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第3章 学園編

67 運命 前編

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 祈りながら、ステラの手をぎゅっと握る。

 お願い、神様。
 月の聖女であるならば、どうか私に光魔法を……。

 「るっ……しさま…………」
 「…………」

 だが、ステラは苦しむばかり。
 何も起こらない。

 どうしよう?
 どうしよう?
 どうしよう?

 このままだとステラが死んでしまう。

 どうしよう?
 どうしよう?
 どうしよう?

 早くなにかしなくちゃ。
 でも、私にはもう何も――――――――どうしよう?

 何もできずうろたえていると、背後から足音が聞こえてきた。

 「どいてください! 解毒魔法をかけます!」

 振り向くと、そこには学園専属のヒーラーや先生。
 彼らはステラのそばに行くなり、3人がかりで魔法をかけ始める。

 これでステラは助かる…………。
 
 私はステラの状態が安定するまで、彼女をじっと見ていた。
 一時すると、1人のヒーラーが魔法をやめ、そして、運搬の準備をし始めた。
 
 「あの……彼女は大丈夫なのでしょうか?」
 「もう大丈夫だと思いますよ……でも、本当に危ない状態でした、私たちの到着が少しでも遅れていたら、彼女の命はなかったと思います」
 「そうですか」

 解毒はできたが、毒によって一応病院に連れていくとのこと。
 ステラが運ばれていく様子を横で見ていたが、彼女はすやすやと眠っていた。

 助かったんだ…………よかった。

 そして、運ばれた後も、私はそこにいた。
 立ち尽くしていた。

 もし、間に合わなかったら、ステラは――――。
 
 そう考えると、ゾッとした。



 ★★★★★★★★


 
 数日後。
 入院したステラだが、今はもう普通に生活を送るまでに回復した。
 という話を、キーランから聞いた。
 だが、数日経っても、学園ではかなりの騒動となり、様々な噂が飛び交った。
 
 みんなが噂話をする中、一番話し合われていた内容。

 それは――――――――毒を盛った犯人は誰かということ。

 当然私の名前は一番に上がってきていた。
 というか、多くの人たちが私を犯人と考えているようで。
 廊下を歩いていると、四方八方から視線を感じた。

 同時に、こんな声も聞こえてきた。
 
 『あれって、ラザフォードのご令嬢がやったんじゃない?』
 『可能性として高いけど、マクティアさんが自分で入れた可能性もあるわよ』
 『え? 自分で毒を盛るバカがいるか?』
 『ルーシー様に冤罪をかけるつもりだったんじゃない?』
 『……でも、あの2人は仲良さそうだったわよ』
 『仲良かったと言っても、女子って何があるか分からないって言うじゃん? 裏では嫌っていたかもしれないぞ』
 『そうね。ルーシー様が毒を入れた可能性は高いわ――――だって、マクティアさんはライアン殿下とかなり仲良くしていたし』
 『確かに……自分の婚約者が他の女と仲良くしていたら、私もちょっとだけ嫉妬しちゃうかも』

 近くにいた私が疑われるのは分かる。
 だが、私は毒を盛ってない。
 嫉妬なんか……していない。

 だけど、否定したところで、この前みたいに変に話が広がるだけ。
 無視、無視よ。
 そう決め込み、私は真っすぐ教室に向かう。
 
 今日は朝から好きな授業。
 だから、授業に集中。
 嫌なことなんて考えないの。

 「ルーシー、大丈夫?」

 隣にいたカイルが心配したのか、声をかけてきた。

 「ええ、大丈夫よ」
 「でも、姉さん。少し顔色悪いよ」

 キーランやリリー、エドガーも心配そうな顔を浮かべている。
 確かに、四方八方から視線を向けられて、あまりいい気分ではない。
 ないけれど。

 「姉さん、無理しない方がいいよ。寮に帰ろう?」
 「…………これから好きな授業があるわ。休めない」
 「でも、変な噂のせいで疲れているんでしょ?」

 …………うん、まぁ、ちょっとは疲れてるかも。
 でも、今日は好きな授業があるから、しかも特に面白そうな授業内容だったから、休みたくない。
 すると、リリーがぽきっぽきっと指を鳴らし始める。

