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第3章 学園編

65 声

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 アースとお茶をした次の日の放課後。
 私は街に行こうとした。
 だが、できなかった。

 「ルーシー様、少しお茶にお付き合い頂けませんでしょうか」
 
 不幸なことに、廊下で主人公に捕まってしまった。
 断る逃げることもできた。
 だけど、私は断らなかった。

 …………いや、本当には断りたかったよ?
 でも、周囲には人がまあまあいて。

 彼女の誘いを断っちゃったらさ、もしかすると印象が悪くなるかもと思って。
 だから、私はステラの誘いを受けることにした。

 ステラとは、落書き事件以降、少し気まずくなっていた。
 彼女とは選択授業が同じなので、話す機会自体はあった。

 でも、あまり話したくなかったのよね。
 あんなことがあったし、なんか気が引けていた。

 誘われた私はステラに案内され、学園内にあるサロンに向かう。
 
 サロンに着くなり、ステラは「お茶を準備してきますね」と厨房の方へと消えてった。
 私は適当な席に座って待つ。
 一時して、彼女がティーセットを持って現れた。

 「あのステラさん」
 「はい、なんでしょう?」
 「その……私に何用でしょうか?」

 何もなければ、私をお茶に誘うなんてことはない。
 尋ねると、彼女は少し気まずそうに笑った。

 「用とかは特にないんです」
 「え?」
 「その……ルーシー様とお話したくって、それでお誘いしました。あの落書きのことがあってから、ちゃんと話ができていなかったので。あの時は本当にすみません。私が騒いでしまったばかりに」
 「あなたは騒いではいないわ。ただ……殿下が少し誤解していただけよ」

 そう話すと、ステラはうふっと笑みをこぼした。
 彼女が笑ってくれたおかげか、私の緊張も少しだけとける。

 ステラは本当にいい子。
 ゲームをプレイしている時はそんな風に思わなかったけれど。 
 でも、彼女と実際に話してみて、ステラはもうそれはいい人だって分かった。

 この際だ。はっきり彼女に聞いておこう。

 「私もちょっとステラさんに聞きたいことがあったの」

 ――――――――彼女の思いを。

 「聞きたいこと、ですか?」
 「ええ。ステラさんは殿下のことをどう思っていらっしゃるのかと思いまして」
 「……どうとは?」
 「すみません、質問を変えます。率直にお聞きします。ステラさんは殿下のことが好きですか?」
 「もちろん好きですよ。ライアン様は友人ですから」

 友人、ね。
 
 「ステラさんはその……恋愛的な『好き』という思いはないのですか?」

 彼女からライアンへの思いをちゃんと知りたい。
 ステラと話すようになって結構経つけど、このことはなんだかんだずっと聞いていなかった。

 もし、彼女がライアンのことを好きだというなのなら、ステラとライアンの2人を呼んで、もう一度婚約破棄してもらえるよう頼もう。
 しかし、ステラは顔を横にぶんぶん振った。

 「い、いいえ! そんなことはありえません。ライアン様はルーシー様の婚約者ですし、私がライアン様に好意を抱いているなんて……なぜそのようなことを聞かれるのですか?」
 「そ、それはステラさんが殿下と親しげに見えましたので、ついそのように考えてしまいました。すみません。今の質問は忘れてください」

 急な質問返しに、私はあわてて答える。
 気になるあまり聞いちゃったけど、ステラの気を悪くさせたかもしれない。
 しまったわ。

 「…………」

 私の謝罪に答えることのないステラは黙ったまま、外を見ていた。
 やっぱり今の質問、ステラの地雷だったかな?
 でも、怒ってはいなさそうで、気難しいそうな顔を浮かべてるけど。

 すると、ステラは外を見ていた目を、こちらに真っすぐ向けて。
 
 「もしですよ。もし、私がライアン様に対して好意を持っていたら……ルーシー様はどう思いますか? お怒りになられますか?」

 そう言ってきた。
 え、なんて答えよう?
 一応婚約者だし、嘘でも好きと言った方がいいのだろうか?

 …………いや、素直に話そう。
 彼女がいつだってライアンを好きになっていいように。
 
 「いいえ。きっとなんとも思わない」

 ――――――――――一瞬だった。

 一瞬だけど、私は見逃さなかった。
 一瞬だけど、ステラは笑った。

 内心は喜んでいるのかな?
 本当はライアンが好きだとか? 

