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銀髪の転校生
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人はいつか壊れる。疲れのせいで壊れて、わけの分からないことを言ってくる。私のおばあちゃんだって例外じゃない。
ため息交じりに私は席についた。正面にいる彼女の方に顔を向ける。
机を挟み向かいに座るのはおばあちゃん。彼女自慢の茶色の髪が風でふわり。そのせいで隠している白髪も見えちゃう。
祖母はいつになく真剣な表情で私に話していた…………魔法使いのことについて。
「よしてよ。今日は別にエイプリルフールじゃないんだからさ。夏にじゃなくてせめて春にウソをついてよ」
これはそう…………ただの冗談。きっと忙しく動いていたからこうなったのね。疲れているんだわ。
おばあちゃんはずっと1人で私たちを育ててきた。私たちのために一生懸命働いていた。自分の趣味をしている時間すらなかったかもしれない。
だから、おばあちゃんには休んでほしい。自分のために時間を使ってほしい。
そのためにも私は早く大学に行って就職しないと。勉強をしなくちゃ。
自主学習をしようと決め、腰を上げたその時、大声でおばあちゃんは「アリッサ!!」と私の名前を呼んだ。彼女の眉間にはしわが寄っている。
まさか、おばあちゃん、認知症にでもなったのかしら…………。できればなってほしくなかったのに。
とりあえずおばあちゃんの言うことは聞いておいた方がいいわね。変な荒波立たせて説教が始まったら厄介だ。
「分かった、座るわ。でも、冗談だけはやめてよ」
って言ったのにおばあちゃんはまた魔法使いの話。
ハッ。これは病院を探さないと。近くにいい病院があるといいけど。
もう一度私が立ち上がろうとすると、おばあちゃんはテーブルに1枚の写真を出してきた。
そこには見覚えのある人が2人。一人は水色に茶色がかかった虹のような色の瞳で、茶色の髪の少女。もう1人はブロンドの髪で灰色の瞳の少年。少女の方は私にそっくりだ。少年の鼻も私に似ているかも。
腰を浮かせていた私は椅子に座り直す。
「これってパパとママ??」
幼い頃にパパとママは交通事故で亡くなったのは知っている。彼らと過ごした記憶はほぼない。でも、昔の写真を見ていたので、パパとママの容姿は覚えていた。
でも、この写真は初めて見る。
写真の中の2人は黒いローブを着て、古びた壁をバックに立っていた。
「そうさ。この写真はね、あなたの両親が魔法学校を卒業するときに撮った写真よ」
「え?? 魔法学校??」
「ええ。あなたの両親もね、魔法使いだったのよ。さっきから言ってるじゃない」
「いや、で、でも…………」
おばあちゃんの言っていたことは冗談かと思っていたけど、本当だったの??
両親が私と同じロス出身の人間だとは聞いていたけれど、まさか本当にパパとママが魔法使いだなんて。
それにパパとママだけじゃなく私まで魔法使い??
それならおばあちゃんも魔法使いでしょ??
