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第三章
首相対小娘
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今にも立ち上がって首相に飛び掛かり、その喉首をへし折りそうな表情のアルバート殿下を目で制し、わたしは微笑んだ。
「お忘れですわ、首相閣下。わたくしは三年前の秋に父を戦争で失い、十二月には爵位を継いだばかりの弟をも毒殺されて、本来なら当然、慣例によって認められるはずの代襲相続をなぜか却下されて、爵位も領地も失いました。国家の決定で、わたくしは貴族の地位を失ったんですのよ。なのに、他ならぬ首相閣下が、そのわたくしに貴族の矜持を保てと仰るの?」
わたしの反論に、首相は眉を寄せた。
「……その、決定については、おそらくは戦時における情報の行き違いが……」
「しかし、殿下はシャルローでの、わたくしの父の戦死の状況を、詳しく国王陛下に報告申し上げていると、仰っていました。にもかかわらず、わたくしの元には三年もの間、何の説明もございません。ずっと一平民として放置されておりましたのよ? お恥ずかしい話ですが、戦時中のインフレと物不足で、食べていくだけでカツカツでございました。貴族の矜持なんて、とっくの昔に、パンと交換して食べてしまいましたわ? でも、わたくしが貴族としての矜持を守れなかったのは、父の戦死のせいでも、もちろん殿下のせいでもなく、間違いなく――」
わたしは息を大きく吸い、議場に居並ぶ法服の紳士たちを眺めまわし、声を張り上げた。
「あなた方、内閣と議会のせいですわね? わたくしを辱めたのは、あなたですわ!」
「何だと――?!」
「黙れ! 小娘が――!」
「静粛に――!」
議場が一気に沸騰し、議長のカンカン打ち据える音が鳴り響く。首相はまさか、ここまではっきり攻撃されるとは、想像もしていなかったのだろう。二の句が継げない風に立ち尽くしているので、わたしはさらに追い打ちをかけた。
「せっかくの機会ですもの。なぜ、父が戦死であったにもかかわらず、わたくしの代襲相続は却下されたのか、説明してくださいませんか、首相? たとえ間に弟を挟んでも、戦死者の代襲相続は慣例として認められると、弁護士の先生に聞いておりました。なぜですの? 首相であるあなたは当然、ご存知でいらっしゃるのでしょう? あれだけ弟の件が世間を騒がせたのに、いまだに国からは一切の説明がございません。何か、表に出せない事情でもおありになるの?」
首相がぐっと息を呑み、ものすごい表情でわたしを睨みつける。
「勘違いしているようだ、レディ・エルスペス。本日の招致は、我々からあなたへの質問のためであって、あなたから我々に質問するためではない」
もちろん、予想された回答だったので、わたしは余裕たっぷりに微笑んで見せた。
「あら、ずいぶんですわね。自分の聞きたいことだけ喋らせて、わたくしの疑問に答える気がないだなんて。議員って意外と簡単なお仕事ですわね。わたくしでも十分、務まりそうじゃございませんこと?」
「レディ・エルスペス! 不規則発現は慎みたまえ!」
議長の制止が入り、わたくしはわざとらしく肩を竦め、議場の紳士方に流し目を送る。一部の議員は、首相を恐れず言いたい放題するわたしに眉をひそめていたが、首相が女のわたしに遣り込められる姿に、快哉を叫んでいる人もいて、「いいぞぉ!」とか「その通り!」とか、中には「我が女神よ!」などと言う、不規則発言が飛び交う。
殿下が手を挙げる。
「議長、発言を――」
「アルバート殿下!」
殿下が首相を見つめ、言った。
「マックス・アシュバートンは俺を庇い、俺の盾になって死んだ。その代襲相続が認められいないのは、確かに、慣例に反する。俺は帰国以来、このことを何度も問い合わせているが、いまだに明確な返答がない。エルシーが貴族の爵位を失ったのは、間違いなく、国家のせいだ。命をかけて国を守った者の、家族の生活を守れていない。この責任の一端は、内閣および議会が背負うべきではないのか?」
首相は苦い表情で、頬のあたりがピクピクしていたが、辛うじて答える。
