136 / 190
第三章
雪の女王
しおりを挟む
翌日、ジョージ殿下の葬儀は、大雪の中行われた。
オーランド邸も王室の旗を半旗にして掲げ、追悼を意を表す。バールの離宮から陸路を戻った柩は、一旦、王宮に安置され、そこから葬列を組んで聖アウグスト大聖堂に向かう。
国王陛下と、ずっと離宮で看病を続けていた王妃陛下が、馬車に同乗し、王太子妃殿下と三人の王女殿下の馬車が続く。王太子殿下とアルバート殿下は雪の降りしきる中を、柩を守るように騎乗し、近衛兵と殿下の侍従官らが騎馬で従う。王妃陛下の弟であるレコンフィールド公爵とその夫人、ステファニー嬢とすでに嫁いだ姉君たちも、馬車で参列した。――ちなみに、公爵の嫡男チャーリー卿は親族の一人として騎乗で柩を守った。
これらの状況を知らせてくれたのは、葬列が王宮を出るのを見届けてから、オーランド邸に入ったロベルトさん、そして、沿道で行列を見送った、カーティス大尉の妹のドロシー嬢だ。
「この大雪の中を馬に乗るなんて、殿下もお兄様もとんだ災難よね? 王族が風邪ひいたらどうするつもりなのかしら」
ドロシー嬢が言うが、王宮から聖アウグスト大聖堂まではいくらもないし、頑丈そうな人ばかりだから、大丈夫とは思うけれど。殿下も配下の方々も、数か月にわたる塹壕戦を生き抜いたのだし。
「でも、聖アウグスト大聖堂、年末に行きましたけれど、すごく底冷えしました。あんなところで葬儀なんて、凍えそう……」
シャーロット嬢が毛織のショールをかき寄せながら言う。
「シャーロットは寒いの苦手だものね。あたしが、結婚式ここにする?って聞いたら、こんな寒い場所ではムリって――」
「ドロシー!」
シャーロット嬢がドロシー嬢を睨みつける。
「葬儀は仕方がありませんわ。暖かくなるまで待つわけにもいきませんし。それより、ドロシー嬢も寒い中、来てくださってありがとう」
ジュリアンとハンナがアフタヌーンティーを運んできて、わたしたちの会話は一旦、途切れる。オーランド邸の料理人、メイヴィス夫人のアップル・パイ。ビスケットと熱い紅茶。ドロシー嬢も甘いモノには目がないらしく、しばしはしゃぎながら舌鼓を打つ。
「でも、ミス・エルスペスってわたしたちと同じ年でしょう? 妙に落ち着いているって言われません? シャーロットなんてすっかり、頼っちゃって」
ドロシー嬢が銀のフォークでアップルパイを小さく切りわけながら言う。
「そりゃあ、あなた方と違って、苦労していますもの。十七の歳から家族の生活を背負って働いていましたし」
わたしの答えに、ドロシー嬢が申し訳なさそうに身を捩る。
「そうよね。……わたしたち、何のかんの言って家族に甘えていたわ。自分では大人のつもりだったけど。わたし、デイジーの境遇について、全然、知ろうともしなかったのよね」
わたしが少しだけ、身を乗り出す。
「そうあの人……わたしの親族の男と恋仲だったみたいね。わたしも全然知らなくて……」
ドロシー嬢が言った。
「上の、クリスお兄様が亡くなったとき、わたしはまだほんの子供で、でも実はそのころから、わたし、デイジーが好きではなかったの。クリス兄様の婚約者だってのに、ジョナサン兄様に妙に頼っている感じがして。クリス兄様が亡くなって、ジョナサン兄様がデイジーと結婚するって話になりかけた時、わたしは大反対したのよ。でもお父様には叱られたのよね……」
大尉の兄、クリスが亡くなったのは十年前だと言うから、ドロシー嬢は九歳かそこら。さすがにクリスの死因は説明できない。当時のジョナサンがデイジーをどう、思っていたかはわからないが、ジョナサンと結婚させることでカーティス家は責任を取ろうとしたが、二人の婚約は成らなかった。
「デイジーはジョナサン兄様との結婚を断って、王都の三十も上の富豪の後妻になったの。……どうやら実家に借金があったみたい。うちのお父様は堅実というよりはケチだから、デイジーの実家の借金を肩代わりなんてしなかったと思うから、ウチとの結婚がダメになったのは、それはそれでよかったのかもしれないわ」
デイジーの結婚はクリスが死んで三年後、デイジーは二十三かそこらだと言う。