と聞いたが、彼女は不思議なことに魔法使いじゃないらしい。
私はロスで生まれた。しかし、両親が交通事故で亡くなってからはずっとおばあちゃんと暮らしている。高層ビルが立ち並ぶ都市からずっと離れた田舎の家。そこが私たち2人が住んでいる場所だった。
私以外近くに親戚がいないおばあちゃん。しかし、彼女は秋からシカゴから少し離れた場所にある魔法学校に通えという。
私は地元の中学校に通うつもりだった。「魔法学校」なんてフィクションの世界だけにしてほしい。
それに魔法学校になんか行ったら、おばあちゃんが1人になっちゃうじゃない。
そう言おうとした時、
「私のことは心配しないで。おじいさんがいるから」
彼女はもうすでにこの世にはいない祖父の写真をちらりと見て、温かな笑みを向けてくる。
…………。
まぁ、私はこういう人生があってもいいか。
どうせおばあちゃんは無理やりにでも魔法学校に通わそうとするのだし。そう思って、祖母と離れて魔法学校に通うと答えた。
すると、おばあちゃんはにっこり笑顔。温かい笑み。
「アリッサ。あなたなら立派な魔法使いになれるわ」
おばあちゃんは魔法使いでもないのに、そう言い切る。なんだか、私のおばあちゃんっぽいわ。
フフっと思わず笑みがこぼれる。
アリッサ、アリッサ・ジョーンズ。それが私の名前だった。
★★★★★★★★
アメリカの田舎、カンザス州にある私の家から遠く離れた街、シカゴ。
人口300万人のその大都市には写真で見た通り、高層ビルが立ち並ぶ。道には多くの人が歩いていた。
都会ってこんな感じなのね。圧倒されるわ。
でも、そこは魔法学校がある場所ではなかった。
魔法学校があったのは街の外れ。
そこに行くために箒に乗って空を飛ぶ……………………なんてことはなく、普通に飛行機に乗ってバスで移動した。
到着した私はその魔法学校の門を目の前に足を止める。門の前には私と同じ新入生なのか、ソワソワしながら入っていく子がたくさんいた。
遠くには建物が見える。ママとパパが通っていた学校はいかにもフィクション。古い塔が立ち並び、石造りの館たちがあった。あれがきっと校舎なのだろう。
私が通うことになる学校の名前は「カラナード魔法学校」。
燃えるようなオレンジの葉を持つ木の並木道。足元には枯れ葉が広がっている。
魔法ってどんなものなんだろう??
最初は魔法なんて非現実的で、バカげていると思っていた。でも、自分が思っている以上に面白いことがあるかもしれない。
私はそんなワクワクな気持ちでオレンジ色の木のトンネルの下を歩いて行った。
★★★★★★★★
入学して半年。
私の考えは……………………甘かった。
入学当初にあった希望に満ちた感情は消え失せ、ひたすら嫌なことに耐える。そんな最悪な日々を送っていた。
こんなことなら地元の中学校に通うべきだったかも。
田舎出身であること、それと祖母が魔法使いでないことを理由に、私はいじめられてた。ほとんどの人は私を避けるぐらいなんだけど、1人だけは精神的攻撃に加えて、私の持ち物をぐしゃぐしゃにする物理的攻撃を与えてきた。
あの人、大っ嫌い。まぁ、あの人も私のことが嫌いなんだろうけど。
私の半年間ずっといじめてくるあの人とはミランダ・ウォーレン。彼女の家は生粋の魔法使いの家らしく、普通の人間の血が混じる私を嫌っていじめてくる。
『あんたなんかに魔法なんて使えっこないわよ』
ってね。彼女は金魚の糞みたいな取り巻きを連れて、私の所に来て貶しに来るの。
「こんなところまでわざわざご苦労様」とつい声を掛けたくなるが、言ったらまた面倒なことになるのでいつも黙っていた。
彼女のおかげで私は学校のはみ出し者扱い。先生でさえ、私を気味悪がる人がいた。
確かに魔法の才能はないのかもとは思うけど。
何をしても失敗。薬を作る時、授業の終わりには私の頭はほとんど焦げたアフロになる。たまに成功するのだけど、成功する時はいっつも優秀な子がパートナーになってた。だから、私にはきっと才能がない。
そして、そんな私はいつから「底辺魔法使い」と呼ばれるようになった。ずっと良い成績を残していないからそんなあだ名がつけられていると言う人もいれば、普通の人間の血があるからと言う人もいた。
