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第三章
幼馴染
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カーティス大尉が茫然と二人の少女を見つめると、少し背の高い、気の強そうな少女がわたしをキッと睨みつけ、言った。
「最低よ! 仕事だと言いながら、女とデートだなんて! シャーロットが可哀想だわ!」
「ドロシー、もういいの……どうせわたしなんか……」
もう一人の大人しそうな少女は、ドロシーと呼ばれた少女の腕に取りすがり、しかし茶色の瞳は涙で潤んで、いまにも零れそう。
「こんなキレイな方と、わたしに勝ち目なんて……」
「馬鹿、何言っているのよ、シャーロット! 婚約者はあなたなんだから! こんな泥棒猫にあなたが遠慮する必要は――」
わたしとカーティス大尉は思わず顔を見合わせる。
「……泥棒猫って、何を言っているんだ、ドロシー! レディ・エルスペスに失礼だ! 謝りなさい!」
「嫌よ! お兄様が悪いのよ!」
「あのー……」
頭に血が上っているらしい少女に、わたしが恐る恐る声をかける。
「誤解ですわ。ただ、買い物に付き合っていただいただけで。その――わたしの恋人はこの方の、その、上司? だから……」
「嘘おっしゃい、お兄様の上司と言ったらそれは――」
ドロシーはハッとして、わたしを上から下までジロジロと見た。
「つまりあなた、例の愛人……?」
結局、立ち話も何だと言うことで、わたしたちは馬車に同乗して殿下のアパートメントに戻り、応接室で四人でお茶をすることになった。――予想外の展開の上に、気まずいなんてものじゃない。
カーティス大尉は、わたしを愛人呼ばわりした末の妹にカンカンで、妹のドロシーはドロシーで、兄が愛人の護衛をさせられているのが不満なのだろう。アパートメントでも警戒を解くことなく、ジロジロと周囲を見回している。もう一人、大人しそうな少女が、大尉の婚約者のシャーロット・パーマー嬢で、こちらの方はすっかり委縮して、ソファで身を縮めている。
ちょうどお茶の時刻で、ジュリアンがアンナ謹製の、豪華なアフタヌーンティーを運んできた。三段のケーキスタンドには、チョコレートケーキと、スコーン、そしてサーモンのサンドイッチ。わたしがお茶をカップに注ぎ、皆に薦める。
「どうぞ、カーティス大尉とも、お茶をご一緒するのは初めてね」
「申し訳ありません、妹が失礼を――」
大尉は生真面目に頭を下げ、ドロシーとシャーロットを問い質す。
「いったいなんだって、あんな場所に。まさか、僕を尾行したんじゃあるまいな?」
「ぐ、偶然よ! せっかく田舎から出てきたのに、お兄様が仕事仕事でシャーロットをちっとも構わないから、あたしが王都を案内していたのよ!それで買い物がてらに中心部に出てきたら……」
ドロシーとシャーロットが顔を見合わせる。
「たまたま、お兄様らしき人が百貨店に入っていくのを見て……呼び止めようとしたけれど、少し遠くて、それに、女の人と一緒だったから……」
ドロシーが気まずそうに下を向く。
百貨店の入口は狭い上に人が多くて混雑していた。自然と、カーティス大尉との距離も普段よりも近かった。
「お店の中でも、仲良く二人で選んでいらしたし……てっきり……」
「わ、わたしがいけなかったんです。すっかり誤解してしまって……ジョナサン様には好きな方がいらっしゃるんだとばかり。……わたしが、もう田舎に帰るって言い出したら、ドロシーが確かめようって……」
気弱そうに言うシャーロット嬢に、カーティス大尉が呆れたように言った。
「田舎に帰るって……街で、女性と一緒にいるのを見かけただけで?」
「ご、ごめんなさいっ……わたしが、早とちりしたばっかりに……」
真っ赤になって謝罪するシャーロット嬢を、ドロシー嬢が必死に庇う。
「シャーロットは悪くないの! そもそもお兄様がずっと不在で――」
「仕事でビルツホルンに行っていたんだから、しょうがないだろう」
「でも、シャーロットは四年ぶりなのよ! 戦争が終わっても領地にも帰らないで!」
「まあまあ、落ち着いて――」
激昂して言い争う、兄妹にわたしが割り込む。
