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第3章 学園編
57 キーラン視点:姉さんを返せ
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遠くで響くチャイムの音。
そのチャイムは午後の授業開始を知らせるもの。
………………ああ、これじゃあ遅刻確定だ。
しかし、姉さんはそんなチャイムの音を気にすることなく。
「キーラン、キスしましょ?」
僕にそう迫っていた。
「ほら、男女がする、深い深いキス」
「……」
「弟だからって気にすることはないわ。ここには誰もいないし、気にする人はいないもの」
「……」
「ねぇ、キーラン?」
姉さんはいつだって、遅刻しないようにしてきた。
ポケットにはちゃんと懐中時計が入れて、時間を確認して、5分前行動をしてきた。
そんな姉さんが『授業ぐらい遅れていいじゃない』?
―――――――ふざけているのか。
そんなこと、姉さんなら言わない。
絶対に言わない。
「あんた、姉さんじゃないな」
姿は姉さんそのものだし、話し方も似ている。
けど、これは姉さんじゃない。
「あんた、誰だ」
もし目の前にいるのが本当の姉さんなら、僕は返事を待たずキスをしてる。
言う通りに、深いキスをしている。
「何を言っているの、キーラン。私はルーシー、あなたの姉さんよ」
「バカを言うな」
「えー、本当なのに」
「じゃあ、僕の質問に答えて」
「分かったわ」
姉さんもどきは動揺することなく、平然としている。
よほど自信でもあるのだろうか。
まさか、本当の姉さん? いや、そんなわけないか。
もし、質問に答えることができて本当の姉さんと分かったら、僕はすぐにキスしてあげよう。
姉さんから頼んできたんだし、文句は言われないもんね。
そう考えて、僕は本物の姉さんじゃないと答えれない質問をした。
「姉さんが好きなボールペンの太さは何ミリメートル?」
「え?」
「あなたが本当の姉さんなら答えることができるでしょ? 姉さんが好きなボールペンの太さは何ミリ?」
姉さんなら、当然即答できる。
答えは0.5ミリ。
姉さんはこの太さが気に入って、小さな頃からの0.5ミリのボールペンを使っている。筆箱に入っているのも0.5ミリしかない。
ちなみに僕の好きなボールペンの太さは0.7ミリ。
しかし、姉さんの姿をしたそいつは。
「ボールペンの太さなんぞ、知るかぁっ!?」
と声を荒げた。
「やっぱり、あんた、姉さんじゃない!」
これはあの人しか思いつかない。
「あんた、カーリー様でしょ!」
「な、なぜ分かった!」
姉さんもどきこと、カーリーは分かりやすく驚く。
「そりゃあ、分かるよ! ここ1時間で、姉さんにちゃんと接触したのはカーリー様だけだもん! 分かりやすすぎるでしょ!」
「そ、そんな! 我は全力で主の姉に似せたというのに!」
「に、似てない! ちょっとは似てるかもしれないけど、姉さんはあんなことしない!」
そう大声でカーリーに言いながらも、僕は懐にしまっていた杖をさっと取り、構える。
別に杖を使わなくても、魔法は使える。
だが、相手は元魔王軍幹部。
杖でやった方が安定して魔法が使え、彼女を捕えやすい。
なんとしてでも、カーリーには姉さんの体から出て行ってもらわないといけない。
でも、多分抵抗するだろうから、しっかりと捕らえて魔法で強制的に出ていってもおう。
それに、姉さんの体に入っているとはいえ、封印している魔王軍幹部を地上に出すわけにはいかない。
僕は得意魔法ではないが、土魔法を使い、図書館へと繋がる階段を閉鎖。
池のガラスを割られても逃げられるため、ガラス部分を覆うように、壁を形成。
見た目より強度を重視したため、荒っぽい壁になったが、まあいい。
さっき話している際、カーリーは封印されていて、ずっと地下から動けないと言っていた。
