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第三章
宣言
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「ミス・アシュバートン、踊っていただけますか」
わたしの前に膝をついた殿下の姿に、わたしは絶句する。
周囲は水を打ったようにシンと静まり返り、ただ、楽団の音楽だけが響く。――音があるからかえって静かだと感じる、という逆説的な状況を、わたしは奇妙に冴えた頭で捉えていた。
「殿下、それは――」
殿下がまっすぐにわたしを見上げ、少し微笑んだ。いつもと同じ、自信に満ちた金色の眼差し。ここで殿下の手を振り払ったら、大変なことになる。――この手を取っても大変なことになるかもしれないが――。
同じ大変なら、殿下の手を取るしかない。
わたしは白手袋をはめた殿下の大きな掌の上に、絹とレースの白い手袋をはめた手を置いた。
「――ええ、喜んで」
殿下はわたしの手を握り、すっと立ち上がって、周囲を見回す。
「……道を開けてもらえるかな」
アイザック・グレンジャー卿がハッとして後ろに下がる。ザーッと、神話の海が割れる場面の、潮が引くように人波が動き、舞踏会場の中央まで道ができる。真っ赤な絨毯と、高い天井から吊り下げられたシャンデリア。正面、赤い玉座には国王陛下が――。
殿下はゆっくりとわたしを玉座の前まで導いていく。踊っていた何組かの男女が戸惑う様子を見せたので、殿下は軽く、首を振ってみせる。――踊りを続けろ、という合図だ。
音楽が続き、次の曲に入る。殿下はわたしの両手を取り、言った。
「始めるぞ」
「はい」
ステップを踏み、踊り始める。ビルツホルンでも踊っていたから、衆目の中で踊るのも、初めてではない。殿下の、黒に金色の飾緒のついた軍服と、わたしの純白のドレス。ターンのたびに白いオーガンジーのスカートが広がり、頭の白い羽飾りが揺れ、長く垂らしたベールが翻る。
殿下がわたしの耳元に唇を寄せて、囁く。
「綺麗だ、エルシー。薔薇の妖精か、いや、女神かな」
「褒めても何も出ませんよ?」
「俺にとってはお前の中身が、一番のご馳走だから」
「もう!」
卑猥な冗談に睨みつけてやれば、殿下がにっこりと笑っている。――遠目に見ている限り、彼は今夜ここまでまったく笑っていなかった。何とも破壊力抜群の、蕩けるような微笑み。
「……グレンジャーとミランダの件、済まなかった。ステファニーとの話し合いが延びて、間に合わなかった」
「舞踏会の雰囲気を悪くしてしまうのではと、それが心配で……」
「どう見ても、壁際に追い詰められているのはお前だったから、どちらが悪いかは一目瞭然だ。……ミランダとステファニーの友情は麗しいが、彼女にとって、俺はステファニーのアクセサリーで、ステファニーにひれ伏すべき存在らしい。婚約者のグレンジャーも、それを諫めもせず、むしろ煽っていたから」
殿下はそう言って、詫びてくださった。わたしは片手を取られてくるりと回りながら、周囲を見る。真っ青な顔色のステファニー嬢とその家族らしきが視界に入り、わたしは意を決して殿下に尋ねた。
「……ステファニー嬢とは、なんと?」
「もともと愛していないし、今後も愛することはないと。形だけの正妻としても娶るつもりはないと、はっきり言った」
「承知なさったの?」
「……いや。あくまで、俺を愛していると」
わたしは、ステファニー嬢の言葉を思い出す。
――わたくしがこれまで捧げてきた愛は、誰にも奪えない――
「……尽くし続ければ、いつかは……と?」
「たぶん。……そんなことはないと、何度も言ったんだが」
……ステファニー嬢は、今までずっと、幸福の中で生きてきたんだろう。愛は常に与えられ、努力は実る。ある日突然、すべてが崩れて大切なものを根こそぎ奪われる、そんなことが、この世にあると知らなかった。だから、愛し続ければいつか、思いは届くといまだに信じている。
一曲が終わったけれど、殿下はわたしを離さず、そのまま踊り続ける。