「本日の議題は、あなたがたの結婚の承認についてだ。その問題は関係しないと――」
「そんなわけあるまい。議会がレデイ・エルスペスと俺の結婚を認めないと言い張っている理由は、彼女が爵位を失い、平民になっていたからだ。でもそれは国家の不手際の結果だ。無関係ではありえない」
首相はそれについては答えず、話を変えるように言った。
「しかし――慣例では、王子妃に内定した女性には、処女検査を施すことになっております。失礼ながらレディ・エルスペスは――」
わたしが思わず息を呑めば、首相はようやく溜飲が下がったというような、下卑た表情でニヤニヤとわたしを見てきた。
「大丈夫だ、エルシー、何の問題もない」
殿下がわたしをちらりと見て、それから首相に向かい、わざとらしくニッコリ笑った。
「――その検査はもう、俺自身で済ませている」
議場のあちこちから吹き出すような音と、哄笑が沸き起こる。首相は馬鹿にされたと気づいたのか、憮然とした表情で殿下を睨みつけた。
「……慣例を破るのは許されません」
「俺が破ったのは慣例じゃなくて処女膜だが?」
殿下の下品なジョークに、議場はどっと沸く。わたしが殿下を睨みつけるけれど、殿下は飄々としたものだ。
「もう、結婚も父上が認めてる。今さら処女検査とか、俺が不能だとでも言いたいのか?」
「殿下!」
ガンガンと議長が卓を叩く。
「議会の品位を下げるような発言はお慎みください!」
「俺じゃなくて、先に言い出した首相を注意しろよ!」
「首相、他の質問は?!」
「もう結構!」
吐き捨てるようにして、首相は段を降りていった。不愉快極まりないという表情で。――何となく、勝ったような気がする。
続いて質問に立ったのは、野党である自由党の党首、オーソン・スタイルズ卿だった。まだ四十になったばかりの彼は、実はエルドリッジ公爵の甥にあたる。――つまり王太子妃であるブリジット妃の従兄なのだ。
スタイルズ卿はダークブロンドを斜めに流し、きれいに固めた髪で、青い瞳でわたしをじっと見つめ、少しだけ微笑む。
「はじめまして、レディ・エルスペス。……王宮舞踏会には私も出席していたのですが、挨拶もできませんで。私から質問したいのは、次のことです」
穏やかな声でスタイルズ卿が、手元の資料を読み上げる。
「まず――あなたの秘書官としての勤務についてです。もともと、事務官として、マクガーニ中将の下にいた、そうですね?」
「ええ。そうです」
「臨時採用ですが、マクガーニ閣下の下に? 偶然?」
わたしは首を傾げる。
「臨時採用の仕事を斡旋してくださったのが、閣下です。父の友人ですので。それで――縁故があったのかもしれませんが、詳しくは存じません」
「なるほど。それが二年前になりますか」
「ええ、十七歳の春ですわね」
「それで事務職に就かれた。……伯爵令嬢であった、あなたが」
スタイルズ卿はまるで、憐れな者でも見る目でわたしを見た。わたしはツンと澄ました表情で、ばっさり切り捨てる。
「その時はもう伯爵令嬢ではございませんので、特には何とも」
「でも、タイピストの真似事をするのは、辛かったでしょう? 戦時下とはいえ、貴族令嬢であったあなたが」
この男は、自分は親切なつもりでいるのかもしれないが、人を馬鹿にしている、と思った。
「真似事だなんて失礼な。きっと、わたくしの方が閣下よりも、タイピングは上手でしてよ?」
あなたはタイプライターなんて打ったことないでしょう、とわたしが微笑めば、スタイルズ卿は軽く頭を掻き、笑った。
「――殿下が王都に戻られたのは六月二十二日。その後、六月末には殿下は司令にご就任になり、事務職員だったレディ・エルスペスと出会った。七月には秘書官に登用。――まともな学校も出ていない女性を、異例の人事です。こでも殿下のご意向で?」
「ええ。殿下は司令部の事務仕事に慣れていないので、慣れた人材が必要だと仰って。さらに、殿下の勤務形態が不規則で、非正規の事務職員では時間外労働が認められないから、秘書官に登用する、というお話でした」
「勤務の実態があったのですね。ただの――愛人ではなく。いえこれは、話の必要の上で言っているだけで、レディ・エルスペスを愚弄する意図はないのです」
