スベル・スリップ・ライフ ~俺の魔法は“滑る”だけ~

せんぽー

文字の大きさ
上 下
2 / 9

第2話 愚者の魔法 前編

しおりを挟む
 「お前はできそこないだ」
 「天才の姉に、愚者の弟とは……本当に血が繋がっているのか?」
 「界は鳴海家の恥だ」

 生まれた頃からずっと言われたその言葉。
 俺がただ魔法を使えないだけで、言われた罵倒の言葉。

 あいつらにとっては、きっと初級魔法すら使えないという認識なんだろう。

 だが、魔法がなんだ?
 魔法が無くとも生きている人間はわんさかいるではないか?

 なのに、そこにこだわるなど、バカの極み。
 視野の狭い人間だ、と思わずにはいられない。

 でも、思ったところで、それを家の人間に言ったところで意味はない。
 俺が生まれた場所は、魔導士しか人間として認めないそういう家だから。
 
 俺、鳴海界は、日本の魔法界の名家である鳴海家に生まれた。
 女子ばかりが生まれる中、俺はようやく誕生した男児。

 だけど、生まれた時から、ほぼ全て親族から忌み嫌われていた。

 全身にある魔力の流れ“魔流”は、魔流魔導士であれば他人の流れも認識できる。
 体のどこかに触れていなくても、分かるものらしく、祖父や父は出生直後に確認され、大きな魔力の流れを感知されたようだ。
 
 だが、俺にはそれがなかった。
 触れていなくても魔流が分からない。体に触れても何も感じない。

 ――――つまり、俺は魔導士としての能力がない。

 そう判断された瞬間から、俺は出来損ない扱い。 
 鳴海家の当主である祖父からは会うたびに愚痴をこぼされ、父は話はおろか会うこともない、母は話しかけても無反応。
 
 虐待も同然の状況で俺は育った。

 いやぁ、我ながらそんな環境でよく育ったと思う。
 頑張った! 俺、マジで偉い!

 ………………。
 まぁ、こんなふうに己を鼓舞しないと、自己肯定感をあげていかないとやってられなかったんだけどな。

 氷漬けのように冷たい家の中で、俺に関わってくれた人間は2人ほど。
 1人は姉。1人は乳母。

 この2人がいなかったら、俺は本当に死んでいたかもしれない。
 乳母はただただ優しかった。
 俺のわがままも聞いてくれて、家族があまりにも冷たく泣いていた時には、優しくなだめてくれた。

 そして、姉。
 黒髪の俺とは真逆の白銀の髪を持つ、2歳年上の姉愛衣あいは、天才児だった。
 3歳の頃には、魔法大学の卒業時に習得するはずの“碧の魔術”を全て使え、6歳になることにはほとんどの魔法を使えた。

 そのため、彼女は家の人間には優しくされ、祖父には甘やかされていた。
 だが、彼女は他の家族のように見下し、落ちこぼれ扱いはしなかった。
 むしろ。

 「あんたはきっと凄い人間になれる!」
 「姉さんの目に間違いはない! 100%、あんたはめちゃくちゃヤバい人間になれる!」

 としきりに言われた。
 「何を根拠に言ってるの?」と聞くと、「さぁ、直感かしら?」と答えられ、思わず俺は溜息。

 さすが天才児。彼女がくれるのは直感的な応援だった。

 そんな野性的天才児な姉だが、俺が忌み嫌れていたのにも関わらず、所かまわず声をかけ、関わってくれた。
 正直嬉しかった。

 姉さんと話す時は、時間も、家のことも、嫌なこと全部忘れられた。

 直感的に判断することが多い姉。
 しかし、彼女が魔法理論や術式の組み方についてレクチャーする時には、別人のように丁寧に解説してくれ、「百聞は一見にしかず! 生で見てみるべし!」と言って、魔法を実演してくれた。

