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第三章
生き残り
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第二王子ジョージ殿下の訃報は、一日置いて、新年の二日に全国に通知された。戦勝の年の新年を祝う国民に対し、国王陛下がご配慮なさったそうだ。
二十年以上を病床で過し、ほとんど国民の前に姿を現すこともなかった王子殿下だが、王家の方々は速やかに服喪に入り、王家縁の場所には黒い半旗が掲げられた。新年の三日に臨時の閣議が開かれ、一月十日に王都の聖アウグスト大聖堂で葬儀が行われることになった。ジョージ殿下の棺は、南方のバールの離宮から王家の霊柩車で陸路、王都へと運ばれるという。
アルバート殿下の王位継承順位が第二位に繰り上がり、その婚姻の重要性がますます高くなる。
公式には、アルバート殿下にはすでに議会の承認を経た婚約者がいる。大戦前から定められ、誰からも祝福されていた、身分も生まれも瑕瑾のない公爵令嬢。しかし、アルバート殿下はその婚約を、自らの意思に依らないものであると正式に表明し、同じく一月三日に開かれた臨時の貴族院において、議員の一人であるマールバラ公爵は、王位継承権を保持する自分が、王命によって国内に不在の時に可決された、王子の婚約承認は不当であると、異議を申し立てた。
第二王子の逝去と、第三王子の婚約問題。――新年の王都は、王家の問題で揺れた。
国民への服喪は強制されないが、王家に忠誠の篤い市民も、喪服を着用した。わたしはジョージ殿下とは血のつながりも一面識もないけれど、殿下の兄上ということ、たまたま祖母のための喪服を着ていたから、引き続き喪服ですごすことにした。オーランド邸に滞在することになったシャーロット嬢もまた、急遽、喪服を取り寄せて過ごしている。
成り行きでオーランド邸に逃げ込んできたシャーロット嬢だが、結果としては彼女が滞在してくれたせいで、わたしも退屈せずに済んだ。ジョージ殿下の訃報を受けて王宮に向かった殿下は、それから数日にわたって、王宮から戻ることができなかった。
一月八日の朝、わたしが朝食のために食堂に降りていくと、朝からきゃん、きゃんとユールが何かに吠えている。見れば、ラルフ・シモンズ大尉が陸軍の軍服姿で立っていた。
「シモンズ大尉――新年では初めてですわね?」
「はい、ミス・アシュバートン。……今年もよろしくお願いします」
シモンズ大尉が被っていた軍帽を持ち上げて会釈をする。
「……いつ、王都にお戻りに?」
「昨日です。殿下にはご報告を済ませ、今日からは交代で、こちらの護衛に入ります」
きゃんきゃんと吼えるユールを抱き上げて宥めながら、わたしは、彼に問うべきか迷う。シモンズ大尉がリンドホルムから戻ったということは、結論が出たということなのか。
青ざめたわたしの表情を見て、シモンズ大尉が少しだけ笑った。――彼は大柄で、あまり表情も変わらず、何より無口だ。彼が笑うところを見るのは滅多にない。
「その……」
「殿下からは、ミス・エルスペスが聞いたら伝えてもいいと。だが、そうでない場合は黙っていろと言われました」
シモンズ大尉の表情から、わたしは何かを読み取ることはできない。ただ――。
「いえ、わたしは――遠いところを、わたしのためにご足労頂いて、ありがとうございました」
礼を述べれば、彼はゆるく首を振る。
「俺はもともと、アシュバートン中佐の部下ですから。この役目を俺に命じてくださった、殿下に感謝しています。――中佐に、ご恩返しができそうです」
わたしは息を呑む。つまり――。
わたしは目を伏せ、ただ頭を下げた。
「……ありがとうございます」
詳細を聞きたくなくて、ユールを抱いて、そのまま食堂へ向かう。
食堂にはすでにシャーロット嬢がいた。
「おはようございます、エルシー」
「おはようございます、シャーリー」
わたしの様子から何か嗅ぎ取ったシャーロット嬢が不安そうに見ている。
「どうかなさったの?」
「……ええ、ちょっとね。ごめんなさい、あまり人に言えないことで――」