「愛してる、エルシー。俺は王位継承権の放棄を申し出るつもりにしているが――」
「そんなものはそもそもいりませんから、どうでもいいのですけど――」
「ステファニーの慰謝料に全財産むしり取られて、無一文でリンドホルム城に転がり込むかもしれん」
「あなたが働いて、領地を立て直してくださるなら、歓迎するわ」
「とりあえず、庭師の真似事から始めて、ローズの庭を戻すところから……」
わたしはくるっと回転してから、笑った。
「何のかんの言って、王子様なんだから。貧乏人は果樹園と菜園から始めるべきだわ。まずは二十日大根ね。それからキャベツ。薔薇みたいな贅沢品は、最後の最後よ」
殿下が悪そうな表情でニヤリと微笑む。
「大丈夫だ、見かけ上の全財産とは別に、それに数倍する隠し財産が、外国の銀行に預けてあるから。税金対策もバッチリだ」
「……前言撤回するわ。王子様じゃなくて、守銭奴の悪徳資本家みたいね」
殿下とは結局、三曲立て続けに踊った。本当はマナー違反だけれど、この後、もっとすごいマナー違反を仕出かすから、この際どうでもいいと言って……。
三曲目が終わると、殿下は踊りをやめ、脇によって給仕から発泡ワインを取って、わたしにも手渡す。たくさん踊って喉が渇いていたわたしは、本音では一気に飲み干したいくらいだったけれど、淑女らしくゆっくりと喉を潤す。
わたしが飲み終わるのを待って、殿下はわたしの腰を抱き、ゆっくりと玉座の方に向かう。
「何をなさるおつもり?」
「婚約破棄」
「は?」
「エルシーは黙っていてくれればいい」
殿下が玉座のすぐ下まで来ると、状況を察したのか、今までフロアに紛れていた関係者が玉座付近に集まってきた。王太子ご夫妻、マールバラ公爵、カーティス大尉、ブルック中尉、今日は警備を担当すると言っていた、マクガーニ中将閣下も。……後ろの方には護衛として控えている、正装の軍服姿の、ロベルトさんとラルフ・シモンズ大尉までいた。
そして当然ながら、レコンフィールド公爵とステファニー嬢も。彼女は真っ青な顔で、姉のマッケンジー侯爵夫人アスリンが寄り添っていた。
すでに音楽は鳴りやみ、舞踏会場に詰め掛けた貴族たちも、固唾を飲んで見守っている。
「……父上。いえ、国王陛下。お願いがあります」
「バーティ、今、ここでせねばならぬことか」
「ここで、多くの証人の前でなければ、また以前のように有耶無耶にされてしまいます。俺は以前、ステファニー嬢との婚約話を白紙に戻すように父上にも、公爵にも了解を取り、政府広報にも出た。にもかかわらず、戦地から戻ってみれば、ステファニーとの婚約がまだ生きていた。そんなバカげた失敗を二度と、繰り返したくないのです」
殿下は、わたしの手を強く握りしめ、さらに一歩前に出た。
「父上。レディ・エルスペス・アシュバートンとの結婚をお許しいただきたい」
「殿下! お待ちください。殿下の婚約は議会でも承認がなされております。それを簡単には――」
横から鋭い声が飛び、背の高い紳士が進み出る。さきほど、謁見の間でわたしを厳しい表情で見つめていた人だ。
「バーソロミュー・ウォルシンガム卿。少し黙っていてもらおう」
殿下は紳士をぎっと睨みつける。見たことがあると思ったら、首相だった。殿下は国王陛下に向き直り、言った。
「俺はステファニーとの婚約はしていないつもりだ。俺は戦争前にステファニーとの結婚話は白紙に戻して戦場に行った。四年間、兵士に混じって塹壕に籠り、泥に塗れ、ステファニーとは一度も手紙すら交わさなかった。だが王都では、ステファニーと俺は相思相愛で、彼女は俺を待ち続けたんだから、責任を取って結婚しろと!――俺の意志を完全に無視する形で!」
殿下は玉座の前に立つ、ステファニー嬢をまっすぐに見た。
「帰国して、俺はステファニーとは結婚しないと何度も言った。婚約する気もない、と。だが、公爵もステファニーも、そこの! 首相までが父上から裁可をもぎ取り、知らない顔で議会にかけ、承認を取り付けた。そして議会の承認を盾に、婚約は成立していると言い張る。俺は婚約した覚えもないものを、最大限に譲歩して、婚約の円満な解消を申し出た。何度もだ! それなのに、ステファニーも公爵もそれを拒む。無理を押し通せば俺が我慢すると思ったら、大間違いだ!」
