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第3章 学園編
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「すみません。なんのことだか、私にはちょっと……」
考えられないことではなかった。
可能性としてはありえた。
だけど、僕はどこでそんなことは起きないと思っていた。
もう1人にはならないと。
ルーシーとともに運命と戦っていけると。
でも、ルーシーは忘れた。
これまで戦ってきたことすべてを。
確かに彼女になんの罪もない。
エラーがあって、今回のようなことになったのかもしれない。
それでも僕はショックだった。
「今日は帰ってもらえるかな……僕、気分が悪いんだ」
その日はもうルーシーに帰ってもらった。
☀☽☀☽☀☽☀☽
ルーシーと距離を置きたかった。
少しルーシーのことを考えるのが嫌になっていた。
地獄を見て、絶望を見て。
僕はもう休みたかった。
「ライアン様、ごきげんよう!」
だけど、彼女はずっと僕を付きまとってきた。
どこに行っても、ルーシー。
どこに逃げても、ルーシー。
うんざりだった。
声を聴きたくなかった。
消えてほしかった。
僕はルーシーに対して、冷たい態度を取った。
睨んだ。
無視した。
しゃべらなかった。
それでも、ルーシーはにこにこ笑顔で僕についてきた。
――――だけど、ある日のこと。
「アハハ! アハハ!」
ルーシーは急に発狂した。
奇妙に笑い始めて、その後彼女は失神。
今までのループにはなかったことなので、多少は驚いた。
だけど、関係ない。
もうルーシーがどうなろうと……。
☀☽☀☽☀☽☀☽
ルーシーが失神した翌日。
建前上の婚約者であったが、僕は彼女の見舞いに行った。
「私との婚約を破棄していただけませんか」
何を思ってか、彼女は婚約を破棄したいと言ってきた。
彼女がそんなことを提案するようには、誘導していない。
少なくとも、この前までの彼女は僕のことが好きだったはず。
「へぇ……」
「失礼も承知なのですが……」
荒ぶる感情を抑えようと、僕は立ち上がり、窓の方へ向かう。
「……君から婚約がしたいと言ってきた。僕はただそれを受けただけ。なのに、今は破棄をしてほしい? 婚約して1年も経っていないというのに? 他に思いの人でもできた?」
しかし、ルーシーの急な心変わりに、僕は感情的に話してしまう。
失神して、気持ちでも変わったのだろうか?
なんて考えていたが、ルーシーは横に首を振った。
「いいえ。そのような方はいません」
「そうかい。まぁ、別に君に思いの人ができたから、いけないってわけではないよ」
距離を置きたいと考えていた僕は一瞬ルーシーの願いを了承しようとした。
だが。
今婚約破棄をすれば、ルーシーは死んでしまうかもしれない。
いや、彼女が死のうとどうでもいいだけど……。
でも……。
「正直、僕は君に対して一切好意を抱いていない」
「なら」
「だが、僕は君との婚約を破棄しない。絶対にしない」
僕がそう断言すると、顔をしかめるルーシー。
「しかし、殿下は私のことは好きではないと……」
「そうさ。僕は君のことなんて好きじゃない」
……ああ、そうだ。好きじゃない。
「全然好きじゃない」
……もう好きじゃないんだ、僕は。
僕はルーシーの前に立ち、ぐっと顔を近づける。
彼女の瞳は変わらず宝石のように綺麗。
でも、その瞳の奥は揺らいでいた。
「でも、僕に近寄ってくる令嬢がうんざりでね。君は僕の令嬢除けになってもらう。ラザフォード家は王族とのラインができるわけだし、僕らにとってはいいことばかりだろう?」
適当なことを言いながら、僕はルーシーの小さな両手を取る。
そして、左手の薬指に付けられた指輪に触れた。
「だから、この指輪を大切にしてね」
ルーシーと距離を置きたい。
それは本心だ。
だからといって、ルーシーは死んでほしくない。
彼女が死ぬところなんて一番見たくない。
…………もう僕の心はぐちゃぐちゃだな。
ルーシーには消えてほしいけど、死んでほしくない。
その願いは矛盾していた。
距離は置く。
だけど、死なせない。
ルーシーが僕の前からいなくなってくれる、国外追放を宣言するその時までは。
☀☽☀☽☀☽☀☽
エドガーと勝負した時のことだった。
「お前の婚約者を俺にくれ」
勝負に勝った彼は、僕にそんなことを頼んできた。
冗談で言っているのではなさそうだった。
今まで、彼がこんなことを言ってくることはなかったのに。
でも、エドガーに譲ったら、ルーシーは……。
「それはできないよ……エドガー」
僕は断った。
「僕がルーシーの婚約者であることは絶対に変わらないんだ」
気づけば、そんなことを言っていた。
☀☽☀☽☀☽☀☽
僕らが開いたお茶会。
そこでは、ルーシーがカイルと義弟のキーランとともにベランダへと向かっているのを見た。
ずっと遠目から見ていたのだが、彼女は楽しそうだった。
笑顔を見せていた。
僕と挨拶周りをしている時には、あんなに怯えていたのに。
噂を聞くに、最近の彼女はカイルと仲良くしているようだった。
また、義弟であるキーランとも仲がよく、以前のループとは違う状況。
前のループでは、ルーシーとキーランの関係はとてもいいとは言えなかったのに。
…………まぁ、彼女の人間関係なんて、どうだっていいんだけね。
どうせ僕が関わったら、彼女は死ぬのだから。
だから、関係ない。
でも、僕はずっと彼女を目で追っていた。
☀☽☀☽☀☽☀☽
僕らのお茶会以降、エドガーの様子が気になった。
彼は以前の人生とは異なって、どこか静か。
勉強も剣術の訓練も熱心。
でも、僕が気になったのはそこじゃない。
ラザフォード家に頻繁に行くようになったことだ。
ラザフォード家から帰ってきたエドガーはどこか嬉しそうで。
酷い時には、スキップしながら部屋に入っていく時もあった。
きっとエドガーはルーシーのことが好きなのだろう。
だからと言って、僕には関係のないこと。
そうだ……関係ない。
☀☽☀☽☀☽☀☽
今日はルーシーのお茶会。
僕にも招待状は届き、エドガーとともに行った。
でも、後悔した。
ルーシーがエドガーたちと楽し気に話していたところを見てしまった。
見た瞬間、僕はあの中に入って、彼女と話したいと思った。
だけど、僕があそこに行ったら、きっとルーシーは……。
嫌なことを考えてしまい、気分を変えようと僕は近づいてくるどこかの令嬢と話をし始めた。
だけど、ついルーシーを見てしまう。
気にしたくないのに、気になって、気になって、気になって。
来なかったらよかったとさえ思えてきた。
なぜ彼女はあんなに笑っているのだろう?
なぜ彼女の隣に僕はいれないのだろう?
他の人と話すのは楽しいはずなのに、なぜ僕は幸せと感じられないのだろう?
ああ…………。
ルーシーがいなくなれば、僕は幸せになれるのだろうか?
気づけばルーシーのところへと歩いていた。
☀☽☀☽☀☽☀☽
ルーシーを呼び出した僕は中庭へと移動していた。
僕は迷うことなく、歩いていく。
ああ……これまでに、この家に何度歩いたことか。
何度もループを繰り返した僕の頭には、ラザフォード邸の見取り図が入っていた。
中庭につくと、ベンチに座った。ルーシーは僕の隣に座った。
「君は一体何がしたいの?」
「え?」
僕の問いに、ルーシーは困惑顔を浮かべる。
だけど、一時して答えてくれた。
「……特にしたいことなどありません」
特にしたいことはない、ね。
呆れて、僕はアハハと笑い声をもらす。
「ねぇ、そんなのはウソなんだろ。本当はこんな世界なんて嫌なんだろ? こんな世界、ぶっ壊したいんだろう?」
何度も死んで、何度も生き返って、何度も同じ人生を送って。
でも、望もうとする場所に手は届かなくって。
前のループの記憶を失っているけれど、君も本当はこんな世界、消したいのだろう?
あの笑顔は嘘なんだろう?
「殿下、一体何の話を―――」
「ねぇ、死んでルーシー」
気づけば、僕は手に炎を宿していた。
「え?」
「僕の世界から消えてよ、ルーシー」
僕が1人になったら、君のことを思う必要なんてない――。
「じゃあね、ルーシー」
ルーシーに炎を浴びせようとした瞬間。
「ライアン殿下、お話中失礼いたします」
邪魔が入った。
少し離れたところにいたのは1人の女性。
「君は……ルーシーの……」
こちらが気づくと、彼女は深くお辞儀をしてきた。
止まっていたルーシーは立ち上がっていた。
「イ、イザベラ、どうしたの?」
「お2人のお邪魔をするつもりはなかったのですが、庭の方でちょっと問題が……」
「問題? 何があったの?」
「それがカイル様、キーラン様……」
「まさかその2人がケンカを?」
「えーと、確かにカイル様とキーラン様も勝負なされているのですが……」
「止めなきゃ」
は?