「ちょうどその直後ね、お兄様は軍で、第三王子殿下の侍従に抜擢されたの。うちもお父様が新規に事業を始めて、領地から王都に出ていくことが増えて、王都に住むデイジーとの交流が復活したの。もっとも、お兄様は滅多に家にも帰らなかったから。……子供だったわたしは、デイジーが何を考えていたか、気にしたこともなかったわ」
そして四年前。出征直前の大尉と、シャーロット嬢の婚約が決まる。
「シャーロットのご両親は、デイジーを信じ込んでいて……その陰で、シャーロットにひどいことを言っていたなんて、気づかなくてごめんなさい」
ドロシー嬢がシャーロット嬢に謝る。
「う、ううん……ドロシーが悪いわけじゃあ……」
二人のやり取りを余所に、わたしは別のことを考えていた。
ダグラス・アシュバートンが王都の法律事務所をクビになったのは三年前……その原因がデイジーとの不倫だとすれば……デイジーはカーティス大尉とシャーロット嬢が婚約した頃、ダグラスと付き合っていたことになる。
それ以前からの仲だったのか、カーティス大尉の婚約がきっかけだったのか。
不倫がバレてダグラスはクビになり、故郷のストラスシャーに戻る。デイジーと夫は離婚せず、夫は二年前に死んで未亡人になる。
――ジョンソンは、数か月に一度は、ダグラスから手紙が来ていたと言っていた。
そして二か月前、わたしと殿下との関係がゴシップ紙にすっぱ抜かれ、ダグラスはデイジーと連絡を取る――。
「そう言えば、デイジーの愛人だと名乗る男が、うちの周囲をうろついていたわ。あれが、ミス・エルスペスの親戚の男?」
わたしはドロシー嬢の声に我に返る。
「……そうなの?! その話、カーティス大尉にはなさった?」
「お父様がしたんじゃないかしら。お父様もお母様も、デイジーとの付き合いは考える、って言っているし、うちに来られても困る、って追い返したはずよ?」
「ありがとう、もし、またその男が来たら、カーティス大尉にすぐに知らせてくださる?」
「ええ、もちろん」
ドロシー嬢がにっこりと頷くのを見て、わたしは思う。
はっきりした性格のドロシー嬢ならともかく、シャーロット嬢がダグラスに脅しをかけらりたりしたら、危なかった、と。もし、ダグラスとデイジーの関係に気づかなかったら、もっと大変なことになっていたかもしれない。
その夜、かなり遅くにカーティス大尉だけが、オーランド邸に戻ってきた。
「ジョージ殿下のご逝去で、国王陛下のお心が弱っていて……アルバート殿下をお離しにならないのです」
王妃と国王の関係は冷え切り、晩餐さえも共にすることがなく、王太子殿下は雑務に追われ、王太子妃のブリジット殿下は王妃陛下につききりだと言う。
「殿下はミス・エルスペスのことをとても気にして、メッセージをことづかってきました」
白いカードに一言、「愛してる R」と走り書きされたメッセージを、わたしは手の中に握りしめる。
カーティス大尉は、少しだけ躊躇ってから、言った。
「聖アウグスト大聖堂での葬儀の時に、王妃陛下は特に、後ろの席にいたステファニー嬢を呼び出し、アルバート殿下の隣に並ぶようにお命じになった。形の上では婚約者としての扱いで、明日はそういう写真が新聞に出ると思います。その後、殿下はステファニー嬢のエスコートを拒否なさった。それで――」
カーティス大尉の表情が曇る。
「ステファニー以外の妃など認めない、これが昔からの国王陛下との約束だ、と王妃陛下が仰って、殿下が《ならば継承権は放棄する》と。その場は騒然となり、首相のウォルシンガム卿とマールバラ公爵が間に入り、とにかく有耶無耶のまま葬儀は終わりましたが――」
カーティス大尉の言葉に、わたしは尋ねる。
「ステファニー嬢はなんと?」
「僕の目から見ても、気丈にしていらっしゃいますね。後で、〈バーティが誰を愛していても、正妻としての務めは果たすつもりだ〉と、王妃陛下に言ったそうで、殿下の頑なな態度が批判されています」
異議申し立てがなされているとはいえ、議会が承認した正式な婚約者であるステファニー嬢をあくまで拒絶し、王位継承権の放棄も辞さないという殿下の態度は、王族の立場を弁えていないと、批判を集めつつあると言う。
「保守派の貴族の間では、議会に殿下を喚問すべきだなどと――」
「そんなことが……」