スタイルズ卿が慌てて言えば、殿下は不満そうに眉を顰めるものの、何も言わずに皮革製の書類ばさみを取る。
「これがエルシー……レディ・エルスペスの勤務簿だ。毎日、きちんと出勤しているし、勤務態度もいい。こちらはその証明書。――クルツ主任事務官の署名入りだ」
殿下がそれを開き、上に掲げれば、官僚が立ちあがって受け取り、スタイルズ卿の元に運ぶ。
「なるほど。そのうちに親しくなり、一緒に外出するようになった」
「外出くらいするだろう。ステファニーとの婚約は四年前に白紙に戻して、俺はフリーだったんだから。特に問題はあるまい」
殿下が言えば、スタイルズ卿は頷いた。
「――つまり、王都に戻ってきてかなり早いうちに、レディ・エルスペスと男女の仲になり、処女検査も無事に済ませた。……それはいつごろです?」
「それは――八月に彼女の祖母が入院して――」
「……なるほど、その頃ですな。レディ・エルスペスは殿下所有のアパートメントに移った」
スタイルズ卿は顔をあげ、わたしの顔に視線を当てて、じっと見つめる。
「いえね、正直に申し上げると、私には信じられないんですよ。レディ・エルスペス・アシュバートン」
青い目でまっすぐに見つめられ、わたしも彼の目を見つめ返す。
「さきほどの首相との応酬を見ても、あなたは大変、誇り高い女性だ。貴族令嬢としての教養もマナーも完璧だ。そんなあなたが、祖母君が入院したからと言って、アルバート殿下の所有するアパートメントに移るなんて。それがどういうことか、わからないほど子供でもなかったはず。たとえ、爵位を失っていても、あなたは貴族令嬢としての教育を受けてきた。結婚までは貞操を守る。そう、教えらえてきたのではないかね?」
何が言いたいのかわかったが、わたしは軽く微笑んだだけで、何も答えなかった。スタイルズ卿が続ける。
「実は、王都には以前から噂があってね。あなたの純潔は極めて卑怯な理由で奪われたと。――ある男の、紳士にあるまじき振る舞いによって。当時、君の職場にいた人を証人として呼んであるんだ。……証人をこちらに!」
スタイルズ卿の呼びかけに一人の男性が入ってきて、証人席についた。
ニコラス・ハートネルだった。
「お忘れですわ、首相閣下。わたくしは三年前の秋に父を戦争で失い、十二月には爵位を継いだばかりの弟をも毒殺されて、本来なら当然、慣例によって認められるはずの代襲相続をなぜか却下されて、爵位も領地も失いました。国家の決定で、わたくしは貴族の地位を失ったんですのよ。なのに、他ならぬ首相閣下が、そのわたくしに貴族の矜持を保てと仰るの?」
わたしの反論に、首相は眉を寄せた。
「……その、決定については、おそらくは戦時における情報の行き違いが……」
「しかし、殿下はシャルローでの、わたくしの父の戦死の状況を、詳しく国王陛下に報告申し上げていると、仰っていました。にもかかわらず、わたくしの元には三年もの間、何の説明もございません。ずっと一平民として放置されておりましたのよ? お恥ずかしい話ですが、戦時中のインフレと物不足で、食べていくだけでカツカツでございました。貴族の矜持なんて、とっくの昔に、パンと交換して食べてしまいましたわ? でも、わたくしが貴族としての矜持を守れなかったのは、父の戦死のせいでも、もちろん殿下のせいでもなく、間違いなく――」
わたしは息を大きく吸い、議場に居並ぶ法服の紳士たちを眺めまわし、声を張り上げた。
「あなた方、内閣と議会のせいですわね? わたくしを辱めたのは、あなたですわ!」
「何だと――?!」
「黙れ! 小娘が――!」
「静粛に――!」
議場が一気に沸騰し、議長のカンカン打ち据える音が鳴り響く。首相はまさか、ここまではっきり攻撃されるとは、想像もしていなかったのだろう。二の句が継げない風に立ち尽くしているので、わたしはさらに追い打ちをかけた。
「せっかくの機会ですもの。なぜ、父が戦死であったにもかかわらず、わたくしの代襲相続は却下されたのか、説明してくださいませんか、首相? たとえ間に弟を挟んでも、戦死者の代襲相続は慣例として認められると、弁護士の先生に聞いておりました。なぜですの? 首相であるあなたは当然、ご存知でいらっしゃるのでしょう? あれだけ弟の件が世間を騒がせたのに、いまだに国からは一切の説明がございません。何か、表に出せない事情でもおありになるの?」