その発言から考えるに、カーリーは姉さんの体を乗っ取ったと思われる。
となると、カーリーには精神系魔法でアタックしないといけないかな。
――――――――――てかさ。
「なんで、あんたは姉さんの体を乗っ取ったんだ!」
「そ、それは! ちょっとだけ外に出たかったんじゃ! その空気を吸いに行きたかったんじゃ!」
姉さんの姿で「じゃ」を語尾にされると笑いそうになるが、ぐっとこらえる。
「それなら、なんで誘惑なんてしてきたんですか! 何もしなかったら、ちゃんと外に出られたのに! バカじゃないですか!」
「それは貴様が分かりやすく、姉に好意を向けていたからじゃよ! これをいじらずにはいられまい!」
「なっ!」
気づかれていたのか。
カーリーの言葉に少し動揺するが、首を横に振り、気を取り直す。
「ともかく! 姉さんの体乗っ取らないでよ!」
「乗っ取ってはおらぬ! ただ魂を交換しただけじゃ! お主の姉の魂は眠らせた我の体にある!」
――――――なるほど。
姉さんとカーリーが握手を交わした時、カーリーは突然眠り始めた。
だが、実際は姉さんとカーリーが入れ替わり、幼女体に入った姉さんが寝かされていた。
…………つまり、握手した時からすでに入れ替わっていたっことか。
くそっ!
姉さんじゃないって気づけないだなんて、僕としたことが!
「そんなこともしないで! はやく! はやく! 姉さんから出て行って! 姉さんを返して! カーリー様!」
「いやじゃっ! 我はこの体がいい! 保持魔力が異常に多いこの体がいい! 我になじむのじゃ!」
カーリーは姉さんの体が気に入ったのか、頑なに出ていこうとしない。
これは……精神系魔法を放つしかないか。
精神系魔法は授業でも少ししか習ってないし、使ったことがないから、上手くいくか分からない。
精神系魔法は理論だけ知っている魔法というのが学生の認識。
下手をすると場合によっては、精神系魔法を使った術者の精神がやられることもあるため、先生からは下手に使わないようにと言われている。
それだけ高度な魔法。
でも、するしかない。しないと、僕の姉さんが返ってこない。
僕が覚悟を決めて、精神魔法を放とうとした瞬間。
ゴォ――――――。
という音がしてきた。
音の方に目を向けると、地下に繋がっていたあの階段が再出現していた。
もしかして、姉さんが目を覚まして、来てくれた!?
階段の奥から聞こえてくるコツコツと鳴り響く足音。
でも、1人だけの足音にしては数が多い。
そして、奥からは声が聞こえてきた。
「はぁ…………まさか、こんなところに通路があったとは」
「先輩、知らなかったんですか」
「うん、知らなかった。地下に繋がっているのはいつも通っている場所だけと思っていたから――」
目隠しをした女子生徒と幼女――その2人は仲良く話しながら、階段を上って来ていた。
「…………ゾーイ先輩」
女子生徒はあのゾーイ先輩。彼女は片手にバスケットを持ち、もう片方の手は幼女と手を繋いでいる。
きっと幼女の方に姉さん(の魂)が入っているんだろう。
すると、カーリー(姉さん姿)は驚きの声を上げた。
「なぜこんなところにゾーイが!」
「なぜってね……」
ゾーイ先輩は呆れたように、大きなため息をつく。
「それはあなたがまた悪さをしようとしていたからですよ」
「いや、別に我は悪さをしようとしたわけでは――」
すると、ゾーイ先輩はバッとバスケットを持ちあげる。
「ああ! 今日はせっかく美味しいそうなサンドウィッチを用意したというのに!」
「なっ!」
「今日は私1人で食べないとなりませんねぇ! あ、量が結構あるけど、ルーシーも食べる?」
「いいえ、昼食は食べたから大丈夫ですよ」
「そっか。じゃあ、私1人で食べないなぁ」
「我もおる! 我も食べる!」
カーリー(姉さんの姿)はぴょんぴょんとはねて、ゾーイと幼女姉さんのところへ向かう。
