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第3章 学園編

63 逆風

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 日が沈み、暗闇に満ちた生徒会室。
 その一角には1つの明かりがともされていた。
 そして、その明かりを挟むように、2人の人間がソファに座っている。

 1人は真剣な表情を、もう1人は微笑みを浮かべていた。

 「おたく、何を企んでるんや?」

 いつになく真剣な顔のハイパティア。彼女は手を組み、尋ねた。
 しかし、相手は肩をすくめる。

 「何って?」
 「いや、分かるやろ」

 ハイパティアは呆れて、はぁとため息。
 彼女はいつもは自分のペースで話すのだが、この相手にはそうもいかない。
 珍しく相手に合わせていた。
 
 「すまん、こっちが悪かった。率直に聞くで」
 「いいよー」

 ハイパティアは鋭い目付きで相手を見る。
 だからといって、相手が動じることはない。

 「おたくさ、うちの妹に何をしようとしてるんや?」

 ここ最近、ハイパティアは多くの疑問を抱いていた。
 相手はなぜルーシーを誘拐しようとしていたのか。
 相手はなぜあんなにもルーシーに構うのか。
 相手はなぜ自分が動かずを使っているのか。

 ルーシーの誘拐についてはエドガーから聞いてはいた。が、相手の回答がかなりアバウトなものであったため、未だに疑問を抱いていた。
 また、学園の様子を聞いていると、彼がルーシーとよく話をしているというのも知ったハイパティア。

 普段の彼なら、人とあまり接触しようとしない。
 そのことを知っていた彼女は、あんなに頻繁にルーシーに話しかけるということに違和感を抱いていた。
 
 すると、ハイパティアの質問に、相手は首を傾げる。

 「妹って誰?」
 「ルーシーのことや」
 「ルーシーって君の妹だったのー? 初耳ぃー」
 「実際の妹ではあらへんで。でも、ルーシーは妹同然や」
 「そうなのー」

 相手はなかなか質問に答えてくれない。

 「ほんで、うちの質問に対する回答は?」
 「何にもー?」
 「何にも? うちに嘘はつかんほうがええで」

 ハイパティアがそういうと、笑顔だった相手もキリっと真剣な表情に変った。

 「嘘はついてないよー。君に嘘をついても、どうせどこかでバレるしねー」
 「良く分かっちょるやんか」
 「だから、はっきり言っておくよ。は何も企んでなんかいない。彼らに命令されたことしかしない。僕は操り人形だからね」
 「……どこか操り人形や。散々自由にしているくせに」
 
 相手はアハハと笑う。
 こいつは本当につかめない。
 ハイパティアは珍しくそう感じていた。

 相手に尋問するのを諦めた彼女は、はぁとため息。
 
 「もうええわ、あんたへの質問はお終いにするで。ほら、お菓子でも食べえや」

 そう言って、ハイパティアはバケットを、相手の前に出す。
 そのバケットの中に入っているのは、カラフルなマカロン。
 
 「これはどうもありがとー」
 
 上機嫌に戻った相手はマカロンの1つを取り、ぱくりと食べる。
 相手は美味しいかったのかうなりの声が漏れていた。 

 「これ、美味しいね。どこで買ってきたのー?」
 「『ルクシエール』という店らしい」
 「らしい……君が買ってきたんじゃないんだね」
 「せや、かわいい後輩に買わせにいかせたんや。『明日、お偉いさんが来るから』ってな」
 「あらー。わざわざ僕のためにありがとー」

 こちらを気にすることなく、マカロンをどんどん食べていく相手。
 そんな様子に、ハイパティアは呆れて笑っていた。

 「ねぇ。会長」
 「なんや?」
 「僕、これ気に入ったから、何個か持って帰ってもいいー?」
 「…………ええで。私、1人じゃ食われへんからな」
 「ありがとー」

 相手は大量のマカロンが入ったバケットをそのまま持って、生徒会室を去っていた。



 ★★★★★★★★



 カイルとのデート後。
 私、ルーシー・ラザフォードはよく眠れるようになっていた。

 落書き事件があってから、ちゃんと眠りにつくことができずにいた。
 お布団の中に入っても目を閉じてもなかなか眠れない、眠ろうと意識すればするほど寝れない――――そんな地獄に落ちていた。
 最近では特に疲れは取れず、寝れないことのへのストレスも感じていた。