 「なら、ルーシー様。あの人たちの口を封じてきましょうか? 私なら、ぶつくさ言ってるやつを一瞬で掃滅できるかと」 
 「……それなら、俺がする」

 リリーとエドガーは噂をしていた生徒の方に目をやって、物騒な提案をしてくれた。
 気持ちはありがたいけど。

 「そんなことをしなくていいわ。この前話した通り、私は毒を盛ってないし、ステラさんに嫉妬なんて抱いていない。だから――――」
 「それは嘘だ」
 
 そう言ってきたのは背後にいた人物。
 振り返ると、ライアン王子がいた。

 うーん。この前の落書き事件みたいに、怒ってるわね。
 それもそうか。
 近くに私がいたし。

 案の定、ライアンの後ろにはステラがいた。
 うん。
 元気そうでよかったわ。

 すっかり元気になっていたステラは、なぜか申し訳なさそうな、困った顔を浮かべていた。

 あー、この感じはきっと先日のことを問い詰めてくるな。
 …………はぁ、嫌な予感しかしない。
 
 後ろにいたカイルが何か言いだそうと歩き始めたが、私は手を伸ばし、彼を停止させる。
 そして、ライアンを真っすぐ見て、問うた。
 
 「殿下、私に何かご用でしょうか?」
 「ルーシー、君なんだろう?」
 「……何のことですか?」

 そう尋ねると、ライアンはハッと笑う。

 「何のこと? しらばっくれないでよ。君がステラの……ケーキかお茶にでも毒を入れたんだろう?」
 「違います」

 確かに、私は近くにいた。
 彼女とお茶をしていた。
 犯人として疑われるのは当然だと思う。

 「ルーシー、嘘をつかないで」
 「ついていません。私はやっていません」
 
 でも、私はやってない。
 絶対にやってないと、そう断言できる。
 
 すると、カイルが私の前に出た。

 「殿下、ルーシーがやったという証拠がありません」
 「彼女はステラとサロンにいた……毒を飲んだ時も一緒にいたらしいね。これは確実じゃない?」
 「サロンには多くの人が出入りしてました。ルーシー以外にも可能なことです」
 「彼女が一番しやすい状況にいたのだから、被疑者なのには変わりない」

 カイルに続き、キーランも前に出る。

 「なら、動機は? 姉さんの動機はなんだというんです? ステラさんに危害を加えて姉さんに利益がないと思いますが?」
 「ルーシーはステラに嫉妬した。それが動機さ」

 リリーも私の前に立った。
 彼女は今にもライアンにかみつきそう。
 まぁ、苛立つ気持ちは分かるけど。

 「は? 嫉妬した? 殿下は浮気を認めるのですか?」
 「浮気? はっ……リリー嬢、それは話が飛びすぎじゃない? 変な思い込みで話すのはやめてほしい。ステラは僕の友人、仲が良いのは当たり前じゃない? なのに、ルーシーは勝手に勘違いして嫉妬して……ステラを毒殺しようとしたんだ。どうかしてる!」
 「ライアン! どうかしてるのはお前だ! 普通に考えてルーシーがそんなことするわけないだろ!」

 キーランもリリーもカイルもみんな私の前に出て、ライアンと言い合い始める。
 普段はあまり声を上げないエドガーまでが怒っていた。

 自分からライアンに声をかけていてなんだけど…………どうしよ。
 もちろん、私はステラを毒殺しようとはしていない。
 だからと言って、このまま言い合ってもなぁ。
 何も解決しないしなぁ。

 そうして、どうすることもなく、廊下で言い合っていると生徒が集まってきて、廊下はさらに騒がしくなる。
 そのうち、先生もやってきた。
 が、言い合っている中にライアンとエドガーがいたため、先生も止めることができず。

 最終的にはめったに姿を見せない学園長が出てきた。

 「君たち、廊下で騒ぐのは止めて――」
 「「「学園長は黙っててください!」」」

 みんなにそう怒られる学園長。
 学園の中で一番偉い人なのに、彼は一瞬でしゅんとなっていた。
 なんかごめん、学園長。
 
 学園長や先生そっちのけで、言い合うみんな。

 「ルーシーがやったんだろう!」

 その中で、しつこくそう言ってくるライアン。
 彼がこんなにも言ってくるのは、シナリオ通りに進めようとする運命のせいだろうか?
 ゲームの時のように、私がステラを毒殺しようとしたことを示す毒瓶決定的な証拠は、私の手にない。
 
 だから、ゲーム通りにはならない。
 いくらライアンが突っかかってきても、私が国外追放とか殺されるとかには繋がらないはず。
 はずなんだけど…………。

 パンっ――――!!

