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幕間 公爵令嬢ステファニー・グローブナーの悔恨
優しい婚約者
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王都の東駅に到着した列車から降り立ったアルバート殿下は、出迎えを想定していなかったのか、普段着の軍服姿だった。久しぶりに目にするその姿は十分に凛々しく、わたくしは思わず、溜息を零していた。でも、彼の金色の瞳が周囲を一瞥して、わたくしの姿に目を留めると、一瞬、不快そうに眇められた。そして敢えて視線を逸らし、まるでわたくしの存在を無視するかのように、出迎えの閣僚に対し、帽子に軽く触れて礼を表す。
――歓迎されないであろうことは、覚悟していた。でもあからさまに不快そうな表情に、わたくしの胸はツキリと痛む。
「ステファニー、しっかりしろ。婚約者はお前だ。……例の、女は列車から降りないようだな」
思わず唇を噛んで俯いたわたくしを、隣に立つバーソロミュー伯父様が叱咤し、わたくしは慌てて姿勢を正す。
たとえ、もはや彼の愛がわたくしの上にないとしても、婚約者はわたくし。レコンフィールド公爵令嬢ステファニー・グローブナーなのだから。
わたくしは意を決して一歩前に出、殿下に微笑みかける。
「おかえりなさいませ、殿下。……いえ、バーティ」
呼び慣れた愛称を口にすれば、しかし殿下は露骨に無視して、わたくしの挨拶など聞かなかったとばかりに、隣のバーソロミュー伯父様に挨拶をする。
「わざわざ首相閣下のお出迎えとは。恐縮です」
「軍縮会議を立派に取り仕切ってこられた。労をねぎらうのは当然のこと」
「俺はまっすぐ王宮に向かい、父上に復命しなければなりません。迎えていただいても、すべてに礼儀を返すことはできませんが」
「ええ、馬車は待たせてあります。ご一緒に王宮までお供いたしましょう。……あなたの婚約者も一緒に」
伯父様の言葉に、殿下はフンと顔を背け、わたくしなど視界いれたくないとばかりに、ゆっくりと歩き出す。ふと、殿下が列車の方を見た、その視線の先、半ば閉じられた車窓のカーテンの陰に、白い人影を見出し、わたくしはハッとした。わたくしの視線に気づいたのか、カーテンの陰の人物はすっと身を引いて身を隠してしまう。
――あれは、王族専用の特別列車の個室。秘書官と言う名目で、例の女を外遊に伴っていたのも、そしてビルツホルンではあろうことか、その女を婚約者として外交の現場に連れ出していたのも、わたくしは父から聞いている。
議会の承認を得た婚約者はわたくしなのに、わたくしとの婚約披露の晩餐会には、体調不良を理由に欠席した殿下。ただ一人、頼る人もない状態で、周囲の好奇の視線にさらされた、あの日の屈辱が蘇る。
わたくしはもう一度車窓に目をやり、それから前を行く殿下の背中に視線を戻す。わたくしをはっきりと拒絶する、彼の背中。
――どうして。
わたくしの、何がいけなかったと言うの?
幼い時から殿下の婚約者として育てられたわたくしを捨てて、あんな、落ちぶれた伯爵の娘に心を囚われてしまわれるなんて――。
物心ついた時には、わたくしは第三王子である、アルバート殿下の妃になるのだと、周囲から言われていた。それは父、レコンフィールド公爵と国王であるエドワード陛下との間の、密かな取り決めであり、また、アルバート殿下の母であるエレイン王妃陛下の、たっての希望によるものとされた。
もともと、わたくしには母の違う二人の姉と、母を同じくする兄と姉がいる。父の最初の妻が男児を産むことなく亡くなり、わたくしの母は後妻として嫁ぎ、嫡男である兄と、姉と、わたくしを産んだ。エレイン王妃陛下は、レコンフィールド公爵家の娘を、三男であるアルバート殿下の妃にと望まれた。殿下と同じ年の姉か、五歳年下のわたくしか。エレイン様はわたくしを殿下の許嫁にお選びになった。――それは、覆るはずもない運命だと、わたくしは信じていた。
第三王子のアルバート殿下は、幼いころはごわごわの黒い癖毛に、痩せた血色の悪い顔つき、鼻の頭にはそばかすまで浮いて、そして全体におどおどした暗い雰囲気の、はっきり言えばさえない少年だった。王妃のエレイン様はわたくしとわたくしの兄姉を大変、可愛がってくださっていた。むしろ、いささか器量の劣る殿下よりも、露骨にわたくしたちを優遇した。――後から思えば、それは奇妙なことだ。でも、幼いわたくしはその意味を理解せず、ただ愛されることに甘え、我がもの顔で王宮に出入りした。
『あなたが義理の娘になる日が楽しみだわ、でも、あんな器量の悪い子のお嫁さんなんて、ちょっと可哀想ね? バーティ、わかっていて? お前のような者がこんな可愛いステファニーと結婚できるなんて、神様に感謝すべきよ』
エレイン様はよく、わたくしの金髪を撫でながら仰った。その時、アルバート殿下がどんな表情をしておられたのか、わたくしは憶えていない。そのくらい、幼い頃のわたくしは殿下に興味がなく、そして殿下より優位に立っていると、思い上がっていた。
わたくしとアルバート殿下の関係が変わり始めたのは、わたくしが十歳、殿下が十五歳の時。前年に寄宿学校に入られ、王宮でお見掛けしなくなっていた殿下が、聖誕節の休暇で久しぶりに王宮に戻られた。
アルバート殿下は驚くほど背が伸び、また以前のようなオドオドしたところがなくなっていた。鼻の頭のそばかすも薄くなって、髪は士官学校の規則で短く切り揃え、黒い髪に金色の瞳の、どこか鋭い雰囲気の美少年に成長していた。
このころ、ちょうど、すぐ上の姉の婚約が決まったせいもあったかもしれない。わたくしは王宮に上がって殿下とお会いする機会も増え、子供も出席できるお茶会には、殿下がわたくしをエスコートしてくださるようになった。「バーティ」と愛称で呼ぶようになったもの、ちょうどこのころ。少し年上の殿下に婚約者として傅かれるのは、とても気分がよかった。その頃のわたくしは甘やかされた末っ子で、何でも自分が中心だと思っていたから。
だから、わたくしはよく、殿下に我儘を言ったりもした。
『バーティ、わたし、レングトン公園でボートに乗りたいの。乗せてくださる?』
『……ボート? それは、僕では決められないな。外出の許可が得られたらね』
『エレイン様に頼んでくださいまし』
『……僕が?』
一瞬、殿下が眉を顰めたけれど、殿下は嫌だとは仰らず、側に控える侍女に尋ねる。
『ステファニー嬢がボートに乗りたがっているけれど、僕が乗せても構わないのかな。王妃陛下に誰か確認してくれないか』
『畏まりました』
聞きに行った侍女から王妃の許可を伝えられ、殿下は首を傾げる。
『お許しが出たから、また今度ね』
『嫌です! 今すぐがいいんです!』
『……今から? でも……』
その日はもう、かなり日が傾いていて、今から王宮を出てレングトン公園に出かけても、ボートに乗れる時間はいくらもない。また次の時に、と殿下は仰ったけれど、わたくしはそんな風に先送りにされるのが不満だった。
『今すぐ連れて行ってくださらないなら、今日はもう帰ります! 殿下の意地悪!』
癇癪を炸裂させたわたくしが予定を切り上げて家に帰ると、翌日、エレイン様から問い合わせが来た。だからつい、「殿下がボートに乗せるのを嫌だと意地悪を仰った」と告げ口したら、その午後に即座に、殿下からお使者が来て、お詫びのお菓子とお誘いがあった。エレイン様が殿下を叱ってくださったのだ、とわたくしは単純に喜んで、レングトン公園で殿下にボートに乗せていただいた。殿下は、普段より青白い顔をして、ボートをこぐたびに、顔をしかめていらっしゃった。
『どうかなさったの、バーティ? ボートは苦手ですの?』
『いや……あまり得意じゃないけど』
『だから昨日は嫌だと意地悪を仰ったの?』
殿下は金色の瞳でちらりとわたくしを見て、それから視線を逸らせて仰った。
『意地悪を言ったつもりはないよ。昨日の時間からでは、公園の閉園時刻ギリギリで、ろくにボートも乗れないと僕は言ったんだけどな』
『そんなのわたしは知りません!』
わたくしがツンと澄ましてやると、殿下は小さく溜息をついた。それでも我儘を聞いてくださる殿下を、わたくしはどんどん好きになった。大切にされているのだと、嬉しかった。……わたくしがエレイン様に告げ口するたびに、殿下が体罰を受けていると知ったのは、もっとずっと後のことだった。
何も知らなかったわたくしは、殿下が休暇で戻られるたびに、乗馬やら、ピクニックやらに出かけるのを強請って、それは大抵は叶えられた。一度、寄宿学校の友人との先約があるからと断られた時は、悔しくってエレイン様に泣きついたら、友人たちとの予定をキャンセルして、わたくしに付き合ってくださった。
我儘が叶えられるたびに、わたくしは殿下に婚約者として尊重されているのだと、信じた。わたくしの子供っぽい満足感のために、殿下への要求は次第にエスカレートして、ついにあの日を迎えた。
アルバート殿下は絵を描くのがお好きで、いつもスケッチブックを持ち歩いては、何か描いていらっしゃった。わたくしも最初は遠慮していたけれど、そのうちに中が見たくてたまらなくなった。
『そのスケッチ帳、中を見せてくださいまし』
でも、珍しいことに殿下が頑として首を振った。わたくしは悔しくて、やっぱりエレイン様に告げ口した。
『バーティがスケッチ帳を見せてくださらないの。いじわるだわ?』
『まあ、そうなの? わたくしから言っておくわ、ステファニー』
エレイン様はにっこり微笑んで、そう約束してくださった。だから、次に殿下にお会いした時、わたくしはもちろん、殿下に強請った。
『スケッチ帳、今日こそ見せてくださいまし』
『あれはもうない。燃やした』
『え?』
その言葉にわたくしが目を瞠ると、殿下は淡々と仰った。
『君が母上に告げ口したせいで、母上が無理矢理、中を見ようとなさった。だから暖炉に投げ込んで燃やした。――母上に言えば、何でも僕を言いなりにできると思ったのかもしれないけれど』
その時の殿下の、醒めた金色の瞳を、わたくしは忘れることができない。――けして、みだりに踏み越えていけないものがこの世にあると、わたくしは初めて知った。
それでも、殿下は普段は相変わらずお優しくて、わたくしの頼みは何でも聞いてくださったから、わたくしは殿下に愛されているのだと、堅く信じて疑わなかった。
――歓迎されないであろうことは、覚悟していた。でもあからさまに不快そうな表情に、わたくしの胸はツキリと痛む。
「ステファニー、しっかりしろ。婚約者はお前だ。……例の、女は列車から降りないようだな」
思わず唇を噛んで俯いたわたくしを、隣に立つバーソロミュー伯父様が叱咤し、わたくしは慌てて姿勢を正す。
たとえ、もはや彼の愛がわたくしの上にないとしても、婚約者はわたくし。レコンフィールド公爵令嬢ステファニー・グローブナーなのだから。
わたくしは意を決して一歩前に出、殿下に微笑みかける。
「おかえりなさいませ、殿下。……いえ、バーティ」
呼び慣れた愛称を口にすれば、しかし殿下は露骨に無視して、わたくしの挨拶など聞かなかったとばかりに、隣のバーソロミュー伯父様に挨拶をする。
「わざわざ首相閣下のお出迎えとは。恐縮です」
「軍縮会議を立派に取り仕切ってこられた。労をねぎらうのは当然のこと」
「俺はまっすぐ王宮に向かい、父上に復命しなければなりません。迎えていただいても、すべてに礼儀を返すことはできませんが」
「ええ、馬車は待たせてあります。ご一緒に王宮までお供いたしましょう。……あなたの婚約者も一緒に」
伯父様の言葉に、殿下はフンと顔を背け、わたくしなど視界いれたくないとばかりに、ゆっくりと歩き出す。ふと、殿下が列車の方を見た、その視線の先、半ば閉じられた車窓のカーテンの陰に、白い人影を見出し、わたくしはハッとした。わたくしの視線に気づいたのか、カーテンの陰の人物はすっと身を引いて身を隠してしまう。
――あれは、王族専用の特別列車の個室。秘書官と言う名目で、例の女を外遊に伴っていたのも、そしてビルツホルンではあろうことか、その女を婚約者として外交の現場に連れ出していたのも、わたくしは父から聞いている。
議会の承認を得た婚約者はわたくしなのに、わたくしとの婚約披露の晩餐会には、体調不良を理由に欠席した殿下。ただ一人、頼る人もない状態で、周囲の好奇の視線にさらされた、あの日の屈辱が蘇る。
わたくしはもう一度車窓に目をやり、それから前を行く殿下の背中に視線を戻す。わたくしをはっきりと拒絶する、彼の背中。
――どうして。
わたくしの、何がいけなかったと言うの?
幼い時から殿下の婚約者として育てられたわたくしを捨てて、あんな、落ちぶれた伯爵の娘に心を囚われてしまわれるなんて――。
物心ついた時には、わたくしは第三王子である、アルバート殿下の妃になるのだと、周囲から言われていた。それは父、レコンフィールド公爵と国王であるエドワード陛下との間の、密かな取り決めであり、また、アルバート殿下の母であるエレイン王妃陛下の、たっての希望によるものとされた。
もともと、わたくしには母の違う二人の姉と、母を同じくする兄と姉がいる。父の最初の妻が男児を産むことなく亡くなり、わたくしの母は後妻として嫁ぎ、嫡男である兄と、姉と、わたくしを産んだ。エレイン王妃陛下は、レコンフィールド公爵家の娘を、三男であるアルバート殿下の妃にと望まれた。殿下と同じ年の姉か、五歳年下のわたくしか。エレイン様はわたくしを殿下の許嫁にお選びになった。――それは、覆るはずもない運命だと、わたくしは信じていた。
第三王子のアルバート殿下は、幼いころはごわごわの黒い癖毛に、痩せた血色の悪い顔つき、鼻の頭にはそばかすまで浮いて、そして全体におどおどした暗い雰囲気の、はっきり言えばさえない少年だった。王妃のエレイン様はわたくしとわたくしの兄姉を大変、可愛がってくださっていた。むしろ、いささか器量の劣る殿下よりも、露骨にわたくしたちを優遇した。――後から思えば、それは奇妙なことだ。でも、幼いわたくしはその意味を理解せず、ただ愛されることに甘え、我がもの顔で王宮に出入りした。
『あなたが義理の娘になる日が楽しみだわ、でも、あんな器量の悪い子のお嫁さんなんて、ちょっと可哀想ね? バーティ、わかっていて? お前のような者がこんな可愛いステファニーと結婚できるなんて、神様に感謝すべきよ』
エレイン様はよく、わたくしの金髪を撫でながら仰った。その時、アルバート殿下がどんな表情をしておられたのか、わたくしは憶えていない。そのくらい、幼い頃のわたくしは殿下に興味がなく、そして殿下より優位に立っていると、思い上がっていた。
わたくしとアルバート殿下の関係が変わり始めたのは、わたくしが十歳、殿下が十五歳の時。前年に寄宿学校に入られ、王宮でお見掛けしなくなっていた殿下が、聖誕節の休暇で久しぶりに王宮に戻られた。
アルバート殿下は驚くほど背が伸び、また以前のようなオドオドしたところがなくなっていた。鼻の頭のそばかすも薄くなって、髪は士官学校の規則で短く切り揃え、黒い髪に金色の瞳の、どこか鋭い雰囲気の美少年に成長していた。
このころ、ちょうど、すぐ上の姉の婚約が決まったせいもあったかもしれない。わたくしは王宮に上がって殿下とお会いする機会も増え、子供も出席できるお茶会には、殿下がわたくしをエスコートしてくださるようになった。「バーティ」と愛称で呼ぶようになったもの、ちょうどこのころ。少し年上の殿下に婚約者として傅かれるのは、とても気分がよかった。その頃のわたくしは甘やかされた末っ子で、何でも自分が中心だと思っていたから。
だから、わたくしはよく、殿下に我儘を言ったりもした。
『バーティ、わたし、レングトン公園でボートに乗りたいの。乗せてくださる?』
『……ボート? それは、僕では決められないな。外出の許可が得られたらね』
『エレイン様に頼んでくださいまし』
『……僕が?』
一瞬、殿下が眉を顰めたけれど、殿下は嫌だとは仰らず、側に控える侍女に尋ねる。
『ステファニー嬢がボートに乗りたがっているけれど、僕が乗せても構わないのかな。王妃陛下に誰か確認してくれないか』
『畏まりました』
聞きに行った侍女から王妃の許可を伝えられ、殿下は首を傾げる。
『お許しが出たから、また今度ね』
『嫌です! 今すぐがいいんです!』
『……今から? でも……』
その日はもう、かなり日が傾いていて、今から王宮を出てレングトン公園に出かけても、ボートに乗れる時間はいくらもない。また次の時に、と殿下は仰ったけれど、わたくしはそんな風に先送りにされるのが不満だった。
『今すぐ連れて行ってくださらないなら、今日はもう帰ります! 殿下の意地悪!』
癇癪を炸裂させたわたくしが予定を切り上げて家に帰ると、翌日、エレイン様から問い合わせが来た。だからつい、「殿下がボートに乗せるのを嫌だと意地悪を仰った」と告げ口したら、その午後に即座に、殿下からお使者が来て、お詫びのお菓子とお誘いがあった。エレイン様が殿下を叱ってくださったのだ、とわたくしは単純に喜んで、レングトン公園で殿下にボートに乗せていただいた。殿下は、普段より青白い顔をして、ボートをこぐたびに、顔をしかめていらっしゃった。
『どうかなさったの、バーティ? ボートは苦手ですの?』
『いや……あまり得意じゃないけど』
『だから昨日は嫌だと意地悪を仰ったの?』
殿下は金色の瞳でちらりとわたくしを見て、それから視線を逸らせて仰った。
『意地悪を言ったつもりはないよ。昨日の時間からでは、公園の閉園時刻ギリギリで、ろくにボートも乗れないと僕は言ったんだけどな』
『そんなのわたしは知りません!』
わたくしがツンと澄ましてやると、殿下は小さく溜息をついた。それでも我儘を聞いてくださる殿下を、わたくしはどんどん好きになった。大切にされているのだと、嬉しかった。……わたくしがエレイン様に告げ口するたびに、殿下が体罰を受けていると知ったのは、もっとずっと後のことだった。
何も知らなかったわたくしは、殿下が休暇で戻られるたびに、乗馬やら、ピクニックやらに出かけるのを強請って、それは大抵は叶えられた。一度、寄宿学校の友人との先約があるからと断られた時は、悔しくってエレイン様に泣きついたら、友人たちとの予定をキャンセルして、わたくしに付き合ってくださった。
我儘が叶えられるたびに、わたくしは殿下に婚約者として尊重されているのだと、信じた。わたくしの子供っぽい満足感のために、殿下への要求は次第にエスカレートして、ついにあの日を迎えた。
アルバート殿下は絵を描くのがお好きで、いつもスケッチブックを持ち歩いては、何か描いていらっしゃった。わたくしも最初は遠慮していたけれど、そのうちに中が見たくてたまらなくなった。
『そのスケッチ帳、中を見せてくださいまし』
でも、珍しいことに殿下が頑として首を振った。わたくしは悔しくて、やっぱりエレイン様に告げ口した。
『バーティがスケッチ帳を見せてくださらないの。いじわるだわ?』
『まあ、そうなの? わたくしから言っておくわ、ステファニー』
エレイン様はにっこり微笑んで、そう約束してくださった。だから、次に殿下にお会いした時、わたくしはもちろん、殿下に強請った。
『スケッチ帳、今日こそ見せてくださいまし』
『あれはもうない。燃やした』
『え?』
その言葉にわたくしが目を瞠ると、殿下は淡々と仰った。
『君が母上に告げ口したせいで、母上が無理矢理、中を見ようとなさった。だから暖炉に投げ込んで燃やした。――母上に言えば、何でも僕を言いなりにできると思ったのかもしれないけれど』
その時の殿下の、醒めた金色の瞳を、わたくしは忘れることができない。――けして、みだりに踏み越えていけないものがこの世にあると、わたくしは初めて知った。
それでも、殿下は普段は相変わらずお優しくて、わたくしの頼みは何でも聞いてくださったから、わたくしは殿下に愛されているのだと、堅く信じて疑わなかった。
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