「じゃあ、カーリー様」
「な、なんじゃ、ゾーイ」
「ルーシーに体を返してください。彼女が困っています」
「む、むぅ…………」
カーリーは観念したのか、幼女姉さんの方に歩いていく。
「手を貸しておくれ」
「あ、はい」
そして、手を繋いだ。
しかし、2人の周りに光とか魔法を使ったエフェクトが現れることなく、静かに入れ替わった。
元の体に戻った姉さんは安心したのかほっと息をつき、幼女の方はしょぼくれていた。
「姉さん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。なんともないわ」
しょぼくれてしまった幼女カーリー。
彼女はゾーイ先輩の方に向き直り、両手を伸ばした。
「……ほら、返したぞ、ゾーイ。ご飯を、サンドウィッチをくれ!」
しかし、先輩は横に首を振る。
「残念ですがそれはできません、カーリー様」
「な、なぜじゃ! 体を返したじゃろ!」
「やった罰は受けなければなりません」
「そ、そんなぁ…………我は夕食まで何も食べれぬというのか?」
「いいえ」
ゾーイ先輩は再度横に首を振った。
「今日はご飯なしですから、明日の朝……いえ、昼食まで食べることはできません」
「な、なぜじゃっ!」
「それは罰が1つではないからですよ。今日のお昼抜きはルーシー様にご迷惑をおかけした罰ですが、地下から出てしまった罰も受けてもらわなければなりません」
「ふ、二つも罰を受けねばならんのか!」
「さようでございます。正直、2つ目の方が重罪であります」
「罰なんて、1つにまとめて行ってしまえばよいではないか!」
「それではカーリー様を甘やかすことになります。団長からはカーリー様を甘やかすことがないようにしてくれと言われていますので……それで2つ目の罰についてですが――」
ゾーイ先輩が2つ目の罰について話そうとした瞬間、幼女は先輩にすがり始める。
「ぞ、ゾーイぃ! さっきのはのっ! ずっと地下におったから、久しぶりに日を浴びたくて、どうしても外に出たくての!」
「…………」
「すまんかった! 本当にすまんかった! どうかこの通り!」
「……カーリー様」
「いやじゃっ! ゾーイぃ! やめてくれっ!」
「重罪なので、今日の晩御飯、そして、明日の朝ご飯も抜きです」
「ぃやじゃぁ————!!」
★★★★★★★★
「姉さんじゃないって気づかなくってごめん」
僕がそう謝ると、姉さんはフフッと笑った。
カーリー様の刑罰執行後。
僕らはゾーイ先輩と別れ、階段を上って図書館に戻っていた。
戻る際に、姉さんはゾーイ先輩と一緒に帰ろうと誘ったが、ゾーイ先輩はカーリー様をちゃんと地下に連れていくという仕事があるという理由で断られた。
だから、2人で戻っている。次はちゃんと本物の姉さんと。
ボールペンの太さをちゃんと確認したから、絶対に本物姉さんであることは確かめている。
「別に、そんなこと謝らなくていいのに」
「でも、僕、姉さんに気づけないだなんて……」
「私もキーランの立場だったら、たぶん分からないと思うわ」
図書館に着くと、生徒の姿はなく、研究者らしい方だけがちらほらみられる。
もう授業が始まっているようだった。
「これ、遅刻確定だね」
「そうね。仕方ないわ……」
ポケットから時計を出し、姉さんははぁとため息をつき、がっかり。
遅刻したと分かった僕らは図書館から出ると、静かな廊下をゆっくりと歩く。
「でも、よかったの?」
「何が?」
「その…………カーリー様にご飯を作ってあげるなんて言って」
そう。
カーリーはゾーイ先輩によって、ご飯抜きの罰が執行されることとなった。
だが、姉さんはそのことを不憫に思ったのか、カーリーにご飯を作ってあげると言い出した。
「るぅしぃぃ――!!」
よほど絶食の刑が嫌だったのだろう。
元・魔王軍幹部幼女カーリーは姉さんが救世主であるかのように目を輝かせて、すがりつき泣いていた。
