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第2章 対抗編
24 口説き勝負
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時間は戻って、先日の作戦会議。
キーランの駆け落ち案に賛同した後も、4人はその案についてさらに話し合っていた。
一方、ほっとかれているルーシーはというと……木の下で寝転んでいた。
包み込んでくれそうなこぼれ日。
庭を流れる爽やかな風。
その風を感じながら、彼女は眠っている。
隣にいるミュトスもスヤスヤ。
普段のカイルたちなら、そんな彼女の姿が目に入れば、じっとはしていられない。
秒で彼女の隣に行くことだろう。だが、今回は我慢。
彼女の傍に行きたいという思いを抑え、彼らは恋敵と向き合い直す。
「駆け落ちすると言っても、具体的にはどうするの?」
「うーん。まずは姉さんの気持ちを確認しないといけないんじゃない?」
「確かに。駆け落ちって両想いが前提だもんね」
4人はお互いの様子を探る。
今のところ、ルーシーの気持ちはライアンに向いている――とカイルたちは思っている。
ルーシーがゲームのようにライアンに付きまとっていないのにも関わらず、彼らはそう思っているのだ。
もちろん、ルーシーはこれっぽっちもライアンが好きではないし、むしろ嫌っている。
ライアンとの婚約がなくなり、彼との関わりがなくなれば、ルーシーは大はしゃぎ間違いなし。
街中をはだしで駆けまわることだろう。
まぁ、そんなルーシーの本心をカイルたちが知ることはなく。
彼らは「どうすればルーシーの気持ちをライアンから自分たちに向けることができるか」を考えていた。
難しい顔を浮かべていたカイルが話し始める。
「ルーシーはライアンのことが好きなようだけど、僕らに向けることはできるはず。たとえばルーシーを口説き落とすとかこっちに気を向けるとか……難しいとは思うけどね」
「姉さんに対する思いが本気ならできるさ。まぁ、僕なら絶対にできる」
「ハッ。キーラン、あなたはルーシー様の弟でしょ? あなたがいくら本気でもルーシーは姉弟としての認識の方が強いと思うけど」
リリーがそう言うと、カッと睨むキーラン。
2人の間に火花が散る。
そんなどうしようもない2人に対し、カイルは「停戦中なんだから落ち着いて」となだめている。
すると、先ほどから黙っていたエドガーが呟いた。
「ルーシーを口説くなりなんなりして、ルーシーの気持ちがこちらに向いていると分かれば、駆け落ちしても全然問題ない……ってわけだな」
「つまり?」
「ここから口説き勝負ってことでしょ」
カイルはさっと立ち上がった。
その瞬間、彼の前髪がさっとなびく。瞳はいつになく鋭くなっていた。
「――――――僕らは正々堂々と戦おうか」
そう言うと、カイルはニコリを微笑む。
そんな彼の笑みを見たリリーは、呆れた表情でフッと鼻で笑った。
「停戦していた時間は随分あっという間だったわね」
「……まぁ、いつかは俺たちはまた戦い始めていただろう。ただそれが早くなっただけだ」
「じゃあ、その戦いはさっさと決着つけよう。僕はできる限り早くルーシーと2人きりで過ごしたいから、期限は1ヶ月後にしよう」
「「「分かった」」」
こうして、彼らの口説き勝負が始まった。
★★★★★★★★
ルーシーと会える機会の少ない、王子のエドガー。
そんな彼は全力でルーシーを振り向かせるために、さっそく行動していた。
それは何かというと、手紙を書くこと。
ルーシーを口説き、こちらに気持ちを向けるなら、会って話すのが一番。
そう考えたエドガーはもちろん、ルーシーに会おうとした。
だが、先日からルーシーが会ってくれない。
作戦会議の日までは難なく会ってくれたのに、だ。
彼はなんとかして気持ちを伝えないと、他の人にルーシーが奪われる。
それでエドガーは手紙を書くことにしたのだ。
「……でも、なんて書けばいんだ?」
転生して勉強を頑張ったエドガー。
彼は前世以上に知識人になり、論理的な文章も書けるようになっていた。
だが、手紙は別。
前世でのエドガーはまともに手紙なんて書いたことはない。もちろん、現世でも。
前世ではたいていのものはスマホで済んだし、年賀状も出すタイプじゃなかった。
最後に書いた手紙といえば、小学生の頃に書いたラブレターぐらいだ。
まぁ、そのラブレターはすぐさまゴミ箱行きとなったが。
ともかく、エドガーは手紙なんてまともに書いたことがない。
そこでエドガーは他の人の手紙を参考にすることにした。
まずは、手紙の書き方の本を参考にして書いてみることに。
『ルーシー様。
拝啓
秋風が心地よい時節となりました。ルーシー様はいかがお過ごしでしょうか。私は元気に過ごしております。
さて、今回あなたに手紙を送ったのは他でもありません。あなたにお会いしたいからです。最近のあなたは全くと言っていいほど、会っていただけません。もしかして、あなたは私を避けているのでしょうか。
ご都合のいい日をご連絡ください。
エドガー・ムーンセイバー』
書き終えると、エドガーは手紙を見つめた。
「……なんか堅苦しいな」
そう呟くと、彼は手紙をクシャクシャ。新たに便箋を広げ始める。
次はくだけた文章にしようと、前世の姉のメールを参考にして書くことにした。
『ヤッホー! ルーシー!
