蔽した。折しも、当主のマックス・アシュバートンは戦死した。息子の死は偶然だったが、代襲相続を求めた娘の訴えを棄却する。十六歳の娘と年老いた先代の未亡人では、中央の決定を覆すことなどできない。こうして王子との結婚の可能性を潰したと思っていた。ところが――」
殿下はレコンフィールド公爵と、首相を見た。
「そのものは、王子自身がその伯爵令嬢との結婚を望んでいるという、可能性に考慮しなかった。高位貴族としてのプライドと、女子相続を認める法改正を阻むためにも、王子にはマトモな結婚をさせる必要があった。――田舎の元・伯爵令嬢ではなく、王都で相思相愛と言われていた、公爵令嬢と。そうして一刻も早く男児を生ませ、女系継承の芽を潰す。……そういうことだったと、俺は理解している」
殿下が言い、マールバラ公爵を見る。公爵が頷いた。
「まあ、そういうことだったという感じかな?」
マールバラ公爵も頷いて、その様子に、首相がぐっと眉を寄せる。
「リンドホルム伯の勅書の副本を隠蔽したのが、私やレコンフィールド公爵だと言いたいのだろうが、証拠がない。ただの推測に過ぎぬ」
「ああ、もちろん。でも、首相がさっきから何度も言うように、本日は、俺とリンドホルム伯爵令嬢エルスペス・アシュバートンの、婚姻を議会として承認するかだ。書類を隠蔽し、命懸けで王子を庇って死んだ者の家族の代襲相続を認めず、困窮に追いやった者たちを裁くためには、別の機会を設ければよい」
殿下は首相と、レコンフィールド公爵をじっと見つめる。
「マックス・アシュバートンは、わが父である国王の勅命で俺の護衛として従軍した。建国以来の国王と貴族との取り決めに従い、出征前に請願書を提出し、いかなることがあろうとも、直系の子女に爵位・領地が継承されるとの確約を得ていた。出征前の請願は、認めた以上、国王は絶対に守らねばならない。――もし、側近の者がこの誓約違反を誘導したのだとしたら――」
ざわざわと、議場がどよめく。たとえ田舎貴族であっても、リンドホルム伯爵は建国以来の名家。かつ、当主マックス・アシュバートンは王子を身を挺して守り、命を落とした。にもかかわらず、出征前の請願ばかりか、死後、慣例で認められた代襲相続まで却下されている。
「先ほどのリーガル法務官の証言によれば、当時法務長官であったレコンフィールド公爵および、バーソロミュー・ウォルシンガム首相の責任は免れないと思われるがいかに?」
殿下の問いかけに、議場のあちこちから「そうだ、そうだ!」「責任を追及しろ!」「首相も共犯だ!」というような声が沸き起こり、議員たちがみな立ち上がり、ドスドス足を踏み鳴らす。その怒号で、ゴオッと議場が包まれ、その雰囲気に気圧されて、わたしはただハラハラと周囲を見回すことしかできない。
殿下さらに、議場の隅々にまで響くような声で議員たちに語りかけ、その威が議場を支配していた。
「あの戦争を、どれほどの者が苦難と耐乏の中で生きたか! 兵士たちは皆、何年、何か月もの年月を、冷たい泥の中の、塹壕で戦い抜いた。敵襲に怯え、地雷の恐怖と毒ガスの脅威にさらされて。あるいは命を失い、あるいは身体を損なって! 国で待つ者たちは、父や兄、夫、恋人……大切な者を戦争に奪われ、働き手を失って、さらなる困窮に突き落とされて。その国民の痛みを分け合うために、王子である俺は自ら戦場に立った。多くの貴族の若者も。――我が国の法は女子の継承を基本的に認めない。だが国事に死んだ場合は、直系の女子への代襲相続を認めてきた。そうして残された家族の安寧をある程度保証しなければ、いったい誰が、自ら進んで国を守ろうとするだろうか?」
殿下がダン!と拳で机を叩きつける。
「しかるに、レコンフィールド公爵と首相のウォルシンガムは、我が娘、わが姪可愛さに、その国の約束を踏みつけ、戦死した遺族の代襲相続を恣意を持って却下したのだ。その結果、レディ・エルスペスは十六歳から十九歳の三年を、当然得られるべき正当な権威を奪われ、貧窮に喘ぐことになり、マックス・アシュバートンの母、ウルスラ夫人は身体を壊して逝去した。国を導き、議会を率いて民の暮らしを守るべき者が、自らの私怨によって力のない女性たちを苦難の日々に落とし込んだ。到底、許すべからざる暴挙である!」
殿下の声に、議場から、「そうだ!」「許すな!」そんな声が乱れ飛ぶ。