まぁ、確かに朝昼晩と1日ご飯を抜くのは辛いかもな。
一方、ゾーイ先輩はコイツにそんなことをしなくていいですよ、なんて言いたげな顔をしていたが、姉さんが。
「ゾーイ先輩、罰はお昼抜きで十分だと思いますよ」とか。
「私のことに関する罰は私が執行したいので、あとでその罰を受けてもらうのはどうでしょう」とか。
そんな提案をすると、苦笑いしながらもゾーイ先輩は折れてくれたのだ。
「ご飯は誰であってもやっぱり大切だからね。今回はあんないたずらをしちゃったけど、カーリー様は基本悪い人じゃないし、それに……」
「それに?」
「それに、正直幼女の体になるのはあれはあれでよかったと思ってる。久しぶりにあの高さの景色を見て新鮮だったわ。あとは……カーリー様に借り?ができるのはいいと思ったし、何かあったら罰と称して助けてもらおうと思ってるの」
「全く、姉さんはホントすごいね……」
やっぱり姉さんはすごい人。
幼女になってもポジティブでいて、カーリー様の罰を利用することをあの場で考えていたなんて、彼女の頭の回転も速い。
全くさすがだよ、姉さん。
廊下にサッーと流れる風。
その風は隣にいる姉さんの銀髪を揺らす。
僕が姉さんの方を見ていると、彼女は一時して気づいて。
「どうしたの? じっとこっち見て?」
と、首を傾げていた。
彼女の淡紫色の瞳はまっすぐ僕に向いている。
…………ああ、可愛いな。
間近で姉さんを見ていると、彼女が乙女ゲームの主人公でいいんじゃないかと思う。
ホント、誰が姉さんを悪役になんてしたんだか。
「ねぇ、姉さん」
「なーに?」
「僕も一緒に夕食食べてもいい?」
「もちろんよ」
そうして、夕食の時間には姉さんの手作り料理を僕と姉さん、カーリー様、ゾーイ先輩と一緒に食べました。
姉さんのご飯は世界一おいしゅうございました。ごちそうさま。
そのチャイムは午後の授業開始を知らせるもの。
………………ああ、これじゃあ遅刻確定だ。
しかし、姉さんはそんなチャイムの音を気にすることなく。
「キーラン、キスしましょ?」
僕にそう迫っていた。
「ほら、男女がする、深い深いキス」
「……」
「弟だからって気にすることはないわ。ここには誰もいないし、気にする人はいないもの」
「……」
「ねぇ、キーラン?」
姉さんはいつだって、遅刻しないようにしてきた。
ポケットにはちゃんと懐中時計が入れて、時間を確認して、5分前行動をしてきた。
そんな姉さんが『授業ぐらい遅れていいじゃない』?
―――――――ふざけているのか。
そんなこと、姉さんなら言わない。
絶対に言わない。
「あんた、姉さんじゃないな」
姿は姉さんそのものだし、話し方も似ている。
けど、これは姉さんじゃない。
「あんた、誰だ」
もし目の前にいるのが本当の姉さんなら、僕は返事を待たずキスをしてる。
言う通りに、深いキスをしている。
「何を言っているの、キーラン。私はルーシー、あなたの姉さんよ」
「バカを言うな」
「えー、本当なのに」
「じゃあ、僕の質問に答えて」
「分かったわ」
姉さんもどきは動揺することなく、平然としている。
よほど自信でもあるのだろうか。
まさか、本当の姉さん? いや、そんなわけないか。
もし、質問に答えることができて本当の姉さんと分かったら、僕はすぐにキスしてあげよう。
姉さんから頼んできたんだし、文句は言われないもんね。
そう考えて、僕は本物の姉さんじゃないと答えれない質問をした。
「姉さんが好きなボールペンの太さは何ミリメートル?」
「え?」
「あなたが本当の姉さんなら答えることができるでしょ? 姉さんが好きなボールペンの太さは何ミリ?」
姉さんなら、当然即答できる。
答えは0.5ミリ。
姉さんはこの太さが気に入って、小さな頃からの0.5ミリのボールペンを使っている。筆箱に入っているのも0.5ミリしかない。
ちなみに僕の好きなボールペンの太さは0.7ミリ。
