【R18】没落令嬢の秘密の花園――秘書官エルスペス・アシュバートンの特別業務

無憂

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第三章

意外な繋がり

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 カーティス大尉の家族に、今回のデイジーの件を説明し、大尉の父、ロックウィル伯爵にも協力を要請した。
 突然、やってきたアルバート殿下に、大尉の家族は面食らい、ワイン塗れの大尉とすっかり怯えたその婚約者に仰天、さらにデイジーの不倫話に、人のよさそうなロックウィル伯爵夫人は卒倒寸前であった。しかし、大尉の父、ロックウィル伯爵は冷静だった。

「ミセス・デイジーの不倫騒ぎは、私は知っていました。お恥ずかしい話ですが、我が家も長男クリスの不祥事があり、彼女に負い目もあって相手の男については把握しておりません。……そうでしたか。ご迷惑をおかけしました」

 ロックウィル伯爵は神妙に頭を下げる。大尉によく似た実直そうな人で、この家族の長男が高級娼婦に狂って刃傷沙汰の上、死亡するなんて、全く信じられなかった。

「クリスの件では、デイジーに申し訳なくて。でも実を言えば、デイジーがジョナサンの嫁になるのは、わたくしは反対でしたの。ですからジョナサンのプロポーズが断られたと聞いた時は、正直、ホッとしたのですわ。ジョナサンには、大人しいシャーロットのようなタイプが良いと思って……」

 伯爵夫人が末娘のドロシーと二人でシャーロットを宥め、殿下とわたしにお礼を言って下がる。夜遅いこともあり、デイジーとダグラス・アシュバートンの件については、改めて話し合うことにして、わたしたちはロックウィル伯爵邸を辞した。

 王都のアパートメントに着いたときはもう、深夜を回っていた。待ちくたびれて眠ったらしいユールの寝顔を見て、わたしはホッとする。

「事情があって、ラルフをリンドホルムにやった。代わりの護衛を兼ね、お前もアパートメントとオーランド邸を往復してくれ」

 わたしにホットワインを、殿下にブランデーを持ってきたジュリアンに、殿下が言う。

「承知いたしました。……このアパートメントの維持だけなら、母と妹で十分です。例の、元中尉の動向も不気味ですしね」
「……全くだな。魔性と言うよりは、厄介な男に好かれ過ぎなんだ、エルシーは」

 殿下がブランデーを一口飲み、煙草に火を点けながら言うのに、わたしはカチンと来た。

「失礼な! 一番厄介な男のくせに!」
「ほんと、その通りですよ! 殿下が一番、厄介ですよ!」

 ジュリアンも同調し、殿下が肩を竦める。

「やれやれ……明日は早々にオーランド邸に戻る予定だったが、先にロベルトを呼び出してくれ。それから、マクガーニにも一報を。……ジェラルドが王都に戻ってくるのは年明けか?」
「三日には戻ると言っていました。戦地から戻って、初めての帰省ですからね」

 ジェラルド・ブルック中尉は南部の大都市カールトンの出身だ。ジェニングス侯爵家は南部の有力貴族なのだそうだ。

 殿下は煙草を一本吸い終わり、ブランデーを飲み干すと、わたしに言った。

「言いたいことはあるだろうが、今夜はもう、休もう。エルシーのピアノは本当に素晴らしかった!」

 殿下はわたしを抱き寄せて頬にキスをする。
 わたしは、シモンズ大尉をリンドホルムにやった事情が気になっていたけれど、とても疲れていたし、もはや反対しても無駄なのだろうと思い、言葉を飲み込んだ。

 でも――。

 ビリーの安らかな眠りを妨げることで、わたしの胸は重く塞がれた。






 翌朝、わたしが目を覚ました時には、殿下はもう、とっくに起きて仕事にかかっていた。
 さんさんと、冬の陽の差し込むベッドで、朝食を摂る。アンナはわたしの好みを完全に把握していて、朝はマーマレードのトーストにハムエッグ、林檎のコンポートに熱いミルクティー。お気に入りの料理につい頬が緩む。
 昨夜は疲れたけれど、朝までぐっすり眠って元気も回復した。

 一日、放置されてお冠のユールが、ベッドの上に上がろうとするのを、ノーラが懸命に押さえつけている。

「ダメ! ベッドの上はダメ!」
「ユールはもう、ご飯は食べたのかしら?」
「ええ、もう食べましたよ! 専用の食事をね!」

 わたしも急いで食事を終え、ベッドを降りて身支度にかかる。ユールが嬉しそうに走り回るので、なかなかはかどらない。
 ……王都の催しにはこのアパートメントが便利なのだが、走り回りたくてたまらないユールにとっては、広い庭のある、郊外のオーランド邸の方がいいだろう。

「悪さはしなかった?」
「まあ、仔犬としてはこんなものでしょう。噛み癖もありませんし、性格もいいですわ。でも、アパートメントじゃあ、狭いんでしょうねぇ。もう少し大人になれば、落ち着いてくると思いますけど」
「そうね。……年明けに、オーランド邸の方にマクガーニ閣下のご家族を招待すると、殿下が仰っているの。娘のアグネスはよく知っているけど、ご子息のアレックスはまだ会ったことがなくて。仔犬が子供たちに悪さしなければいいけれど」