なぜ、胸が塞がれるのか、理由はわかっている。
自分にあまりにも力がないから。
結局、殿下の力を借りなければ、何もできなかった。
弟の死因を明らかにし、彼を殺した者たちを糾弾することも、父の爵位を取り戻すことも。――何一つ。
――お前が男だったら。
――ウィリアムが死んだりしなかったら。
――最後に残ったのが、エルシーじゃなかったら、男のビリーだったら。
祖母の言葉が脳裏に響く。
わたしが、男だったら。
少なくとも、ビリーは殺されずにすんだ。
サイラスやダグラスがどれほどの強欲であっても、わたしとビリーと、二人ともに手にかけたりはしなかっただろう。
ただ一人残さるのが、弱い女のわたしだから、彼らはビリーを亡き者して、リンドホルムを手に入れようと野心を抱いた。わたしが、もっと強かったら――。
「エルシー?」
シャーロット嬢に呼びかけられ、わたしはハッと我に返り、自分の頬が涙で濡れているのに気づく。膝の上のユールが「く~ん」と泣いて、わたしの頬の涙をぺろりと舐めた。
「ご、ごめんなさい……なんでも……」
なんでもないとは言えなかった。
ビリー。祖母。父。そしてローズ。
多くの人が死んだ。そして、そのすべての原因とも言うべき、第二王子のジョージ殿下。
彼が病に倒れ、アルバート殿下を産みだすために、ローズが犠牲になり、そして父も――。
アシュバートン家で最後に生き残ったわたしは、果たして何を為すべきか。
その夜、久しぶりに殿下がオーランド邸に戻られた。
帽子とコートを脱ぎ捨て、ぐったり疲れてソファにもたれかかる殿下に、ユールがきゃんきゃんと鳴きながら纏わりつく。わたしが押さえようとしたら、殿下はわたしを捕まえて、抱き込むように隣に座らせた。
「エルシー……エルシー不足で死ぬかと思った。少し補給させろ」
「リジー!」
わたしは真っ赤になって身を捩る。帰ってきたばかりの居間の暖炉の前、出迎えたシャーロットだけじゃなく、カーティス大尉も、ロベルトさんも、ラルフ・シモンズ大尉も、ジェラルド・ブルック中尉まで勢ぞろいしている前で、恥ずかしいなんてもんじゃない。
「……補給は後にしてください、お願いだから!」
「はあ……エルシーの匂い……」
「やめて!」
「殿下、独身ばかりの俺たちには、目に毒だから!」
ロベルトさんが止めてくれて、殿下がしぶしぶ、わたしを解放する。
「納得いかん! 継承順位が第二位に上がったからと言って、あれこれ制約が増えるなんて! 今まで二位だった奴は何もしてこなかったじゃないか!」
「それはジョージ殿下はご病気だったからですよ。健康体の第二位と同じなわけないでしょう」
ジェラルド・ブルック中尉が冷酷に窘め、わたしにも冷たい青い目を向ける。
「愛人に骨抜きにされているなんて汚名を払拭するためにも、少しはキリっとしてください」
ブルック中尉は殿下とわたしの関係に批判的だ。アパートメントに連れ込むのも反対したらしいのに、彼が故郷に帰っている隙に、本邸とも言うべきオーランド邸に引き込んでいるんだから、当然と言えば当然だ。
「ジョナサンもジョナサンだよ。ドサクサに紛れて、君の婚約者までオーランド邸に住んでいるなんて。甘え過ぎだ」
ブルック中尉の非難に、シャーロット嬢が真っ青になって震え始める。
「ジェラルド、もういいから。――大晦日の夜は嵐が酷くて、家に帰れなくなったんだ。そういうことにしておけ」
殿下が言えば、
「大晦日から何日経ってると思っているんですか!」
と、ブルック中尉が反論する。
「あーもう、ジェラルドは独り身で寂しいのはわかるが、堅苦しいこと言ってるとクビにされっぞ?」
「うるさい! 僕はそういう理由で文句を言っているわけじゃ――」
くだらない口論を始めたブルック中尉とロベルトさんを無視して、ラルフ・シモンズ大尉が言った。
「例の、リンドホルムの件ですが、逮捕状は請求しなくてもよろしいのですか?」
一同がハッとして口を噤む。「逮捕状」という穏やかならぬ単語に、シャーロット嬢がビクっと身を震わせた。
殿下が手を挙げてシモンズ大尉を制し、言った。