「今日の買い物は本当についてきていただいただけで……百貨店と手芸店、あとはその隣の石鹸専門店に寄っただけですの。……ああ、そうだ!」
わたしは思い出して、買ってきた石鹸の包みを紙袋から二つ取り出す。
「これ、カーティス大尉の婚約者が王都に来ているという話は聞いていたので、よければその婚約者さんに、と思って、余計に買ったんです。……ほら、大尉は前も、婚約者さんに何を差し上げたら喜ぶかわからないって、仰っていたでしょ?」
わたしがシャーロット嬢に石鹸の包みを差し出すと、シャーロット嬢はギョッとして身を固くする。
「よかったらどうぞ、小さいですけど、タンスに入れておいてもいい匂いがしますわ」
「は、はあ……」
「妹さんもどうぞ?」
「い、いえ、あたしは……」
「このお店の石鹸はお嫌いかしら?」
「そ、そんなことは……しょうがないわね、貰って差し上げるわよ!」
「ドロシー!」
カーティス大尉が妹を窘め、わたしは紅茶のカップを手に持って、首を傾げる。
「カーティス大尉は、旅先でも婚約者のご令嬢のことを気にしておられましたわ。だから田舎に帰るなんておっしゃらないで、ね?」
シャーロット嬢は真っ赤になって俯いてしまう。……わたしと同じ年という話だが、ちょっと普通でないくらい、恥ずかしがり屋のようだ。
「故郷はどちらですの?」
「……リーデンシャーです……田舎でお恥ずかしい……」
「いえ、そんなことは。わたしの故郷も大概、田舎ですもの」
わたしが言えば、ドロシー嬢も言う。
「そうよ、シャーロットの家の領地はうちの領地の隣じゃない。あんたが田舎者なら、あたしもお兄様も田舎者よ!」
「ごめんなさい、そういう意味じゃ……」
「ああ、もう! 何で謝るのよ!」
どうやらシャーロット嬢というのは、自分に自信が持てないご令嬢らしい。
「だって……わたしみたいな者が、ジョナサン様の婚約者だなんて、不釣り合いだって、みんな……」
「……どなたか、そんな風に仰った方がいらっしゃるの?」
わたしの問いに、シャーロット嬢がさらに身を縮める。わたしはドロシー嬢とカーティス大尉を見た。
「大尉のご家族に、どなたか、そんな風に仰る方が?」
「まさか! そもそも、僕は四年ぶりに会うのだから、言うわけない!」
「うちにはそんな人はいないわよ! シャーロットはあたしの友達よ?!」
「じゃあ、どなたがそんなことを仰るの? みんなってことは、一人二人ではないってこと?」
シャーロット嬢がハッとして、顔を上げ、ドロシー嬢が不愉快そうに眉根を寄せた。
「そうよ、誰がそんなことを言うの?!……もしかして、デイジー?!」
シャーロット嬢がビクっと身を震わせる。……どうやら図星らしいのだが。
「……デイジーがそんなことを言うはずない。シャーロットの思い過ごしだろう」
カーティス大尉の言葉に、シャーロット嬢の顔色が一気に青ざめる。わたしは言った。
「大尉。事の真偽はこの際、どうでもいいんです。重要なのは、シャーロット嬢が何かの理由でひどく傷ついて、不安を感じていらっしゃることだわ」
わたしは少し間を置いて、カーティス大尉に改めて尋ねる。
「大尉はシャーロット嬢が婚約者で、不釣り合いと思われますの?」
カーティス大尉が慌てて首を振る。
「まさか! 僕は四年前、出征直前にバタバタと婚約して、十分に話し合いもできず、戦場からはロクな手紙のやり取りのできないままで、むしろ僕でいいのか、そちらの方が心配なんです。何しろ僕はシャーロットより九歳も年上ですし。僕にとって勿体ない相手でこそあれ、シャーロットに不満なんてありえません!」
カーティス大尉の断言を聞き、わたしはシャーロット嬢に向き直る。
「ね、お聞きになった? 外野が何を言ったとしても、大尉本人が問題ないと思っていらっしゃるのだから、あなたが気にする必要はないわ?」
「でも……」
シャーロット嬢は何か言おうとして、上手く言えずに俯いてしまった。
デイジーなる人物が何者かわからないが、何となく根深いものを感じ、わたしはこの問題にここで踏み込むべきでないと判断した。
「四年ぶりですもの、お互いの気持ちがわからなくて不安で当たり前だわ。でも、それ以前からお知り合いでいらしたのでしょう? 幼馴染ですの?」
