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第三章
アクシデント
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わたしが無事に演奏を終えると、最後、ゴードン卿がヴァイオリンで有名な「アリア」を演奏した。伴奏は母のヴァイオレット夫人。マールバラ公爵の息子たちが音楽と芸術に造詣が深いのも、母のヴァイオレット夫人の影響であるらしい。――マールバラ公爵自身はオペラの鑑賞を趣味としているそうだ。
親しい家族の手による、鎮魂の祈りを込めた演奏は、同じく戦争で父を失ったわたしの心に沁みた。……父も、わたしのピアノを聞くのを楽しみにしてくれていた。今夜のあの、前衛的な曲が父の魂に届くかは疑問だけれど。
そんなことを考えながら、わたしは他の観客とともに惜しみない拍手を送る。
「――この後は隣の部屋で、飲み物とともにご歓談を――」
マールバラ公爵が言い、わたしたちも移動する。今夜の演奏について批評しながら交流を深め、亡きブラックウェル伯爵を偲ぶのだそうだ。
「素晴らしい演奏だったわ、ミス・エルスペス」
一番にヴァイオレット夫人に声をかけられ、わたしは恐縮する。
「突然だったのに、さすがの度胸だね」
マールバラ公爵も言う。
「最近、あればかり練習しておりましたので、弾くだけでしたら。お粗末様でしたわ」
「いいえ、あの難曲をあそこまで。感服しました。僕もレフ・ハリアビンの演奏は聞いたのですが、あまりに前衛で、演奏する勇気がなくて……練習曲を依頼するというのは思いつきませんでした」
ゴードン卿も感心したように、アルバート殿下に言った。
「芸術家を支援されるのは素晴らしいことです。殿下は絵画の方に興味をお持ちだとばかり思っていました」
「絵画や建築の方が好きだけれど、彼女がピアノを弾くのでね」
そこからは適当に、互いの演奏を褒めたりして場をもたせる。社交は案外に疲れるものだ。
「マックス・アシュバートンは全く、芸術とは無縁な男だったが、ミス・エルスペスは誰の遺伝かな」
マールバラ公爵が突然に言い、わたしは咄嗟に応える。
「……さあ、ピアノは母と祖母から習いましたが……」
「アルバートは、マックスにこんな綺麗な娘がいるのを知っていたのか?」
「戦地で写真を見せてもらったんですよ。ピアノの前に座っているね。……その写真に一目惚れです」
そう言って、殿下はわたしに向けてさりげなくウィンクして見せた。
「写真?」
「言ってなかったか? それで、マックスには戦争が終わったら、ミス・エルスペスに結婚を申し込む許しをもらっていたんだ」
どこか、これ見よがしに語られる物語を、わたしはただ笑顔を貼り付けて聞く。
殿下が十四歳でリンドホルムに来たことは、人には言えない。だからわたしたちの馴れ初めを、世間にはそう、説明することにしたのだろう。
「マックスは残念だったな」
「ええ……彼が庇ってくれなければ、俺は死んでいましたから。ただ、マックスが戦死したせいで、エルシーに思いもかけずに苦労をさせてしまいました。何とか、埋め合わせできれば、と思っているのですがね」
殿下とマールバラ公爵の会話に、ゴードン卿が割り込む。
「戦死者の代襲相続は認められるはずですのに、奇妙ですね」
「シャルローの戦いの後、陸軍も法務省も大混乱だった。そのせいもあると思う」
「しかし、あれから三年も経っているとなると、爵位の継承は難しいかもな」
「……そうですね、すべてを取り戻すのは無理かもしれませんが」
王子は、自らを庇って死んだ将校の令嬢に恋をし、結婚を望んでいる。同様に息子を戦争で失ったマールバラ公爵夫妻は、マックス・アシュバートンとその娘に同情的で、二人の支援を約束した。――議会を動かすための筋書だ。
