【R18】没落令嬢の秘密の花園――秘書官エルスペス・アシュバートンの特別業務

無憂

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第三章

雪の女王

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 翌日、ジョージ殿下の葬儀は、大雪の中行われた。

 オーランド邸も王室の旗を半旗にして掲げ、追悼を意を表す。バールの離宮から陸路を戻った柩は、一旦、王宮に安置され、そこから葬列を組んで聖アウグスト大聖堂に向かう。
 
 国王陛下と、ずっと離宮で看病を続けていた王妃陛下が、馬車に同乗し、王太子妃殿下と三人の王女殿下の馬車が続く。王太子殿下とアルバート殿下は雪の降りしきる中を、柩を守るように騎乗し、近衛兵と殿下の侍従官らが騎馬で従う。王妃陛下の弟であるレコンフィールド公爵とその夫人、ステファニー嬢とすでに嫁いだ姉君たちも、馬車で参列した。――ちなみに、公爵の嫡男チャーリー卿は親族の一人として騎乗で柩を守った。

 これらの状況を知らせてくれたのは、葬列が王宮を出るのを見届けてから、オーランド邸に入ったロベルトさん、そして、沿道で行列を見送った、カーティス大尉の妹のドロシー嬢だ。

「この大雪の中を馬に乗るなんて、殿下もお兄様もとんだ災難よね? 王族が風邪ひいたらどうするつもりなのかしら」

 ドロシー嬢が言うが、王宮から聖アウグスト大聖堂まではいくらもないし、頑丈そうな人ばかりだから、大丈夫とは思うけれど。殿下も配下の方々も、数か月にわたる塹壕ざんごう戦を生き抜いたのだし。

「でも、聖アウグスト大聖堂、年末に行きましたけれど、すごく底冷えしました。あんなところで葬儀なんて、凍えそう……」

 シャーロット嬢が毛織のショールをかき寄せながら言う。

「シャーロットは寒いの苦手だものね。あたしが、結婚式ここにする?って聞いたら、こんな寒い場所ではムリって――」
「ドロシー!」

 シャーロット嬢がドロシー嬢を睨みつける。

「葬儀は仕方がありませんわ。暖かくなるまで待つわけにもいきませんし。それより、ドロシー嬢も寒い中、来てくださってありがとう」

 ジュリアンとハンナがアフタヌーンティーを運んできて、わたしたちの会話は一旦、途切れる。オーランド邸の料理人、メイヴィス夫人のアップル・パイ。ビスケットと熱い紅茶。ドロシー嬢も甘いモノには目がないらしく、しばしはしゃぎながら舌鼓を打つ。

「でも、ミス・エルスペスってわたしたちと同じ年でしょう? 妙に落ち着いているって言われません? シャーロットなんてすっかり、頼っちゃって」

 ドロシー嬢が銀のフォークでアップルパイを小さく切りわけながら言う。

「そりゃあ、あなた方と違って、苦労していますもの。十七の歳から家族の生活を背負って働いていましたし」

 わたしの答えに、ドロシー嬢が申し訳なさそうに身を捩る。

「そうよね。……わたしたち、何のかんの言って家族に甘えていたわ。自分では大人のつもりだったけど。わたし、デイジーの境遇について、全然、知ろうともしなかったのよね」

 わたしが少しだけ、身を乗り出す。

「そうあの人……わたしの親族の男と恋仲だったみたいね。わたしも全然知らなくて……」

 ドロシー嬢が言った。

「上の、クリスお兄様が亡くなったとき、わたしはまだほんの子供で、でも実はそのころから、わたし、デイジーが好きではなかったの。クリス兄様の婚約者だってのに、ジョナサン兄様に妙に頼っている感じがして。クリス兄様が亡くなって、ジョナサン兄様がデイジーと結婚するって話になりかけた時、わたしは大反対したのよ。でもお父様には叱られたのよね……」

 大尉の兄、クリスが亡くなったのは十年前だと言うから、ドロシー嬢は九歳かそこら。さすがにクリスの死因は説明できない。当時のジョナサンがデイジーをどう、思っていたかはわからないが、ジョナサンと結婚させることでカーティス家は責任を取ろうとしたが、二人の婚約は成らなかった。

「デイジーはジョナサン兄様との結婚を断って、王都の三十も上の富豪の後妻になったの。……どうやら実家に借金があったみたい。うちのお父様は堅実というよりはケチだから、デイジーの実家の借金を肩代わりなんてしなかったと思うから、ウチとの結婚がダメになったのは、それはそれでよかったのかもしれないわ」

 デイジーの結婚はクリスが死んで三年後、デイジーは二十三かそこらだと言う。

「ちょうどその直後ね、お兄様は軍で、第三王子殿下の侍従に抜擢されたの。うちもお父様が新規に事業を始めて、領地から王都に出ていくことが増えて、王都に住むデイジーとの交流が復活したの。もっとも、お兄様は滅多に家にも帰らなかったから。……子供だったわたしは、デイジーが何を考えていたか、気にしたこともなかったわ」

 そして四年前。出征直前の大尉と、シャーロット嬢の婚約が決まる。

「シャーロットのご両親は、デイジーを信じ込んでいて……その陰で、シャーロットにひどいことを言っていたなんて、気づかなくてごめんなさい」

 ドロシー嬢がシャーロット嬢に謝る。

「う、ううん……ドロシーが悪いわけじゃあ……」

 二人のやり取りを余所に、わたしは別のことを考えていた。
 ダグラス・アシュバートンが王都の法律事務所をクビになったのは三年前……その原因がデイジーとの不倫だとすれば……デイジーはカーティス大尉とシャーロット嬢が婚約した頃、ダグラスと付き合っていたことになる。