わたしが水を向ければ、当事者二人でなく、ドロシー嬢が得意気に語り始めた。
「そうよ! わたしとシャーロットは隣の領地で、誕生日が一月違いなの。お互いの母親同士も仲がよくて、しょっちゅう、互いの邸を行き来して、兄弟姉妹同然に育ったのよ。だから、お兄様は生まれた時からシャーロットを知っているの!」
「素敵だわ、わたしの育った城は、荒れ地の真ん中の陸の孤島みたいな場所だったから、そんな幼馴染がいて羨ましいわ」
わたしが言えば、ドロシー嬢は少しばかり誇らしそうに顔をツンと上を向けた。
「ええ、わたし、昔から知ってたわ! シャーロットはお兄様が初恋なのよ、だから――」
「ドロシー、やめて!」
シャーロット嬢が真っ赤になって、ドロシー嬢の腕に縋りつく。カーティス大尉を見れば、予想もしなかったという表情で、カップを持ったまま固まっている。カップが傾いで、紅茶が零れそう。
「……大尉、紅茶が零れます」
「え? あ、ああ……」
わたしに注意されて、大尉が気まずそうに紅茶を啜る。耳まで真っ赤だ。
「大尉はご存知でしたの? シャーロット嬢の気持ち」
わたしがからかうように尋ねれば、大尉は慌ててカップをソーサーに戻す。
「まさか、そんな……僕は十三歳で士官学校に入りましたし……その頃、ドロシーもシャーロットも四歳じゃないですか! 初恋なんて、バカバカしい!」
「違うわよ、その後も休暇の度に顔を合わせたじゃない。聖誕節はいつも、うちの邸で祝ったし。夏の休暇は互いの家で寝泊まりもして。ホラ、一度、ピクニックの途中で夕立ちに振り込められて……」
「ああ、あれ? でもあの時だって、シャーロットはずいぶんと子供で……」
ドロシー嬢とカーティス大尉の言い争いに、シャーロット嬢の顔色は青ざめていく。
「大尉ったら……いつまでも子供なわけではないわ? それに、幼い時に守ってくれた年上の男性のことは、意外と鮮烈に覚えているものですわ」
「そ、そうかな――?」
「わたしも殿下と初めてお会いしたのは七歳でした。ずっと忘れていましたけど、思い出したらあれこれ、記憶が蘇って。年の差はそんなに気になさらなくとも。ねぇ?」
わたしがシャーロット嬢に微笑みかければ、でも、シャーロット嬢はますます俯いてしまった。
「最低よ! 仕事だと言いながら、女とデートだなんて! シャーロットが可哀想だわ!」
「ドロシー、もういいの……どうせわたしなんか……」
もう一人の大人しそうな少女は、ドロシーと呼ばれた少女の腕に取りすがり、しかし茶色の瞳は涙で潤んで、いまにも零れそう。
「こんなキレイな方と、わたしに勝ち目なんて……」
「馬鹿、何言っているのよ、シャーロット! 婚約者はあなたなんだから! こんな泥棒猫にあなたが遠慮する必要は――」
わたしとカーティス大尉は思わず顔を見合わせる。
「……泥棒猫って、何を言っているんだ、ドロシー! レディ・エルスペスに失礼だ! 謝りなさい!」
「嫌よ! お兄様が悪いのよ!」
「あのー……」
頭に血が上っているらしい少女に、わたしが恐る恐る声をかける。
「誤解ですわ。ただ、買い物に付き合っていただいただけで。その――わたしの恋人はこの方の、その、上司? だから……」
「嘘おっしゃい、お兄様の上司と言ったらそれは――」
ドロシーはハッとして、わたしを上から下までジロジロと見た。
「つまりあなた、例の愛人……?」
結局、立ち話も何だと言うことで、わたしたちは馬車に同乗して殿下のアパートメントに戻り、応接室で四人でお茶をすることになった。――予想外の展開の上に、気まずいなんてものじゃない。
カーティス大尉は、わたしを愛人呼ばわりした末の妹にカンカンで、妹のドロシーはドロシーで、兄が愛人の護衛をさせられているのが不満なのだろう。アパートメントでも警戒を解くことなく、ジロジロと周囲を見回している。もう一人、大人しそうな少女が、大尉の婚約者のシャーロット・パーマー嬢で、こちらの方はすっかり委縮して、ソファで身を縮めている。
ちょうどお茶の時刻で、ジュリアンがアンナ謹製の、豪華なアフタヌーンティーを運んできた。三段のケーキスタンドには、チョコレートケーキと、スコーン、そしてサーモンのサンドイッチ。わたしがお茶をカップに注ぎ、皆に薦める。