待って。
カイルとキーランがケンカ?
あの2人ってケンカするの?
今までの人生で見たことがないんだが。
意味の分からない2人の会話についていけず、僕は1人黙る。
一方、ルーシーは急ぎながらも僕に一礼して、会場の方へ走っていった。
しかし、メイドはそのまま動かない。
彼女は主人の代わりに謝罪をしてきた。
「殿下、大変申し訳ございません」
「…………」
ああ、台無しだ。
ここでルーシーを殺して……1人で生きるつもりだったのに、
全部、ぱーになった。
最悪だ。
前にある花々を見る。
花を燃やしたら、苛立ちはおさまってくれるだろうか?
隣をちらりと見る。
イザベラはどこにも行く様子がなく突っ立ったまま、こちらを見ていた。
「お前、イザベラといったか?」
「はい」
「……お前、さっきのを見ていたか?」
「はて、一体なんのことでしょう?」
イザベラはニコリと笑みを見せる。
その笑顔はどこか作り物のように感じた。
…………嘘だな。絶対に見て止めにきただろう、この人。
そう疑って見つめ続けていると、彼女ははぁとため息をついた。
そして、どかっと僕の隣に座り、イザベラはぱちんと指を鳴らす。
「……お前」
「まーさか、あなたがルーシーを殺そうとするなんてね」
隣のイザベラは先ほどの侍女姿とは違い、古人が着てそうな白い衣装に変わっていた。
まるで、あの女神みたいな…………。
「久しぶりね、ライアン」
「…………」
「前回会った時は見苦しい姿を見せてごめんなさい。あれでも私は必死だったのよ」
「……女神ティファニー様が僕に何の用だ」
「用ってほどの用があるわけじゃないわ。私はあなたがルーシーを殺そうとしていたから、止めに来ただけよ」
「なぜ止めた」
止めたら、僕はルーシーを消せれたのに。
僕もルーシーも幸せになれたのに。
「なぜってね。あのまま殺されたら私の努力台無しでしょう?」
「努力?」
「そうよ。やっと好き勝手に暴れまわるバカアースをアストレアに生まれるようにしたのよ……まぁ、あの子、王子には生まれてしまったようだけども」
「そんなことをしたって無駄だろう。ステラとかを使って、どうせ神エフェメリスが邪魔してくる」
そう言うと、ティファニーは「はぁ?」と首を傾げた。
「エフェメリス? 聞いたことがない名前ね。誰かしら?」
「え? 知らないのか?」
てっきり知っていると思っていたんだが。
「知らないわよ、そんな神……誰がそいつの名前を言ってたの?」
「アースだ。いつのループだったかは忘れたが、アースが神エフェメリスから『正しき道へと修正しなさい』という啓示を受けて動いていると言っていた」
「嘘でしょぉ……」
ティファニーははぁと大きなため息をつく。
そして、だらりと背もたれに背中を預けた。
女神だとは思えない姿だな、これ。
「まーさか知らない神が私の世界に干渉しているなんて……なんか上手くいかないと思ったら、別の神が介入していたのね。はー、そういうのやめてほしいわー」
「他の神が世界に干渉することは普通じゃないのか?」
「普通よ。でも、干渉する神々のことを私が知らないということはないの。誰がどこでどのような介入をしているのか知っていて当たり前。なんてったって、この世界を統括している神は私だから」
統括する神……神々にも役割があるのか。
「もしかしたら、私のことを気に食わないじじぃが名前を変えて干渉しているのかも」
「神も大変なんだな」
「大変よ。人間のままでいたらよかったわ、って後悔するほどにね」
「お前も元々は人間だったのか?」
そう聞くと、女神は突然黙った。
隣を見ると、彼女は空の、どこか遠くを見つめていた。
「ええ、人間だったわ。遠い昔の話だけど」
さぁーと風が吹く。
その風は夏というのにどこか冷たかった。
女神の瞳はどこか悲し気だった。
女神様にも人生に後悔か何かあったのだろうか……。
と考えていると、女神はパンパンと両手で自分の顔を叩く。
そして、勢いよく立ち上がった。
「まぁ、でも、気をつけなさい。あのバカアースは何をしでかすのか分からないから。あと、ルーシーを殺すなんてバカなことはおよしなさい」
「でも、もう僕はルーシーが死ぬところを見たくない」
だから、先に僕が殺して……。
「じゃあ、こうしなさい。今までのループの中で、一番ルーシーが生きてくれた時のように動くの」
「でも……」
「あなたのループを振り返る限り、エフェメリスって神がいう『正しき道』って、きっとあなたとステラが結ばれる道だと思うのよ」
「そうかもしれないが……」
「だから、あなたが一番初めのループのようにステラと一緒になれば、アースやステラたちに殺されるなんてことは多分ないだろうから、安心しなさい」
「多分って。他の人が殺しにきたら、どうすればいい?」
不意打ちなんてされたら、どうしようもないのだが。
「そこは極力私がなんとかするわ。でも、ダメなときにはあなたがなんとかしなさい」
「はぁ……」
「だから、死んでまた始めるなんてことはしないでちょうだい」
そうして、言いたいことだけ言って、侍女女神は去っていった。
☀☽☀☽☀☽☀☽
お茶会があって1週間ぐらい経った時のことだろうか。
僕は見てしまった。
エドガーの恋文を。
彼はすぐに隠したが、初めと最後の文だけはちゃんと読めた。
…………やっぱりエドガーはルーシーのことが好きなんだ。
でも。
「別に君がルーシーに手紙を送ろうと、僕には関係のないことだよ」
そう。僕には関係ない。
関係ないから。
☀☽☀☽☀☽☀☽
エドガーの手紙を見てしまった数日後。
「え?」
ルーシーが行方不明になったという知らせを聞いた。
どうやら、彼女はこっそり街へと出かけていたらしく、家に帰ってこないことから、失踪が発覚したらしい。
僕はルーシーを探しに行こうとした。
でも、止めた。
自分が探しても、意味がないかもしれない。
最悪、エフェメリスが何かしてきて、ルーシーが殺されるかもしれない。
そう考えた僕は。
「エドガー」
彼の部屋に来ていた。
出てきたエドガーはもう寝ようとしていたのか、部屋着姿。
「ライアン……お前が俺の部屋に来るなんて珍しいな。どうした?」
「ルーシーが行方不明になったらしい」
「!」
それだけ言うと、エドガーはすぐに部屋を出ていった。
エドガーはルーシーに対して好意を抱いている。
そんな彼がルーシーが失踪したと聞けば、きっとすぐにでも探しに行くだろうと予想はしていた。
でも、兵士を連れていかずにダッシュとは。
いいな。
僕も探しに行けたらな…………。
――――数時間後。
ルーシーが無事発見された。
その知らせを聞いて、自分の判断は間違っていなかったんだなと思った。
僕が行かなくて良かった。
☀☽☀☽☀☽☀☽
「は?」
見たことのない少女だった。
多分初めて会った子だと思う。
王城でも外でも見たことがない子だった。
意外にもその子と話が弾み、おしゃべりをしていた。
していたのだが……。
「えっと……君、今なんて?」
今の僕の聞き間違いだよね? ね?
しかし、彼女は満面の笑みで、こう答えた。
「私、殿下と一緒にいたいんです。結婚したいのです、そう言いました」
…………え?
今、僕プロポーズされている?
今日会ったばかりの女の子から?
は?
へ?
結婚してくださいって言われても、僕は婚約しているんだけど……。
困惑していると、遠くから「お待ちください! 殿下」という声が聞こえてきた。
出てきたのは1人の少女。
うーん。この子も見たことがない子だな。
「君、誰?」
「申し遅れました。私は——キルメイン男爵家の娘キーラです」
「聞いたことがない名前だけど……」
「はい。私最近まで家で療養しておりまして、今日初めて王城に参りました。殿下、その女ではなく、私と結婚してくださいませ」
「え?」
この子も結婚してくださいって言った?
流れるように今言ったよね?
ねぇ、今回のループはどうなってるの?
あの女神様がまた何かをやった?
ねぇ? 絶対そうでしょう!?
遊び半分で、良く分からない少女に何かしかけたんでしょう!?
