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第二章
大使館
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アルバート殿下を歓迎する晩餐会のために、わたしはハンナに手伝ってもらい、黒地に鴛鴦の刺繍のドレスを纏い、亜麻色の髪は左右を編み込みにしてうなじでシニョンにし、銀のクラッチバッグを持って、殿下のエスコートで広間に向かう。今夜の殿下は黒のテールコート。
「軍服ではないんですね」
少し残念と思いながら尋ねれば、殿下は笑った。
「明日、軍縮会議全体のレセプションがあるから、その時は軍服を着る。正装のね」
「……明日もあるのですか? まさか、わたしは行かなくてもいいですよね?」
「んなわけあるか。何のために連れてきたと思っている」
「もしや、また間諜ごっこ?」
わたしが冗談めかして言えば、殿下も肩を竦める。
「まさか。……お前と俺の婚約のお披露目だ」
「……そんなの勝手にしたら大変なことになります。わたしの苦労も少しは思いやって」
殿下の腕に縋る手で、さりげなく抓ってやれば、殿下は一瞬、眉を顰める。
「すまない、わかってる。……でも、ステファニーとの婚約は俺が望んだことじゃないと、言い続けておかなければこのまま結婚させられてしまう」
「でも――」
馬車の中の態度から、大使夫人がわたしのことを不快に思っているのは明らかだ。そんな状態で――第一、わたしは社交界デビューもしていないんだから、晩餐会なんて出るのは初めてなのに。
その不安を訴えれば、殿下は安心させるように微笑み、わたしの腕を撫でた。
「大丈夫だ、お前のマナーは完璧だ。会話は適当に流せ。少なくとも、今夜お前に文句をつける奴がいたら、俺が排除する。……今夜の招待客の中で、一番身分が高いのは俺だから」
「身分を嵩にきた態度は感心しませんわ」
他に晩餐会に出席するのはジョナサン・カーティス大尉とジェラルド・ブルック中尉。――貴族出じゃないロベルトさんとラルフ・シモンズ大尉は控え室で待機になる。
カーティス大尉とブルック中尉に守られる形で、大広間の入口で大使夫妻の歓迎を受ける。が――。
「いくら何でも非常識ですわ。そんな素性もわからぬ女を婚約者扱いで上席に座らせるなんて。ここはランデル大使館で、場末の酒場じゃないんです!」
大使夫妻の横にいた若い女性が、案内役の男性に文句をつける。
「キャロライン、やめないか!」
「いいえ、お父様、わたくしは納得できません! 殿下の婚約者はレコンフィールド公爵令嬢ですわ! わたくしの友人の! こんなのあんまりよ!」
大使のクラウザー子爵が厳しい声で叱責するが、激昂した若い令嬢は持論を曲げようとしない。大使夫人は夫と殿下とを心配そうに見るが、娘を止めようとしないから、たぶん、同意見なんだろう。
すでにほとんど集まっている客が、わたしたちに注目する。
「――婚約者って? アルバート殿下の?」
「殿下の婚約者はレコンフィールド公爵令嬢だろう、最近、議会が承認して――」
「それが違う女を連れていて――ほら、例の愛人の――」
ヒソヒソとした声がわたしの耳にも聞こえてくるが、殿下がわたしの腕を強く掴み、横目で見た。
――俯くな。
そう言われた気がして、わたしはことさらに顎を上げて大使夫妻をまっすぐに見た。
「大使のご令嬢は俺の婚約者に文句があるらしいな。彼女の席次を下げるなら、俺も出席しない。彼女を侮辱することは、俺を侮辱することだ」
殿下が大使と大使の令嬢を冷たい金色の瞳で睨みつければ、大使の令嬢はぐっと唇を噛み、でも勇気を奮って言った。
「でも、おかしいです! ステファニー様は昔から殿下の婚約者でいらした! それを――」
「俺は一度として、ステファニーと正式に婚約していない。途中まで進んでいた話は、出征前に白紙に戻し、ステファニーとの話は無しになった」
「でも、ステファニー様はずっと殿下を信じて待っていらっしゃった! わたくし、王都ではステファニー様のお邸にも何度もうかがっていたから知っています! 他の縁談も全てお断りになって、ただ殿下お一人を待っていらしたのに! 今さら無責任です!」