「まだ、犯人が確定されたわけじゃない。死体から毒物が検出されただけだ。ダグラスとサイモンが関与した証拠を揃えてからだ。――遺体は、埋め戻したんだよな?」
「はい。ただ、正式な令状を取ったわけではないので、今回の司法解剖の証拠能力がどの程度認められるかは――」
「奴らに気づかれたか?」
ラルフ・シモンズ大尉は首を振った。
「いえ、ちょうどダグラス・アシュバートンは王都に出掛け、留守にしていました。ジョンソンに命じて、サイラスの動向を見張らせ、風邪気味で臥せっている時を狙い、教会側の墓石の修理や墓地の整備に託けて行いました。教会の牧師には堅く口止めしてありますので、ウィリアム・アシュバートンの墓を掘り起こしたことは、周囲の者にもバレていないはずです」
シモンズ大尉の言葉に、わたしは思わず息を呑んだ。殿下が、わたしの手を上から覆い、撫でる。
「……ならば、容疑が固まるまでは内密に。墓の見張りは?」
「常に」
殿下は頷く。
「毒殺の明確な証拠はビリーの遺体だけだ。奴らは証拠隠滅のために、必ず遺体を奪うか、壊しにくる。だがそれが、奴らの致命傷になる。ぜったいに捕らえろ。いいな?」
「はい。……アシュバートン中佐の無念を晴らすためです。俺の部隊の者は全員、命を懸けます」
「頼んだぞ」
それから殿下はロベルトさんを見た。
「ダグラスは王都に何をしにきた?」
「金策ですね。それから、例の、従姉さんに接触しましたよ」
「デイジーに?」
カーティス大尉がギョッとして身を起こす。シャーロットが両手を口元に当て、必死に震えを堪えている。
「ダグラスとデイジーから目を離すな。……シャーロット嬢を手づるに、こちらに連絡を取ろうとするかもしれん。ジョナサンはしばらく、オーランド邸に貼り付け」
「わかりました」
殿下は皆を解散させると、わたしの手を取って寝室に上がる。階段を登り切ったところで足を止め、突然呟く。
「兄上の遺体と一緒に、雪の女王が王都に戻ってきた。――今更、何かできるとは思わないが、気をつけてくれ」
「ええ? 誰ですって?」
意味がわからなくてわたしが殿下に問いかければ、殿下はまっすぐに前を睨みながら言う。
「王妃だよ。……兄上は死んだのに、あの女はまだ生きている。俺を殺すために、国さえ売ろうとした、女が」
二十年以上を病床で過し、ほとんど国民の前に姿を現すこともなかった王子殿下だが、王家の方々は速やかに服喪に入り、王家縁の場所には黒い半旗が掲げられた。新年の三日に臨時の閣議が開かれ、一月十日に王都の聖アウグスト大聖堂で葬儀が行われることになった。ジョージ殿下の棺は、南方のバールの離宮から王家の霊柩車で陸路、王都へと運ばれるという。
アルバート殿下の王位継承順位が第二位に繰り上がり、その婚姻の重要性がますます高くなる。
公式には、アルバート殿下にはすでに議会の承認を経た婚約者がいる。大戦前から定められ、誰からも祝福されていた、身分も生まれも瑕瑾のない公爵令嬢。しかし、アルバート殿下はその婚約を、自らの意思に依らないものであると正式に表明し、同じく一月三日に開かれた臨時の貴族院において、議員の一人であるマールバラ公爵は、王位継承権を保持する自分が、王命によって国内に不在の時に可決された、王子の婚約承認は不当であると、異議を申し立てた。
第二王子の逝去と、第三王子の婚約問題。――新年の王都は、王家の問題で揺れた。
国民への服喪は強制されないが、王家に忠誠の篤い市民も、喪服を着用した。わたしはジョージ殿下とは血のつながりも一面識もないけれど、殿下の兄上ということ、たまたま祖母のための喪服を着ていたから、引き続き喪服ですごすことにした。オーランド邸に滞在することになったシャーロット嬢もまた、急遽、喪服を取り寄せて過ごしている。
成り行きでオーランド邸に逃げ込んできたシャーロット嬢だが、結果としては彼女が滞在してくれたせいで、わたしも退屈せずに済んだ。ジョージ殿下の訃報を受けて王宮に向かった殿下は、それから数日にわたって、王宮から戻ることができなかった。
一月八日の朝、わたしが朝食のために食堂に降りていくと、朝からきゃん、きゃんとユールが何かに吠えている。見れば、ラルフ・シモンズ大尉が陸軍の軍服姿で立っていた。