と心の中で女神のことを疑っていると。
「ライアン殿下、ごきげんよう」
という声が聞こえてきた。
「次は誰が……」
しかし、知らない顔ではなく。
「って、君はスカイラー家のリリーか」
「はい。殿下はここで何を? 私の友人と何かお話されていましたか?」
「友人? 彼女たちが君の友人なの? まぁ、話していたと言えば話していたけど……」
僕はリリーにこっちに来るよう言う。
「そのカーラって子と話していたんだけど、急に……その……求婚されてね。そのキーラ? って子にも求婚されてさ……」
僕が耳打ちすると、リリーはすぐさまバッと頭を下げた。
「大変申し訳ございません! この子たちは少々常識外れなところがありまして……私からしっかりと指導しておきます。ですので、今回のことはお許しください」
「あ、うん」
「本当に申し訳ございませんでした。ほら、あなたたちも頭を下げて」
「リリー? ――は?」「…………」
「いいから! 頭を下げて!」
2人は何が何か分かっていなさそうな様子だったが、渋々頭を下げた。
「ほら、行くわよ。殿下、では失礼いたします」
そう言って、彼女たちは去っていた。
…………一体あれはなんだったんだ。
嵐のような出来事に呆然としていると、またコツコツと近づいてくる足音が気がついた。
次は誰が……。
「こんにちは、殿下」
「え?」
その子の声は聞いたことがあった。
この声、絶対知ってる。知ってるよ。
でも、彼だって信じたくないよ?
「き、君…………エドガー? 一体、君何をして——」
僕はそうこぼすと、彼は絶句。フリーズしていた。
かといって僕も何も言えず、だんまり。
しかし、一時して。
「忘れろ!」
とだけ言って、女装をしたエドガーは去っていった。
「あれは……本当になんだったんだ?」
もう何が何やら分からなかったので、その日の記憶は消した。
☀☽☀☽☀☽☀☽
それから、エドガーが高頻度でこんなことを聞いてきた。
婚約破棄をする気はないのか、と。
自分をルーシーの婚約者にする気はないか、と。
必死何度も訴えられたが、『そんな気はない』と、僕ははっきりと答えた。
もし仮に、僕が婚約破棄をすれば、どうなるだろう?
どこかの神エフェメリスがルーシーを殺す可能性があるかもしれない。
アースやステラへの対策をしていても、ゼロじゃない。
だから、僕がステラと出会って、婚約破棄をする時までは。
絶対にルーシーとの婚約を破棄しない。
☀☽☀☽☀☽☀☽
時は経ち、シエルノクターン学園に入学する前の冬。
エドガーからルーシーが学園に入学しない、という話を聞いた。
前のループでも入学させないようにしたことがあった。
でも、その時も同じようにルーシーは殺された。
あの時の犯人は誰か分からなかったんだよね、確か。
女神がああ言っていたとはいえ、キラー候補であるアースとステラには極力警戒をしなければいけない。
となると――――。
「なぜ、学園に入学しないって決めたの? もしかして、他国の学園に行くつもり?」
「い、いえ。この屋敷で勉学に励もうと思っておりました。どの学園にも入学するつもりはありません」
僕はルーシーの所に訪ね、学園に入学してもらえるように説得に来ていた。
でも、ルーシーの意思は固まっているみたい。
ちょっと強気で話してみたけど、彼女の姿勢は変わらない。
僕はハァーと息をつき、そして、ルーシーを見た。
「……ルーシー、本当に学園に行かないつもり?」
「はい」
ルーシーはまっすぐと返事をする。
その返答に迷いはなかった。
「そう……」
…………よし。
覚悟を決めろ、僕。
ルーシーも覚悟して、学園に行かないと決めたんだ。
そのルーシーの覚悟を折るためには、僕もそれなりの覚悟を決めないと。
僕はもう一度溜息をつき、立ち上がり、ルーシーの方に歩いていく。
そして————。
————————パンっ!!
僕はルーシーの頬を叩いた。
最悪の気分だった。暴力になんて頼りたくなかった。
「……え?」
驚きのあまり、ルーシーは呆然。
でも、ここは優しくはしていけない。
優しくしたら、いつ殺されるか分からないから。
鬼になれ、僕。
「ねぇ、学園に行かないって冗談だよね?」
「……え?」
「『え?』じゃないよ。君はね、僕の婚約者なんだよ? その自覚ある?」
「…………」
「君がラザフォード公爵に、陛下になんて言ったのかは知らないけど、僕は学園に行かないなんて許さない。僕の婚約者である君は、僕と同じ学園に通う。いいね?」
通ってもらわないといけないんだ。
たとえ、今の君に意思が違っていても。
君が死なないために、入学してもらわないといけないんだ。
「それじゃあ、ルーシー。春に学園で」
そう言い残して、僕はその場を去った。
☀☽☀☽☀☽☀☽
「よろしく。ステラ」
「よろしくお願いいたします、ライアン様」
僕はステラと出会った。
前のループと同じような出会い方だった。
だけど、その現場をルーシーが見ていた。
悲しそうだった。
分かってる。浮気みたいなのは分かってる。
だから、その目でこんな僕を見ないでくれ。
早くどっかに行ってくれ。
お願いだから。
僕は早くルーシーに立ち去ってもらいたくて、彼女を睨んだ。
☀☽☀☽☀☽☀☽
学園でミュトスと出会えた。
不思議なことに、ミュトスはルーシーのペットとなっていた。
正直、嬉しかった。
前のループでは散々助けられたから。
しかし、ミュトスに手を伸ばすと警戒された。吠えられた。
まぁ、そうだよね。
僕のことなんて覚えているわけないよね。
と思っていたが、そのうちミュトスは大人しくなり。
最後には撫でさせてくれた。
中身が少年と分かっていても、この毛並みはとても気持ちいい。
今までのループで、彼だけは敵になることはなかった。
ずっと僕らの味方でいてくれた。
だから、ミュトス。
今回の君がルーシーと一緒にいるというのなら、お願いをしたい。
もし彼女に何かあった時にどうか――。
「ルーシーを守って」
僕はそう彼に小さく呟いていた。
☀☽☀☽☀☽☀☽
「え?」
生徒会室に向かっていた途中、ルーシーと目があった。
衝撃の光景を目撃してしまった。
なんとルーシーがアースといた。
なぜ? アースがここに?
研究室に籠るのじゃなかったのか!?
僕はすぐさまアースの所に行き。
「ルーシーに不用意に近寄らないでほしい」
忠告していた。
しかし、彼は首を傾げた。
「なんでー?」
「………」
そ、それは。
「理由もないのに、近寄ったらダメなんだーい?」
「理由はあ、る………」
あるけれども。
「その理由って?」
「それは………彼女が僕の婚約者だからだ」
頑張って、僕は理由を答えた。
だけど、アースは納得してくれず。
「えー? それが理由ー? 君の婚約者だからって、ルーシーと話したらいけないのー?」
と問い詰めてきた。
う、うぅ……。
「他にも理由があ、る…………」
「何ー? 言ってみてよー?」
それはアース。お前がルーシーを殺しに来るから。
…………でも、今はそんなことは言えない。
「言えないのー?」
「…………」
少なくとも他の学生がいる教室では言えないよ。
と思っていると、アースは笑って頷き。
「まぁ、言えないよね」
奇跡的にも察してくれた。
そして、彼は先生のごとく人差し指をピンと伸ばし、話し始めた。
「あのねー、ライアーン。僕は別にルーシーをたぶらかそうとして関わっているんじゃない」
「…………」
はい。そうですよね。
分かってます。分かっていますとも。
「僕はルーシーを友人として、関わっている。それのどこがいけないことかい?」
「…………いや、いけないことはない、と思う……」
友人としてなら、全然いけないことはない。
ただ以前のことがあって、警戒心はなかなか抜けない。
「それに僕はルーシーに危害を加えるようなことは、もう絶対にしない。神に誓って、しない」
「………君が神に誓うというんだね」
「言うよー、あんな神様だけど誓うよー」
アースがどの神のことを言っているのか分からなかった。
だが、以前のアースなら、神の言葉は絶対だったはず。
誓うというのなら、その約束は絶対だ。
だから、アースは大丈夫……なのだろう。
僕は彼の言葉にうなずいた。
「分かった。アース、誤解してごめん」
「なんのなんのー。分かってくれればいいさー」
「ルーシーも………すまなかった」
「あ、はい」
僕はそれだけ言って、すぐに去った。
☀☽☀☽☀☽☀☽
もしかしたら、違うのかもしれない。
女神の努力で変わっているのかもしれない。
アースの一件があってから、僕はそう考えるようになっていた。
なら、ルーシーとのかかわり方も変えても大丈夫なのでは?