「キャロライン、殿下に対して失礼だ、下がりなさい!」
父親の叱責もものともせず、ご令嬢は青い目を潤ませて必死に訴えたものの、殿下には何の感銘も与えなかった。
「ステファニーには、俺の帰りなど待たずに結婚しろと言っておいた。勝手に待っていて嫁ぎ遅れた女に、なぜ俺が責任を取らねばならん」
「だからってそんな、どこの馬の骨ともわからない愛人を!」
「黙れ。エルスペス嬢は故リンドホルム伯爵、つまり、シャルローで俺を庇って死んだ恩人の娘だ。どこの馬の骨なんてとんでもない! 二度とエルスペス嬢を侮辱するな!」
殿下がそう言ってわたしを抱き寄せる。殊更に大きな声を出したわけではないが、殿下の低い声は広間全体に響き、出席者にある一定の効果を与えた。
「……シャルローというと、あの、激戦地で? グリージャの奇襲で殿下のお命も危うかったという」
大使が確認するように――むしろ、周囲の者に聞かせるように言えば、殿下が頷いた。
「ああ。シャルローの俺の部隊二百人のうち、助かったのはたった八人。リンドホルム伯爵マックス・アシュバートンは俺の盾になって俺を機関銃から守り、死んだ。――彼女の、父親だ。俺はマックス・アシュバートンに変わり、彼女の人生を支えたい。これは、俺の意志だ」
殿下の強い決意に、大使も、大使夫人も次の言葉を発することができず、令嬢はその場の雰囲気に気圧されて視線を泳がせる。
「ほう、では。ご令嬢はあの、マックス・アシュバートンの娘か。こんなところで会うとは」
ふいに背後から声が飛び、皆が振り返れば、いかにも身分ありげな壮年の男性が立っていた。
「――マールバラ公爵閣下」
大使が慌てて言い、公爵が進み出て殿下に挨拶する。
「ずいぶんとご無沙汰しておりますな、アルバート殿下。無事にご帰還なさったとは聞いていたが、わしは戦後はずっとビルツホルンで会議三昧だったから」
「ええ、入れ違いでしたね、オズワルド卿。お元気そうで何よりです」
二人は再会の握手を交わし、マールバラ公爵閣下がわたしを見る。
「マックス・アシュバートンは長くわしの下に仕えてくれた。彼の戦死は大変、残念だったよ。――なるほど、君が彼のね。なるほど」
閣下はわたしの手を軽く握り、それから殿下とわたしを交互に見て、もう一度、「なるほど」と言った。
何が「なるほど」なのか、わたしにはさっぱり理解できなかったが、何となくだが、この人は父の事情に通じているのではないかと、そんな気がしてわたしは閣下の顔をまっすぐに見た。
「……その目、マックスの目と同じ色だ。アルバート殿下はどうやら、君に夢中らしい」
公爵閣下はそう言うと、大使に言った。
「この場にレコンフィールド公爵令嬢がいれば確かに問題だが、幸い、ここにいるのは彼女だけ。彼女の身元はわしが保証するよ。リンドホルム伯爵は建国以来の名家だ。十分、第三王子の妃に相応しい家柄だ。案内を――」
マールバラ公爵の鶴の一声で案内役が動き出し、わたしは無事、殿下の隣の席に案内され、横目で見ていると、大使令嬢は父親の命令で退去させられていた。言葉通り、殿下が排除させたのだ。
わたしの席の反対側の隣はランデル大使クラウザー子爵だった。
「……その、娘が大変失礼を」
「いえ、大丈夫です」
大使に謝罪され、わたしは軽く頷く。
「……娘は王都では、レコンフィールド公爵家の夜会でデビューさせていただいて、公爵令嬢に心酔していましてね。ほとんど取り巻きのような形で……」
「はあ……」
貴族の娘は十七歳の社交シーズンに、王都の社交界にデビューする。伯爵以上の娘は王宮の、社交シーズンの始まりを告げる、国王陛下主催の夜会で陛下にお目通りし、それがデビューとなる。一方、子爵以下の娘は、社交シーズン中の、大貴族主催の夜会でデビューさせてもらうらしい。デビューの夜会を主催する大貴族の、奥方や令嬢がデビュタントの世話人となる。平たく言えば、社交界における派閥の領袖と、その子分というわけだ。大使の令嬢であるクラウザー子爵令嬢は、レコンフィールド公爵家の夜会でデビューしたから、当然、ステファニー嬢の派閥に属し、派閥の領袖であるステファニー嬢の信奉者だったのだ。……わたしは十六の時に父が戦死したので、結局デビューはしていないから、社交界については家庭教師の先生の受け売りだけど。