殿下の金色の瞳はギラギラと光り、怒りに燃えて公爵とステファニー嬢、そして首相のウォルシンガム卿を睨みつける。レコンフィールド公爵が一歩前に出て、言った。
「……もともと、そういう約束なのです。国王陛下と、我が姉、王妃陛下との間の!」
「そんなのはもう、無効だ!」
「バーティ!」
ステファニー嬢が叫ぶ。
「わたくしはバーティを!……いえ、殿下を愛し、お慕いしております。だから四年間、殿下のお帰りをお待ちしたのです!ですから……!」
ステファニー嬢は誇り高く顔をあげ、殿下をまっすぐに見た。
「思い出してくださいませ、わたくしはずっと、殿下の婚約者としてお側におりました。殿下はわたくしに優しくしてくださった。四年待ったのですもの、何年でも待てます! ですから……!」
「はっきり言うが、昔からお前のことなど愛していない。王妃に言われて仕方なく付き合っていただけだ。子供の時は我慢したが、俺はもう、お前たちの言いなりになる人形じゃない!」
「殿下!」
ウォルシンガム卿が諭すように言う。
「このような場でなさることとは思われません。場所をお考えください」
「俺がいろいろ気を使い、ステファニーの名誉を傷つけないよう、事を表沙汰にしないできた結果、お前たちはそれをいいことに、俺の意志も気持ちも全部、押し潰してきたんじゃないか。白紙にした婚約をまだあると言い張り、白を黒と言いくるめ、ステファニーとの婚約解消に同意せず、議会を盾に俺を縛り付けようとする。言っておくが、わざわざ、今この場を選んだんだ。秘密を暴露されて困るのは、俺じゃない」
殿下は胸を張り、朗々たる声で宣言した。
「アルバート・アーネスト・ヴィクター・レジナルドは、レコンフィールド公爵令嬢ステファニー・グローブナーとの婚約を破棄する! たとえ全財産と王子の身分と引き換えにしても、ステファニーとは結婚しない! そしてここにいるミス・エルスペス・アシュバートンと結婚する!」
殿下の宣言が、王宮の舞踏会場に高らかに響き渡った。
わたしの前に膝をついた殿下の姿に、わたしは絶句する。
周囲は水を打ったようにシンと静まり返り、ただ、楽団の音楽だけが響く。――音があるからかえって静かだと感じる、という逆説的な状況を、わたしは奇妙に冴えた頭で捉えていた。
「殿下、それは――」
殿下がまっすぐにわたしを見上げ、少し微笑んだ。いつもと同じ、自信に満ちた金色の眼差し。ここで殿下の手を振り払ったら、大変なことになる。――この手を取っても大変なことになるかもしれないが――。
同じ大変なら、殿下の手を取るしかない。
わたしは白手袋をはめた殿下の大きな掌の上に、絹とレースの白い手袋をはめた手を置いた。
「――ええ、喜んで」
殿下はわたしの手を握り、すっと立ち上がって、周囲を見回す。
「……道を開けてもらえるかな」
アイザック・グレンジャー卿がハッとして後ろに下がる。ザーッと、神話の海が割れる場面の、潮が引くように人波が動き、舞踏会場の中央まで道ができる。真っ赤な絨毯と、高い天井から吊り下げられたシャンデリア。正面、赤い玉座には国王陛下が――。
殿下はゆっくりとわたしを玉座の前まで導いていく。踊っていた何組かの男女が戸惑う様子を見せたので、殿下は軽く、首を振ってみせる。――踊りを続けろ、という合図だ。
音楽が続き、次の曲に入る。殿下はわたしの両手を取り、言った。
「始めるぞ」
「はい」
ステップを踏み、踊り始める。ビルツホルンでも踊っていたから、衆目の中で踊るのも、初めてではない。殿下の、黒に金色の飾緒のついた軍服と、わたしの純白のドレス。ターンのたびに白いオーガンジーのスカートが広がり、頭の白い羽飾りが揺れ、長く垂らしたベールが翻る。
殿下がわたしの耳元に唇を寄せて、囁く。
「綺麗だ、エルシー。薔薇の妖精か、いや、女神かな」
「褒めても何も出ませんよ?」
「俺にとってはお前の中身が、一番のご馳走だから」
「もう!」