と思って、僕は学園でルーシーと出会うと、挨拶するようになっていた。
大した話はせず、世間話をちょっとだけ。
そう。
ちょっとずつ、ちょっとずつ。
僕がルーシーとの関わりを変えても、アースもステラも殺しに来る様子もなく、何も起こらなかった。
これなら、ルーシーと一緒に過ごせるのかもしれない。
そうして、迎えた休日。
僕はステラに誘われて、街へ出ていたのだが、偶然にもルーシーに会った。
しかし、彼女はリリーと来ていた。
2人きりになれるタイミングはないだろうかと、探っていた。
だが、なかなか2人きりなれない。ルーシーにはべったりとリリーがついていた。
だが、ステラもリリーもいなくなった時があった。
その時僕は。
「今までごめんね」
謝った。ストレートに謝った。
だが、ルーシーは困惑していた。
「……殿下、なぜ謝罪されるのですか?」
「それは――僕がルーシーに対して酷い態度だったからさ」
ずっと僕は冷たい態度を取ってきた。
それは全部ルーシーを生かすため。
でも、今回のループは何かと違うことが多い。
もしかしたら、ループのことを説明したら、何かが変わるのかもしれない。
「実は僕は――――」
そう希望を持ちながら、すべてを告白しようとした時。
恐怖が襲ってきた。
その恐怖感はいつかに感じたもの。
「やっーと見つけたわ」
振り返ると、見覚えのある黒いローブを被った女が立っていた。
こいつは黒月の魔女だ。
やはり、彼女はルーシーを殺そうとした。
そして、僕は確信した。
やっぱり僕はルーシーに近づいてはいけないし、優しくしたらいけないんだ、と。
☀☽☀☽☀☽☀☽
魔法技術の授業で試合があった。
最後の試合で、ルーシーとステラが戦った。
なぜかルーシーが暴走した。
ステラが殺されかけた。
僕が介入していかない限り、ルーシーが暴走するなんてことは今までになかったのに、だ。
僕はすぐにステラの所に駆け寄った。
彼女のお腹にぽっかりと穴が開いていた。
衝撃だった。
ルーシーがやったなんて思いたくなかった。
☀☽☀☽☀☽☀☽
その落書きをみた瞬間、僕はルーシーがステラをいじめ始めたと思った。
だから、ルーシーが犯人であることを証明して、何とかして追い詰めて、学園から去ってもらえるようにしようとした。
一番初めの人生のように、動いた。
カイルが反論してきた。
最後にはルーシーがやっていないと証明していた。
でも、僕は諦めなかった。
この前の試合のことを問い詰めた。
ルーシーがもう学園にいたくないと思えるぐらいに、責めた。
だけど、それもカイルに止められた。
上手くいかなかった。
☀☽☀☽☀☽☀☽
ルーシーがまた婚約破棄をしてほしいと言ってきた。
冗談だと思った。
「僕は何も聞かなかった。君は何も言わなかった」
だから、僕は冗談にした。
婚約を破棄するタイミングは僕が決める。
君がステラをいじめたタイミングじゃないと、君が死んでしまうから。
☀☽☀☽☀☽☀☽
夢の中で、もう1人の少年と会った。
僕と同じ顔で、同じ体の彼。
彼は僕と同じ声で問い詰めてきた。
――――僕は本当はルーシーといたいんじゃないの?
うるさい。僕はルーシーといたらダメなんだ。
――――なぜ?
なぜって、ルーシーが殺されるからだ。
――――女神がいうには、僕らは殺されないんじゃないの?
そうとも限らない。僕がルーシーに謝罪したら、殺気だった魔女が現れた。僕らが仲良くすれば、やつらは僕らを殺しに来るんだよ。
――――だから、ルーシーに冷たく当たるんだね。
そうだ。僕は彼女に優しくしない。
――――でも、それは僕の本心じゃないね。
…………。
――――僕は本当はルーシーと一緒にいたいんじゃないのかい?
…………黙れ。
――――本当の僕はルーシーのことが好きじゃないの?
黙れ。僕はもうルーシーのことなんて好きじゃ……。
☀☽☀☽☀☽☀☽
前のループと同じことが起きた。
ステラが毒殺されそうになった。
その時、ルーシーが近くにいたらしく、犯人はきっと彼女だろうと思った。
だが、カイルたちが反論してきた。
僕は意見を変えなかった。
彼女が犯人であることはもう分かってる。
何度もそうなった人生を見てきたんだ。
確信があった。
しかし、僕らの意見は平行線で、話が一向に進まないと思えた時。
意外なことにアースが犯人捜しに協力してくれた。
そこからはとんとん拍子だった。
毒瓶をルーシーの部屋で見つけ、その毒瓶を買っていたルーシーを目撃していた人も見つけた。
これで決まり。
ルーシーが犯人。
これで、心置きなく僕はルーシーとの婚約を破棄できる。
国外追放にもできる。
…………大丈夫。
このタイミングなら、きっとルーシーは殺されない。
――――本当にそれでいいのかい?
もう1人の自分がそう問うてきた。
いい。これでいいんだ。
そう答えて、僕は。
「ルーシー・ラザフォード。君との婚約を破棄する!」
ルーシーとの婚約を破棄した。
☀☽☀☽☀☽☀☽
「このクソ王子! F〇〇K! くたばりやがれ!」
意味が分からなかった。
ステラが男で転生者?
カイルたちも転生者?
そんでもって、ルーシーも転生者?
「アハハ! アハハ!」
転生者って……なんだよ!?
「アハハ! アハハ!」
もうわけが分からなかった。
思考は停止。笑うしかなかった。
――――もう自由になってしまいなよ、僕。
そうだね。もうこうなったら。
「もうどうなってもいいや!」
気づけば、僕はそう叫び、立ち上がっていた。
そして、アースとステラにルーシーを殺さないか一応確認。
その後、僕は簡易転移魔法で、ルーシーのところへ飛ぶ。
彼女をぎゅっと抱きしめた。
「え? …………え? え? え?」
何が起きたのか理解できないのか、ルーシーは困惑の声を漏らす。
そんなルーシーも可愛いかった。愛おしかった。
浮いていた僕らは静かに地面に着地。
そして、僕は。
「ルーシー。本当にごめん。今までごめん」
謝った。
謝っても、許されないことは分かってる。
それでも僕はひたすらに謝った。
「ちょっ! お前! ルーシーとの婚約、解消したんだろ! とっとと、ルーシーから離れろ!」
ステラが僕らを引き離そうとしてきたが、僕はさらりと避けていく。
ルーシーも連れられて、くるりと回転。
それでも彼女は僕をまっすぐ見ていた。
彼女の瞳はきらきらと輝いていた。
「ずっと君と話したかったよ」
僕は君を殺そうとした時があった。
でも、あの時の僕はおかしくなっていたみたい。
本心は違ったんだ。
君と一緒に生きたかったんだ。
「ずっと君が好きだったよ」
それを口にした瞬間、ずっとこらえていたものがどっと出た。
涙が溢れでてきていた。
「好きだったんだよ……本当に今までごめん…………」
ぎゅっと抱きしめる。
ルーシーから抱きしめてくることはない。
それでも僕は強く強く抱きしめた。
「…………ずっと好きだったんですか? 私のことを?」
「そう。ずっと、前のループからずっとね」
「え? ループ? 殿下、ループしていたんですか?」
「そうだよ。君と生きようとしたんだけど、殺されたんだ。何度も何度も何度も」
「え……」
「主にあの2人が僕らを殺しに来た」
僕はそう言って、僕らを散々殺してきた2人を指さす。
「あの2人ってアースとステラさんのことですか?」
「そう」
「え? 僕?」という困惑の声が聞こえてきたが、どうでもいい。
「僕と一緒になると君は殺されてしまう。決められた道をたどらないと、君は死んでいく」
「……」
「だから、僕は一緒になれなくても、君が生きて行けるようにようにしていった」
「……」
「でも、本心は違ったんだ。僕は君が好きだった。一緒に生きていきたかった」
すると、ルーシーは目を閉じた。
そして、深呼吸をして言った。
「私、今まで殿下に嫌われていると思っていました」
「……」
「私が邪魔なのだろうと思っていました」
「……」
「私が消えた方がいいんじゃないかとも思っていました。でも、殿下が私に対して取ってきた行動には意味があったんですね」
「うん、あった……でも、僕が君に対してやってきたことは許されないことは分かってる。酷い態度を取っていたし、問い詰めてしまったし、君の頬を叩いてしまったし」
「そんなこともありましたね」
「だけど、それでも……」
僕はルーシーを真っすぐ見る。
「これから僕と一緒に生きてくれませんか」
僕はもう怖がらない。
何があっても、神が何をしてきても、君と生きていく。
君に八つ当たりもしない。
運命に立ち向かって、一緒に生きていく。
「はい」
ルーシーはにこやかに答えてくれた。
その瞬間、僕はぎゅっと抱きしめる。
「殿下!?」
「やっぱりルーシーは僕の天使だね」
「て、天使?」
ルーシーの頬はとたんに真っ赤になる。
照れるルーシー、可愛い。
「え!?」
僕はルーシーを横抱きにし、くるくると回った。
それぐらい嬉しかった。幸せだった。
「あの! 私が殿下を好きかどうかは別で――」
「じゃあ、君に僕を好きになってもらわないとね!」
これから、ルーシーと関わっていける。
一緒の時間を過ごしていける。
今まで過ごしたことのない僕ら2人の人生を送っていける。
ねぇ、ルーシー。
これから、僕らでどうしていこうか?