「見知った方の恋は応援したくなるものですわ。ご令嬢のお気持ちはよくわかります。そう思われて当然です」
言外に、「わたしじゃなくて殿下が無茶を言ったのですよ」と匂わせれば、大使は眉を八の字に下げて頷く。
「お父上は残念でしたね。殿下の護衛を?」
「ええ、そのように伺っております。殿下がずいぶんと気にかけてくださって」
「なるほど」
命懸けで自分を守り、戦死した部下の恩に報いるため、その娘を妻にしたい、という殿下の主張は、ある程度理解を得やすいらしい。
「私は、実は開戦直前まで、アルティニア大使として赴任しておりましてね。状況が悪化すると、まず妻子を王都に戻したのですが、道中が心配でたまりませんでした。その後、緊迫するビルツホルンですごす間も、もし私に万一のことがあれば妻子はどうなるのかと――。殿下があなたの人生に責任を取りたいと考えられるのも、わたしには納得ではあります。ただ、問題は議会ですな」
大使が言い、わたしは口の端だけ上げて微笑んだ。
「わたくしには何とも申し上げようがありません。殿下のプロポーズはお受けしましたけれど、この先どうなるのかまでは――」
緊張していたせいか、時間はあっという間に過ぎ晩餐会はお開きになった。この後ブリッジルームにと誘われたが、殿下は長旅で疲れているから、と断って、わたしの腰を抱いて部屋に上がろうとする。と、マールバラ公爵が殿下を呼び止めた。
「アルバート殿下、ミス・アシュバートン。……この後、少しだけ時間をくれないかね」
「ええ、オズワルド卿。俺だけでなくて、彼女もですか?」
「ああ、疲れているかもしれないが、明日からは軍縮会議も大詰めで、時間が取れないかもしれない」
殿下がわたしをじっと見たので、わたしが頷く。
「ならば――俺も、卿にご相談したいことがあったので」
殿下が同意すると、マールバラ公爵は近くにいた給仕に命じて、小部屋を用意させる。
「殿下と、マクガーニからの手紙は受け取った。たぶん、現在の状況の責任の一端は、このわしにある。マックス・アシュバートンと、ローゼリンデ・ベルクマン嬢の運命を捻じ曲げたのは、わしだ。殿下はその話を聞きにきたのだろう?」
「軍服ではないんですね」
少し残念と思いながら尋ねれば、殿下は笑った。
「明日、軍縮会議全体のレセプションがあるから、その時は軍服を着る。正装のね」
「……明日もあるのですか? まさか、わたしは行かなくてもいいですよね?」
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「もしや、また間諜ごっこ?」
わたしが冗談めかして言えば、殿下も肩を竦める。
「まさか。……お前と俺の婚約のお披露目だ」
「……そんなの勝手にしたら大変なことになります。わたしの苦労も少しは思いやって」
殿下の腕に縋る手で、さりげなく抓ってやれば、殿下は一瞬、眉を顰める。
「すまない、わかってる。……でも、ステファニーとの婚約は俺が望んだことじゃないと、言い続けておかなければこのまま結婚させられてしまう」
「でも――」
馬車の中の態度から、大使夫人がわたしのことを不快に思っているのは明らかだ。そんな状態で――第一、わたしは社交界デビューもしていないんだから、晩餐会なんて出るのは初めてなのに。
その不安を訴えれば、殿下は安心させるように微笑み、わたしの腕を撫でた。
「大丈夫だ、お前のマナーは完璧だ。会話は適当に流せ。少なくとも、今夜お前に文句をつける奴がいたら、俺が排除する。……今夜の招待客の中で、一番身分が高いのは俺だから」
「身分を嵩にきた態度は感心しませんわ」
他に晩餐会に出席するのはジョナサン・カーティス大尉とジェラルド・ブルック中尉。――貴族出じゃないロベルトさんとラルフ・シモンズ大尉は控え室で待機になる。
カーティス大尉とブルック中尉に守られる形で、大広間の入口で大使夫妻の歓迎を受ける。が――。
「いくら何でも非常識ですわ。そんな素性もわからぬ女を婚約者扱いで上席に座らせるなんて。ここはランデル大使館で、場末の酒場じゃないんです!」