 わたしがユールを抱き上げて腹毛を撫でていると、背後に回って髪を梳かしながら、ノールが言う。

「どっちかと言うと、子供が仔犬に悪さしないか気を付けるべきですね。うちの息子なんかに会わせたら、とんでもないことになりますよ!」

 実家のリンドホルム城では、庭師と森番が犬を飼っていて、時々遊ばせてもらったけれど、祖母が動物嫌いだったから、屋内に犬を入れたことはない。

 ユールを抱いて居間に入っていくと、ちょうど呼び鈴が鳴って、ロベルトさんが到着したらしかった。――彼も聖誕節の休暇に入っていたので、数日ぶりだ。

「うわ、それが噂の番犬? ていうか、聞いたよ、エルスペス嬢。ハートネルだけじゃなく、ダグラスまで出てきたって? モテモテだよね」
「モテても嬉しくない相手ばっかりですわ。……ダグラスは本人じゃなくて、不倫相手が出てきたのよ」

 ロベルトさんの軽口にわたしが切り返し、腕の中のユールがグルグルと威嚇する。

「うわ、こわー! ワンちゃん、俺は殿下の秘書官だから! 威嚇やめて!」
「ユールは実直な人が好きみたいですわ。カーティス大尉やシモンズ大尉にはすぐに懐いたのに」
「それって、飼い主であるエルスペス嬢の信頼度が現れているだけなんじゃ……」

 ロベルトさんが呟いていると、殿下が居間に入ってきた。シャツの上にニットのプルオーバーを着た、少し砕けた服装だ。

「ロベルト、休暇中に悪いな」
「いいえ、宮仕えの宿命っす」

 ロベルトさんは片目をつぶり、もってきた鞄から書類の束を出す。

「特務の半分も休暇に入って、残りのほとんどがリンドホルムに向かっているんで、新たな調査は年明けしか無理です。ただ、以前の調査をもう一度見直してみました。特に重要じゃないと思っていたんで、見落としていたんですね」

 わたしと殿下は暖炉の前のソファに座り、ロベルトさんは対面の一人がけに座る。

「……ダグラス・アシュバートンの、王都での勤務先は、リーマンロッド法律会計事務所。ここ、なんとフランク商会の会長の、顧問弁護士も務めていました」
「つまり、デイジー・フランクと接点があった……」
「はい。ダグラスは顧客の妻と不倫関係になり、顧客の遺言状を妻にこっそり見せ、変わりに金品を貢がせていたことがバレて、当たり前ですがクビになりました。この時の調査では、不倫相手までは必要ないかと思ったので、裏は取ってないですが、さっき、殿下から電話貰った後で、俺はバーナード・ハドソンに電話で聞いたんです。彼はフランク商会の前会長と個人的に親しかったっすから。で、ドンピシャですよ」

 殿下はロベルトさんが差し出す、ダグラスの勤務先に関する調査報告書を見ながら、眉を顰める。――こんな詳細な調査をしているなんて、想像もしていなかった。

「……フランク商会の前会長は二年前に死んだと言う話だが、いくつだったんだ?」
「バーナードより年上だそうですから、六十くらいじゃないっすかね? そのミセス・デイジーってのが、ジョナサンの死んだ兄貴の婚約者だなんて、世の中狭いですよねえ」
「デイジーはジョナサンより一、二歳上だというから……」
「うげぇ~! 三十も若い女房もらって、しかも不倫されちまうって、晩節汚しまくりだね」

 ロベルトさんが大げさに肩を竦めて見せる。わたしは首を傾げた。

「……カーティス大尉はロックウィル伯爵を継ぐことが決まっていたんですよね? そのプロポーズを断って、三十も上の男性のところに後妻に行くなんて……」

 フランク商会は確かに富豪かもしれないが、ロックウィル伯爵家だって、立派なお屋敷で、金に困っているようには見えなかった。

「……どうだろう? ジョナサンの兄貴が死んだのは十年前、ジョナサンがまだ士官学校卒業前だと言っていた。伯爵の継承者になったところで、自由になる金なんかないだろう」
「バーナードの話じゃあ、フランク商会のオッサンは、若い後妻に夢中で、相当、貢いでいたらしいっす。金に目が眩んでも不思議はないと俺は思いますね」

 何となくだが、わたしはカーティス大尉も、昔はデイジーのことが好きだったのではないかと思う。デイジーに苛められていると言ったシャーロット嬢に向かい、「デイジーはそんなことはしない」と即座に否定したからだ。

「……ずいぶん、猫を被るのが上手だったんですわね……」

 わたしがまだデイジーのことを考えていると、ロベルトさんが別の書類を出して言う。

「実はですね、もう一個、重要なことに気づいたんですよ、俺」
「……ダグラス・アシュバートンについてか?」
「この、リーマンロッド法律会計事務所ですけどね、実はジェームズ・アシュバートンの資産管理もしていたんです」
「……なんだと?」

 殿下が金色の瞳を見開く。

「もとは、ジェームズ・アシュバートンの母方の祖父の財産を管理していたんですが、その大半をジェームズが相続したんで、引き続き管理を任されていました。彼が東部戦線で戦死したという報せも、真っ先にこの事務所には入っているはずなんです」
「つまり――」

 ロベルトさんが、わたしと殿下の二人を見比べながら言う。

「ダグラス・アシュバートンは、誰よりも早く、自分の父親サイモンの、リンドホルム伯爵の継承権が一つ繰り上がったのを知っていたんです」
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