「どうぞ、カーティス大尉とも、お茶をご一緒するのは初めてね」
「申し訳ありません、妹が失礼を――」
大尉は生真面目に頭を下げ、ドロシーとシャーロットを問い質す。
「いったいなんだって、あんな場所に。まさか、僕を尾行したんじゃあるまいな?」
「ぐ、偶然よ! せっかく田舎から出てきたのに、お兄様が仕事仕事でシャーロットをちっとも構わないから、あたしが王都を案内していたのよ!それで買い物がてらに中心部に出てきたら……」
ドロシーとシャーロットが顔を見合わせる。
「たまたま、お兄様らしき人が百貨店に入っていくのを見て……呼び止めようとしたけれど、少し遠くて、それに、女の人と一緒だったから……」
ドロシーが気まずそうに下を向く。
百貨店の入口は狭い上に人が多くて混雑していた。自然と、カーティス大尉との距離も普段よりも近かった。
「お店の中でも、仲良く二人で選んでいらしたし……てっきり……」
「わ、わたしがいけなかったんです。すっかり誤解してしまって……ジョナサン様には好きな方がいらっしゃるんだとばかり。……わたしが、もう田舎に帰るって言い出したら、ドロシーが確かめようって……」
気弱そうに言うシャーロット嬢に、カーティス大尉が呆れたように言った。
「田舎に帰るって……街で、女性と一緒にいるのを見かけただけで?」
「ご、ごめんなさいっ……わたしが、早とちりしたばっかりに……」
真っ赤になって謝罪するシャーロット嬢を、ドロシー嬢が必死に庇う。
「シャーロットは悪くないの! そもそもお兄様がずっと不在で――」
「仕事でビルツホルンに行っていたんだから、しょうがないだろう」
「でも、シャーロットは四年ぶりなのよ! 戦争が終わっても領地にも帰らないで!」
「まあまあ、落ち着いて――」
激昂して言い争う、兄妹にわたしが割り込む。
「今日の買い物は本当についてきていただいただけで……百貨店と手芸店、あとはその隣の石鹸専門店に寄っただけですの。……ああ、そうだ!」
わたしは思い出して、買ってきた石鹸の包みを紙袋から二つ取り出す。
「これ、カーティス大尉の婚約者が王都に来ているという話は聞いていたので、よければその婚約者さんに、と思って、余計に買ったんです。……ほら、大尉は前も、婚約者さんに何を差し上げたら喜ぶかわからないって、仰っていたでしょ?」
わたしがシャーロット嬢に石鹸の包みを差し出すと、シャーロット嬢はギョッとして身を固くする。
「よかったらどうぞ、小さいですけど、タンスに入れておいてもいい匂いがしますわ」
「は、はあ……」
「妹さんもどうぞ?」
「い、いえ、あたしは……」
「このお店の石鹸はお嫌いかしら?」
「そ、そんなことは……しょうがないわね、貰って差し上げるわよ!」
「ドロシー!」
カーティス大尉が妹を窘め、わたしは紅茶のカップを手に持って、首を傾げる。
「カーティス大尉は、旅先でも婚約者のご令嬢のことを気にしておられましたわ。だから田舎に帰るなんておっしゃらないで、ね?」
シャーロット嬢は真っ赤になって俯いてしまう。……わたしと同じ年という話だが、ちょっと普通でないくらい、恥ずかしがり屋のようだ。
「故郷はどちらですの?」
「……リーデンシャーです……田舎でお恥ずかしい……」
「いえ、そんなことは。わたしの故郷も大概、田舎ですもの」
わたしが言えば、ドロシー嬢も言う。
「そうよ、シャーロットの家の領地はうちの領地の隣じゃない。あんたが田舎者なら、あたしもお兄様も田舎者よ!」
「ごめんなさい、そういう意味じゃ……」
「ああ、もう! 何で謝るのよ!」
どうやらシャーロット嬢というのは、自分に自信が持てないご令嬢らしい。
「だって……わたしみたいな者が、ジョナサン様の婚約者だなんて、不釣り合いだって、みんな……」
「……どなたか、そんな風に仰った方がいらっしゃるの?」
わたしの問いに、シャーロット嬢がさらに身を縮める。わたしはドロシー嬢とカーティス大尉を見た。
「大尉のご家族に、どなたか、そんな風に仰る方が?」
「まさか! そもそも、僕は四年ぶりに会うのだから、言うわけない!」
「うちにはそんな人はいないわよ! シャーロットはあたしの友達よ?!」