 その瞬間、手を叩く音が響く。

 「なに?」

 音が鳴った方を見る。すると、そこにいたのは水色髪の少年。
 みんなが彼に注目していた。

 「みなさーん、お困りのようだねー。よかったら、僕が解決してあげましょーか?」

 にっこにこ笑顔のアース。
 彼は手を合わせて、そして、こう言ってきた。

 「この事件の犯人、僕ならぱぱっと見つけられるよー!」



 ★★★★★★★★



 「いやぁー、僕ね、この事件の証明をする未来が見えたんだよー」

 僕なら解決できる。
 そんなことを提案してきたアース。

 「……冗談言わないでください。今はそれどころじゃないんですよ」
 「冗談じゃないよー。僕は確かに見えたんだ」
 「じゃあ、何が見えたというんですか?」
 「それは犯人を示す証拠さ。まぁ、僕についてきてよー」

 そう言われ、私たちはアースについていくことに。
 はて? 
 証拠なんてあるのかしら?
 でも、結構経っているし、証拠なんてなくなっていそうなものだけど。

 そんなことを考えながら、彼について行っていく。
 すると、アースがある場所で足を止めた。

 え? 
 ここ?

 意外な場所に私は驚いてしまう。
 カイルたちも困惑していた。
 アースが足を止めた場所は、現場となったサロンではない。
 予想したところとはまた違う場所。

 女子寮前に来ていた。
 
 「なんで女子寮に……」
 「だって、ここに証拠があるんだものー」
 「ここに?」

 女子寮に証拠? 
 
 「僕が女子寮ここで証拠を見つける未来が見えたんだよー」
 「……だとしても、女子寮はかなり広いわよ。一体どの部屋に、証拠があるの?」
 「君の部屋」
 「え?」

 何を言ってるの?
 私の部屋?

 「また、冗談を……」

 あるはずがない。
 毎日私が見てる部屋なのよ?
 毒に関するものなんてあるわけがない。

 「まぁ見ててよ」

 アースは自信ありげに言い、女子寮へと入り、そして、私の部屋と向かった。
 毒なんて買ってないのだから、あるはずがない。
 …………そう思っていたのだけど。

 「ほら」

 彼が指さす方向に、見覚えのあるものがあった。
 ゲームのルーシーが買っていたあの毒の瓶。
 それが……なぜか……窓台にポツンと置かれてあった。

 「うそ……あれは私のじゃない。私、あんなもの……」

 毒瓶は確かに見た。
 売ってる店にも行った。
 だけど、それを買っていないし、触れてもいない。

 それなのに、なぜこんなところにあるの?
 