しかし、姉さんの姿をしたそいつは。
「ボールペンの太さなんぞ、知るかぁっ!?」
と声を荒げた。
「やっぱり、あんた、姉さんじゃない!」
これはあの人しか思いつかない。
「あんた、カーリー様でしょ!」
「な、なぜ分かった!」
姉さんもどきこと、カーリーは分かりやすく驚く。
「そりゃあ、分かるよ! ここ1時間で、姉さんにちゃんと接触したのはカーリー様だけだもん! 分かりやすすぎるでしょ!」
「そ、そんな! 我は全力で主の姉に似せたというのに!」
「に、似てない! ちょっとは似てるかもしれないけど、姉さんはあんなことしない!」
そう大声でカーリーに言いながらも、僕は懐にしまっていた杖をさっと取り、構える。
別に杖を使わなくても、魔法は使える。
だが、相手は元魔王軍幹部。
杖でやった方が安定して魔法が使え、彼女を捕えやすい。
なんとしてでも、カーリーには姉さんの体から出て行ってもらわないといけない。
でも、多分抵抗するだろうから、しっかりと捕らえて魔法で強制的に出ていってもおう。
それに、姉さんの体に入っているとはいえ、封印している魔王軍幹部を地上に出すわけにはいかない。
僕は得意魔法ではないが、土魔法を使い、図書館へと繋がる階段を閉鎖。
池のガラスを割られても逃げられるため、ガラス部分を覆うように、壁を形成。
見た目より強度を重視したため、荒っぽい壁になったが、まあいい。
さっき話している際、カーリーは封印されていて、ずっと地下から動けないと言っていた。
その発言から考えるに、カーリーは姉さんの体を乗っ取ったと思われる。
となると、カーリーには精神系魔法でアタックしないといけないかな。
――――――――――てかさ。
「なんで、あんたは姉さんの体を乗っ取ったんだ!」
「そ、それは! ちょっとだけ外に出たかったんじゃ! その空気を吸いに行きたかったんじゃ!」
姉さんの姿で「じゃ」を語尾にされると笑いそうになるが、ぐっとこらえる。
「それなら、なんで誘惑なんてしてきたんですか! 何もしなかったら、ちゃんと外に出られたのに! バカじゃないですか!」
「それは貴様が分かりやすく、姉に好意を向けていたからじゃよ! これをいじらずにはいられまい!」
「なっ!」
気づかれていたのか。
カーリーの言葉に少し動揺するが、首を横に振り、気を取り直す。
「ともかく! 姉さんの体乗っ取らないでよ!」
「乗っ取ってはおらぬ! ただ魂を交換しただけじゃ! お主の姉の魂は眠らせた我の体にある!」
――――――なるほど。
姉さんとカーリーが握手を交わした時、カーリーは突然眠り始めた。
だが、実際は姉さんとカーリーが入れ替わり、幼女体に入った姉さんが寝かされていた。
…………つまり、握手した時からすでに入れ替わっていたっことか。
くそっ!
姉さんじゃないって気づけないだなんて、僕としたことが!
「そんなこともしないで! はやく! はやく! 姉さんから出て行って! 姉さんを返して! カーリー様!」
「いやじゃっ! 我はこの体がいい! 保持魔力が異常に多いこの体がいい! 我になじむのじゃ!」
カーリーは姉さんの体が気に入ったのか、頑なに出ていこうとしない。
これは……精神系魔法を放つしかないか。
精神系魔法は授業でも少ししか習ってないし、使ったことがないから、上手くいくか分からない。
精神系魔法は理論だけ知っている魔法というのが学生の認識。
下手をすると場合によっては、精神系魔法を使った術者の精神がやられることもあるため、先生からは下手に使わないようにと言われている。
それだけ高度な魔法。
でも、するしかない。しないと、僕の姉さんが返ってこない。
僕が覚悟を決めて、精神魔法を放とうとした瞬間。
ゴォ――――――。
という音がしてきた。
音の方に目を向けると、地下に繋がっていたあの階段が再出現していた。
もしかして、姉さんが目を覚まして、来てくれた!?