★★★★★★★
次回、88話「エピローグ:転生したのは悪役令嬢だけではないようです」です。
最終話です。最後までよろしくお願いします。
考えられないことではなかった。
可能性としてはありえた。
だけど、僕はどこでそんなことは起きないと思っていた。
もう1人にはならないと。
ルーシーとともに運命と戦っていけると。
でも、ルーシーは忘れた。
これまで戦ってきたことすべてを。
確かに彼女になんの罪もない。
エラーがあって、今回のようなことになったのかもしれない。
それでも僕はショックだった。
「今日は帰ってもらえるかな……僕、気分が悪いんだ」
その日はもうルーシーに帰ってもらった。
☀☽☀☽☀☽☀☽
ルーシーと距離を置きたかった。
少しルーシーのことを考えるのが嫌になっていた。
地獄を見て、絶望を見て。
僕はもう休みたかった。
「ライアン様、ごきげんよう!」
だけど、彼女はずっと僕を付きまとってきた。
どこに行っても、ルーシー。
どこに逃げても、ルーシー。
うんざりだった。
声を聴きたくなかった。
消えてほしかった。
僕はルーシーに対して、冷たい態度を取った。
睨んだ。
無視した。
しゃべらなかった。
それでも、ルーシーはにこにこ笑顔で僕についてきた。
――――だけど、ある日のこと。
「アハハ! アハハ!」
ルーシーは急に発狂した。
奇妙に笑い始めて、その後彼女は失神。
今までのループにはなかったことなので、多少は驚いた。
だけど、関係ない。
もうルーシーがどうなろうと……。
☀☽☀☽☀☽☀☽
ルーシーが失神した翌日。
建前上の婚約者であったが、僕は彼女の見舞いに行った。
「私との婚約を破棄していただけませんか」
何を思ってか、彼女は婚約を破棄したいと言ってきた。
彼女がそんなことを提案するようには、誘導していない。
少なくとも、この前までの彼女は僕のことが好きだったはず。
「へぇ……」
「失礼も承知なのですが……」
荒ぶる感情を抑えようと、僕は立ち上がり、窓の方へ向かう。
「……君から婚約がしたいと言ってきた。僕はただそれを受けただけ。なのに、今は破棄をしてほしい? 婚約して1年も経っていないというのに? 他に思いの人でもできた?」
しかし、ルーシーの急な心変わりに、僕は感情的に話してしまう。
失神して、気持ちでも変わったのだろうか?
なんて考えていたが、ルーシーは横に首を振った。
「いいえ。そのような方はいません」
「そうかい。まぁ、別に君に思いの人ができたから、いけないってわけではないよ」
距離を置きたいと考えていた僕は一瞬ルーシーの願いを了承しようとした。
だが。
今婚約破棄をすれば、ルーシーは死んでしまうかもしれない。
いや、彼女が死のうとどうでもいいだけど……。
でも……。
「正直、僕は君に対して一切好意を抱いていない」
「なら」
「だが、僕は君との婚約を破棄しない。絶対にしない」
僕がそう断言すると、顔をしかめるルーシー。
「しかし、殿下は私のことは好きではないと……」
「そうさ。僕は君のことなんて好きじゃない」
……ああ、そうだ。好きじゃない。
「全然好きじゃない」
……もう好きじゃないんだ、僕は。
僕はルーシーの前に立ち、ぐっと顔を近づける。
彼女の瞳は変わらず宝石のように綺麗。
でも、その瞳の奥は揺らいでいた。
「でも、僕に近寄ってくる令嬢がうんざりでね。君は僕の令嬢除けになってもらう。ラザフォード家は王族とのラインができるわけだし、僕らにとってはいいことばかりだろう?」
適当なことを言いながら、僕はルーシーの小さな両手を取る。
そして、左手の薬指に付けられた指輪に触れた。
「だから、この指輪を大切にしてね」
ルーシーと距離を置きたい。
それは本心だ。
だからといって、ルーシーは死んでほしくない。
彼女が死ぬところなんて一番見たくない。
…………もう僕の心はぐちゃぐちゃだな。
ルーシーには消えてほしいけど、死んでほしくない。
その願いは矛盾していた。
距離は置く。
だけど、死なせない。
ルーシーが僕の前からいなくなってくれる、国外追放を宣言するその時までは。
☀☽☀☽☀☽☀☽
エドガーと勝負した時のことだった。
「お前の婚約者を俺にくれ」
勝負に勝った彼は、僕にそんなことを頼んできた。
冗談で言っているのではなさそうだった。
今まで、彼がこんなことを言ってくることはなかったのに。
でも、エドガーに譲ったら、ルーシーは……。
「それはできないよ……エドガー」
僕は断った。
「僕がルーシーの婚約者であることは絶対に変わらないんだ」
気づけば、そんなことを言っていた。
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僕らが開いたお茶会。
そこでは、ルーシーがカイルと義弟のキーランとともにベランダへと向かっているのを見た。
ずっと遠目から見ていたのだが、彼女は楽しそうだった。
笑顔を見せていた。
僕と挨拶周りをしている時には、あんなに怯えていたのに。
噂を聞くに、最近の彼女はカイルと仲良くしているようだった。
また、義弟であるキーランとも仲がよく、以前のループとは違う状況。
前のループでは、ルーシーとキーランの関係はとてもいいとは言えなかったのに。
…………まぁ、彼女の人間関係なんて、どうだっていいんだけね。
どうせ僕が関わったら、彼女は死ぬのだから。
だから、関係ない。
でも、僕はずっと彼女を目で追っていた。
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僕らのお茶会以降、エドガーの様子が気になった。
彼は以前の人生とは異なって、どこか静か。
勉強も剣術の訓練も熱心。
でも、僕が気になったのはそこじゃない。
ラザフォード家に頻繁に行くようになったことだ。
ラザフォード家から帰ってきたエドガーはどこか嬉しそうで。
酷い時には、スキップしながら部屋に入っていく時もあった。
きっとエドガーはルーシーのことが好きなのだろう。
だからと言って、僕には関係のないこと。
そうだ……関係ない。
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今日はルーシーのお茶会。
僕にも招待状は届き、エドガーとともに行った。
でも、後悔した。
ルーシーがエドガーたちと楽し気に話していたところを見てしまった。
見た瞬間、僕はあの中に入って、彼女と話したいと思った。
だけど、僕があそこに行ったら、きっとルーシーは……。
嫌なことを考えてしまい、気分を変えようと僕は近づいてくるどこかの令嬢と話をし始めた。
だけど、ついルーシーを見てしまう。
気にしたくないのに、気になって、気になって、気になって。
来なかったらよかったとさえ思えてきた。
なぜ彼女はあんなに笑っているのだろう?
なぜ彼女の隣に僕はいれないのだろう?
他の人と話すのは楽しいはずなのに、なぜ僕は幸せと感じられないのだろう?
ああ…………。
ルーシーがいなくなれば、僕は幸せになれるのだろうか?
気づけばルーシーのところへと歩いていた。
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ルーシーを呼び出した僕は中庭へと移動していた。
僕は迷うことなく、歩いていく。
ああ……これまでに、この家に何度歩いたことか。
何度もループを繰り返した僕の頭には、ラザフォード邸の見取り図が入っていた。
中庭につくと、ベンチに座った。ルーシーは僕の隣に座った。
「君は一体何がしたいの?」
「え?」
僕の問いに、ルーシーは困惑顔を浮かべる。
だけど、一時して答えてくれた。
「……特にしたいことなどありません」
特にしたいことはない、ね。
呆れて、僕はアハハと笑い声をもらす。
「ねぇ、そんなのはウソなんだろ。本当はこんな世界なんて嫌なんだろ? こんな世界、ぶっ壊したいんだろう?」
何度も死んで、何度も生き返って、何度も同じ人生を送って。
でも、望もうとする場所に手は届かなくって。
前のループの記憶を失っているけれど、君も本当はこんな世界、消したいのだろう?
あの笑顔は嘘なんだろう?
「殿下、一体何の話を―――」
「ねぇ、死んでルーシー」
気づけば、僕は手に炎を宿していた。
「え?」
「僕の世界から消えてよ、ルーシー」
僕が1人になったら、君のことを思う必要なんてない――。
「じゃあね、ルーシー」
ルーシーに炎を浴びせようとした瞬間。
「ライアン殿下、お話中失礼いたします」
邪魔が入った。
少し離れたところにいたのは1人の女性。
「君は……ルーシーの……」
こちらが気づくと、彼女は深くお辞儀をしてきた。
止まっていたルーシーは立ち上がっていた。
「イ、イザベラ、どうしたの?」
「お2人のお邪魔をするつもりはなかったのですが、庭の方でちょっと問題が……」
「問題? 何があったの?」
「それがカイル様、キーラン様……」
「まさかその2人がケンカを?」
「えーと、確かにカイル様とキーラン様も勝負なされているのですが……」
「止めなきゃ」
は?