卑猥な冗談に睨みつけてやれば、殿下がにっこりと笑っている。――遠目に見ている限り、彼は今夜ここまでまったく笑っていなかった。何とも破壊力抜群の、蕩けるような微笑み。
「……グレンジャーとミランダの件、済まなかった。ステファニーとの話し合いが延びて、間に合わなかった」
「舞踏会の雰囲気を悪くしてしまうのではと、それが心配で……」
「どう見ても、壁際に追い詰められているのはお前だったから、どちらが悪いかは一目瞭然だ。……ミランダとステファニーの友情は麗しいが、彼女にとって、俺はステファニーのアクセサリーで、ステファニーにひれ伏すべき存在らしい。婚約者のグレンジャーも、それを諫めもせず、むしろ煽っていたから」
殿下はそう言って、詫びてくださった。わたしは片手を取られてくるりと回りながら、周囲を見る。真っ青な顔色のステファニー嬢とその家族らしきが視界に入り、わたしは意を決して殿下に尋ねた。
「……ステファニー嬢とは、なんと?」
「もともと愛していないし、今後も愛することはないと。形だけの正妻としても娶るつもりはないと、はっきり言った」
「承知なさったの?」
「……いや。あくまで、俺を愛していると」
わたしは、ステファニー嬢の言葉を思い出す。
――わたくしがこれまで捧げてきた愛は、誰にも奪えない――
「……尽くし続ければ、いつかは……と?」
「たぶん。……そんなことはないと、何度も言ったんだが」
……ステファニー嬢は、今までずっと、幸福の中で生きてきたんだろう。愛は常に与えられ、努力は実る。ある日突然、すべてが崩れて大切なものを根こそぎ奪われる、そんなことが、この世にあると知らなかった。だから、愛し続ければいつか、思いは届くといまだに信じている。
一曲が終わったけれど、殿下はわたしを離さず、そのまま踊り続ける。
「愛してる、エルシー。俺は王位継承権の放棄を申し出るつもりにしているが――」
「そんなものはそもそもいりませんから、どうでもいいのですけど――」
「ステファニーの慰謝料に全財産むしり取られて、無一文でリンドホルム城に転がり込むかもしれん」
「あなたが働いて、領地を立て直してくださるなら、歓迎するわ」
「とりあえず、庭師の真似事から始めて、ローズの庭を戻すところから……」
わたしはくるっと回転してから、笑った。
「何のかんの言って、王子様なんだから。貧乏人は果樹園と菜園から始めるべきだわ。まずは二十日大根ね。それからキャベツ。薔薇みたいな贅沢品は、最後の最後よ」
殿下が悪そうな表情でニヤリと微笑む。
「大丈夫だ、見かけ上の全財産とは別に、それに数倍する隠し財産が、外国の銀行に預けてあるから。税金対策もバッチリだ」
「……前言撤回するわ。王子様じゃなくて、守銭奴の悪徳資本家みたいね」
殿下とは結局、三曲立て続けに踊った。本当はマナー違反だけれど、この後、もっとすごいマナー違反を仕出かすから、この際どうでもいいと言って……。
三曲目が終わると、殿下は踊りをやめ、脇によって給仕から発泡ワインを取って、わたしにも手渡す。たくさん踊って喉が渇いていたわたしは、本音では一気に飲み干したいくらいだったけれど、淑女らしくゆっくりと喉を潤す。
わたしが飲み終わるのを待って、殿下はわたしの腰を抱き、ゆっくりと玉座の方に向かう。
「何をなさるおつもり?」
「婚約破棄」
「は?」
「エルシーは黙っていてくれればいい」
殿下が玉座のすぐ下まで来ると、状況を察したのか、今までフロアに紛れていた関係者が玉座付近に集まってきた。王太子ご夫妻、マールバラ公爵、カーティス大尉、ブルック中尉、今日は警備を担当すると言っていた、マクガーニ中将閣下も。……後ろの方には護衛として控えている、正装の軍服姿の、ロベルトさんとラルフ・シモンズ大尉までいた。
そして当然ながら、レコンフィールド公爵とステファニー嬢も。彼女は真っ青な顔で、姉のマッケンジー侯爵夫人アスリンが寄り添っていた。
すでに音楽は鳴りやみ、舞踏会場に詰め掛けた貴族たちも、固唾を飲んで見守っている。
「……父上。いえ、国王陛下。お願いがあります」
「バーティ、今、ここでせねばならぬことか」