「じゃあ、どなたがそんなことを仰るの? みんなってことは、一人二人ではないってこと?」
シャーロット嬢がハッとして、顔を上げ、ドロシー嬢が不愉快そうに眉根を寄せた。
「そうよ、誰がそんなことを言うの?!……もしかして、デイジー?!」
シャーロット嬢がビクっと身を震わせる。……どうやら図星らしいのだが。
「……デイジーがそんなことを言うはずない。シャーロットの思い過ごしだろう」
カーティス大尉の言葉に、シャーロット嬢の顔色が一気に青ざめる。わたしは言った。
「大尉。事の真偽はこの際、どうでもいいんです。重要なのは、シャーロット嬢が何かの理由でひどく傷ついて、不安を感じていらっしゃることだわ」
わたしは少し間を置いて、カーティス大尉に改めて尋ねる。
「大尉はシャーロット嬢が婚約者で、不釣り合いと思われますの?」
カーティス大尉が慌てて首を振る。
「まさか! 僕は四年前、出征直前にバタバタと婚約して、十分に話し合いもできず、戦場からはロクな手紙のやり取りのできないままで、むしろ僕でいいのか、そちらの方が心配なんです。何しろ僕はシャーロットより九歳も年上ですし。僕にとって勿体ない相手でこそあれ、シャーロットに不満なんてありえません!」
カーティス大尉の断言を聞き、わたしはシャーロット嬢に向き直る。
「ね、お聞きになった? 外野が何を言ったとしても、大尉本人が問題ないと思っていらっしゃるのだから、あなたが気にする必要はないわ?」
「でも……」
シャーロット嬢は何か言おうとして、上手く言えずに俯いてしまった。
デイジーなる人物が何者かわからないが、何となく根深いものを感じ、わたしはこの問題にここで踏み込むべきでないと判断した。
「四年ぶりですもの、お互いの気持ちがわからなくて不安で当たり前だわ。でも、それ以前からお知り合いでいらしたのでしょう? 幼馴染ですの?」
わたしが水を向ければ、当事者二人でなく、ドロシー嬢が得意気に語り始めた。
「そうよ! わたしとシャーロットは隣の領地で、誕生日が一月違いなの。お互いの母親同士も仲がよくて、しょっちゅう、互いの邸を行き来して、兄弟姉妹同然に育ったのよ。だから、お兄様は生まれた時からシャーロットを知っているの!」
「素敵だわ、わたしの育った城は、荒れ地の真ん中の陸の孤島みたいな場所だったから、そんな幼馴染がいて羨ましいわ」
わたしが言えば、ドロシー嬢は少しばかり誇らしそうに顔をツンと上を向けた。
「ええ、わたし、昔から知ってたわ! シャーロットはお兄様が初恋なのよ、だから――」
「ドロシー、やめて!」
シャーロット嬢が真っ赤になって、ドロシー嬢の腕に縋りつく。カーティス大尉を見れば、予想もしなかったという表情で、カップを持ったまま固まっている。カップが傾いで、紅茶が零れそう。
「……大尉、紅茶が零れます」
「え? あ、ああ……」
わたしに注意されて、大尉が気まずそうに紅茶を啜る。耳まで真っ赤だ。
「大尉はご存知でしたの? シャーロット嬢の気持ち」
わたしがからかうように尋ねれば、大尉は慌ててカップをソーサーに戻す。
「まさか、そんな……僕は十三歳で士官学校に入りましたし……その頃、ドロシーもシャーロットも四歳じゃないですか! 初恋なんて、バカバカしい!」
「違うわよ、その後も休暇の度に顔を合わせたじゃない。聖誕節はいつも、うちの邸で祝ったし。夏の休暇は互いの家で寝泊まりもして。ホラ、一度、ピクニックの途中で夕立ちに振り込められて……」
「ああ、あれ? でもあの時だって、シャーロットはずいぶんと子供で……」
ドロシー嬢とカーティス大尉の言い争いに、シャーロット嬢の顔色は青ざめていく。
「大尉ったら……いつまでも子供なわけではないわ? それに、幼い時に守ってくれた年上の男性のことは、意外と鮮烈に覚えているものですわ」
「そ、そうかな――?」
「わたしも殿下と初めてお会いしたのは七歳でした。ずっと忘れていましたけど、思い出したらあれこれ、記憶が蘇って。年の差はそんなに気になさらなくとも。ねぇ?」
わたしがシャーロット嬢に微笑みかければ、でも、シャーロット嬢はますます俯いてしまった。
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