気にしない。彼らの言うこと気にしたって仕方がない。
そんな苦痛の日々を送っていたある日。
私はいつも通り寮で食事を済ませ、教室に向かっていた。廊下を歩く度、変な視線を感じる。
…………気にしない。授業に集中しないと。
次の授業はマリー先生の星魔法概論Ⅰ。教室まで距離があるし、予習は一応したけど、知識をもう一回整理しておこうかな。
と脳内整理をしていると
「おはよう!! アリッサ!!」
くるりと振り返ると、焦げ茶色の髪の少年が走って来ていた。
「おはよう、ルーク」
息を切らしながらやってきたのは友人ルーク・スチュワート。彼とは小学校の頃に1回あったきりだったけれど、この学校で再会。彼もまた魔法使いらしく、私と同じ組だった。
彼はいつも1人でいる私に声を掛けてくれる唯一の人と言ってもいい。
「ねぇ、アリッサ。聞いた??」
「何を??」
ルークはまた寝坊したのか、リンゴを片手に持っていた。彼はその林檎に小さく一口かじる。
「今日、転校生がやってくるらしいよ」
「転校生??」
この学校に転校生が来ることあるのね。
魔法学校は普通の学校のようにたくさんあるわけではない。魔法学校がない国だってある。
アメリカにはニューヨークとロスにも魔法学校があるけど、このカラナード魔法学校に来ることはそうない。だから、転校生が来ることは非常にまれなこと。
「そうさ。どこの組かは知らないけど、男の転校生だって」
「へぇ。どうせ私には関係ないわ」
「そう?? 僕らの組にやってきたりして」
ルークは肩をすくめ、林檎をもう一口かじる。
「やってきても関わりはしないわよ。どうせ女王様がいるんだから。彼女は別の組であってもお気に入りであれば支配下に置くわ」
「そっか、そうだった。そういう人だった。忘れてたよ」
「ウソつき。忘れることは絶対にないじゃない。いっつもあんなに警戒してるのに」
「彼女のこと考えたくないから、彼女に関することを忘れちゃう癖があるんだよ。僕には」
教室に入るなり、前の方の席にブロンドの髪が見えた。綺麗な金の髪。さぞかし丁寧に手入れしているんでしょうね。
彼女は取り巻きたちと話しており、背中を見せている。気づかれないようにそっと教室に入った。ルークも私にならって話しかけることはなく黙ったまま。
女王様と朝から関わるのはごめんよ。
空いていた一番後ろの席についても、私たちは黙っていた。
女王様は地獄耳だから、静かにしていなきゃ。
授業さえ始まれば、こっちのもの。
私が願ったのもつかの間、彼女は何で探知したのか、さっとこちらに振り向いてきた。青眼をぎろりと睨みを利かす。
なんでそんなにタイミングがいいの?? あと少しで授業が始まるところだったのに。
彼女は餌を見つけ、嫌な笑みを浮かべこちらにやってくる。取り巻き女子とともに。
「ねぇ、底辺魔法使い?? 聞いた?? 今日転校生が来るんですって」
「へぇ」
「転校生があなたを見たら、こう思うでしょうね。『なんで人間なんているんだ。ここ魔法学校なのに』って」
「そうかもね」
こんなを半年間され続けた。でも、悟りを開いてしまえばなんともない。少しストレスは溜まるけど。
「あんたなんてさっさと学校やめちゃえばいいのに」
「…………」
ミランダはルークの方にクイッと顔の向きを変える。
「ルークもこんなのとつるまないで。コイツが調子に乗るだけだから」
と言うだけ言い満足したミランダはブロンドの髪をなびかせ、自分の席に戻る。
ホントわざわざこっちまでやって来るってどんだけ私のこと好きなのよ、ったく。
忌々しいブロンドの髪を睨んでやってると、ルークは覗き込んできた。彼の顔はどこか悲しそうに見える。
「アリッサ。大丈夫??」
「いつものことじゃない。平気よ」
静かに耐えればいいだけ。ミランダに何を言われようと、私はここを卒業するのだから。
そうして、ミランダの攻撃に耐え、授業を終えた放課後。
誰もいないはずの教室に行くと男の子が1人いた。
見ない顔。彼が転校生だろうか??