「アルバート・アーネスト・ヴィクター・レジナルドは、国の為に戦場に立った一人の男として、残された遺族の権利の保護・補償を要求し、万一、不当に権利を奪われていた者に対しては、国が責任を問うべきだと主張する! 我らが兵士とその家族を守るべき者が、その聖なる約束を違えてることなど、あってはならない!」
殿下が高らかに宣言すると、議場はどおおんと割れるようなどよめきに覆われる。
「そうだ! その通りだ!」
「あってはならない!」
「あってはならない!」
議員たちが口々に叫ぶ、そのどよめきの中、殿下は自分の席を離れ、呆然と周囲を見上げていたわたしの側にやってきて、突然、わたしの前に跪いた。殿下の行動に、議場はどよどよと揺れる。
満場の注目を浴びて戸惑うわたしの左手を取り、殿下はそこに光る指輪に口づけて、言った。
「わが王家とそれを支える貴族、国民の総意を表す神聖なる場であるこの議会に誓う。私、アルバート・アーネスト・ヴィクター・レジナルドは、国のために自らの命を捧げたマクシミリアン・アシュバートンの忠誠に報いるためにも、その息女であるエルスペス・アシュバートンに生涯の愛を捧げることを!」
わたしの目の前で、殿下は真紅の絨毯に片膝をつき、わたしの左手を取ってわたしを見上げている。その金色の瞳には、どうしていいかわからない困った表情の、わたしが映っている。
「……り、リジー?」
「もし、議会がこの婚姻をあくまで否決するならば、私はこの場を持って継承権も王子の地位も捨てよう。私の愛を受け入れてくれ、エルシー」
突然始まった愛の告白劇に議場は一瞬、しんと静まり返り、次に野次とヒューヒューと冷やかしが乱れ飛んだ。
「いいぞぉ! もっとやれ!」
「我が女神よ! そんな王子は振ってしまえ!」
「女神よ! 俺と結婚してくれ!」
「踏まれたい!」
「静粛にー!」
我に返った議長が狂ったように木槌を鳴らして、カンカンカンカン鳴り響いている。
「愛してる、エルシー」
「……ええ、リジー……ありがとう。わたしも愛してる」
わたしが答えれば、殿下がわたしに口づける。
その瞬間、議場には悲鳴のような怒号が沸き起こって反響し、真紅の絨毯の上に白い書類が吹雪のように舞い散り、ついでに、議長の白い鬘が宙を舞った。
その日、貴族院はごく少数の白票を除いて、全会一致でわたしとアルバート殿下の結婚を承認した。翌日、庶民院も全会一致で結婚を承認し、わたしと殿下の結婚は認められた。
さらにその夜、戦死者である故リンドホルム伯爵の遺族への代襲相続を、慣例に反して故意に認めなかった疑いを追求された首相とレコンフィールド公爵が、議員の職を辞し、内閣は総辞職した。野党の党首オーソン・スタイルズ卿も、国会に招致した証人が王族に危害を加えようとした責任を取り、やはり議員の職を辞した。
「副本ということか?」
ざわざわ……と議場がどよめく。
「一目でわかったのか?」
殿下の問いに、リーガル氏が当然、という風に頷いた。
「もちろんです。五百年前の資料は、全部、羊皮紙なんです。……ですから、植物性の紙でできた妙な書類が紛れ込んでいると、すぐに気づきました。また、書類の名前がアシュバートンだったので、私は以前の一件を思い出し、さらにたまたまですが、別の方面からもアシュバートンの名を聞きましてね。迂闊に上役に届けるべきでないと、しばらく手元に置いておいたんです」
リーガル氏の返答に、殿下が首を傾げると、リーガル氏は何でもないことのように、言った。
「実は私の伯母が、王都の王立療養院に入院しておりまして。そこで、爵位を失ったかつての伯爵夫人に知り合ったと。彼女の名が、レディ・アシュバートン。孫娘が、第三王子殿下と、最近、噂になっている女性だと。見つけた書類の一通は、出征前の、相続の確約を求める請願で、もう一通が伯爵令嬢とアルバート殿下の結婚を認める、という詔勅でした。日付は戦争中のもので。ちょうど、殿下がレコンフィールド公爵のご令嬢と婚約するか、あるいは新しい恋人がいるとかなんとか。何となく話が繋がったような気がしていたところに、殿下の主席秘書官の方から問い合わせがあった。それで、証言をお引き受けしたんです」
少しだけはにかんだような表情に、わたしは思い出す。――あの老姉妹の妹は、リーガル夫人!