「シモンズ大尉――新年では初めてですわね?」
「はい、ミス・アシュバートン。……今年もよろしくお願いします」
シモンズ大尉が被っていた軍帽を持ち上げて会釈をする。
「……いつ、王都にお戻りに?」
「昨日です。殿下にはご報告を済ませ、今日からは交代で、こちらの護衛に入ります」
きゃんきゃんと吼えるユールを抱き上げて宥めながら、わたしは、彼に問うべきか迷う。シモンズ大尉がリンドホルムから戻ったということは、結論が出たということなのか。
青ざめたわたしの表情を見て、シモンズ大尉が少しだけ笑った。――彼は大柄で、あまり表情も変わらず、何より無口だ。彼が笑うところを見るのは滅多にない。
「その……」
「殿下からは、ミス・エルスペスが聞いたら伝えてもいいと。だが、そうでない場合は黙っていろと言われました」
シモンズ大尉の表情から、わたしは何かを読み取ることはできない。ただ――。
「いえ、わたしは――遠いところを、わたしのためにご足労頂いて、ありがとうございました」
礼を述べれば、彼はゆるく首を振る。
「俺はもともと、アシュバートン中佐の部下ですから。この役目を俺に命じてくださった、殿下に感謝しています。――中佐に、ご恩返しができそうです」
わたしは息を呑む。つまり――。
わたしは目を伏せ、ただ頭を下げた。
「……ありがとうございます」
詳細を聞きたくなくて、ユールを抱いて、そのまま食堂へ向かう。
食堂にはすでにシャーロット嬢がいた。
「おはようございます、エルシー」
「おはようございます、シャーリー」
わたしの様子から何か嗅ぎ取ったシャーロット嬢が不安そうに見ている。
「どうかなさったの?」
「……ええ、ちょっとね。ごめんなさい、あまり人に言えないことで――」
なぜ、胸が塞がれるのか、理由はわかっている。
自分にあまりにも力がないから。
結局、殿下の力を借りなければ、何もできなかった。
弟の死因を明らかにし、彼を殺した者たちを糾弾することも、父の爵位を取り戻すことも。――何一つ。
――お前が男だったら。
――ウィリアムが死んだりしなかったら。
――最後に残ったのが、エルシーじゃなかったら、男のビリーだったら。
祖母の言葉が脳裏に響く。
わたしが、男だったら。
少なくとも、ビリーは殺されずにすんだ。
サイラスやダグラスがどれほどの強欲であっても、わたしとビリーと、二人ともに手にかけたりはしなかっただろう。
ただ一人残さるのが、弱い女のわたしだから、彼らはビリーを亡き者して、リンドホルムを手に入れようと野心を抱いた。わたしが、もっと強かったら――。
「エルシー?」
シャーロット嬢に呼びかけられ、わたしはハッと我に返り、自分の頬が涙で濡れているのに気づく。膝の上のユールが「く~ん」と泣いて、わたしの頬の涙をぺろりと舐めた。
「ご、ごめんなさい……なんでも……」
なんでもないとは言えなかった。
ビリー。祖母。父。そしてローズ。
多くの人が死んだ。そして、そのすべての原因とも言うべき、第二王子のジョージ殿下。
彼が病に倒れ、アルバート殿下を産みだすために、ローズが犠牲になり、そして父も――。
アシュバートン家で最後に生き残ったわたしは、果たして何を為すべきか。
その夜、久しぶりに殿下がオーランド邸に戻られた。
帽子とコートを脱ぎ捨て、ぐったり疲れてソファにもたれかかる殿下に、ユールがきゃんきゃんと鳴きながら纏わりつく。わたしが押さえようとしたら、殿下はわたしを捕まえて、抱き込むように隣に座らせた。
「エルシー……エルシー不足で死ぬかと思った。少し補給させろ」
「リジー!」
わたしは真っ赤になって身を捩る。帰ってきたばかりの居間の暖炉の前、出迎えたシャーロットだけじゃなく、カーティス大尉も、ロベルトさんも、ラルフ・シモンズ大尉も、ジェラルド・ブルック中尉まで勢ぞろいしている前で、恥ずかしいなんてもんじゃない。
「……補給は後にしてください、お願いだから!」
「はあ……エルシーの匂い……」
「やめて!」
「殿下、独身ばかりの俺たちには、目に毒だから!」
ロベルトさんが止めてくれて、殿下がしぶしぶ、わたしを解放する。