 「うーん……この瓶にはやっぱり毒が入ってるのかな?」

 アースはそう言って、手袋をし、その瓶を取る。
 私も彼の近くに行き、その瓶をみた。
 よく観察して、何度も観察したが、瓶はゲームで登場したあの毒瓶そのもの。

 「これは証拠じゃないか、ルーシー?」

 ライアンは問い詰めるような声で、そう言ってきた。

 「いくら姉さんの部屋に毒の瓶があったからといって、確固たる証拠にはなりませんよ!」
 「そうです! ここに誰かが置いた可能性だってあります!」

 ライアンに対し、キーランとリリーが必死にそう訴える。
 でも、苦しい発言ね。
 一番疑わしい私の部屋に毒の瓶がある。

 毒瓶を他の誰かが置いた証拠はないから、もともと私が持っていたと考えるのが筋だろう。
 まぁ、私はあれを買って持ち帰った覚えはないのだけど。
 すると。
 
 「そういや、ルーシー。この前、街に1人で行ってたよねー?」
 
 と、アースがそんなことを問うてきた。

 「確かに行ったけど……あなたに言われたから行っただけよ」
 「その時、この毒瓶を買ったんじゃないの?」

 ライアンは怪訝そうな顔をして、私に詰め寄ってくる。
 それでも、私は堂々と答えた。
 
 ここで、否定しなかったら、怪しまれるものね。

 「いいえ、買ってないです」

 それを示す証拠なんてないけど。
 しかし、ライアンは信じられないのか、再度聞いてきた。

 「そういって、本当は買ったんじゃないの?」
 
 …………何度もしつこいわね。
 違うって言ってるのに、私の声が聞こえないのかしら?
 私は苛立って、反論しようとした瞬間。

 「……何度も聞くな、ライアン」

 先にエドガーが口を開いていた。
 それに対し、ライアンはため息をして、首を横に振る。

 「ねぇ、エドガー……君も見たでしょ。ルーシーの部屋に毒瓶が確かに置かれてあったのを。犯人は分かり切っているじゃない?」
 「そうだが、ルーシーが買った証拠がない。さっき、リリーが言ってたように、何者かがルーシーの部屋に入り込んで、そいつが置いた可能性もある」

 エドガーはそう言って、瓶の方に指をさす。
 
 「それに、その瓶の中身が、本当に毒かも分からない」
 
 確かに。
 紫色だったから、ついつい毒だと考えていたわ。

 「まぁ、仮にだ。その中身が本当に毒だったとして、ステラに飲ませた毒と同じかも分からない。たまたま、ルーシーが毒の入った瓶を持っていたのかもしれない」

 たまたま……それはないと思うわ。

 「不確定要素満載なのに、それでもお前はルーシーが犯人だと断言できるのか?」
 「…………」

 エドガーがそう言うと、ライアンは黙り込んだ。
 一方のアースはうんうんと頷いて。

 「それは確かにだねー。ねぇ、学園長、この瓶の中身を確認してもらえるー? 解析できるよねー?」
 「もちろんです」

 学園長はアースのお願いに、即座に受け入れる。
 あれ、どっちが偉い人なんだっけ?
 アースは王子だから、アースの方がお偉いさん?

 なんて考えていると、園長は毒瓶を持って、走り去っていった。
 きっと研究棟にでも向かったのだろう。

 「じゃあ、瓶の中身の解析は学園長に任せて……食堂に移動してみようか?」
 「え? なんで食堂?」
 「いや、ほらー? みんな、お腹空いたでしょー?」
 「…………」

 この人は一体何を言ってるのだか。
 証拠かもしれない毒瓶は見つけたけど、まだ犯人を見つけていないのに。

 「なーんてね、冗談だよ。証人探しに食堂に行こうか」
 「証人?」

 はて? 
 なんの証人なんだろう?
 それをアースに聞いてみると。
 
 「ルーシーがあの毒瓶を買ったことを示す証人さー」

 と、答えた。
 
 「アース、私はあの毒瓶を買っていないわ」
 「それはどうかなー?」

 アースはそう言って、ニヤリと笑う。
 私はそのアースの反応に違和感を感じた。

 アースが『私が毒瓶を買ったことを示す証人』を探そうしている。
 きっと、彼は私を犯人と見ているのだろう。
 でも、なぜ?

 アースが複数の未来を見ることができるのなら、私が無実だってことは分かるはずなのに。

 「ねぇ、アース」
 「何? ルーシー?」
 「アースは本当に犯人を見つけてくれるの?」
 「もちろん」

 アースは自信満々に答える。
 余裕なのか、笑みをこぼしていた。
 まさか彼がシナリオ通りにしようと、動かしているのかしら?

 …………ありえる。
 彼は神の声が聞こえる預言者だし。
 女神ティファニー様もアースのこと知っていたし。

 「ねぇ、アース。あなたは私の味方じゃないの?」

 気づけば、そう尋ねていた。
 聞いてしまったのは、これからどうなるのか怖ったせいかもしれない。
 てっきり、アースが乙女ゲームに登場しないキャラだったから、勝手に安心していたのかもしれない。

 すると、アースは一瞬キョトンして。
 
 「何言ってるのー。僕はいつだって君の味方さー」

 そして、優しい笑顔でそう言った。
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