わたしの動揺を余所に、質疑は進んでいく。
「古い資料に、現代の書類が紛れ込む可能性は――」
「誰かが故意に隠そうとしない限り、あり得ないと思いますよ。私の推測ですが、資料室の出入りには厳しいチェックがあり、さらに、資料調査室は火気厳禁でなんです。持ち出すことも燃やすこともできず、数百年前の棚に移動して、適当な場所に突っこんで、隠蔽したのではないかと」
それは極めて合理的に思える解釈だが、いったい誰が何のために、父への詔勅の副本を――。
「誰が――なぜ、そこまでして、書類を隠蔽するなんて……」
思わず呟いたわたしの声を、隣の殿下が拾い、答えた。
「おそらくは、リンドホルム伯爵が、田舎の伯爵家だったからだ」
意味がわからずただ見上げると、殿下がもう一度言う。
「権力の中枢にいる者からすれば、リンドホルム伯爵なんて、潰れても踏みつけにしてもわからないくらい、ちっぽけな家だったからだ。だから――」
殿下は議場を見回して言う。
「そんな田舎の伯爵家から、王子の妃を出すことが我慢ならないと思う者がいた。その者は国王の詔勅に触れる機会がある側近で、国王が王子の結婚を認める詔勅を戦地に送ったことを知る。詔勅の条件は、『リンドホルム伯爵令嬢のエルスペス・アシュバートン』と、第三王子の結婚だ。彼女が伯爵令嬢でなければ、条件は発動しない。だから代襲相続を認める詔勅と、結婚を許す詔勅と、二つの副本を隠蔽した。折しも、当主のマックス・アシュバートンは戦死した。息子の死は偶然だったが、代襲相続を求めた娘の訴えを棄却する。十六歳の娘と年老いた先代の未亡人では、中央の決定を覆すことなどできない。こうして王子との結婚の可能性を潰したと思っていた。ところが――」
殿下はレコンフィールド公爵と、首相を見た。
「そのものは、王子自身がその伯爵令嬢との結婚を望んでいるという、可能性に考慮しなかった。高位貴族としてのプライドと、女子相続を認める法改正を阻むためにも、王子にはマトモな結婚をさせる必要があった。――田舎の元・伯爵令嬢ではなく、王都で相思相愛と言われていた、公爵令嬢と。そうして一刻も早く男児を生ませ、女系継承の芽を潰す。……そういうことだったと、俺は理解している」
殿下が言い、マールバラ公爵を見る。公爵が頷いた。
「まあ、そういうことだったという感じかな?」
マールバラ公爵も頷いて、その様子に、首相がぐっと眉を寄せる。
「リンドホルム伯の勅書の副本を隠蔽したのが、私やレコンフィールド公爵だと言いたいのだろうが、証拠がない。ただの推測に過ぎぬ」
「ああ、もちろん。でも、首相がさっきから何度も言うように、本日は、俺とリンドホルム伯爵令嬢エルスペス・アシュバートンの、婚姻を議会として承認するかだ。書類を隠蔽し、命懸けで王子を庇って死んだ者の家族の代襲相続を認めず、困窮に追いやった者たちを裁くためには、別の機会を設ければよい」
殿下は首相と、レコンフィールド公爵をじっと見つめる。
「マックス・アシュバートンは、わが父である国王の勅命で俺の護衛として従軍した。建国以来の国王と貴族との取り決めに従い、出征前に請願書を提出し、いかなることがあろうとも、直系の子女に爵位・領地が継承されるとの確約を得ていた。出征前の請願は、認めた以上、国王は絶対に守らねばならない。――もし、側近の者がこの誓約違反を誘導したのだとしたら――」
ざわざわと、議場がどよめく。たとえ田舎貴族であっても、リンドホルム伯爵は建国以来の名家。かつ、当主マックス・アシュバートンは王子を身を挺して守り、命を落とした。にもかかわらず、出征前の請願ばかりか、死後、慣例で認められた代襲相続まで却下されている。
「先ほどのリーガル法務官の証言によれば、当時法務長官であったレコンフィールド公爵および、バーソロミュー・ウォルシンガム首相の責任は免れないと思われるがいかに?」
殿下の問いかけに、議場のあちこちから「そうだ、そうだ!」「責任を追及しろ!」「首相も共犯だ!」というような声が沸き起こり、議員たちがみな立ち上がり、ドスドス足を踏み鳴らす。その怒号で、ゴオッと議場が包まれ、その雰囲気に気圧されて、わたしはただハラハラと周囲を見回すことしかできない。
殿下さらに、議場の隅々にまで響くような声で議員たちに語りかけ、その威が議場を支配していた。