オレンジの西日が彼の銀の髪を照らす。彼は静かに本を読んでいた。
近くまで寄って、声を掛ける。
「あなたは……………………誰??」
「僕??」
彼は後ろに誰かいたと思ったのか、自分に指をさす。
「今、教室にはあなたしかいないわ」
私がそう言うと、彼はあたりをくるりと見渡した。誰もいないことが分かった彼はフフっと笑って、「そっか、そうだね」と返す。
「僕はトレント・スターリング。トレントって呼んで」
トレント。休み時間にしょっちゅう聞こえてきた名前だ。彼がきっと転校生なのだろう。
「それで…………君の名前は??」
「私はアリッサよ。アリッサ・ジョーンズ」
「アリッサ……いい名前だね。よろしく、アリッサ」
彼は気兼ねなく握手を求めてきた。
私に握手してくれるんだ。きっと私の噂を聞いていないのね。
彼の要望に応えるように手を握る。
「…………よろしく」
彼の手は私の手をぎゅっと握る。その手はどこか温かい。
トレントは笑顔で私を真っすぐ見て話していた。
「僕さ、転校してきたばっかりでさ」
「知ってるわ」
みんな、今日の話題にしていたもの。嫌でも勝手に耳に入ってきていた。
「だから…………」
「トレント!!」
トレントが何か言いかけた瞬間、廊下の方から彼の名前を呼ぶ声が響く。聞こえたのは私が嫌いな彼女の声。
「ごめん、アリッサ。ミランダが呼んでる。彼女、僕の幼なじみなんだ」
「気にしないで」
どうせ私と話すことはもうないだろうし。
私がそう思ってると、彼は笑顔でこう言った。
「本当にごめん。また今度話そう!!」
「……………………うん」
彼は「バーイ」と言って手を振り、教室を急いで出ていく。
何だろう……………………彼から不思議なオーラを感じたのだけれど。
トレントが出ていっても、私は教室の出口にじっと目を向けていた。
ため息交じりに私は席についた。正面にいる彼女の方に顔を向ける。
机を挟み向かいに座るのはおばあちゃん。彼女自慢の茶色の髪が風でふわり。そのせいで隠している白髪も見えちゃう。
祖母はいつになく真剣な表情で私に話していた…………魔法使いのことについて。
「よしてよ。今日は別にエイプリルフールじゃないんだからさ。夏にじゃなくてせめて春にウソをついてよ」
これはそう…………ただの冗談。きっと忙しく動いていたからこうなったのね。疲れているんだわ。
おばあちゃんはずっと1人で私たちを育ててきた。私たちのために一生懸命働いていた。自分の趣味をしている時間すらなかったかもしれない。
だから、おばあちゃんには休んでほしい。自分のために時間を使ってほしい。
そのためにも私は早く大学に行って就職しないと。勉強をしなくちゃ。
自主学習をしようと決め、腰を上げたその時、大声でおばあちゃんは「アリッサ!!」と私の名前を呼んだ。彼女の眉間にはしわが寄っている。
まさか、おばあちゃん、認知症にでもなったのかしら…………。できればなってほしくなかったのに。
とりあえずおばあちゃんの言うことは聞いておいた方がいいわね。変な荒波立たせて説教が始まったら厄介だ。
「分かった、座るわ。でも、冗談だけはやめてよ」
って言ったのにおばあちゃんはまた魔法使いの話。
ハッ。これは病院を探さないと。近くにいい病院があるといいけど。
もう一度私が立ち上がろうとすると、おばあちゃんはテーブルに1枚の写真を出してきた。
そこには見覚えのある人が2人。一人は水色に茶色がかかった虹のような色の瞳で、茶色の髪の少女。もう1人はブロンドの髪で灰色の瞳の少年。少女の方は私にそっくりだ。少年の鼻も私に似ているかも。
腰を浮かせていた私は椅子に座り直す。
「これってパパとママ??」
幼い頃にパパとママは交通事故で亡くなったのは知っている。彼らと過ごした記憶はほぼない。でも、昔の写真を見ていたので、パパとママの容姿は覚えていた。
でも、この写真は初めて見る。
写真の中の2人は黒いローブを着て、古びた壁をバックに立っていた。
「そうさ。この写真はね、あなたの両親が魔法学校を卒業するときに撮った写真よ」
「え?? 魔法学校??」
「ええ。あなたの両親もね、魔法使いだったのよ。さっきから言ってるじゃない」
「いや、で、でも…………」
おばあちゃんの言っていたことは冗談かと思っていたけど、本当だったの??