わたしたちは適度に、マールバラ公爵夫妻との会話を切り上げ、移動する。主催者夫妻をいつまでも、独占するわけにいかないからだ。
「見事な演奏でしたわ、ミス・アシュバートン。ピアノがお得意というのは、本当でしたのね」
そこへミセス・デイジーが赤ワインのグラスを片手にやってくる。
「殿下は絵画がお好きと伺っておりましたのに、ミス・アシュバートンはピアノで殿下を射止められたんですのね?」
「別に、ピアノがきっかけと言うわけではありませんわ。父の写真のことは、後で知りました」
ミセス・デイジーが意味ありげにわたしに尋ねるので、わたしは素っ気なく答える。わたしが実家でピアノばかり弾いていたのを、どうして知っているのか気味が悪いけれど、思い起こしてみれば、わたしはダグラスと話をするのが嫌で、ダグラスがやってきたときは、意図的にピアノばかり弾いていたのだった。
「わたしのピアノなんて、ただの趣味ですし……シャーロット嬢も、家ではお弾きなるのでしょう?」
わたしが話をはぐらかせば、シャーロット嬢が赤くなって俯く。
「こんな立派な会で、大勢の人前で弾くのはわたしも初めてで、緊張しました。本来の……ルーシー・オールバーグ嬢の演奏でしたら、もっと見事でしたでしょうね。代わりがわたしのお粗末な演奏で、申し訳なかったわ」
プログラムに依れば、彼女の予定していた曲は、かなり難曲の「バラード」だった。わたしも聞いてみたい曲だったので、少しばかり残念な気もしていた。
「それにしても……もともとストラスシャーにご実家があったのでしょう? リンドホルム伯爵家と言えば、名門ですわ。お父様が戦死なさって、それから王都に?」
「ええ。そうです」
「ご実家を継いだ現伯爵の、その息子さんとご結婚なさる予定だったのでしょう?」
ミセス・デイジーの歌うような声が、広間に響く。周囲が一瞬、シンとなった。
「デイジー、何をいきなり……」
カーティス大尉が咎めようとするのを制し、わたしは笑いながら否定した。
「まさか! ダグラス・アシュバートンのことでしたら、わたしより十も年上なんですのよ? 結婚する予定なら、わざわざ王都になんて、出てきませんわ。それに、その頃、彼には恋人がいたはずよ? わたしもまだほんの子供で。……おかしいわ、結婚なんて、どこでお聞きになったの?」
わたしはふっと真顔を作り、デイジーを見つめる。
「そうだわ、ダグラスには王都に恋人がいるって聞いて……なんでも商家の人妻だったとか。相手の方は今頃、どうしていらっしゃるかしらね? ダグラスが伯爵位を継ぐかもしれないって聞いて、今さら乗り換えるつもりだとしたら、傑作だわ。そう、思いませんこと?」
「な……」
デイジーはぐっと詰まって、赤ワインのグラスの脚を握り締める。
「でも、リンドホルム領は、残念だけどサイラスおじ様にはまともに経営できないみたいですわ。潰れる寸前ですの。ダグラスが伯爵位を継承するまで、まともな資産が残るか怪しいものだと、思っていましてよ?……それより――」
わたしがちらりとカーティス大尉と、彼の腕に手をかけたシャーロット嬢を見てから、もう一度デイジーを見た。
「ロックウィル伯爵家の嫡男を逃したは痛かったですわね? ダグラスなんかよりうんと堅実で、頼りになりそうですのに」
「おい、エルシーそれは……」
殿下がハッとしてデイジーを見る。
「……そうか、ダグラス・アシュバートンが、王都で起こした不倫騒動の相手が――」
デイジーはあからさまに動揺し、ぐらりと傾いで、手にしたワイングラスが零れ――。
「危ない、エルシー!」
殿下がわたしを庇おうとするより早く、カーティス大尉がわたしの前に立ち塞がる。
バシャン!