「あの戦争を、どれほどの者が苦難と耐乏の中で生きたか! 兵士たちは皆、何年、何か月もの年月を、冷たい泥の中の、塹壕で戦い抜いた。敵襲に怯え、地雷の恐怖と毒ガスの脅威にさらされて。あるいは命を失い、あるいは身体を損なって! 国で待つ者たちは、父や兄、夫、恋人……大切な者を戦争に奪われ、働き手を失って、さらなる困窮に突き落とされて。その国民の痛みを分け合うために、王子である俺は自ら戦場に立った。多くの貴族の若者も。――我が国の法は女子の継承を基本的に認めない。だが国事に死んだ場合は、直系の女子への代襲相続を認めてきた。そうして残された家族の安寧をある程度保証しなければ、いったい誰が、自ら進んで国を守ろうとするだろうか?」
殿下がダン!と拳で机を叩きつける。
「しかるに、レコンフィールド公爵と首相のウォルシンガムは、我が娘、わが姪可愛さに、その国の約束を踏みつけ、戦死した遺族の代襲相続を恣意を持って却下したのだ。その結果、レディ・エルスペスは十六歳から十九歳の三年を、当然得られるべき正当な権威を奪われ、貧窮に喘ぐことになり、マックス・アシュバートンの母、ウルスラ夫人は身体を壊して逝去した。国を導き、議会を率いて民の暮らしを守るべき者が、自らの私怨によって力のない女性たちを苦難の日々に落とし込んだ。到底、許すべからざる暴挙である!」
殿下の声に、議場から、「そうだ!」「許すな!」そんな声が乱れ飛ぶ。
「アルバート・アーネスト・ヴィクター・レジナルドは、国の為に戦場に立った一人の男として、残された遺族の権利の保護・補償を要求し、万一、不当に権利を奪われていた者に対しては、国が責任を問うべきだと主張する! 我らが兵士とその家族を守るべき者が、その聖なる約束を違えてることなど、あってはならない!」
殿下が高らかに宣言すると、議場はどおおんと割れるようなどよめきに覆われる。
「そうだ! その通りだ!」
「あってはならない!」
「あってはならない!」
議員たちが口々に叫ぶ、そのどよめきの中、殿下は自分の席を離れ、呆然と周囲を見上げていたわたしの側にやってきて、突然、わたしの前に跪いた。殿下の行動に、議場はどよどよと揺れる。
満場の注目を浴びて戸惑うわたしの左手を取り、殿下はそこに光る指輪に口づけて、言った。
「わが王家とそれを支える貴族、国民の総意を表す神聖なる場であるこの議会に誓う。私、アルバート・アーネスト・ヴィクター・レジナルドは、国のために自らの命を捧げたマクシミリアン・アシュバートンの忠誠に報いるためにも、その息女であるエルスペス・アシュバートンに生涯の愛を捧げることを!」
わたしの目の前で、殿下は真紅の絨毯に片膝をつき、わたしの左手を取ってわたしを見上げている。その金色の瞳には、どうしていいかわからない困った表情の、わたしが映っている。
「……り、リジー?」
「もし、議会がこの婚姻をあくまで否決するならば、私はこの場を持って継承権も王子の地位も捨てよう。私の愛を受け入れてくれ、エルシー」
突然始まった愛の告白劇に議場は一瞬、しんと静まり返り、次に野次とヒューヒューと冷やかしが乱れ飛んだ。
「いいぞぉ! もっとやれ!」
「我が女神よ! そんな王子は振ってしまえ!」
「女神よ! 俺と結婚してくれ!」
「踏まれたい!」
「静粛にー!」
我に返った議長が狂ったように木槌を鳴らして、カンカンカンカン鳴り響いている。
「愛してる、エルシー」
「……ええ、リジー……ありがとう。わたしも愛してる」
わたしが答えれば、殿下がわたしに口づける。
その瞬間、議場には悲鳴のような怒号が沸き起こって反響し、真紅の絨毯の上に白い書類が吹雪のように舞い散り、ついでに、議長の白い鬘が宙を舞った。
その日、貴族院はごく少数の白票を除いて、全会一致でわたしとアルバート殿下の結婚を承認した。翌日、庶民院も全会一致で結婚を承認し、わたしと殿下の結婚は認められた。
さらにその夜、戦死者である故リンドホルム伯爵の遺族への代襲相続を、慣例に反して故意に認めなかった疑いを追求された首相とレコンフィールド公爵が、議員の職を辞し、内閣は総辞職した。野党の党首オーソン・スタイルズ卿も、国会に招致した証人が王族に危害を加えようとした責任を取り、やはり議員の職を辞した。
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