 それ以前からの仲だったのか、カーティス大尉の婚約がきっかけだったのか。
 不倫がバレてダグラスはクビになり、故郷のストラスシャーに戻る。デイジーと夫は離婚せず、夫は二年前に死んで未亡人になる。

 ――ジョンソンは、数か月に一度は、ダグラスから手紙が来ていたと言っていた。

 そして二か月前、わたしと殿下との関係がゴシップ紙にすっぱ抜かれ、ダグラスはデイジーと連絡を取る――。

「そう言えば、デイジーの愛人だと名乗る男が、うちの周囲をうろついていたわ。あれが、ミス・エルスペスの親戚の男?」

 わたしはドロシー嬢の声に我に返る。

「……そうなの?! その話、カーティス大尉にはなさった?」
「お父様がしたんじゃないかしら。お父様もお母様も、デイジーとの付き合いは考える、って言っているし、うちに来られても困る、って追い返したはずよ?」
「ありがとう、もし、またその男が来たら、カーティス大尉にすぐに知らせてくださる?」
「ええ、もちろん」

 ドロシー嬢がにっこりと頷くのを見て、わたしは思う。
 はっきりした性格のドロシー嬢ならともかく、シャーロット嬢がダグラスに脅しをかけらりたりしたら、危なかった、と。もし、ダグラスとデイジーの関係に気づかなかったら、もっと大変なことになっていたかもしれない。 
 


  



 その夜、かなり遅くにカーティス大尉だけが、オーランド邸に戻ってきた。

「ジョージ殿下のご逝去で、国王陛下のお心が弱っていて……アルバート殿下をお離しにならないのです」

 王妃と国王の関係は冷え切り、晩餐さえも共にすることがなく、王太子殿下は雑務に追われ、王太子妃のブリジット殿下は王妃陛下につききりだと言う。

「殿下はミス・エルスペスのことをとても気にして、メッセージをことづかってきました」

 白いカードに一言、「愛してる R」と走り書きされたメッセージを、わたしは手の中に握りしめる。

 カーティス大尉は、少しだけ躊躇ってから、言った。

「聖アウグスト大聖堂での葬儀の時に、王妃陛下は特に、後ろの席にいたステファニー嬢を呼び出し、アルバート殿下の隣に並ぶようにお命じになった。形の上では婚約者としての扱いで、明日はそういう写真が新聞に出ると思います。その後、殿下はステファニー嬢のエスコートを拒否なさった。それで――」

 カーティス大尉の表情が曇る。

「ステファニー以外の妃など認めない、これが昔からの国王陛下との約束だ、と王妃陛下が仰って、殿下が《ならば継承権は放棄する》と。その場は騒然となり、首相のウォルシンガム卿とマールバラ公爵が間に入り、とにかく有耶無耶のまま葬儀は終わりましたが――」

 カーティス大尉の言葉に、わたしは尋ねる。

「ステファニー嬢はなんと?」
「僕の目から見ても、気丈にしていらっしゃいますね。後で、〈バーティが誰を愛していても、正妻としての務めは果たすつもりだ〉と、王妃陛下に言ったそうで、殿下の頑なな態度が批判されています」

 異議申し立てがなされているとはいえ、議会が承認した正式な婚約者であるステファニー嬢をあくまで拒絶し、王位継承権の放棄も辞さないという殿下の態度は、王族の立場を弁えていないと、批判を集めつつあると言う。

「保守派の貴族の間では、議会に殿下を喚問すべきだなどと――」
「そんなことが……」

 議会に王族を喚問するなんて、聞いたことはなかった。――どう考えても、名誉なことではない。

「……とにかく葬儀が終わったのなら、明日にはお戻りになるかしら?」
「ええ、殿下はそのつもりにしていらっしゃいます」

 そうして、その夜も明けた。







 翌日も、細かい雪が降り続いて、寒い日だった。
 午後、ユールが鞠で遊ぶのを眺めながら、シャーロット嬢と二人、刺繍をしながらたわいもない話をしていると、玄関の方から騒がしい声がした。

「何かしら……?」

 ユールが鞠をうっちゃって、グルグル……と威嚇を始める。そっと様子を見に行ったハンナが、戻ってきて耳元で、そしてシュルフト語で言う。

『どうやら、王太子妃と王妃が来たようです。身分を明かさないけれど、ヴァルターさんもカーティス大尉も身分に遠慮して、追い払うことができないようです』

 シャーロット嬢はシュルフト語がそこまで達者ではないらしく、咄嗟に理解できずに首を傾げている。

『そもそも、いったい何しにいらっしゃったの?』
『アシュバートン家の女に用があると。卑しい女を王子妃になど認められないと、仰っているようです』

 淡々と告げるハンナも、普段より表情は硬い。

 わたしは数日前の、殿下の言葉を思い出す。


 ――雪の女王が王都に戻ってきた。俺を殺すために、国さえ売ろうとした、女が。 
 
 わたしは一瞬だけ目を閉じ、目を開けるとハンナに言った。

『王妃は身分を明らかにしてはいないのね? ならば――』

 わたしの指示を聞いたハンナは茶色い目を見開くが、すぐに大きく頷いた。





 やがて、黒いフロックコートの男数人に守られるように、身なりのいい女性が四人、居間に入ってきた。それから、ジュリアンとカーティス大尉と、この邸の護衛が三人ほど。……数では敵わない。殿下が不在の今、多くの護衛を平民のわたしにつけるわけにいかない。

 わたしは「きゃん、きゃん」とけたたましく鳴くユールを抱え、シャーロット嬢に渡して言う。

「この子を連れて下がっていて。あなたに用はないはずだから」

 わたしは立ちあがって、入ってきた女性たちに対峙した。――ローズを殺した、雪の女王に。

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