 最高の先生が、俺にはついていた。

 たとえ、魔法が使えないとしても、魔法に憧れていた俺にとっては、姉さんの授業は楽しい。もっと知りたいと思うほどに、面白い。

 「普通は12歳ぐらいだけれど、界は特別だから! きっといつか魔法が使えるようになるわ! 多分、15歳ぐらいに!」

 と適当なことを言ってくることもあったが、姉さんの過ごす時間は本当に煌めていた。

 そんなギスギスなような、温かいような家庭環境で過ごし、俺が15歳、姉さんが17歳になった頃。

 その日も姉さんは訓練場となっている裏山で魔法の自主練習していた。
 山の姿はなく、綺麗な更地となってしまっているその場所。

 でも、そこは確かに“裏山”だった。 
 以前は森があった。木がちゃんと生えていた。
 しかし、姉さんの訓練場となってからは、木々は姉さんが放った巨大な炎の弾によって燃え、山は爆風ともいえる風魔法によって切り崩され、昔から平野だったように真っ平となってしまっていた。

 家の人間の中には、そんな姉さんを怖いと恐れる人もいた。
 確かにやっていることは怪物じみているとは、俺も思う。
 だけど、怖いと感じない。
 あまりにも憧れと尊敬の気持ちが大きすぎて、恐怖心が小さい。
 
 そして、今日も何もない更地でひたすらに魔法をぶっ放す姉さんを、俺は手作りの教本を手に、姉さんが生やしてくれた木の下で座って見ていた。

 姉さんはどんなふうに術式を編み、魔法を展開するのか、じっと観察。
 魔流は分からないけれど、肉眼で把握できる情報で考え、教本と照らし合わせる。

 そうやって、ただ見ているだけで楽しかった。
 あんなふうに、魔法を使っていくんだと思うと、面白かった。

 「界も試しにぶっ放さない?」

 と、魔法を使って気分が上がった姉さんに「試しにやってみよ」と言われ、彼女に言われるままに魔法を使う練習をしてみた。

 でも、魔流も分からない人間に、魔法を放てと言われても、ピンとこない。

 使えない俺が、魔法の練習ほど無駄なことはない。
 それを知っている姉が「姉ちゃんにかけてみなさーい」と冗談っぽく言って見せる。
 そして、俺も遊び100%で魔法を使うふりをした時だった。

 「ん?」

 感じたことのない全身に熱い電流が走る。
 津波のように波及するその巨大な流れが俺の右手へと集まり、星彩のような光が指先に生成。
 その光は瞬きの間に飛び、そして、姉の足に当たった。

 「…………」
 
 その瞬間、姉は何か感じたかのように止まった。
 というか、小鹿みたいに足がプルプルしていた。

 「界……」

 と俺の名前を呼んで踏み出した瞬間、彼女の足がツルツルと、滑る滑る滑る。
 
 「わ、わ、わ」

 前へ後ろへ重心を動かし、何とかバランスを取るが、今にも転びそうな姉さん。
 危ないと思い、俺は駆けよって手を差し伸べる。
 姉さんがその手を掴み、ようやく立てたところで、俺は姉さんの碧眼と目があう。

 彼女の足元に氷はない。春になって温かいし、今の時間は昼。
 土の地面に滑る物なんて、あるはずがなかった。
 
 「ねぇ、界」
 「なに、姉さん」

 姉の揺れる碧眼。
 そこに見えたのは、俺と同じ動揺と期待。

 「――――これ、魔法じゃない?」



 ――――

 お読みいただきありがとうございます! 
 明日も更新します! よろしくお願いします! <(_ _)>
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

何故、わたくしだけが貴方の事を特別視していると思われるのですか?

ラララキヲ
ファンタジー
王家主催の夜会で婚約者以外の令嬢をエスコートした侯爵令息は、突然自分の婚約者である伯爵令嬢に婚約破棄を宣言した。 それを受けて婚約者の伯爵令嬢は自分の婚約者に聞き返す。 「返事……ですか?わたくしは何を言えばいいのでしょうか?」 侯爵令息の胸に抱かれる子爵令嬢も一緒になって婚約破棄を告げられた令嬢を責め立てる。しかし伯爵令嬢は首を傾げて問返す。 「何故わたくしが嫉妬すると思われるのですか?」 ※この世界の貴族は『完全なピラミッド型』だと思って下さい…… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

処理中です...