頭から赤ワインを浴びて立ち尽くすカーティス大尉と、シャーロット嬢の声にならない悲鳴が響く――。
結局、それを潮にわたしたちはマールバラ公爵邸を引き上げ、帰途についた。カーティス大尉らは、行きはデイジーらと三人で馬車で来たのだが、帰りにデイジーと同乗する気にならず、わたしたちとともに、アルバート殿下の馬車に乗った。
「シャーロット嬢は今、どちらに滞在なさっているの?」
シャーロット嬢はグレンフィリック子爵令嬢だけれど、地方の子爵家クラスで、王都屋敷を所有している家は希だ。
「は、はい。ジョナサン様の……ロックウィル伯爵邸です」
シャーロット嬢が真っ青になって答える。
「……事情は俺の口から説明した方がいいだろうな」
カーティス大尉は頭から赤ワインを被っているのだ。その犯人がミセス・デイジーだなんて、シャーロット嬢からはとても説明できまい。
「しかし、殿下にそんなお手間を取らせるわけには――」
カーティス大尉が遠慮するが、殿下は首を振る。
「ジョナサンにはいろいろと迷惑をかけている。エルシーのことも。今回、デイジーが言いつけてきた件も、もっと気をつけるべきだった。俺はジョナサンを信頼していたから、エルシーとどうのこうのなんて、考えもしなかったけれど、傍から見れば疑われても仕方がない。シャーロット嬢を巻き込んだ以上、説明責任はあるだろう」
「しかし――」
「それと、ダグラス・アシュバートンの件がある」
殿下はカーティス大尉に尋ねる。
「カーティスの家族もシャーロット嬢の家族も、デイジーの不倫騒動を把握していなかったのか?」
大尉とシャーロット嬢が顔を見合わせる。
「僕は戦地におりましたし、シャーロットはまだ若くて――パーマー家は領地にいることが多く、王都のことはあまり……。父は把握していたかもしれませんが……」
大尉が言う。
「ダグラス・アシュバートンというのは、現在のリンドホルム伯爵の息子、ですよね? その男がデイジーの不倫相手で、かつ、最近、彼女に連絡を取ったと、考えていらっしゃるのですか?」
「俺がリンドホルム城の庭の一部を買おうとしているのを、知っているのはごくわずかの者だけだ。ジョナサンすら、ほとんど知らないだろう?」
「ええまあ……。僕は殿下がリンドホルムに行かれた間は、王都で留守番でしたから」
わたしはシャーロットの隣に座って、彼女の手を握りながら言う。
「デイジーは、わたしが、領地ではピアノばかり弾いていたと、知っていました。殿下ですら知らないことですわ。思い当たるフシと言えば、ダグラスくらい」
「そのダグラスが何のために、デイジーと連絡を?」
「ダグラスはアルバート殿下が、突然、リンドホルム城の庭の一部を買おうとした理由が気になったのでしょう。絵入り新聞で、殿下とわたしの仲を知り、もしかしたら――」
そんな話をするうちに、馬車は王都の一角、ロックウィル伯爵家の王都屋敷に着いた。
殿下は馬車を降りる時、馭者の隣の席にいた、護衛のラルフ・シモンズ大尉に言った。
「ラルフ、急なことだが、例の件、急いでくれ。先手を取られるとまずい」
「……よろしいのですか? ミス・アシュバートンは反対だと……」
「それは俺が説得する。急いでくれ。ダグラス・アシュバートンが動いているのがわかった」
シモンズ大尉は一瞬、わたしを見て、それから頷き、その場を離れた。それを見送って、殿下はわたしの腰を抱き、耳元で囁く。
「……エルシー、すまない。ビリーの件だが、強行する」
親しい家族の手による、鎮魂の祈りを込めた演奏は、同じく戦争で父を失ったわたしの心に沁みた。……父も、わたしのピアノを聞くのを楽しみにしてくれていた。今夜のあの、前衛的な曲が父の魂に届くかは疑問だけれど。
そんなことを考えながら、わたしは他の観客とともに惜しみない拍手を送る。
「――この後は隣の部屋で、飲み物とともにご歓談を――」
マールバラ公爵が言い、わたしたちも移動する。今夜の演奏について批評しながら交流を深め、亡きブラックウェル伯爵を偲ぶのだそうだ。
「素晴らしい演奏だったわ、ミス・エルスペス」
一番にヴァイオレット夫人に声をかけられ、わたしは恐縮する。
「突然だったのに、さすがの度胸だね」
マールバラ公爵も言う。
「最近、あればかり練習しておりましたので、弾くだけでしたら。お粗末様でしたわ」
「いいえ、あの難曲をあそこまで。感服しました。僕もレフ・ハリアビンの演奏は聞いたのですが、あまりに前衛で、演奏する勇気がなくて……練習曲を依頼するというのは思いつきませんでした」
ゴードン卿も感心したように、アルバート殿下に言った。
「芸術家を支援されるのは素晴らしいことです。殿下は絵画の方に興味をお持ちだとばかり思っていました」
「絵画や建築の方が好きだけれど、彼女がピアノを弾くのでね」
そこからは適当に、互いの演奏を褒めたりして場をもたせる。社交は案外に疲れるものだ。
「マックス・アシュバートンは全く、芸術とは無縁な男だったが、ミス・エルスペスは誰の遺伝かな」
マールバラ公爵が突然に言い、わたしは咄嗟に応える。
「……さあ、ピアノは母と祖母から習いましたが……」
「アルバートは、マックスにこんな綺麗な娘がいるのを知っていたのか?」