階段の奥から聞こえてくるコツコツと鳴り響く足音。
でも、1人だけの足音にしては数が多い。
そして、奥からは声が聞こえてきた。
「はぁ…………まさか、こんなところに通路があったとは」
「先輩、知らなかったんですか」
「うん、知らなかった。地下に繋がっているのはいつも通っている場所だけと思っていたから――」
目隠しをした女子生徒と幼女――その2人は仲良く話しながら、階段を上って来ていた。
「…………ゾーイ先輩」
女子生徒はあのゾーイ先輩。彼女は片手にバスケットを持ち、もう片方の手は幼女と手を繋いでいる。
きっと幼女の方に姉さん(の魂)が入っているんだろう。
すると、カーリー(姉さん姿)は驚きの声を上げた。
「なぜこんなところにゾーイが!」
「なぜってね……」
ゾーイ先輩は呆れたように、大きなため息をつく。
「それはあなたがまた悪さをしようとしていたからですよ」
「いや、別に我は悪さをしようとしたわけでは――」
すると、ゾーイ先輩はバッとバスケットを持ちあげる。
「ああ! 今日はせっかく美味しいそうなサンドウィッチを用意したというのに!」
「なっ!」
「今日は私1人で食べないとなりませんねぇ! あ、量が結構あるけど、ルーシーも食べる?」
「いいえ、昼食は食べたから大丈夫ですよ」
「そっか。じゃあ、私1人で食べないなぁ」
「我もおる! 我も食べる!」
カーリー(姉さんの姿)はぴょんぴょんとはねて、ゾーイと幼女姉さんのところへ向かう。
「じゃあ、カーリー様」
「な、なんじゃ、ゾーイ」
「ルーシーに体を返してください。彼女が困っています」
「む、むぅ…………」
カーリーは観念したのか、幼女姉さんの方に歩いていく。
「手を貸しておくれ」
「あ、はい」
そして、手を繋いだ。
しかし、2人の周りに光とか魔法を使ったエフェクトが現れることなく、静かに入れ替わった。
元の体に戻った姉さんは安心したのかほっと息をつき、幼女の方はしょぼくれていた。
「姉さん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。なんともないわ」
しょぼくれてしまった幼女カーリー。
彼女はゾーイ先輩の方に向き直り、両手を伸ばした。
「……ほら、返したぞ、ゾーイ。ご飯を、サンドウィッチをくれ!」
しかし、先輩は横に首を振る。
「残念ですがそれはできません、カーリー様」
「な、なぜじゃ! 体を返したじゃろ!」
「やった罰は受けなければなりません」
「そ、そんなぁ…………我は夕食まで何も食べれぬというのか?」
「いいえ」
ゾーイ先輩は再度横に首を振った。
「今日はご飯なしですから、明日の朝……いえ、昼食まで食べることはできません」
「な、なぜじゃっ!」
「それは罰が1つではないからですよ。今日のお昼抜きはルーシー様にご迷惑をおかけした罰ですが、地下から出てしまった罰も受けてもらわなければなりません」
「ふ、二つも罰を受けねばならんのか!」
「さようでございます。正直、2つ目の方が重罪であります」
「罰なんて、1つにまとめて行ってしまえばよいではないか!」
「それではカーリー様を甘やかすことになります。団長からはカーリー様を甘やかすことがないようにしてくれと言われていますので……それで2つ目の罰についてですが――」
ゾーイ先輩が2つ目の罰について話そうとした瞬間、幼女は先輩にすがり始める。
「ぞ、ゾーイぃ! さっきのはのっ! ずっと地下におったから、久しぶりに日を浴びたくて、どうしても外に出たくての!」
「…………」
「すまんかった! 本当にすまんかった! どうかこの通り!」
「……カーリー様」
「いやじゃっ! ゾーイぃ! やめてくれっ!」
「重罪なので、今日の晩御飯、そして、明日の朝ご飯も抜きです」
「ぃやじゃぁ————!!」
★★★★★★★★
「姉さんじゃないって気づかなくってごめん」
僕がそう謝ると、姉さんはフフッと笑った。