両親が私と同じロス出身の人間だとは聞いていたけれど、まさか本当にパパとママが魔法使いだなんて。
それにパパとママだけじゃなく私まで魔法使い??
それならおばあちゃんも魔法使いでしょ??
と聞いたが、彼女は不思議なことに魔法使いじゃないらしい。
私はロスで生まれた。しかし、両親が交通事故で亡くなってからはずっとおばあちゃんと暮らしている。高層ビルが立ち並ぶ都市からずっと離れた田舎の家。そこが私たち2人が住んでいる場所だった。
私以外近くに親戚がいないおばあちゃん。しかし、彼女は秋からシカゴから少し離れた場所にある魔法学校に通えという。
私は地元の中学校に通うつもりだった。「魔法学校」なんてフィクションの世界だけにしてほしい。
それに魔法学校になんか行ったら、おばあちゃんが1人になっちゃうじゃない。
そう言おうとした時、
「私のことは心配しないで。おじいさんがいるから」
彼女はもうすでにこの世にはいない祖父の写真をちらりと見て、温かな笑みを向けてくる。
…………。
まぁ、私はこういう人生があってもいいか。
どうせおばあちゃんは無理やりにでも魔法学校に通わそうとするのだし。そう思って、祖母と離れて魔法学校に通うと答えた。
すると、おばあちゃんはにっこり笑顔。温かい笑み。
「アリッサ。あなたなら立派な魔法使いになれるわ」
おばあちゃんは魔法使いでもないのに、そう言い切る。なんだか、私のおばあちゃんっぽいわ。
フフっと思わず笑みがこぼれる。
アリッサ、アリッサ・ジョーンズ。それが私の名前だった。
★★★★★★★★
アメリカの田舎、カンザス州にある私の家から遠く離れた街、シカゴ。
人口300万人のその大都市には写真で見た通り、高層ビルが立ち並ぶ。道には多くの人が歩いていた。
都会ってこんな感じなのね。圧倒されるわ。
でも、そこは魔法学校がある場所ではなかった。
魔法学校があったのは街の外れ。
そこに行くために箒に乗って空を飛ぶ……………………なんてことはなく、普通に飛行機に乗ってバスで移動した。
到着した私はその魔法学校の門を目の前に足を止める。門の前には私と同じ新入生なのか、ソワソワしながら入っていく子がたくさんいた。
遠くには建物が見える。ママとパパが通っていた学校はいかにもフィクション。古い塔が立ち並び、石造りの館たちがあった。あれがきっと校舎なのだろう。
私が通うことになる学校の名前は「カラナード魔法学校」。
燃えるようなオレンジの葉を持つ木の並木道。足元には枯れ葉が広がっている。
魔法ってどんなものなんだろう??