議会に王族を喚問するなんて、聞いたことはなかった。――どう考えても、名誉なことではない。
「……とにかく葬儀が終わったのなら、明日にはお戻りになるかしら?」
「ええ、殿下はそのつもりにしていらっしゃいます」
そうして、その夜も明けた。
翌日も、細かい雪が降り続いて、寒い日だった。
午後、ユールが鞠で遊ぶのを眺めながら、シャーロット嬢と二人、刺繍をしながらたわいもない話をしていると、玄関の方から騒がしい声がした。
「何かしら……?」
ユールが鞠をうっちゃって、グルグル……と威嚇を始める。そっと様子を見に行ったハンナが、戻ってきて耳元で、そしてシュルフト語で言う。
『どうやら、王太子妃と王妃が来たようです。身分を明かさないけれど、ヴァルターさんもカーティス大尉も身分に遠慮して、追い払うことができないようです』
シャーロット嬢はシュルフト語がそこまで達者ではないらしく、咄嗟に理解できずに首を傾げている。
『そもそも、いったい何しにいらっしゃったの?』
『アシュバートン家の女に用があると。卑しい女を王子妃になど認められないと、仰っているようです』
淡々と告げるハンナも、普段より表情は硬い。
わたしは数日前の、殿下の言葉を思い出す。
――雪の女王が王都に戻ってきた。俺を殺すために、国さえ売ろうとした、女が。
わたしは一瞬だけ目を閉じ、目を開けるとハンナに言った。
『王妃は身分を明らかにしてはいないのね? ならば――』
わたしの指示を聞いたハンナは茶色い目を見開くが、すぐに大きく頷いた。
やがて、黒いフロックコートの男数人に守られるように、身なりのいい女性が四人、居間に入ってきた。それから、ジュリアンとカーティス大尉と、この邸の護衛が三人ほど。……数では敵わない。殿下が不在の今、多くの護衛を平民のわたしにつけるわけにいかない。
わたしは「きゃん、きゃん」とけたたましく鳴くユールを抱え、シャーロット嬢に渡して言う。
「この子を連れて下がっていて。あなたに用はないはずだから」
わたしは立ちあがって、入ってきた女性たちに対峙した。――ローズを殺した、雪の女王に。
オーランド邸も王室の旗を半旗にして掲げ、追悼を意を表す。バールの離宮から陸路を戻った柩は、一旦、王宮に安置され、そこから葬列を組んで聖アウグスト大聖堂に向かう。
国王陛下と、ずっと離宮で看病を続けていた王妃陛下が、馬車に同乗し、王太子妃殿下と三人の王女殿下の馬車が続く。王太子殿下とアルバート殿下は雪の降りしきる中を、柩を守るように騎乗し、近衛兵と殿下の侍従官らが騎馬で従う。王妃陛下の弟であるレコンフィールド公爵とその夫人、ステファニー嬢とすでに嫁いだ姉君たちも、馬車で参列した。――ちなみに、公爵の嫡男チャーリー卿は親族の一人として騎乗で柩を守った。
これらの状況を知らせてくれたのは、葬列が王宮を出るのを見届けてから、オーランド邸に入ったロベルトさん、そして、沿道で行列を見送った、カーティス大尉の妹のドロシー嬢だ。
「この大雪の中を馬に乗るなんて、殿下もお兄様もとんだ災難よね? 王族が風邪ひいたらどうするつもりなのかしら」
ドロシー嬢が言うが、王宮から聖アウグスト大聖堂まではいくらもないし、頑丈そうな人ばかりだから、大丈夫とは思うけれど。殿下も配下の方々も、数か月にわたる塹壕戦を生き抜いたのだし。
「でも、聖アウグスト大聖堂、年末に行きましたけれど、すごく底冷えしました。あんなところで葬儀なんて、凍えそう……」
シャーロット嬢が毛織のショールをかき寄せながら言う。
「シャーロットは寒いの苦手だものね。あたしが、結婚式ここにする?って聞いたら、こんな寒い場所ではムリって――」
「ドロシー!」
シャーロット嬢がドロシー嬢を睨みつける。
「葬儀は仕方がありませんわ。暖かくなるまで待つわけにもいきませんし。それより、ドロシー嬢も寒い中、来てくださってありがとう」
ジュリアンとハンナがアフタヌーンティーを運んできて、わたしたちの会話は一旦、途切れる。オーランド邸の料理人、メイヴィス夫人のアップル・パイ。ビスケットと熱い紅茶。ドロシー嬢も甘いモノには目がないらしく、しばしはしゃぎながら舌鼓を打つ。
「でも、ミス・エルスペスってわたしたちと同じ年でしょう? 妙に落ち着いているって言われません? シャーロットなんてすっかり、頼っちゃって」