「納得いかん! 継承順位が第二位に上がったからと言って、あれこれ制約が増えるなんて! 今まで二位だった奴は何もしてこなかったじゃないか!」
「それはジョージ殿下はご病気だったからですよ。健康体の第二位と同じなわけないでしょう」
ジェラルド・ブルック中尉が冷酷に窘め、わたしにも冷たい青い目を向ける。
「愛人に骨抜きにされているなんて汚名を払拭するためにも、少しはキリっとしてください」
ブルック中尉は殿下とわたしの関係に批判的だ。アパートメントに連れ込むのも反対したらしいのに、彼が故郷に帰っている隙に、本邸とも言うべきオーランド邸に引き込んでいるんだから、当然と言えば当然だ。
「ジョナサンもジョナサンだよ。ドサクサに紛れて、君の婚約者までオーランド邸に住んでいるなんて。甘え過ぎだ」
ブルック中尉の非難に、シャーロット嬢が真っ青になって震え始める。
「ジェラルド、もういいから。――大晦日の夜は嵐が酷くて、家に帰れなくなったんだ。そういうことにしておけ」
殿下が言えば、
「大晦日から何日経ってると思っているんですか!」
と、ブルック中尉が反論する。
「あーもう、ジェラルドは独り身で寂しいのはわかるが、堅苦しいこと言ってるとクビにされっぞ?」
「うるさい! 僕はそういう理由で文句を言っているわけじゃ――」
くだらない口論を始めたブルック中尉とロベルトさんを無視して、ラルフ・シモンズ大尉が言った。
「例の、リンドホルムの件ですが、逮捕状は請求しなくてもよろしいのですか?」
一同がハッとして口を噤む。「逮捕状」という穏やかならぬ単語に、シャーロット嬢がビクっと身を震わせた。
殿下が手を挙げてシモンズ大尉を制し、言った。
「まだ、犯人が確定されたわけじゃない。死体から毒物が検出されただけだ。ダグラスとサイモンが関与した証拠を揃えてからだ。――遺体は、埋め戻したんだよな?」
「はい。ただ、正式な令状を取ったわけではないので、今回の司法解剖の証拠能力がどの程度認められるかは――」
「奴らに気づかれたか?」
ラルフ・シモンズ大尉は首を振った。
「いえ、ちょうどダグラス・アシュバートンは王都に出掛け、留守にしていました。ジョンソンに命じて、サイラスの動向を見張らせ、風邪気味で臥せっている時を狙い、教会側の墓石の修理や墓地の整備に託けて行いました。教会の牧師には堅く口止めしてありますので、ウィリアム・アシュバートンの墓を掘り起こしたことは、周囲の者にもバレていないはずです」
シモンズ大尉の言葉に、わたしは思わず息を呑んだ。殿下が、わたしの手を上から覆い、撫でる。
「……ならば、容疑が固まるまでは内密に。墓の見張りは?」
「常に」
殿下は頷く。
「毒殺の明確な証拠はビリーの遺体だけだ。奴らは証拠隠滅のために、必ず遺体を奪うか、壊しにくる。だがそれが、奴らの致命傷になる。ぜったいに捕らえろ。いいな?」
「はい。……アシュバートン中佐の無念を晴らすためです。俺の部隊の者は全員、命を懸けます」
「頼んだぞ」
それから殿下はロベルトさんを見た。
「ダグラスは王都に何をしにきた?」
「金策ですね。それから、例の、従姉さんに接触しましたよ」
「デイジーに?」
カーティス大尉がギョッとして身を起こす。シャーロットが両手を口元に当て、必死に震えを堪えている。
「ダグラスとデイジーから目を離すな。……シャーロット嬢を手づるに、こちらに連絡を取ろうとするかもしれん。ジョナサンはしばらく、オーランド邸に貼り付け」
「わかりました」
殿下は皆を解散させると、わたしの手を取って寝室に上がる。階段を登り切ったところで足を止め、突然呟く。
「兄上の遺体と一緒に、雪の女王が王都に戻ってきた。――今更、何かできるとは思わないが、気をつけてくれ」
「ええ? 誰ですって?」
意味がわからなくてわたしが殿下に問いかければ、殿下はまっすぐに前を睨みながら言う。
「王妃だよ。……兄上は死んだのに、あの女はまだ生きている。俺を殺すために、国さえ売ろうとした、女が」
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