待って。
カイルとキーランがケンカ?
あの2人ってケンカするの?
今までの人生で見たことがないんだが。
意味の分からない2人の会話についていけず、僕は1人黙る。
一方、ルーシーは急ぎながらも僕に一礼して、会場の方へ走っていった。
しかし、メイドはそのまま動かない。
彼女は主人の代わりに謝罪をしてきた。
「殿下、大変申し訳ございません」
「…………」
ああ、台無しだ。
ここでルーシーを殺して……1人で生きるつもりだったのに、
全部、ぱーになった。
最悪だ。
前にある花々を見る。
花を燃やしたら、苛立ちはおさまってくれるだろうか?
隣をちらりと見る。
イザベラはどこにも行く様子がなく突っ立ったまま、こちらを見ていた。
「お前、イザベラといったか?」
「はい」
「……お前、さっきのを見ていたか?」
「はて、一体なんのことでしょう?」
イザベラはニコリと笑みを見せる。
その笑顔はどこか作り物のように感じた。
…………嘘だな。絶対に見て止めにきただろう、この人。
そう疑って見つめ続けていると、彼女ははぁとため息をついた。
そして、どかっと僕の隣に座り、イザベラはぱちんと指を鳴らす。
「……お前」
「まーさか、あなたがルーシーを殺そうとするなんてね」
隣のイザベラは先ほどの侍女姿とは違い、古人が着てそうな白い衣装に変わっていた。
まるで、あの女神みたいな…………。
「久しぶりね、ライアン」
「…………」
「前回会った時は見苦しい姿を見せてごめんなさい。あれでも私は必死だったのよ」
「……女神ティファニー様が僕に何の用だ」
「用ってほどの用があるわけじゃないわ。私はあなたがルーシーを殺そうとしていたから、止めに来ただけよ」
「なぜ止めた」
止めたら、僕はルーシーを消せれたのに。
僕もルーシーも幸せになれたのに。
「なぜってね。あのまま殺されたら私の努力台無しでしょう?」
「努力?」
「そうよ。やっと好き勝手に暴れまわるバカアースをアストレアに生まれるようにしたのよ……まぁ、あの子、王子には生まれてしまったようだけども」
「そんなことをしたって無駄だろう。ステラとかを使って、どうせ神エフェメリスが邪魔してくる」
そう言うと、ティファニーは「はぁ?」と首を傾げた。
「エフェメリス? 聞いたことがない名前ね。誰かしら?」
「え? 知らないのか?」
てっきり知っていると思っていたんだが。
「知らないわよ、そんな神……誰がそいつの名前を言ってたの?」
「アースだ。いつのループだったかは忘れたが、アースが神エフェメリスから『正しき道へと修正しなさい』という啓示を受けて動いていると言っていた」
「嘘でしょぉ……」
ティファニーははぁと大きなため息をつく。
そして、だらりと背もたれに背中を預けた。
女神だとは思えない姿だな、これ。
「まーさか知らない神が私の世界に干渉しているなんて……なんか上手くいかないと思ったら、別の神が介入していたのね。はー、そういうのやめてほしいわー」
「他の神が世界に干渉することは普通じゃないのか?」
「普通よ。でも、干渉する神々のことを私が知らないということはないの。誰がどこでどのような介入をしているのか知っていて当たり前。なんてったって、この世界を統括している神は私だから」
統括する神……神々にも役割があるのか。
「もしかしたら、私のことを気に食わないじじぃが名前を変えて干渉しているのかも」
「神も大変なんだな」
「大変よ。人間のままでいたらよかったわ、って後悔するほどにね」
「お前も元々は人間だったのか?」
そう聞くと、女神は突然黙った。
隣を見ると、彼女は空の、どこか遠くを見つめていた。
「ええ、人間だったわ。遠い昔の話だけど」
さぁーと風が吹く。
その風は夏というのにどこか冷たかった。
女神の瞳はどこか悲し気だった。
女神様にも人生に後悔か何かあったのだろうか……。
と考えていると、女神はパンパンと両手で自分の顔を叩く。
そして、勢いよく立ち上がった。
「まぁ、でも、気をつけなさい。あのバカアースは何をしでかすのか分からないから。あと、ルーシーを殺すなんてバカなことはおよしなさい」
「でも、もう僕はルーシーが死ぬところを見たくない」
だから、先に僕が殺して……。
「じゃあ、こうしなさい。今までのループの中で、一番ルーシーが生きてくれた時のように動くの」
「でも……」
「あなたのループを振り返る限り、エフェメリスって神がいう『正しき道』って、きっとあなたとステラが結ばれる道だと思うのよ」
「そうかもしれないが……」
「だから、あなたが一番初めのループのようにステラと一緒になれば、アースやステラたちに殺されるなんてことは多分ないだろうから、安心しなさい」
「多分って。他の人が殺しにきたら、どうすればいい?」
不意打ちなんてされたら、どうしようもないのだが。
「そこは極力私がなんとかするわ。でも、ダメなときにはあなたがなんとかしなさい」
「はぁ……」
「だから、死んでまた始めるなんてことはしないでちょうだい」
そうして、言いたいことだけ言って、侍女女神は去っていった。
☀☽☀☽☀☽☀☽
お茶会があって1週間ぐらい経った時のことだろうか。
僕は見てしまった。
エドガーの恋文を。
彼はすぐに隠したが、初めと最後の文だけはちゃんと読めた。
…………やっぱりエドガーはルーシーのことが好きなんだ。
でも。
「別に君がルーシーに手紙を送ろうと、僕には関係のないことだよ」
そう。僕には関係ない。
関係ないから。
☀☽☀☽☀☽☀☽
エドガーの手紙を見てしまった数日後。
「え?」
ルーシーが行方不明になったという知らせを聞いた。
どうやら、彼女はこっそり街へと出かけていたらしく、家に帰ってこないことから、失踪が発覚したらしい。
僕はルーシーを探しに行こうとした。
でも、止めた。
自分が探しても、意味がないかもしれない。
最悪、エフェメリスが何かしてきて、ルーシーが殺されるかもしれない。
そう考えた僕は。
「エドガー」
彼の部屋に来ていた。
出てきたエドガーはもう寝ようとしていたのか、部屋着姿。
「ライアン……お前が俺の部屋に来るなんて珍しいな。どうした?」
「ルーシーが行方不明になったらしい」
「!」
それだけ言うと、エドガーはすぐに部屋を出ていった。
エドガーはルーシーに対して好意を抱いている。
そんな彼がルーシーが失踪したと聞けば、きっとすぐにでも探しに行くだろうと予想はしていた。
でも、兵士を連れていかずにダッシュとは。
いいな。
僕も探しに行けたらな…………。
――――数時間後。
ルーシーが無事発見された。
その知らせを聞いて、自分の判断は間違っていなかったんだなと思った。
僕が行かなくて良かった。
☀☽☀☽☀☽☀☽
「は?」
見たことのない少女だった。
多分初めて会った子だと思う。
王城でも外でも見たことがない子だった。
意外にもその子と話が弾み、おしゃべりをしていた。
していたのだが……。
「えっと……君、今なんて?」
今の僕の聞き間違いだよね? ね?
しかし、彼女は満面の笑みで、こう答えた。
「私、殿下と一緒にいたいんです。結婚したいのです、そう言いました」
…………え?
今、僕プロポーズされている?
今日会ったばかりの女の子から?
は?
へ?
結婚してくださいって言われても、僕は婚約しているんだけど……。
困惑していると、遠くから「お待ちください! 殿下」という声が聞こえてきた。
出てきたのは1人の少女。
うーん。この子も見たことがない子だな。
「君、誰?」
「申し遅れました。私は——キルメイン男爵家の娘キーラです」
「聞いたことがない名前だけど……」
「はい。私最近まで家で療養しておりまして、今日初めて王城に参りました。殿下、その女ではなく、私と結婚してくださいませ」
「え?」
この子も結婚してくださいって言った?
流れるように今言ったよね?
ねぇ、今回のループはどうなってるの?
あの女神様がまた何かをやった?
ねぇ? 絶対そうでしょう!?
遊び半分で、良く分からない少女に何かしかけたんでしょう!?