最初は魔法なんて非現実的で、バカげていると思っていた。でも、自分が思っている以上に面白いことがあるかもしれない。
私はそんなワクワクな気持ちでオレンジ色の木のトンネルの下を歩いて行った。
★★★★★★★★
入学して半年。
私の考えは……………………甘かった。
入学当初にあった希望に満ちた感情は消え失せ、ひたすら嫌なことに耐える。そんな最悪な日々を送っていた。
こんなことなら地元の中学校に通うべきだったかも。
田舎出身であること、それと祖母が魔法使いでないことを理由に、私はいじめられてた。ほとんどの人は私を避けるぐらいなんだけど、1人だけは精神的攻撃に加えて、私の持ち物をぐしゃぐしゃにする物理的攻撃を与えてきた。
あの人、大っ嫌い。まぁ、あの人も私のことが嫌いなんだろうけど。
私の半年間ずっといじめてくるあの人とはミランダ・ウォーレン。彼女の家は生粋の魔法使いの家らしく、普通の人間の血が混じる私を嫌っていじめてくる。
『あんたなんかに魔法なんて使えっこないわよ』
ってね。彼女は金魚の糞みたいな取り巻きを連れて、私の所に来て貶しに来るの。
「こんなところまでわざわざご苦労様」とつい声を掛けたくなるが、言ったらまた面倒なことになるのでいつも黙っていた。
彼女のおかげで私は学校のはみ出し者扱い。先生でさえ、私を気味悪がる人がいた。
確かに魔法の才能はないのかもとは思うけど。
何をしても失敗。薬を作る時、授業の終わりには私の頭はほとんど焦げたアフロになる。たまに成功するのだけど、成功する時はいっつも優秀な子がパートナーになってた。だから、私にはきっと才能がない。
そして、そんな私はいつから「底辺魔法使い」と呼ばれるようになった。ずっと良い成績を残していないからそんなあだ名がつけられていると言う人もいれば、普通の人間の血があるからと言う人もいた。
気にしない。彼らの言うこと気にしたって仕方がない。
そんな苦痛の日々を送っていたある日。
私はいつも通り寮で食事を済ませ、教室に向かっていた。廊下を歩く度、変な視線を感じる。
…………気にしない。授業に集中しないと。
次の授業はマリー先生の星魔法概論Ⅰ。教室まで距離があるし、予習は一応したけど、知識をもう一回整理しておこうかな。
と脳内整理をしていると
「おはよう!! アリッサ!!」
くるりと振り返ると、焦げ茶色の髪の少年が走って来ていた。
「おはよう、ルーク」
息を切らしながらやってきたのは友人ルーク・スチュワート。彼とは小学校の頃に1回あったきりだったけれど、この学校で再会。彼もまた魔法使いらしく、私と同じ組だった。
彼はいつも1人でいる私に声を掛けてくれる唯一の人と言ってもいい。
「ねぇ、アリッサ。聞いた??」
「何を??」
ルークはまた寝坊したのか、リンゴを片手に持っていた。彼はその林檎に小さく一口かじる。
「今日、転校生がやってくるらしいよ」
「転校生??」
この学校に転校生が来ることあるのね。
魔法学校は普通の学校のようにたくさんあるわけではない。魔法学校がない国だってある。
アメリカにはニューヨークとロスにも魔法学校があるけど、このカラナード魔法学校に来ることはそうない。だから、転校生が来ることは非常にまれなこと。
「そうさ。どこの組かは知らないけど、男の転校生だって」
「へぇ。どうせ私には関係ないわ」
「そう?? 僕らの組にやってきたりして」
ルークは肩をすくめ、林檎をもう一口かじる。
「やってきても関わりはしないわよ。どうせ女王様がいるんだから。彼女は別の組であってもお気に入りであれば支配下に置くわ」
「そっか、そうだった。そういう人だった。忘れてたよ」
「ウソつき。忘れることは絶対にないじゃない。いっつもあんなに警戒してるのに」
「彼女のこと考えたくないから、彼女に関することを忘れちゃう癖があるんだよ。僕には」