首相がぐっと息を呑み、ものすごい表情でわたしを睨みつける。
「勘違いしているようだ、レディ・エルスペス。本日の招致は、我々からあなたへの質問のためであって、あなたから我々に質問するためではない」
もちろん、予想された回答だったので、わたしは余裕たっぷりに微笑んで見せた。
「あら、ずいぶんですわね。自分の聞きたいことだけ喋らせて、わたくしの疑問に答える気がないだなんて。議員って意外と簡単なお仕事ですわね。わたくしでも十分、務まりそうじゃございませんこと?」
「レディ・エルスペス! 不規則発現は慎みたまえ!」
議長の制止が入り、わたくしはわざとらしく肩を竦め、議場の紳士方に流し目を送る。一部の議員は、首相を恐れず言いたい放題するわたしに眉をひそめていたが、首相が女のわたしに遣り込められる姿に、快哉を叫んでいる人もいて、「いいぞぉ!」とか「その通り!」とか、中には「我が女神よ!」などと言う、不規則発言が飛び交う。
殿下が手を挙げる。
「議長、発言を――」
「アルバート殿下!」
殿下が首相を見つめ、言った。
「マックス・アシュバートンは俺を庇い、俺の盾になって死んだ。その代襲相続が認められいないのは、確かに、慣例に反する。俺は帰国以来、このことを何度も問い合わせているが、いまだに明確な返答がない。エルシーが貴族の爵位を失ったのは、間違いなく、国家のせいだ。命をかけて国を守った者の、家族の生活を守れていない。この責任の一端は、内閣および議会が背負うべきではないのか?」
首相は苦い表情で、頬のあたりがピクピクしていたが、辛うじて答える。
「本日の議題は、あなたがたの結婚の承認についてだ。その問題は関係しないと――」
「そんなわけあるまい。議会がレデイ・エルスペスと俺の結婚を認めないと言い張っている理由は、彼女が爵位を失い、平民になっていたからだ。でもそれは国家の不手際の結果だ。無関係ではありえない」
首相はそれについては答えず、話を変えるように言った。
「しかし――慣例では、王子妃に内定した女性には、処女検査を施すことになっております。失礼ながらレディ・エルスペスは――」
わたしが思わず息を呑めば、首相はようやく溜飲が下がったというような、下卑た表情でニヤニヤとわたしを見てきた。
「大丈夫だ、エルシー、何の問題もない」
殿下がわたしをちらりと見て、それから首相に向かい、わざとらしくニッコリ笑った。
「――その検査はもう、俺自身で済ませている」
議場のあちこちから吹き出すような音と、哄笑が沸き起こる。首相は馬鹿にされたと気づいたのか、憮然とした表情で殿下を睨みつけた。
「……慣例を破るのは許されません」
「俺が破ったのは慣例じゃなくて処女膜だが?」
殿下の下品なジョークに、議場はどっと沸く。わたしが殿下を睨みつけるけれど、殿下は飄々としたものだ。
「もう、結婚も父上が認めてる。今さら処女検査とか、俺が不能だとでも言いたいのか?」
「殿下!」
ガンガンと議長が卓を叩く。
「議会の品位を下げるような発言はお慎みください!」
「俺じゃなくて、先に言い出した首相を注意しろよ!」
「首相、他の質問は?!」
「もう結構!」
吐き捨てるようにして、首相は段を降りていった。不愉快極まりないという表情で。――何となく、勝ったような気がする。
続いて質問に立ったのは、野党である自由党の党首、オーソン・スタイルズ卿だった。まだ四十になったばかりの彼は、実はエルドリッジ公爵の甥にあたる。――つまり王太子妃であるブリジット妃の従兄なのだ。
スタイルズ卿はダークブロンドを斜めに流し、きれいに固めた髪で、青い瞳でわたしをじっと見つめ、少しだけ微笑む。
「はじめまして、レディ・エルスペス。……王宮舞踏会には私も出席していたのですが、挨拶もできませんで。私から質問したいのは、次のことです」
穏やかな声でスタイルズ卿が、手元の資料を読み上げる。