大使夫妻の横にいた若い女性が、案内役の男性に文句をつける。
「キャロライン、やめないか!」
「いいえ、お父様、わたくしは納得できません! 殿下の婚約者はレコンフィールド公爵令嬢ですわ! わたくしの友人の! こんなのあんまりよ!」
大使のクラウザー子爵が厳しい声で叱責するが、激昂した若い令嬢は持論を曲げようとしない。大使夫人は夫と殿下とを心配そうに見るが、娘を止めようとしないから、たぶん、同意見なんだろう。
すでにほとんど集まっている客が、わたしたちに注目する。
「――婚約者って? アルバート殿下の?」
「殿下の婚約者はレコンフィールド公爵令嬢だろう、最近、議会が承認して――」
「それが違う女を連れていて――ほら、例の愛人の――」
ヒソヒソとした声がわたしの耳にも聞こえてくるが、殿下がわたしの腕を強く掴み、横目で見た。
――俯くな。
そう言われた気がして、わたしはことさらに顎を上げて大使夫妻をまっすぐに見た。
「大使のご令嬢は俺の婚約者に文句があるらしいな。彼女の席次を下げるなら、俺も出席しない。彼女を侮辱することは、俺を侮辱することだ」
殿下が大使と大使の令嬢を冷たい金色の瞳で睨みつければ、大使の令嬢はぐっと唇を噛み、でも勇気を奮って言った。
「でも、おかしいです! ステファニー様は昔から殿下の婚約者でいらした! それを――」
「俺は一度として、ステファニーと正式に婚約していない。途中まで進んでいた話は、出征前に白紙に戻し、ステファニーとの話は無しになった」
「でも、ステファニー様はずっと殿下を信じて待っていらっしゃった! わたくし、王都ではステファニー様のお邸にも何度もうかがっていたから知っています! 他の縁談も全てお断りになって、ただ殿下お一人を待っていらしたのに! 今さら無責任です!」
「キャロライン、殿下に対して失礼だ、下がりなさい!」
父親の叱責もものともせず、ご令嬢は青い目を潤ませて必死に訴えたものの、殿下には何の感銘も与えなかった。
「ステファニーには、俺の帰りなど待たずに結婚しろと言っておいた。勝手に待っていて嫁ぎ遅れた女に、なぜ俺が責任を取らねばならん」
「だからってそんな、どこの馬の骨ともわからない愛人を!」
「黙れ。エルスペス嬢は故リンドホルム伯爵、つまり、シャルローで俺を庇って死んだ恩人の娘だ。どこの馬の骨なんてとんでもない! 二度とエルスペス嬢を侮辱するな!」
殿下がそう言ってわたしを抱き寄せる。殊更に大きな声を出したわけではないが、殿下の低い声は広間全体に響き、出席者にある一定の効果を与えた。
「……シャルローというと、あの、激戦地で? グリージャの奇襲で殿下のお命も危うかったという」
大使が確認するように――むしろ、周囲の者に聞かせるように言えば、殿下が頷いた。
「ああ。シャルローの俺の部隊二百人のうち、助かったのはたった八人。リンドホルム伯爵マックス・アシュバートンは俺の盾になって俺を機関銃から守り、死んだ。――彼女の、父親だ。俺はマックス・アシュバートンに変わり、彼女の人生を支えたい。これは、俺の意志だ」
殿下の強い決意に、大使も、大使夫人も次の言葉を発することができず、令嬢はその場の雰囲気に気圧されて視線を泳がせる。
「ほう、では。ご令嬢はあの、マックス・アシュバートンの娘か。こんなところで会うとは」
ふいに背後から声が飛び、皆が振り返れば、いかにも身分ありげな壮年の男性が立っていた。
「――マールバラ公爵閣下」
大使が慌てて言い、公爵が進み出て殿下に挨拶する。
「ずいぶんとご無沙汰しておりますな、アルバート殿下。無事にご帰還なさったとは聞いていたが、わしは戦後はずっとビルツホルンで会議三昧だったから」
「ええ、入れ違いでしたね、オズワルド卿。お元気そうで何よりです」
二人は再会の握手を交わし、マールバラ公爵閣下がわたしを見る。
「マックス・アシュバートンは長くわしの下に仕えてくれた。彼の戦死は大変、残念だったよ。――なるほど、君が彼のね。なるほど」
閣下はわたしの手を軽く握り、それから殿下とわたしを交互に見て、もう一度、「なるほど」と言った。