ドロシー嬢が銀のフォークでアップルパイを小さく切りわけながら言う。
「そりゃあ、あなた方と違って、苦労していますもの。十七の歳から家族の生活を背負って働いていましたし」
わたしの答えに、ドロシー嬢が申し訳なさそうに身を捩る。
「そうよね。……わたしたち、何のかんの言って家族に甘えていたわ。自分では大人のつもりだったけど。わたし、デイジーの境遇について、全然、知ろうともしなかったのよね」
わたしが少しだけ、身を乗り出す。
「そうあの人……わたしの親族の男と恋仲だったみたいね。わたしも全然知らなくて……」
ドロシー嬢が言った。
「上の、クリスお兄様が亡くなったとき、わたしはまだほんの子供で、でも実はそのころから、わたし、デイジーが好きではなかったの。クリス兄様の婚約者だってのに、ジョナサン兄様に妙に頼っている感じがして。クリス兄様が亡くなって、ジョナサン兄様がデイジーと結婚するって話になりかけた時、わたしは大反対したのよ。でもお父様には叱られたのよね……」
大尉の兄、クリスが亡くなったのは十年前だと言うから、ドロシー嬢は九歳かそこら。さすがにクリスの死因は説明できない。当時のジョナサンがデイジーをどう、思っていたかはわからないが、ジョナサンと結婚させることでカーティス家は責任を取ろうとしたが、二人の婚約は成らなかった。
「デイジーはジョナサン兄様との結婚を断って、王都の三十も上の富豪の後妻になったの。……どうやら実家に借金があったみたい。うちのお父様は堅実というよりはケチだから、デイジーの実家の借金を肩代わりなんてしなかったと思うから、ウチとの結婚がダメになったのは、それはそれでよかったのかもしれないわ」
デイジーの結婚はクリスが死んで三年後、デイジーは二十三かそこらだと言う。
「ちょうどその直後ね、お兄様は軍で、第三王子殿下の侍従に抜擢されたの。うちもお父様が新規に事業を始めて、領地から王都に出ていくことが増えて、王都に住むデイジーとの交流が復活したの。もっとも、お兄様は滅多に家にも帰らなかったから。……子供だったわたしは、デイジーが何を考えていたか、気にしたこともなかったわ」
そして四年前。出征直前の大尉と、シャーロット嬢の婚約が決まる。
「シャーロットのご両親は、デイジーを信じ込んでいて……その陰で、シャーロットにひどいことを言っていたなんて、気づかなくてごめんなさい」
ドロシー嬢がシャーロット嬢に謝る。
「う、ううん……ドロシーが悪いわけじゃあ……」
二人のやり取りを余所に、わたしは別のことを考えていた。
ダグラス・アシュバートンが王都の法律事務所をクビになったのは三年前……その原因がデイジーとの不倫だとすれば……デイジーはカーティス大尉とシャーロット嬢が婚約した頃、ダグラスと付き合っていたことになる。
それ以前からの仲だったのか、カーティス大尉の婚約がきっかけだったのか。
不倫がバレてダグラスはクビになり、故郷のストラスシャーに戻る。デイジーと夫は離婚せず、夫は二年前に死んで未亡人になる。
――ジョンソンは、数か月に一度は、ダグラスから手紙が来ていたと言っていた。
そして二か月前、わたしと殿下との関係がゴシップ紙にすっぱ抜かれ、ダグラスはデイジーと連絡を取る――。
「そう言えば、デイジーの愛人だと名乗る男が、うちの周囲をうろついていたわ。あれが、ミス・エルスペスの親戚の男?」
わたしはドロシー嬢の声に我に返る。
「……そうなの?! その話、カーティス大尉にはなさった?」
「お父様がしたんじゃないかしら。お父様もお母様も、デイジーとの付き合いは考える、って言っているし、うちに来られても困る、って追い返したはずよ?」
「ありがとう、もし、またその男が来たら、カーティス大尉にすぐに知らせてくださる?」
「ええ、もちろん」
ドロシー嬢がにっこりと頷くのを見て、わたしは思う。
はっきりした性格のドロシー嬢ならともかく、シャーロット嬢がダグラスに脅しをかけらりたりしたら、危なかった、と。もし、ダグラスとデイジーの関係に気づかなかったら、もっと大変なことになっていたかもしれない。