「ここで、多くの証人の前でなければ、また以前のように有耶無耶にされてしまいます。俺は以前、ステファニー嬢との婚約話を白紙に戻すように父上にも、公爵にも了解を取り、政府広報にも出た。にもかかわらず、戦地から戻ってみれば、ステファニーとの婚約がまだ生きていた。そんなバカげた失敗を二度と、繰り返したくないのです」
殿下は、わたしの手を強く握りしめ、さらに一歩前に出た。
「父上。レディ・エルスペス・アシュバートンとの結婚をお許しいただきたい」
「殿下! お待ちください。殿下の婚約は議会でも承認がなされております。それを簡単には――」
横から鋭い声が飛び、背の高い紳士が進み出る。さきほど、謁見の間でわたしを厳しい表情で見つめていた人だ。
「バーソロミュー・ウォルシンガム卿。少し黙っていてもらおう」
殿下は紳士をぎっと睨みつける。見たことがあると思ったら、首相だった。殿下は国王陛下に向き直り、言った。
「俺はステファニーとの婚約はしていないつもりだ。俺は戦争前にステファニーとの結婚話は白紙に戻して戦場に行った。四年間、兵士に混じって塹壕に籠り、泥に塗れ、ステファニーとは一度も手紙すら交わさなかった。だが王都では、ステファニーと俺は相思相愛で、彼女は俺を待ち続けたんだから、責任を取って結婚しろと!――俺の意志を完全に無視する形で!」
殿下は玉座の前に立つ、ステファニー嬢をまっすぐに見た。
「帰国して、俺はステファニーとは結婚しないと何度も言った。婚約する気もない、と。だが、公爵もステファニーも、そこの! 首相までが父上から裁可をもぎ取り、知らない顔で議会にかけ、承認を取り付けた。そして議会の承認を盾に、婚約は成立していると言い張る。俺は婚約した覚えもないものを、最大限に譲歩して、婚約の円満な解消を申し出た。何度もだ! それなのに、ステファニーも公爵もそれを拒む。無理を押し通せば俺が我慢すると思ったら、大間違いだ!」
殿下の金色の瞳はギラギラと光り、怒りに燃えて公爵とステファニー嬢、そして首相のウォルシンガム卿を睨みつける。レコンフィールド公爵が一歩前に出て、言った。
「……もともと、そういう約束なのです。国王陛下と、我が姉、王妃陛下との間の!」
「そんなのはもう、無効だ!」
「バーティ!」
ステファニー嬢が叫ぶ。
「わたくしはバーティを!……いえ、殿下を愛し、お慕いしております。だから四年間、殿下のお帰りをお待ちしたのです!ですから……!」
ステファニー嬢は誇り高く顔をあげ、殿下をまっすぐに見た。
「思い出してくださいませ、わたくしはずっと、殿下の婚約者としてお側におりました。殿下はわたくしに優しくしてくださった。四年待ったのですもの、何年でも待てます! ですから……!」
「はっきり言うが、昔からお前のことなど愛していない。王妃に言われて仕方なく付き合っていただけだ。子供の時は我慢したが、俺はもう、お前たちの言いなりになる人形じゃない!」
「殿下!」
ウォルシンガム卿が諭すように言う。
「このような場でなさることとは思われません。場所をお考えください」
「俺がいろいろ気を使い、ステファニーの名誉を傷つけないよう、事を表沙汰にしないできた結果、お前たちはそれをいいことに、俺の意志も気持ちも全部、押し潰してきたんじゃないか。白紙にした婚約をまだあると言い張り、白を黒と言いくるめ、ステファニーとの婚約解消に同意せず、議会を盾に俺を縛り付けようとする。言っておくが、わざわざ、今この場を選んだんだ。秘密を暴露されて困るのは、俺じゃない」
殿下は胸を張り、朗々たる声で宣言した。
「アルバート・アーネスト・ヴィクター・レジナルドは、レコンフィールド公爵令嬢ステファニー・グローブナーとの婚約を破棄する! たとえ全財産と王子の身分と引き換えにしても、ステファニーとは結婚しない! そしてここにいるミス・エルスペス・アシュバートンと結婚する!」
殿下の宣言が、王宮の舞踏会場に高らかに響き渡った。
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