と心の中で女神のことを疑っていると。
「ライアン殿下、ごきげんよう」
という声が聞こえてきた。
「次は誰が……」
しかし、知らない顔ではなく。
「って、君はスカイラー家のリリーか」
「はい。殿下はここで何を? 私の友人と何かお話されていましたか?」
「友人? 彼女たちが君の友人なの? まぁ、話していたと言えば話していたけど……」
僕はリリーにこっちに来るよう言う。
「そのカーラって子と話していたんだけど、急に……その……求婚されてね。そのキーラ? って子にも求婚されてさ……」
僕が耳打ちすると、リリーはすぐさまバッと頭を下げた。
「大変申し訳ございません! この子たちは少々常識外れなところがありまして……私からしっかりと指導しておきます。ですので、今回のことはお許しください」
「あ、うん」
「本当に申し訳ございませんでした。ほら、あなたたちも頭を下げて」
「リリー? ――は?」「…………」
「いいから! 頭を下げて!」
2人は何が何か分かっていなさそうな様子だったが、渋々頭を下げた。
「ほら、行くわよ。殿下、では失礼いたします」
そう言って、彼女たちは去っていた。
…………一体あれはなんだったんだ。
嵐のような出来事に呆然としていると、またコツコツと近づいてくる足音が気がついた。
次は誰が……。
「こんにちは、殿下」
「え?」
その子の声は聞いたことがあった。
この声、絶対知ってる。知ってるよ。
でも、彼だって信じたくないよ?
「き、君…………エドガー? 一体、君何をして——」
僕はそうこぼすと、彼は絶句。フリーズしていた。
かといって僕も何も言えず、だんまり。
しかし、一時して。
「忘れろ!」
とだけ言って、女装をしたエドガーは去っていった。
「あれは……本当になんだったんだ?」
もう何が何やら分からなかったので、その日の記憶は消した。
☀☽☀☽☀☽☀☽
それから、エドガーが高頻度でこんなことを聞いてきた。
婚約破棄をする気はないのか、と。
自分をルーシーの婚約者にする気はないか、と。
必死何度も訴えられたが、『そんな気はない』と、僕ははっきりと答えた。
もし仮に、僕が婚約破棄をすれば、どうなるだろう?
どこかの神エフェメリスがルーシーを殺す可能性があるかもしれない。
アースやステラへの対策をしていても、ゼロじゃない。
だから、僕がステラと出会って、婚約破棄をする時までは。
絶対にルーシーとの婚約を破棄しない。
☀☽☀☽☀☽☀☽
時は経ち、シエルノクターン学園に入学する前の冬。
エドガーからルーシーが学園に入学しない、という話を聞いた。
前のループでも入学させないようにしたことがあった。
でも、その時も同じようにルーシーは殺された。
あの時の犯人は誰か分からなかったんだよね、確か。
女神がああ言っていたとはいえ、キラー候補であるアースとステラには極力警戒をしなければいけない。
となると――――。
「なぜ、学園に入学しないって決めたの? もしかして、他国の学園に行くつもり?」
「い、いえ。この屋敷で勉学に励もうと思っておりました。どの学園にも入学するつもりはありません」
僕はルーシーの所に訪ね、学園に入学してもらえるように説得に来ていた。
でも、ルーシーの意思は固まっているみたい。
ちょっと強気で話してみたけど、彼女の姿勢は変わらない。
僕はハァーと息をつき、そして、ルーシーを見た。
「……ルーシー、本当に学園に行かないつもり?」
「はい」
ルーシーはまっすぐと返事をする。
その返答に迷いはなかった。
「そう……」
…………よし。
覚悟を決めろ、僕。
ルーシーも覚悟して、学園に行かないと決めたんだ。
そのルーシーの覚悟を折るためには、僕もそれなりの覚悟を決めないと。
僕はもう一度溜息をつき、立ち上がり、ルーシーの方に歩いていく。
そして————。
————————パンっ!!
僕はルーシーの頬を叩いた。
最悪の気分だった。暴力になんて頼りたくなかった。
「……え?」
驚きのあまり、ルーシーは呆然。
でも、ここは優しくはしていけない。
優しくしたら、いつ殺されるか分からないから。
鬼になれ、僕。
「ねぇ、学園に行かないって冗談だよね?」
「……え?」
「『え?』じゃないよ。君はね、僕の婚約者なんだよ? その自覚ある?」
「…………」
「君がラザフォード公爵に、陛下になんて言ったのかは知らないけど、僕は学園に行かないなんて許さない。僕の婚約者である君は、僕と同じ学園に通う。いいね?」
通ってもらわないといけないんだ。
たとえ、今の君に意思が違っていても。
君が死なないために、入学してもらわないといけないんだ。
「それじゃあ、ルーシー。春に学園で」
そう言い残して、僕はその場を去った。
☀☽☀☽☀☽☀☽
「よろしく。ステラ」
「よろしくお願いいたします、ライアン様」
僕はステラと出会った。
前のループと同じような出会い方だった。
だけど、その現場をルーシーが見ていた。
悲しそうだった。
分かってる。浮気みたいなのは分かってる。
だから、その目でこんな僕を見ないでくれ。
早くどっかに行ってくれ。
お願いだから。
僕は早くルーシーに立ち去ってもらいたくて、彼女を睨んだ。
☀☽☀☽☀☽☀☽
学園でミュトスと出会えた。
不思議なことに、ミュトスはルーシーのペットとなっていた。
正直、嬉しかった。
前のループでは散々助けられたから。
しかし、ミュトスに手を伸ばすと警戒された。吠えられた。
まぁ、そうだよね。
僕のことなんて覚えているわけないよね。
と思っていたが、そのうちミュトスは大人しくなり。
最後には撫でさせてくれた。
中身が少年と分かっていても、この毛並みはとても気持ちいい。
今までのループで、彼だけは敵になることはなかった。
ずっと僕らの味方でいてくれた。
だから、ミュトス。
今回の君がルーシーと一緒にいるというのなら、お願いをしたい。
もし彼女に何かあった時にどうか――。
「ルーシーを守って」
僕はそう彼に小さく呟いていた。
☀☽☀☽☀☽☀☽
「え?」
生徒会室に向かっていた途中、ルーシーと目があった。
衝撃の光景を目撃してしまった。
なんとルーシーがアースといた。
なぜ? アースがここに?
研究室に籠るのじゃなかったのか!?
僕はすぐさまアースの所に行き。
「ルーシーに不用意に近寄らないでほしい」
忠告していた。
しかし、彼は首を傾げた。
「なんでー?」
「………」
そ、それは。
「理由もないのに、近寄ったらダメなんだーい?」
「理由はあ、る………」
あるけれども。
「その理由って?」
「それは………彼女が僕の婚約者だからだ」
頑張って、僕は理由を答えた。
だけど、アースは納得してくれず。
「えー? それが理由ー? 君の婚約者だからって、ルーシーと話したらいけないのー?」
と問い詰めてきた。
う、うぅ……。
「他にも理由があ、る…………」
「何ー? 言ってみてよー?」
それはアース。お前がルーシーを殺しに来るから。
…………でも、今はそんなことは言えない。
「言えないのー?」
「…………」
少なくとも他の学生がいる教室では言えないよ。
と思っていると、アースは笑って頷き。
「まぁ、言えないよね」
奇跡的にも察してくれた。
そして、彼は先生のごとく人差し指をピンと伸ばし、話し始めた。
「あのねー、ライアーン。僕は別にルーシーをたぶらかそうとして関わっているんじゃない」
「…………」
はい。そうですよね。
分かってます。分かっていますとも。
「僕はルーシーを友人として、関わっている。それのどこがいけないことかい?」
「…………いや、いけないことはない、と思う……」
友人としてなら、全然いけないことはない。
ただ以前のことがあって、警戒心はなかなか抜けない。
「それに僕はルーシーに危害を加えるようなことは、もう絶対にしない。神に誓って、しない」
「………君が神に誓うというんだね」
「言うよー、あんな神様だけど誓うよー」
アースがどの神のことを言っているのか分からなかった。
だが、以前のアースなら、神の言葉は絶対だったはず。
誓うというのなら、その約束は絶対だ。
だから、アースは大丈夫……なのだろう。
僕は彼の言葉にうなずいた。
「分かった。アース、誤解してごめん」
「なんのなんのー。分かってくれればいいさー」
「ルーシーも………すまなかった」
「あ、はい」
僕はそれだけ言って、すぐに去った。
☀☽☀☽☀☽☀☽
もしかしたら、違うのかもしれない。
女神の努力で変わっているのかもしれない。
アースの一件があってから、僕はそう考えるようになっていた。
なら、ルーシーとのかかわり方も変えても大丈夫なのでは?