その夜、かなり遅くにカーティス大尉だけが、オーランド邸に戻ってきた。
「ジョージ殿下のご逝去で、国王陛下のお心が弱っていて……アルバート殿下をお離しにならないのです」
王妃と国王の関係は冷え切り、晩餐さえも共にすることがなく、王太子殿下は雑務に追われ、王太子妃のブリジット殿下は王妃陛下につききりだと言う。
「殿下はミス・エルスペスのことをとても気にして、メッセージをことづかってきました」
白いカードに一言、「愛してる R」と走り書きされたメッセージを、わたしは手の中に握りしめる。
カーティス大尉は、少しだけ躊躇ってから、言った。
「聖アウグスト大聖堂での葬儀の時に、王妃陛下は特に、後ろの席にいたステファニー嬢を呼び出し、アルバート殿下の隣に並ぶようにお命じになった。形の上では婚約者としての扱いで、明日はそういう写真が新聞に出ると思います。その後、殿下はステファニー嬢のエスコートを拒否なさった。それで――」
カーティス大尉の表情が曇る。
「ステファニー以外の妃など認めない、これが昔からの国王陛下との約束だ、と王妃陛下が仰って、殿下が《ならば継承権は放棄する》と。その場は騒然となり、首相のウォルシンガム卿とマールバラ公爵が間に入り、とにかく有耶無耶のまま葬儀は終わりましたが――」
カーティス大尉の言葉に、わたしは尋ねる。
「ステファニー嬢はなんと?」
「僕の目から見ても、気丈にしていらっしゃいますね。後で、〈バーティが誰を愛していても、正妻としての務めは果たすつもりだ〉と、王妃陛下に言ったそうで、殿下の頑なな態度が批判されています」
異議申し立てがなされているとはいえ、議会が承認した正式な婚約者であるステファニー嬢をあくまで拒絶し、王位継承権の放棄も辞さないという殿下の態度は、王族の立場を弁えていないと、批判を集めつつあると言う。
「保守派の貴族の間では、議会に殿下を喚問すべきだなどと――」
「そんなことが……」
議会に王族を喚問するなんて、聞いたことはなかった。――どう考えても、名誉なことではない。
「……とにかく葬儀が終わったのなら、明日にはお戻りになるかしら?」
「ええ、殿下はそのつもりにしていらっしゃいます」
そうして、その夜も明けた。
翌日も、細かい雪が降り続いて、寒い日だった。
午後、ユールが鞠で遊ぶのを眺めながら、シャーロット嬢と二人、刺繍をしながらたわいもない話をしていると、玄関の方から騒がしい声がした。
「何かしら……?」
ユールが鞠をうっちゃって、グルグル……と威嚇を始める。そっと様子を見に行ったハンナが、戻ってきて耳元で、そしてシュルフト語で言う。
『どうやら、王太子妃と王妃が来たようです。身分を明かさないけれど、ヴァルターさんもカーティス大尉も身分に遠慮して、追い払うことができないようです』
シャーロット嬢はシュルフト語がそこまで達者ではないらしく、咄嗟に理解できずに首を傾げている。
『そもそも、いったい何しにいらっしゃったの?』
『アシュバートン家の女に用があると。卑しい女を王子妃になど認められないと、仰っているようです』
淡々と告げるハンナも、普段より表情は硬い。
わたしは数日前の、殿下の言葉を思い出す。
――雪の女王が王都に戻ってきた。俺を殺すために、国さえ売ろうとした、女が。
わたしは一瞬だけ目を閉じ、目を開けるとハンナに言った。
『王妃は身分を明らかにしてはいないのね? ならば――』
わたしの指示を聞いたハンナは茶色い目を見開くが、すぐに大きく頷いた。
やがて、黒いフロックコートの男数人に守られるように、身なりのいい女性が四人、居間に入ってきた。それから、ジュリアンとカーティス大尉と、この邸の護衛が三人ほど。……数では敵わない。殿下が不在の今、多くの護衛を平民のわたしにつけるわけにいかない。
わたしは「きゃん、きゃん」とけたたましく鳴くユールを抱え、シャーロット嬢に渡して言う。
「この子を連れて下がっていて。あなたに用はないはずだから」
わたしは立ちあがって、入ってきた女性たちに対峙した。――ローズを殺した、雪の女王に。
21
お気に入りに追加
3,258
あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる