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第一章
神罰
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わたしが立ち上がると、殿下も一緒に行くと言い張った。
「でも――」
「俺も、話すことがある。どうしても――」
こんな状態で、おばあ様に殿下を会わせるなんてと、わたしは躊躇ったが、ジョンソンが口を挟んだ。
「畏れながら……ご一緒にお話しなさる方がいいと、思います。アルバート殿下……いえ、リジー様」
リジー様、と呼びかけられて、殿下がビクリと顔を上げ、ジョンソンの顔をじっと見た。
「やはり、気づいていたか」
「……はい。ですが、奥様に申し上げるべきか、悩んで……お嬢様との件を、もっと早くお伝えしておくべきだったと、今更ながら後悔しております」
ジョンソンが項垂れる。
わたしには意味がわからない。リジーは、お忍びの時の殿下の偽名で、それを、ジョンソンがなぜ。そして、おばあ様も――?
「入ろう、エルシー」
殿下に促されて、病室に入る。祖母のベッドのわきに立っていたコーネル医師がわたしたちに気づき、一瞬、目を見開くが、何も言わずに近づいて、耳元でそっと言った。
「意識があるのは、これが最後かもしれません。……今、看護婦に聖職者を呼びに行かせています」
医師はそれだけ言うと、そっと部屋を出ていく。そしてメアリーも。
部屋に残ったのは、わたしと殿下と、そしてすっかり痩せて、青ざめた祖母。
「……エルシー……その人は……リジー?」
「ええ、そうです、おばあ様。ずいぶん、ご無沙汰しました」
祖母に穏やかな口調で挨拶する殿下に、わたしはびっくりして言葉もない。祖母は、懐かしそうに殿下を見て、言った。
「そうね、もう、会うことはないと思っていたわ。……十二年になるかしら。そうして見ると、少しだけ面影があるわね。……ローズの……」
「おばあ様、今日はエルシーとの結婚のお許しをもらいにきました」
殿下の口調はいつもと違い穏やかで――どこか、少年のようだった。わたしはどうしていいかわからなくて、ただ二人の顔を交互に見る。おばあ様は一瞬だけわたしを見て、すぐに視線を殿下に戻し、言った。
「……だめよ。前も言ったでしょう。お前にエルシーはやれないわ。ローズの二の舞はごめんよ。あきらめて」
「おばあ様、僕は父上とは違う。……絶対に、エルシーを守る。僕はあの時の僕じゃない。変わったんだ。お金だってある。自分で稼いだんだ。王家の金じゃなくて、俺の――自分の金だし、力だって――」
「だめよ。言ったじゃない。……お前が城を離れる時に言ったわ。エルシーはダメだと。お金の問題じゃないわ。エルシーを守るのはお金じゃあないのよ」
祖母は深い、深い溜息をついて、わたしと殿下を交互に見た。
「リジー、お前は約束を破ったのね。……わたくしの、エルシーを……」
わたしは思わず、祖母に取りすがるようにして、言った。
「おばあ様……わたし……」
祖母はわたしをちらりと見て、微かに首を振った。
「本当に、馬鹿な子ね。……なぜ、わたくしの言うことを聞かなかったの。仕事も、早くやめなさいと言ったのに。王家の人など信じてはダメだってことは、ローズの時にわかっていたの。……ただ、わたくしはローズの子を見捨てられなかった……」
祖母は目を閉じた。その顔色は青白くて、死が、すぐそばまで来ているのだと、わたしにもわかった。
「マックスが死んだ時に……仕方ないと思ったわ。マックスはああいう子だから。目の前の弱い者を守らないではいられない。でも……最後に残ったのがエルシーじゃなければ……男のビリーなら、わたくしでも守れたかもしれない。でも、女のエルシーは、わたくしには守り切れない。きっとまた、ローズの二の舞になる。それだけは……最後に残ったエルシーだけはと……」
……わたしは、祖母が久しぶりに、わたしをエルシーと呼んだことに気づいた。
城を出てからは、一度も呼ばなかった愛称を。
「おばあ様、確かに僕は約束を破った。でも、僕はエルシーを愛してる! おばあ様! 必ず守ってみせるから!」
殿下が祖母に縋るように言って、わたしはようやく思い出す。
リジー・オーランド。
祖母の、遠縁の娘だったローズの息子。ほんの数ヶ月、城に滞在した少年。あの頃はもっと背も低く痩せていた。黒い髪はゴワゴワの癖っ毛で、鼻の頭にそばかすまで浮いて、弱々しくて自信なさげな男の子だった。……今の殿下からは想像もできない、頼りなげな、でも優しかった彼。
祖母は痩せた瞼を伏せ、ゆっくりと首を振る。
「じゃあどうして、エルシーをローズの二の舞にしたの。公爵令嬢との結婚は前から決まっていたのに。お前は――結局、お前のしたことは、お前の父親と同じ。王家の権力と財力を使って、エルシーを汚して辱めた。……わたくしの、大事なエルシーを」
祖母は微かに目を開けて、殿下を見つめる。
「それは……僕はエルシーを愛していて……だから……」
「お前は確かに力をつけた。戦争の英雄になって、国を守った。……でも、その力でエルシーに、神様の許さない関係を強いた。……わたくしの、治療費と引き換えに……」
「おばあ様、違う、僕は――」
「……ああ神様……ローズを……エルシーを……お許し、ください……」
おばあ様は目を閉じ、すうっと意識を失っていく。
「おばあ様!」
「……おばあ様、絶対に、守るから……僕が……おばあ様!」
殿下と二人で必死に呼びかけたけれど、祖母はそれきり、呼びかけには応えてくれなかった。
殿下が医師を呼びにいき、わたしはおばあ様の枕元に膝をつき、その痩せた顔を見つめる。
「おばあ様……」
わたしが、いけなかったの?
わたしは――どうしたらよかったの?
殿下の、ものになっては、いけなかったの――?
医師と看護婦と、そして告解の牧師様が入ってくる。
医師が祖母に呼び掛け、祖母がうっすらと目を開ける。白い髭の聖職者が祖母の耳元で祈りを捧げると、祖母はわずかに頷いたようだった。
「……エルシー……」
それが、祖母の最後の言葉だった。
祖母が死んだ。
わたしは、一人になった。
もう、働く必要も、殿下の愛人をする必要もない。
罰が、当たったのだ。
婚約者のいる人と寝て、お金のために身体を明け渡した。
――神罰は本当に下るのよ。
祖母の言葉は、祖母の死によって真実になった。わたしは祖母を助けたくて罪を犯した。神様の許さない関係を持った代償は、祖母の命だった。
わたしは、何て罪深い――。
『エルシー、ああ、この絵の本物は僕は見たことがあるよ。エル・グランの最後の審判だ』
『さいごの、しんぱん?』
『そう、人が死んで、神様から罪の重さを判定されるんだよ。罪があれば地獄へ。なければ、天国へ。天井いっぱい、この絵が描かれていて、すごかった。首が痛くなるよ――いつか、エルシーが王都に来たら、一緒に見に行こう。ワーズワース侯爵……知り合いのお邸だから。』
また、あの夢。
城の、かび臭い図書室。わたしを膝に乗せて画集を捲るのは――。
『リジー、その絵、怖い』
『大丈夫、ただの絵だよ』
ランプの淡い光に照らされた、リジーの金色の瞳が揺れる。
少し、癖があって、ごわごわした黒い髪。まだ十代の半ばの、少年だったリジー。
ほんの数か月、城に滞在して……おばあ様の、親戚だって言ってた。
おばあ様の遠縁の――ローズの、息子。でも、それはあまり言ってはいけないって。
窓の外に青白い稲妻が走る。
ゴロゴロゴロ……ピシャーン!
『リジー、怖い……』
『大丈夫だよ、エルシー』
リジーがわたしを抱きしめて、髪にキスをする。何度も、何度も。
『大丈夫だよ、エルシー……怖くないよ、僕のお姫様、ずっと、側にいるから――』
『え、その絵? 欲しいの? ……あげるけど』
『いいの? ほんと? 大事にする。……ずっと、暖炉の上に飾るの』
『うーん……あんまり上手い絵じゃあないけど……』
おばあ様の執事だったジョンソンに強請って立派な額に入れて、子供部屋の暖炉の上に飾った時、リジーは少し照れ臭そうにしていたっけ。
『本当にずっと飾るの? 飽きない?』
『飽きないよ、大好きだもの』
リジーも、リジーの描いた絵も――。
黄色く色づいた楓並木、遠ざかる馬車をわたしが追いかけて――。
『リジー!』
馬車の後ろの窓から、わたしに気づいたリジーが馬車を止めて降りてくる。駆け続けに駆けて、その腕に飛び込む。
『いや、行かないで! ずっと側にいるって言ったのに! 嘘つき!』
『エルシー……ごめん……』
しゃがみこんだ彼の首筋に縋りつき、泣きじゃくるわたしを、リジーがぎゅっと抱きしめる。リジーの金色の瞳も、涙で濡れていた。
『エルシー、リジーは学校に行かなければならないんだ。いつまでもお前と遊んではいられない。……人は皆、大人になるのだから』
続いて馬車から降りた父が、わたしを窘める。でも――。
『ごめん、エルシー、ごめん……』
リジーが、わたしの耳元に囁く。
『必ず、また会いに来る。きっと――』
黄色い楓並木に立ち尽くし、馬車が見えなくなるまで見送って――。
青い空と黄色い楓の並木は、そのせいで、わたしをいつも哀しい気持ちにさせる。
おばあ様が、リジーの話をするのを禁じて、破ったらひどくお怒りになった。
だから、わたしも、弟も、だんだんとリジーのことは忘れていった。
彼と過ごした日々のことも。
荒れ地に子馬で出かけた日のことも。
図書室で画集を見た夜も。
画廊でかけっこをして、叱られた雨の午後も。
薔薇園で、彼の絵のモデルになったことも。
あの薔薇園の絵が、彼の残した唯一の、思い出の品だということも。
何もかも。
ずっと、忘れたままでいれば、よかったのかも、しれない。
祖母の、いいつけを破ったわたしには神罰が下り、一人ぼっちになった。
「でも――」
「俺も、話すことがある。どうしても――」
こんな状態で、おばあ様に殿下を会わせるなんてと、わたしは躊躇ったが、ジョンソンが口を挟んだ。
「畏れながら……ご一緒にお話しなさる方がいいと、思います。アルバート殿下……いえ、リジー様」
リジー様、と呼びかけられて、殿下がビクリと顔を上げ、ジョンソンの顔をじっと見た。
「やはり、気づいていたか」
「……はい。ですが、奥様に申し上げるべきか、悩んで……お嬢様との件を、もっと早くお伝えしておくべきだったと、今更ながら後悔しております」
ジョンソンが項垂れる。
わたしには意味がわからない。リジーは、お忍びの時の殿下の偽名で、それを、ジョンソンがなぜ。そして、おばあ様も――?
「入ろう、エルシー」
殿下に促されて、病室に入る。祖母のベッドのわきに立っていたコーネル医師がわたしたちに気づき、一瞬、目を見開くが、何も言わずに近づいて、耳元でそっと言った。
「意識があるのは、これが最後かもしれません。……今、看護婦に聖職者を呼びに行かせています」
医師はそれだけ言うと、そっと部屋を出ていく。そしてメアリーも。
部屋に残ったのは、わたしと殿下と、そしてすっかり痩せて、青ざめた祖母。
「……エルシー……その人は……リジー?」
「ええ、そうです、おばあ様。ずいぶん、ご無沙汰しました」
祖母に穏やかな口調で挨拶する殿下に、わたしはびっくりして言葉もない。祖母は、懐かしそうに殿下を見て、言った。
「そうね、もう、会うことはないと思っていたわ。……十二年になるかしら。そうして見ると、少しだけ面影があるわね。……ローズの……」
「おばあ様、今日はエルシーとの結婚のお許しをもらいにきました」
殿下の口調はいつもと違い穏やかで――どこか、少年のようだった。わたしはどうしていいかわからなくて、ただ二人の顔を交互に見る。おばあ様は一瞬だけわたしを見て、すぐに視線を殿下に戻し、言った。
「……だめよ。前も言ったでしょう。お前にエルシーはやれないわ。ローズの二の舞はごめんよ。あきらめて」
「おばあ様、僕は父上とは違う。……絶対に、エルシーを守る。僕はあの時の僕じゃない。変わったんだ。お金だってある。自分で稼いだんだ。王家の金じゃなくて、俺の――自分の金だし、力だって――」
「だめよ。言ったじゃない。……お前が城を離れる時に言ったわ。エルシーはダメだと。お金の問題じゃないわ。エルシーを守るのはお金じゃあないのよ」
祖母は深い、深い溜息をついて、わたしと殿下を交互に見た。
「リジー、お前は約束を破ったのね。……わたくしの、エルシーを……」
わたしは思わず、祖母に取りすがるようにして、言った。
「おばあ様……わたし……」
祖母はわたしをちらりと見て、微かに首を振った。
「本当に、馬鹿な子ね。……なぜ、わたくしの言うことを聞かなかったの。仕事も、早くやめなさいと言ったのに。王家の人など信じてはダメだってことは、ローズの時にわかっていたの。……ただ、わたくしはローズの子を見捨てられなかった……」
祖母は目を閉じた。その顔色は青白くて、死が、すぐそばまで来ているのだと、わたしにもわかった。
「マックスが死んだ時に……仕方ないと思ったわ。マックスはああいう子だから。目の前の弱い者を守らないではいられない。でも……最後に残ったのがエルシーじゃなければ……男のビリーなら、わたくしでも守れたかもしれない。でも、女のエルシーは、わたくしには守り切れない。きっとまた、ローズの二の舞になる。それだけは……最後に残ったエルシーだけはと……」
……わたしは、祖母が久しぶりに、わたしをエルシーと呼んだことに気づいた。
城を出てからは、一度も呼ばなかった愛称を。
「おばあ様、確かに僕は約束を破った。でも、僕はエルシーを愛してる! おばあ様! 必ず守ってみせるから!」
殿下が祖母に縋るように言って、わたしはようやく思い出す。
リジー・オーランド。
祖母の、遠縁の娘だったローズの息子。ほんの数ヶ月、城に滞在した少年。あの頃はもっと背も低く痩せていた。黒い髪はゴワゴワの癖っ毛で、鼻の頭にそばかすまで浮いて、弱々しくて自信なさげな男の子だった。……今の殿下からは想像もできない、頼りなげな、でも優しかった彼。
祖母は痩せた瞼を伏せ、ゆっくりと首を振る。
「じゃあどうして、エルシーをローズの二の舞にしたの。公爵令嬢との結婚は前から決まっていたのに。お前は――結局、お前のしたことは、お前の父親と同じ。王家の権力と財力を使って、エルシーを汚して辱めた。……わたくしの、大事なエルシーを」
祖母は微かに目を開けて、殿下を見つめる。
「それは……僕はエルシーを愛していて……だから……」
「お前は確かに力をつけた。戦争の英雄になって、国を守った。……でも、その力でエルシーに、神様の許さない関係を強いた。……わたくしの、治療費と引き換えに……」
「おばあ様、違う、僕は――」
「……ああ神様……ローズを……エルシーを……お許し、ください……」
おばあ様は目を閉じ、すうっと意識を失っていく。
「おばあ様!」
「……おばあ様、絶対に、守るから……僕が……おばあ様!」
殿下と二人で必死に呼びかけたけれど、祖母はそれきり、呼びかけには応えてくれなかった。
殿下が医師を呼びにいき、わたしはおばあ様の枕元に膝をつき、その痩せた顔を見つめる。
「おばあ様……」
わたしが、いけなかったの?
わたしは――どうしたらよかったの?
殿下の、ものになっては、いけなかったの――?
医師と看護婦と、そして告解の牧師様が入ってくる。
医師が祖母に呼び掛け、祖母がうっすらと目を開ける。白い髭の聖職者が祖母の耳元で祈りを捧げると、祖母はわずかに頷いたようだった。
「……エルシー……」
それが、祖母の最後の言葉だった。
祖母が死んだ。
わたしは、一人になった。
もう、働く必要も、殿下の愛人をする必要もない。
罰が、当たったのだ。
婚約者のいる人と寝て、お金のために身体を明け渡した。
――神罰は本当に下るのよ。
祖母の言葉は、祖母の死によって真実になった。わたしは祖母を助けたくて罪を犯した。神様の許さない関係を持った代償は、祖母の命だった。
わたしは、何て罪深い――。
『エルシー、ああ、この絵の本物は僕は見たことがあるよ。エル・グランの最後の審判だ』
『さいごの、しんぱん?』
『そう、人が死んで、神様から罪の重さを判定されるんだよ。罪があれば地獄へ。なければ、天国へ。天井いっぱい、この絵が描かれていて、すごかった。首が痛くなるよ――いつか、エルシーが王都に来たら、一緒に見に行こう。ワーズワース侯爵……知り合いのお邸だから。』
また、あの夢。
城の、かび臭い図書室。わたしを膝に乗せて画集を捲るのは――。
『リジー、その絵、怖い』
『大丈夫、ただの絵だよ』
ランプの淡い光に照らされた、リジーの金色の瞳が揺れる。
少し、癖があって、ごわごわした黒い髪。まだ十代の半ばの、少年だったリジー。
ほんの数か月、城に滞在して……おばあ様の、親戚だって言ってた。
おばあ様の遠縁の――ローズの、息子。でも、それはあまり言ってはいけないって。
窓の外に青白い稲妻が走る。
ゴロゴロゴロ……ピシャーン!
『リジー、怖い……』
『大丈夫だよ、エルシー』
リジーがわたしを抱きしめて、髪にキスをする。何度も、何度も。
『大丈夫だよ、エルシー……怖くないよ、僕のお姫様、ずっと、側にいるから――』
『え、その絵? 欲しいの? ……あげるけど』
『いいの? ほんと? 大事にする。……ずっと、暖炉の上に飾るの』
『うーん……あんまり上手い絵じゃあないけど……』
おばあ様の執事だったジョンソンに強請って立派な額に入れて、子供部屋の暖炉の上に飾った時、リジーは少し照れ臭そうにしていたっけ。
『本当にずっと飾るの? 飽きない?』
『飽きないよ、大好きだもの』
リジーも、リジーの描いた絵も――。
黄色く色づいた楓並木、遠ざかる馬車をわたしが追いかけて――。
『リジー!』
馬車の後ろの窓から、わたしに気づいたリジーが馬車を止めて降りてくる。駆け続けに駆けて、その腕に飛び込む。
『いや、行かないで! ずっと側にいるって言ったのに! 嘘つき!』
『エルシー……ごめん……』
しゃがみこんだ彼の首筋に縋りつき、泣きじゃくるわたしを、リジーがぎゅっと抱きしめる。リジーの金色の瞳も、涙で濡れていた。
『エルシー、リジーは学校に行かなければならないんだ。いつまでもお前と遊んではいられない。……人は皆、大人になるのだから』
続いて馬車から降りた父が、わたしを窘める。でも――。
『ごめん、エルシー、ごめん……』
リジーが、わたしの耳元に囁く。
『必ず、また会いに来る。きっと――』
黄色い楓並木に立ち尽くし、馬車が見えなくなるまで見送って――。
青い空と黄色い楓の並木は、そのせいで、わたしをいつも哀しい気持ちにさせる。
おばあ様が、リジーの話をするのを禁じて、破ったらひどくお怒りになった。
だから、わたしも、弟も、だんだんとリジーのことは忘れていった。
彼と過ごした日々のことも。
荒れ地に子馬で出かけた日のことも。
図書室で画集を見た夜も。
画廊でかけっこをして、叱られた雨の午後も。
薔薇園で、彼の絵のモデルになったことも。
あの薔薇園の絵が、彼の残した唯一の、思い出の品だということも。
何もかも。
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