カーリー様の刑罰執行後。
僕らはゾーイ先輩と別れ、階段を上って図書館に戻っていた。
戻る際に、姉さんはゾーイ先輩と一緒に帰ろうと誘ったが、ゾーイ先輩はカーリー様をちゃんと地下に連れていくという仕事があるという理由で断られた。
だから、2人で戻っている。次はちゃんと本物の姉さんと。
ボールペンの太さをちゃんと確認したから、絶対に本物姉さんであることは確かめている。
「別に、そんなこと謝らなくていいのに」
「でも、僕、姉さんに気づけないだなんて……」
「私もキーランの立場だったら、たぶん分からないと思うわ」
図書館に着くと、生徒の姿はなく、研究者らしい方だけがちらほらみられる。
もう授業が始まっているようだった。
「これ、遅刻確定だね」
「そうね。仕方ないわ……」
ポケットから時計を出し、姉さんははぁとため息をつき、がっかり。
遅刻したと分かった僕らは図書館から出ると、静かな廊下をゆっくりと歩く。
「でも、よかったの?」
「何が?」
「その…………カーリー様にご飯を作ってあげるなんて言って」
そう。
カーリーはゾーイ先輩によって、ご飯抜きの罰が執行されることとなった。
だが、姉さんはそのことを不憫に思ったのか、カーリーにご飯を作ってあげると言い出した。
「るぅしぃぃ――!!」
よほど絶食の刑が嫌だったのだろう。
元・魔王軍幹部幼女カーリーは姉さんが救世主であるかのように目を輝かせて、すがりつき泣いていた。
まぁ、確かに朝昼晩と1日ご飯を抜くのは辛いかもな。
一方、ゾーイ先輩はコイツにそんなことをしなくていいですよ、なんて言いたげな顔をしていたが、姉さんが。
「ゾーイ先輩、罰はお昼抜きで十分だと思いますよ」とか。
「私のことに関する罰は私が執行したいので、あとでその罰を受けてもらうのはどうでしょう」とか。
そんな提案をすると、苦笑いしながらもゾーイ先輩は折れてくれたのだ。
「ご飯は誰であってもやっぱり大切だからね。今回はあんないたずらをしちゃったけど、カーリー様は基本悪い人じゃないし、それに……」
「それに?」
「それに、正直幼女の体になるのはあれはあれでよかったと思ってる。久しぶりにあの高さの景色を見て新鮮だったわ。あとは……カーリー様に借り?ができるのはいいと思ったし、何かあったら罰と称して助けてもらおうと思ってるの」
「全く、姉さんはホントすごいね……」
やっぱり姉さんはすごい人。
幼女になってもポジティブでいて、カーリー様の罰を利用することをあの場で考えていたなんて、彼女の頭の回転も速い。
全くさすがだよ、姉さん。
廊下にサッーと流れる風。
その風は隣にいる姉さんの銀髪を揺らす。
僕が姉さんの方を見ていると、彼女は一時して気づいて。
「どうしたの? じっとこっち見て?」
と、首を傾げていた。
彼女の淡紫色の瞳はまっすぐ僕に向いている。
…………ああ、可愛いな。
間近で姉さんを見ていると、彼女が乙女ゲームの主人公でいいんじゃないかと思う。
ホント、誰が姉さんを悪役になんてしたんだか。
「ねぇ、姉さん」
「なーに?」
「僕も一緒に夕食食べてもいい?」
「もちろんよ」
そうして、夕食の時間には姉さんの手作り料理を僕と姉さん、カーリー様、ゾーイ先輩と一緒に食べました。
姉さんのご飯は世界一おいしゅうございました。ごちそうさま。
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無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
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2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
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