「まず――あなたの秘書官としての勤務についてです。もともと、事務官として、マクガーニ中将の下にいた、そうですね?」
「ええ。そうです」
「臨時採用ですが、マクガーニ閣下の下に? 偶然?」
わたしは首を傾げる。
「臨時採用の仕事を斡旋してくださったのが、閣下です。父の友人ですので。それで――縁故があったのかもしれませんが、詳しくは存じません」
「なるほど。それが二年前になりますか」
「ええ、十七歳の春ですわね」
「それで事務職に就かれた。……伯爵令嬢であった、あなたが」
スタイルズ卿はまるで、憐れな者でも見る目でわたしを見た。わたしはツンと澄ました表情で、ばっさり切り捨てる。
「その時はもう伯爵令嬢ではございませんので、特には何とも」
「でも、タイピストの真似事をするのは、辛かったでしょう? 戦時下とはいえ、貴族令嬢であったあなたが」
この男は、自分は親切なつもりでいるのかもしれないが、人を馬鹿にしている、と思った。
「真似事だなんて失礼な。きっと、わたくしの方が閣下よりも、タイピングは上手でしてよ?」
あなたはタイプライターなんて打ったことないでしょう、とわたしが微笑めば、スタイルズ卿は軽く頭を掻き、笑った。
「――殿下が王都に戻られたのは六月二十二日。その後、六月末には殿下は司令にご就任になり、事務職員だったレディ・エルスペスと出会った。七月には秘書官に登用。――まともな学校も出ていない女性を、異例の人事です。こでも殿下のご意向で?」
「ええ。殿下は司令部の事務仕事に慣れていないので、慣れた人材が必要だと仰って。さらに、殿下の勤務形態が不規則で、非正規の事務職員では時間外労働が認められないから、秘書官に登用する、というお話でした」
「勤務の実態があったのですね。ただの――愛人ではなく。いえこれは、話の必要の上で言っているだけで、レディ・エルスペスを愚弄する意図はないのです」
スタイルズ卿が慌てて言えば、殿下は不満そうに眉を顰めるものの、何も言わずに皮革製の書類ばさみを取る。
「これがエルシー……レディ・エルスペスの勤務簿だ。毎日、きちんと出勤しているし、勤務態度もいい。こちらはその証明書。――クルツ主任事務官の署名入りだ」
殿下がそれを開き、上に掲げれば、官僚が立ちあがって受け取り、スタイルズ卿の元に運ぶ。
「なるほど。そのうちに親しくなり、一緒に外出するようになった」
「外出くらいするだろう。ステファニーとの婚約は四年前に白紙に戻して、俺はフリーだったんだから。特に問題はあるまい」
殿下が言えば、スタイルズ卿は頷いた。
「――つまり、王都に戻ってきてかなり早いうちに、レディ・エルスペスと男女の仲になり、処女検査も無事に済ませた。……それはいつごろです?」
「それは――八月に彼女の祖母が入院して――」
「……なるほど、その頃ですな。レディ・エルスペスは殿下所有のアパートメントに移った」
スタイルズ卿は顔をあげ、わたしの顔に視線を当てて、じっと見つめる。
「いえね、正直に申し上げると、私には信じられないんですよ。レディ・エルスペス・アシュバートン」
青い目でまっすぐに見つめられ、わたしも彼の目を見つめ返す。
「さきほどの首相との応酬を見ても、あなたは大変、誇り高い女性だ。貴族令嬢としての教養もマナーも完璧だ。そんなあなたが、祖母君が入院したからと言って、アルバート殿下の所有するアパートメントに移るなんて。それがどういうことか、わからないほど子供でもなかったはず。たとえ、爵位を失っていても、あなたは貴族令嬢としての教育を受けてきた。結婚までは貞操を守る。そう、教えらえてきたのではないかね?」
何が言いたいのかわかったが、わたしは軽く微笑んだだけで、何も答えなかった。スタイルズ卿が続ける。
「実は、王都には以前から噂があってね。あなたの純潔は極めて卑怯な理由で奪われたと。――ある男の、紳士にあるまじき振る舞いによって。当時、君の職場にいた人を証人として呼んであるんだ。……証人をこちらに!」
スタイルズ卿の呼びかけに一人の男性が入ってきて、証人席についた。
ニコラス・ハートネルだった。
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