 あり得る。
 非常にあり得る。

 だって、私は公爵令嬢で、ライアンの婚約者。
 遠慮して言わなかったんだろう。
 ステラは何事もなかったように「そうですか」と呟いた。

 「ルーシー様、よければでいいのですが、また今度一緒にお茶しませんか?」
 「もちろん、いいですよ」
 「あと……勉強を一緒にしていただけませんか? 勉強で分からないことがあって」

 ステラはなぜかちょっと照れる。
 そんな彼女に、私は思わず笑ってしまった。

 「すみません。いっぱい頼んでしまって。ルーシー様と過ごす時間がとても楽しくって」
 「うふふ。もちろん、いいですよ」
 「ありがとうございます」

 ステラは満面の笑みを浮かべる。
 私なんかと思うけど、彼女が楽しいというのなら、付き合ってあげよう。

 それに。

 もしかすれば、彼女と仲良くなっておけば、ゲームのようなことは起きない可能性だってあるから。
 



 ★★★★★★★★



 休日になって私は街に出れた。
 イザベラには1人で街に出るべきじゃないと言われたが。
 
 好奇心が勝ち、私は1人で街へ出ていた。
 もちろん、街になじむように変装をして。

 求めているものに出会えるとは言われたけど、今欲しいものはやっぱり時間。
 自分の人生をできるだけ長く続かせたい。できるだけ元気に生きていたい。
 私はその願いを叶えるには、自分でどうにかするしかないと思っていた。

 アースが街に出ろと言ってきたのは、その願いを叶えてくれる物or人物orイベントなのかもしれない。
 もしかして、長生きできる薬とか、防御力最強にしてくれる薬とかと出会えるのかも?

 そんな期待を抱きながら、街を歩いていく。
 大通りは人で賑わっており、平和そのものだった。

 この街にも結界を張ったそうなので、一時は黒月の魔女は出現しないとのこと。

 黒月の魔女が突然現れるなんていう騒動があったけど、今はその恐れもないから、いつも通り。
 私はそんな街の様子に安心していた。
 
 そうして、賑わう街を歩くこと数十分。
 つい気になって、大通りを外れ小道に入っていく。

 すると。

 「このお店って……」
 
 私が目に留めたのは一つの屋台の店。
 非常に見覚えがあるそのお店。
 このお店ってもしかして、ゲーム上のルーシーが毒薬を買うとされるあのお店?
 え? うそでしょ?

 もう随分と昔の話になるが、突然声が出なくなった時に、必死になって探していたあの店。
 そのお店が今、私の目の前にあった。
 足は自然とその店に向かう。

 「そこのお嬢さん、何か気になるものでも?」

 その店には妖艶なお姉さんが接客をしていた。
 そのお姉さんは深いフードを被っていて、素顔は見えない。
 だけど、笑顔で対応してくれていたのはなんとなく分かった。

 「気になるものはあったら、声をかけてちょうだーい」

 商品を見てみる。ほとんど目新しいものだったが、1つだけは違った。
 毒薬が入っているであろう小瓶。それはゲームでルーシーが買ったものと全く同じものだった。

 ここにあったなんて…………感動だわ!

 他にも小瓶が並んでおり、ラベルを見ていくと『身体異常回復薬』なんて小瓶もあった。
 これこれ! 声が出なくなった時に欲しかったのこれなのよ!
 
 今は毒薬も身体異常回復薬も必要ないし、買わないんだけどさ。
 なんかゲームのアイテムって少しウキウキするのよね。

 他にも面白いものが売っていないか探す。
 すると、気になる商品を見つけた。
 それはレザーブレスレット。
 小さいものではあるが、紫の宝石がついていた。

 「お嬢さん、それが気になるの?」
 「はい。とってもきれいだなと思いまして」
 「ウフフ、それは南の国の方で仕入れたものよ。お値段は結構しますけど、買います?」

 あれ?
 この人の声、どっかで聞いたことがある。
 最近どこかで聞いたはず。

 「あなたの声、どこかで聞いたことがある……」

 私が行く場所なんて限られてる。
 もしかして、この人、学園内の人なのかな? それとも学園を出入りしている人?
 しかし、その女性は首をかしげていた。

 「あら、私はあなたと初めて会いますのよ」
 「でも、どこかで……」
 「きっと気のせいですわ」

 その女性は食い気味に否定する。

 「ウフフ、私はずっとこの周囲で商売をしていましたので、あなたのようなご貴族様にはそう滅多にお会いすることはないと思ったのですよ」

 そう言って、女性は薬指につけた指輪に視線を向けてきた。

 「世界には自分と似たような人が3人ほどいらっしゃるといいますし、お嬢様の近くに私と似たような人物でもいたのでしょう」

 ふむ。私の気のせいか。

 「なんか…………すみません」
 「いいえ。誰しも間違えることはありますわ。それで……何か買われます?」

 お姉さんはニコリと笑っていたが、そう促してくる。
 さっさと何か買ってほしいのだろう。
 まぁ、そうよね。店の人だし。
 私はさっきから気になっていたレザーブレスレットを手に取った。

 「じゃあ……これ、買います!」
 「毎度ありがとうございます!」

 そうして、その後も長生きできそうな代物を探していたが、見つかることはなく。
 日が暮れると、私はブレスレットだけを持って、学園に戻った。
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