「戦地で写真を見せてもらったんですよ。ピアノの前に座っているね。……その写真に一目惚れです」
そう言って、殿下はわたしに向けてさりげなくウィンクして見せた。
「写真?」
「言ってなかったか? それで、マックスには戦争が終わったら、ミス・エルスペスに結婚を申し込む許しをもらっていたんだ」
どこか、これ見よがしに語られる物語を、わたしはただ笑顔を貼り付けて聞く。
殿下が十四歳でリンドホルムに来たことは、人には言えない。だからわたしたちの馴れ初めを、世間にはそう、説明することにしたのだろう。
「マックスは残念だったな」
「ええ……彼が庇ってくれなければ、俺は死んでいましたから。ただ、マックスが戦死したせいで、エルシーに思いもかけずに苦労をさせてしまいました。何とか、埋め合わせできれば、と思っているのですがね」
殿下とマールバラ公爵の会話に、ゴードン卿が割り込む。
「戦死者の代襲相続は認められるはずですのに、奇妙ですね」
「シャルローの戦いの後、陸軍も法務省も大混乱だった。そのせいもあると思う」
「しかし、あれから三年も経っているとなると、爵位の継承は難しいかもな」
「……そうですね、すべてを取り戻すのは無理かもしれませんが」
王子は、自らを庇って死んだ将校の令嬢に恋をし、結婚を望んでいる。同様に息子を戦争で失ったマールバラ公爵夫妻は、マックス・アシュバートンとその娘に同情的で、二人の支援を約束した。――議会を動かすための筋書だ。
わたしたちは適度に、マールバラ公爵夫妻との会話を切り上げ、移動する。主催者夫妻をいつまでも、独占するわけにいかないからだ。
「見事な演奏でしたわ、ミス・アシュバートン。ピアノがお得意というのは、本当でしたのね」
そこへミセス・デイジーが赤ワインのグラスを片手にやってくる。
「殿下は絵画がお好きと伺っておりましたのに、ミス・アシュバートンはピアノで殿下を射止められたんですのね?」
「別に、ピアノがきっかけと言うわけではありませんわ。父の写真のことは、後で知りました」
ミセス・デイジーが意味ありげにわたしに尋ねるので、わたしは素っ気なく答える。わたしが実家でピアノばかり弾いていたのを、どうして知っているのか気味が悪いけれど、思い起こしてみれば、わたしはダグラスと話をするのが嫌で、ダグラスがやってきたときは、意図的にピアノばかり弾いていたのだった。
「わたしのピアノなんて、ただの趣味ですし……シャーロット嬢も、家ではお弾きなるのでしょう?」
わたしが話をはぐらかせば、シャーロット嬢が赤くなって俯く。
「こんな立派な会で、大勢の人前で弾くのはわたしも初めてで、緊張しました。本来の……ルーシー・オールバーグ嬢の演奏でしたら、もっと見事でしたでしょうね。代わりがわたしのお粗末な演奏で、申し訳なかったわ」
プログラムに依れば、彼女の予定していた曲は、かなり難曲の「バラード」だった。わたしも聞いてみたい曲だったので、少しばかり残念な気もしていた。
「それにしても……もともとストラスシャーにご実家があったのでしょう? リンドホルム伯爵家と言えば、名門ですわ。お父様が戦死なさって、それから王都に?」
「ええ。そうです」
「ご実家を継いだ現伯爵の、その息子さんとご結婚なさる予定だったのでしょう?」
ミセス・デイジーの歌うような声が、広間に響く。周囲が一瞬、シンとなった。
「デイジー、何をいきなり……」
カーティス大尉が咎めようとするのを制し、わたしは笑いながら否定した。
「まさか! ダグラス・アシュバートンのことでしたら、わたしより十も年上なんですのよ? 結婚する予定なら、わざわざ王都になんて、出てきませんわ。それに、その頃、彼には恋人がいたはずよ? わたしもまだほんの子供で。……おかしいわ、結婚なんて、どこでお聞きになったの?」
わたしはふっと真顔を作り、デイジーを見つめる。
「そうだわ、ダグラスには王都に恋人がいるって聞いて……なんでも商家の人妻だったとか。相手の方は今頃、どうしていらっしゃるかしらね? ダグラスが伯爵位を継ぐかもしれないって聞いて、今さら乗り換えるつもりだとしたら、傑作だわ。そう、思いませんこと?」
「な……」
デイジーはぐっと詰まって、赤ワインのグラスの脚を握り締める。
「でも、リンドホルム領は、残念だけどサイラスおじ様にはまともに経営できないみたいですわ。潰れる寸前ですの。ダグラスが伯爵位を継承するまで、まともな資産が残るか怪しいものだと、思っていましてよ?……それより――」
わたしがちらりとカーティス大尉と、彼の腕に手をかけたシャーロット嬢を見てから、もう一度デイジーを見た。
「ロックウィル伯爵家の嫡男を逃したは痛かったですわね? ダグラスなんかよりうんと堅実で、頼りになりそうですのに」
「おい、エルシーそれは……」
殿下がハッとしてデイジーを見る。
「……そうか、ダグラス・アシュバートンが、王都で起こした不倫騒動の相手が――」
デイジーはあからさまに動揺し、ぐらりと傾いで、手にしたワイングラスが零れ――。
「危ない、エルシー!」
殿下がわたしを庇おうとするより早く、カーティス大尉がわたしの前に立ち塞がる。
バシャン!