何が「なるほど」なのか、わたしにはさっぱり理解できなかったが、何となくだが、この人は父の事情に通じているのではないかと、そんな気がしてわたしは閣下の顔をまっすぐに見た。
「……その目、マックスの目と同じ色だ。アルバート殿下はどうやら、君に夢中らしい」
公爵閣下はそう言うと、大使に言った。
「この場にレコンフィールド公爵令嬢がいれば確かに問題だが、幸い、ここにいるのは彼女だけ。彼女の身元はわしが保証するよ。リンドホルム伯爵は建国以来の名家だ。十分、第三王子の妃に相応しい家柄だ。案内を――」
マールバラ公爵の鶴の一声で案内役が動き出し、わたしは無事、殿下の隣の席に案内され、横目で見ていると、大使令嬢は父親の命令で退去させられていた。言葉通り、殿下が排除させたのだ。
わたしの席の反対側の隣はランデル大使クラウザー子爵だった。
「……その、娘が大変失礼を」
「いえ、大丈夫です」
大使に謝罪され、わたしは軽く頷く。
「……娘は王都では、レコンフィールド公爵家の夜会でデビューさせていただいて、公爵令嬢に心酔していましてね。ほとんど取り巻きのような形で……」
「はあ……」
貴族の娘は十七歳の社交シーズンに、王都の社交界にデビューする。伯爵以上の娘は王宮の、社交シーズンの始まりを告げる、国王陛下主催の夜会で陛下にお目通りし、それがデビューとなる。一方、子爵以下の娘は、社交シーズン中の、大貴族主催の夜会でデビューさせてもらうらしい。デビューの夜会を主催する大貴族の、奥方や令嬢がデビュタントの世話人となる。平たく言えば、社交界における派閥の領袖と、その子分というわけだ。大使の令嬢であるクラウザー子爵令嬢は、レコンフィールド公爵家の夜会でデビューしたから、当然、ステファニー嬢の派閥に属し、派閥の領袖であるステファニー嬢の信奉者だったのだ。……わたしは十六の時に父が戦死したので、結局デビューはしていないから、社交界については家庭教師の先生の受け売りだけど。
「見知った方の恋は応援したくなるものですわ。ご令嬢のお気持ちはよくわかります。そう思われて当然です」
言外に、「わたしじゃなくて殿下が無茶を言ったのですよ」と匂わせれば、大使は眉を八の字に下げて頷く。
「お父上は残念でしたね。殿下の護衛を?」
「ええ、そのように伺っております。殿下がずいぶんと気にかけてくださって」
「なるほど」
命懸けで自分を守り、戦死した部下の恩に報いるため、その娘を妻にしたい、という殿下の主張は、ある程度理解を得やすいらしい。
「私は、実は開戦直前まで、アルティニア大使として赴任しておりましてね。状況が悪化すると、まず妻子を王都に戻したのですが、道中が心配でたまりませんでした。その後、緊迫するビルツホルンですごす間も、もし私に万一のことがあれば妻子はどうなるのかと――。殿下があなたの人生に責任を取りたいと考えられるのも、わたしには納得ではあります。ただ、問題は議会ですな」
大使が言い、わたしは口の端だけ上げて微笑んだ。
「わたくしには何とも申し上げようがありません。殿下のプロポーズはお受けしましたけれど、この先どうなるのかまでは――」
緊張していたせいか、時間はあっという間に過ぎ晩餐会はお開きになった。この後ブリッジルームにと誘われたが、殿下は長旅で疲れているから、と断って、わたしの腰を抱いて部屋に上がろうとする。と、マールバラ公爵が殿下を呼び止めた。
「アルバート殿下、ミス・アシュバートン。……この後、少しだけ時間をくれないかね」
「ええ、オズワルド卿。俺だけでなくて、彼女もですか?」
「ああ、疲れているかもしれないが、明日からは軍縮会議も大詰めで、時間が取れないかもしれない」
殿下がわたしをじっと見たので、わたしが頷く。
「ならば――俺も、卿にご相談したいことがあったので」
殿下が同意すると、マールバラ公爵は近くにいた給仕に命じて、小部屋を用意させる。
「殿下と、マクガーニからの手紙は受け取った。たぶん、現在の状況の責任の一端は、このわしにある。マックス・アシュバートンと、ローゼリンデ・ベルクマン嬢の運命を捻じ曲げたのは、わしだ。殿下はその話を聞きにきたのだろう?」
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