教室に入るなり、前の方の席にブロンドの髪が見えた。綺麗な金の髪。さぞかし丁寧に手入れしているんでしょうね。
彼女は取り巻きたちと話しており、背中を見せている。気づかれないようにそっと教室に入った。ルークも私にならって話しかけることはなく黙ったまま。
女王様と朝から関わるのはごめんよ。
空いていた一番後ろの席についても、私たちは黙っていた。
女王様は地獄耳だから、静かにしていなきゃ。
授業さえ始まれば、こっちのもの。
私が願ったのもつかの間、彼女は何で探知したのか、さっとこちらに振り向いてきた。青眼をぎろりと睨みを利かす。
なんでそんなにタイミングがいいの?? あと少しで授業が始まるところだったのに。
彼女は餌を見つけ、嫌な笑みを浮かべこちらにやってくる。取り巻き女子とともに。
「ねぇ、底辺魔法使い?? 聞いた?? 今日転校生が来るんですって」
「へぇ」
「転校生があなたを見たら、こう思うでしょうね。『なんで人間なんているんだ。ここ魔法学校なのに』って」
「そうかもね」
こんなを半年間され続けた。でも、悟りを開いてしまえばなんともない。少しストレスは溜まるけど。
「あんたなんてさっさと学校やめちゃえばいいのに」
「…………」
ミランダはルークの方にクイッと顔の向きを変える。
「ルークもこんなのとつるまないで。コイツが調子に乗るだけだから」
と言うだけ言い満足したミランダはブロンドの髪をなびかせ、自分の席に戻る。
ホントわざわざこっちまでやって来るってどんだけ私のこと好きなのよ、ったく。
忌々しいブロンドの髪を睨んでやってると、ルークは覗き込んできた。彼の顔はどこか悲しそうに見える。
「アリッサ。大丈夫??」
「いつものことじゃない。平気よ」
静かに耐えればいいだけ。ミランダに何を言われようと、私はここを卒業するのだから。
そうして、ミランダの攻撃に耐え、授業を終えた放課後。
誰もいないはずの教室に行くと男の子が1人いた。
見ない顔。彼が転校生だろうか??
オレンジの西日が彼の銀の髪を照らす。彼は静かに本を読んでいた。
近くまで寄って、声を掛ける。
「あなたは……………………誰??」
「僕??」
彼は後ろに誰かいたと思ったのか、自分に指をさす。
「今、教室にはあなたしかいないわ」
私がそう言うと、彼はあたりをくるりと見渡した。誰もいないことが分かった彼はフフっと笑って、「そっか、そうだね」と返す。
「僕はトレント・スターリング。トレントって呼んで」
トレント。休み時間にしょっちゅう聞こえてきた名前だ。彼がきっと転校生なのだろう。
「それで…………君の名前は??」
「私はアリッサよ。アリッサ・ジョーンズ」
「アリッサ……いい名前だね。よろしく、アリッサ」
彼は気兼ねなく握手を求めてきた。
私に握手してくれるんだ。きっと私の噂を聞いていないのね。
彼の要望に応えるように手を握る。
「…………よろしく」
彼の手は私の手をぎゅっと握る。その手はどこか温かい。
トレントは笑顔で私を真っすぐ見て話していた。
「僕さ、転校してきたばっかりでさ」
「知ってるわ」
みんな、今日の話題にしていたもの。嫌でも勝手に耳に入ってきていた。
「だから…………」
「トレント!!」
トレントが何か言いかけた瞬間、廊下の方から彼の名前を呼ぶ声が響く。聞こえたのは私が嫌いな彼女の声。
「ごめん、アリッサ。ミランダが呼んでる。彼女、僕の幼なじみなんだ」
「気にしないで」
どうせ私と話すことはもうないだろうし。
私がそう思ってると、彼は笑顔でこう言った。
「本当にごめん。また今度話そう!!」
「……………………うん」
彼は「バーイ」と言って手を振り、教室を急いで出ていく。
何だろう……………………彼から不思議なオーラを感じたのだけれど。
トレントが出ていっても、私は教室の出口にじっと目を向けていた。
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