頭から赤ワインを浴びて立ち尽くすカーティス大尉と、シャーロット嬢の声にならない悲鳴が響く――。
結局、それを潮にわたしたちはマールバラ公爵邸を引き上げ、帰途についた。カーティス大尉らは、行きはデイジーらと三人で馬車で来たのだが、帰りにデイジーと同乗する気にならず、わたしたちとともに、アルバート殿下の馬車に乗った。
「シャーロット嬢は今、どちらに滞在なさっているの?」
シャーロット嬢はグレンフィリック子爵令嬢だけれど、地方の子爵家クラスで、王都屋敷を所有している家は希だ。
「は、はい。ジョナサン様の……ロックウィル伯爵邸です」
シャーロット嬢が真っ青になって答える。
「……事情は俺の口から説明した方がいいだろうな」
カーティス大尉は頭から赤ワインを被っているのだ。その犯人がミセス・デイジーだなんて、シャーロット嬢からはとても説明できまい。
「しかし、殿下にそんなお手間を取らせるわけには――」
カーティス大尉が遠慮するが、殿下は首を振る。
「ジョナサンにはいろいろと迷惑をかけている。エルシーのことも。今回、デイジーが言いつけてきた件も、もっと気をつけるべきだった。俺はジョナサンを信頼していたから、エルシーとどうのこうのなんて、考えもしなかったけれど、傍から見れば疑われても仕方がない。シャーロット嬢を巻き込んだ以上、説明責任はあるだろう」
「しかし――」
「それと、ダグラス・アシュバートンの件がある」
殿下はカーティス大尉に尋ねる。
「カーティスの家族もシャーロット嬢の家族も、デイジーの不倫騒動を把握していなかったのか?」
大尉とシャーロット嬢が顔を見合わせる。
「僕は戦地におりましたし、シャーロットはまだ若くて――パーマー家は領地にいることが多く、王都のことはあまり……。父は把握していたかもしれませんが……」
大尉が言う。
「ダグラス・アシュバートンというのは、現在のリンドホルム伯爵の息子、ですよね? その男がデイジーの不倫相手で、かつ、最近、彼女に連絡を取ったと、考えていらっしゃるのですか?」
「俺がリンドホルム城の庭の一部を買おうとしているのを、知っているのはごくわずかの者だけだ。ジョナサンすら、ほとんど知らないだろう?」
「ええまあ……。僕は殿下がリンドホルムに行かれた間は、王都で留守番でしたから」
わたしはシャーロットの隣に座って、彼女の手を握りながら言う。
「デイジーは、わたしが、領地ではピアノばかり弾いていたと、知っていました。殿下ですら知らないことですわ。思い当たるフシと言えば、ダグラスくらい」
「そのダグラスが何のために、デイジーと連絡を?」
「ダグラスはアルバート殿下が、突然、リンドホルム城の庭の一部を買おうとした理由が気になったのでしょう。絵入り新聞で、殿下とわたしの仲を知り、もしかしたら――」
そんな話をするうちに、馬車は王都の一角、ロックウィル伯爵家の王都屋敷に着いた。
殿下は馬車を降りる時、馭者の隣の席にいた、護衛のラルフ・シモンズ大尉に言った。
「ラルフ、急なことだが、例の件、急いでくれ。先手を取られるとまずい」
「……よろしいのですか? ミス・アシュバートンは反対だと……」
「それは俺が説得する。急いでくれ。ダグラス・アシュバートンが動いているのがわかった」
シモンズ大尉は一瞬、わたしを見て、それから頷き、その場を離れた。それを見送って、殿下はわたしの腰を抱き、耳元で囁く。
「……エルシー、すまない。ビリーの件だが、強行する」
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