と思って、僕は学園でルーシーと出会うと、挨拶するようになっていた。
大した話はせず、世間話をちょっとだけ。
そう。
ちょっとずつ、ちょっとずつ。
僕がルーシーとの関わりを変えても、アースもステラも殺しに来る様子もなく、何も起こらなかった。
これなら、ルーシーと一緒に過ごせるのかもしれない。
そうして、迎えた休日。
僕はステラに誘われて、街へ出ていたのだが、偶然にもルーシーに会った。
しかし、彼女はリリーと来ていた。
2人きりになれるタイミングはないだろうかと、探っていた。
だが、なかなか2人きりなれない。ルーシーにはべったりとリリーがついていた。
だが、ステラもリリーもいなくなった時があった。
その時僕は。
「今までごめんね」
謝った。ストレートに謝った。
だが、ルーシーは困惑していた。
「……殿下、なぜ謝罪されるのですか?」
「それは――僕がルーシーに対して酷い態度だったからさ」
ずっと僕は冷たい態度を取ってきた。
それは全部ルーシーを生かすため。
でも、今回のループは何かと違うことが多い。
もしかしたら、ループのことを説明したら、何かが変わるのかもしれない。
「実は僕は――――」
そう希望を持ちながら、すべてを告白しようとした時。
恐怖が襲ってきた。
その恐怖感はいつかに感じたもの。
「やっーと見つけたわ」
振り返ると、見覚えのある黒いローブを被った女が立っていた。
こいつは黒月の魔女だ。
やはり、彼女はルーシーを殺そうとした。
そして、僕は確信した。
やっぱり僕はルーシーに近づいてはいけないし、優しくしたらいけないんだ、と。
☀☽☀☽☀☽☀☽
魔法技術の授業で試合があった。
最後の試合で、ルーシーとステラが戦った。
なぜかルーシーが暴走した。
ステラが殺されかけた。
僕が介入していかない限り、ルーシーが暴走するなんてことは今までになかったのに、だ。
僕はすぐにステラの所に駆け寄った。
彼女のお腹にぽっかりと穴が開いていた。
衝撃だった。
ルーシーがやったなんて思いたくなかった。
☀☽☀☽☀☽☀☽
その落書きをみた瞬間、僕はルーシーがステラをいじめ始めたと思った。
だから、ルーシーが犯人であることを証明して、何とかして追い詰めて、学園から去ってもらえるようにしようとした。
一番初めの人生のように、動いた。
カイルが反論してきた。
最後にはルーシーがやっていないと証明していた。
でも、僕は諦めなかった。
この前の試合のことを問い詰めた。
ルーシーがもう学園にいたくないと思えるぐらいに、責めた。
だけど、それもカイルに止められた。
上手くいかなかった。
☀☽☀☽☀☽☀☽
ルーシーがまた婚約破棄をしてほしいと言ってきた。
冗談だと思った。
「僕は何も聞かなかった。君は何も言わなかった」
だから、僕は冗談にした。
婚約を破棄するタイミングは僕が決める。
君がステラをいじめたタイミングじゃないと、君が死んでしまうから。
☀☽☀☽☀☽☀☽
夢の中で、もう1人の少年と会った。
僕と同じ顔で、同じ体の彼。
彼は僕と同じ声で問い詰めてきた。
――――僕は本当はルーシーといたいんじゃないの?
うるさい。僕はルーシーといたらダメなんだ。
――――なぜ?
なぜって、ルーシーが殺されるからだ。
――――女神がいうには、僕らは殺されないんじゃないの?
そうとも限らない。僕がルーシーに謝罪したら、殺気だった魔女が現れた。僕らが仲良くすれば、やつらは僕らを殺しに来るんだよ。
――――だから、ルーシーに冷たく当たるんだね。
そうだ。僕は彼女に優しくしない。
――――でも、それは僕の本心じゃないね。
…………。
――――僕は本当はルーシーと一緒にいたいんじゃないのかい?
…………黙れ。
――――本当の僕はルーシーのことが好きじゃないの?
黙れ。僕はもうルーシーのことなんて好きじゃ……。
☀☽☀☽☀☽☀☽
前のループと同じことが起きた。
ステラが毒殺されそうになった。
その時、ルーシーが近くにいたらしく、犯人はきっと彼女だろうと思った。
だが、カイルたちが反論してきた。
僕は意見を変えなかった。
彼女が犯人であることはもう分かってる。
何度もそうなった人生を見てきたんだ。
確信があった。
しかし、僕らの意見は平行線で、話が一向に進まないと思えた時。
意外なことにアースが犯人捜しに協力してくれた。
そこからはとんとん拍子だった。
毒瓶をルーシーの部屋で見つけ、その毒瓶を買っていたルーシーを目撃していた人も見つけた。
これで決まり。
ルーシーが犯人。
これで、心置きなく僕はルーシーとの婚約を破棄できる。
国外追放にもできる。
…………大丈夫。
このタイミングなら、きっとルーシーは殺されない。
――――本当にそれでいいのかい?
もう1人の自分がそう問うてきた。
いい。これでいいんだ。
そう答えて、僕は。
「ルーシー・ラザフォード。君との婚約を破棄する!」
ルーシーとの婚約を破棄した。
☀☽☀☽☀☽☀☽
「このクソ王子! F〇〇K! くたばりやがれ!」
意味が分からなかった。
ステラが男で転生者?
カイルたちも転生者?
そんでもって、ルーシーも転生者?
「アハハ! アハハ!」
転生者って……なんだよ!?
「アハハ! アハハ!」
もうわけが分からなかった。
思考は停止。笑うしかなかった。
――――もう自由になってしまいなよ、僕。
そうだね。もうこうなったら。
「もうどうなってもいいや!」
気づけば、僕はそう叫び、立ち上がっていた。
そして、アースとステラにルーシーを殺さないか一応確認。
その後、僕は簡易転移魔法で、ルーシーのところへ飛ぶ。
彼女をぎゅっと抱きしめた。
「え? …………え? え? え?」
何が起きたのか理解できないのか、ルーシーは困惑の声を漏らす。
そんなルーシーも可愛いかった。愛おしかった。
浮いていた僕らは静かに地面に着地。
そして、僕は。
「ルーシー。本当にごめん。今までごめん」
謝った。
謝っても、許されないことは分かってる。
それでも僕はひたすらに謝った。
「ちょっ! お前! ルーシーとの婚約、解消したんだろ! とっとと、ルーシーから離れろ!」
ステラが僕らを引き離そうとしてきたが、僕はさらりと避けていく。
ルーシーも連れられて、くるりと回転。
それでも彼女は僕をまっすぐ見ていた。
彼女の瞳はきらきらと輝いていた。
「ずっと君と話したかったよ」
僕は君を殺そうとした時があった。
でも、あの時の僕はおかしくなっていたみたい。
本心は違ったんだ。
君と一緒に生きたかったんだ。
「ずっと君が好きだったよ」
それを口にした瞬間、ずっとこらえていたものがどっと出た。
涙が溢れでてきていた。
「好きだったんだよ……本当に今までごめん…………」
ぎゅっと抱きしめる。
ルーシーから抱きしめてくることはない。
それでも僕は強く強く抱きしめた。
「…………ずっと好きだったんですか? 私のことを?」
「そう。ずっと、前のループからずっとね」
「え? ループ? 殿下、ループしていたんですか?」
「そうだよ。君と生きようとしたんだけど、殺されたんだ。何度も何度も何度も」
「え……」
「主にあの2人が僕らを殺しに来た」
僕はそう言って、僕らを散々殺してきた2人を指さす。
「あの2人ってアースとステラさんのことですか?」
「そう」
「え? 僕?」という困惑の声が聞こえてきたが、どうでもいい。
「僕と一緒になると君は殺されてしまう。決められた道をたどらないと、君は死んでいく」
「……」
「だから、僕は一緒になれなくても、君が生きて行けるようにようにしていった」
「……」
「でも、本心は違ったんだ。僕は君が好きだった。一緒に生きていきたかった」
すると、ルーシーは目を閉じた。
そして、深呼吸をして言った。
「私、今まで殿下に嫌われていると思っていました」
「……」
「私が邪魔なのだろうと思っていました」
「……」
「私が消えた方がいいんじゃないかとも思っていました。でも、殿下が私に対して取ってきた行動には意味があったんですね」
「うん、あった……でも、僕が君に対してやってきたことは許されないことは分かってる。酷い態度を取っていたし、問い詰めてしまったし、君の頬を叩いてしまったし」
「そんなこともありましたね」
「だけど、それでも……」
僕はルーシーを真っすぐ見る。
「これから僕と一緒に生きてくれませんか」
僕はもう怖がらない。
何があっても、神が何をしてきても、君と生きていく。
君に八つ当たりもしない。
運命に立ち向かって、一緒に生きていく。
「はい」
ルーシーはにこやかに答えてくれた。
その瞬間、僕はぎゅっと抱きしめる。
「殿下!?」
「やっぱりルーシーは僕の天使だね」
「て、天使?」
ルーシーの頬はとたんに真っ赤になる。
照れるルーシー、可愛い。
「え!?」
僕はルーシーを横抱きにし、くるくると回った。
それぐらい嬉しかった。幸せだった。
「あの! 私が殿下を好きかどうかは別で――」
「じゃあ、君に僕を好きになってもらわないとね!」
これから、ルーシーと関わっていける。
一緒の時間を過ごしていける。
今まで過ごしたことのない僕ら2人の人生を送っていける。
ねぇ、ルーシー。
これから、僕らでどうしていこうか?
★★★★★★★
次回、88話「エピローグ:転生したのは悪役令嬢だけではないようです」です。
最終話です。最後までよろしくお願いします。
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