 だけど、カイルとのデート(?)の後は違った。
 布団に入ると、すやっとの〇太くん並みの速さで寝れるようになった。
 今まで眠れなかったのが不思議なくらいに。
 
 だから、結果論ではあるけど、カイルに話してよかったと思う。 
 彼に話すまで、ずっと思考がぐるぐるしていた。
 
 試合でステラさんを傷つけてしまって。
 そのせいで、ライアンから婚約破棄されて、国外追放されて。
 最悪の場合、死んじゃうのじゃないかって。
 
 そんなことはないはずなのに、そうなるとは決まったわけじゃないのに、悪い方向へ考えていた。

 そんな思考状態だった私に、カイルはずっと一緒にいてくれると言ってくれた。
 ゲームと同じルートを辿らないとは断言できないから、全部の不安が消えたわけじゃない。
 でも、彼が私と一緒にいてくれると思うと、不安が和らいだ。

 私は1人じゃないと。
 私はゲームのルーシーとは状況が異なると。
 
 そう冷静に考えられるようになっていった。
 そして、眠れるようになって、疲れも取れて、頭がちゃんと回り始めてから、考えたことがある。

 それはライアンとの婚約について。

 てっきりゲーム通りになって、婚約破棄されて、国外追放。
 ってことを考えていたわけだけど。
 
 『別に、ライアンから婚約破棄されるのを待たなくてもよくなーい?』

 というギャル口調な結論が出た。
 そして、その考えが出てからは即座に実行に移す。

 結論を出した翌日、私はライアンを呼び出した。
 放課後、人通りの少ない庭で待っていると、彼が1人姿を現す。

 「それで、大事に話ってなに?」
 「はい。単刀直入にお尋ねします。殿下、思いの人はいらっしゃいますか」

 そう聞くと、ライアンの顔はむっとした。
 いるよね。それはもちろんステラよね。
 私は彼の返事を待つことなく、提案する。

 「私との婚約を破棄していただけないでしょうか」

 数年前にも、これを彼に提案した。
 が、あの時は却下された。
 でも、今は状況が違う。

 彼には好きな人がいて、私より虫よけの役割を果たす人がいる。
 だから、今の彼ならこの提案に乗ってくれるはず。
 
 「は? 今、君……は?」

 しかし、ライアンは予想とは違う反応を示していた。
 …………え? 困惑している?

 「……今、君なんて言ったの?」
 「私たちの婚約を破棄してほしいといいました」
 「…………」

 すると、ライアンは頭を抱えて、そして、笑い始めた。
 まるで私がおかしなことを言ったかのように、笑っている。

 「アハハ、ルーシー。それってさ、何かの冗談だよね?」
 「……いえ、冗談ではありません」

 そう答えると、黙るライアン。
 私たちの間に静寂が広がる。
 近くの草木の揺れる音や、遠くの生徒の声が聞こえてきた。

 しかし、ライアンは何も言わない。一分経っても、5分経っても何も言わなかった。

 これは私の提案を理解してもらえていない? 
 難しいことは言っていないはずなんだけど……。

 あ、もしかして。
 私から婚約破棄の話を持ち出したのが悪かったかな。

 このままだと、ライアンは私に婚約破棄されたということになる。将来、王となる可能性がある者が、令嬢に振られたとなれば、世間の目は少々鋭いものになるのかもしれない。

 でも、そんなのはどうにでもなると思うのよね。
 世間には「ライアンから私に婚約破棄の話をした」と伝えればいいだけの話。
 今は世間の目なんて気にする必要はない。

 ただ、婚約破棄の提案にYESと答えてほしい。
 黙りっぱなしのライアンにしびれを切らし、私はもう一度提案する。

 「あの、殿下。どうか私との婚約を破棄していただけませんか。今の殿下には思いの人がいらっしゃるので、その方と婚約を結んだ方がいいと思うので――――」
 「それ以上言わないで」
 「え?」

 言わないと、伝わらないのだけど。
 あ、婚約を破棄してほしいという提案は理解してもらえたのかしら?
 ライアンは目をつぶって、こう言った。

 「僕は何も聞かなかった。君は何も言わなかった」
 「え?」

 いや、私は言ったよ?
 婚約を破棄してほしいと。

 しかし、ライアンは何事もなかったように去ろうとする。

 ――――ちょ、ちょ。ちょ、ちょっと。
 
 「殿下、お待ちください」
 「待たない。じゃあね、ルーシー」

 呼び止めたが、彼は足を止めることはなく。
 私は1人寂しく残された。

 どう見たって、今のライアンはステラに対して好意を持ってる。
 それはステラも一緒。
 なのに、なぜ彼は私との婚約を解消してくれない?

 今、婚約破棄をした方が、絶対みんなも幸せになれるのに。

 風が吹き、草木を、銀髪を揺らしてく。
 見上げると、雨が降りそうな雲。
 夏はもうすぐというのに、その庭では冷たい向かい風が吹いていた。
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