俺が誰だって? 俺だよ! 俺! エドガー!
最近のルーシーは全く会ってくれないけど、一体どうしたんだー?
俺は会いたくてたまらなーいぃ! お前のこと、大好きだー!
世界一クレイジーな男エドガーより』
「……これは誰だ。俺じゃない」
その手紙もゴミ箱行きに。
そして、またエドガーは便箋を用意し、書き始める。
だが、数分後。エドガーはその手紙をくしゃくしゃにする。
書いては捨て、書いては捨て。それを何度も繰り返した。
以前もらったご令嬢の手紙を参考にしたり、時には小説の中のキャラクターが書いた手紙を参考にしたりした。
だが、どれも違った。
全然ルーシーに渡そうとする気にはなれなかった。
そうして、ゴミ箱が失敗した手紙でいっぱいになった時。
ようやく、納得のいく手紙ができた。
『ルーシーへ。
ルーシー、突然の手紙で驚いたよな。俺がお前に手紙なんて出したことないのに。だが、みんなで集まった日からお前は会ってくれなかったから、こうするしかなかったんだ。許してくれ。それで、最近体どうしたんだ? 何かあったのか? お前が大丈夫かどうか、連絡してほしい。いつ会えそうか言ってくれ。お前とまた話したい。
それと、あと……お前を愛してる。お願いだから、連絡をくれ。
エドガーより』
「こんなものか……」
エドガーは書き終えると、ペンをそっと机に置く。
堅くなく、他の人が書いたものでもない。それはエドガー自身が書いた手紙。
拙い文章だが、エドガーが納得のいく手紙になっていた。
エドガーはやっとできた手紙を手に取る。
その時だった。
「何してるの、エドガー?」
「きゃっ!」
突然の背後の声に、思わずエドガーは驚く。
振り向くと、そこには優しい笑みを浮かべたライアンが立っていた。
「どうしたんだよ、女の子みたいな声を出して」
「……お前が急に声を掛けてきたから」
「別にそんなに驚くことないじゃないか。兄弟が部屋に入ったくらいで――」
エドガーの手元にある手紙。
それに書かれたものがライアンの目に入る。
「こ、これは……」
動揺したエドガーはとっさに手紙を隠したが、時すでに遅し。
ライアンは彼が何をかいていたのかはすぐに検討がついた。
しかし、ライアンは怒ることはなく、ただ鼻で笑うだけ。
「……別に君がルーシーに手紙を送ろうと、僕には関係のないことだよ」
と言うと、ライアンは静かに部屋を去っていった。
★★★★★★★★
作戦会議の次の日のキーラン。
エドガーと同じように、彼もまた行動していた。
偶然にも昨日から両親が留守にしており、1週間は帰ってこないとのこと。この1週間がルーシーと駆け落ちするチャンスだ。
彼は他の人に抜かれまいと、朝の準備をするなりすぐに隣の部屋――つまり姉の部屋に向かった。
…………向かったのだが。
「え? 姉さんが会いたくないって言ったの?」
「はい……今日のルーシー様はどうやらご気分が優れないようでして」
今すぐにでも自分の気持ちを伝えるために、ルーシーに会おうとしていたキーラン。
だが、現在彼の前にはだかっているのはルーシーの侍女、イザベラ。
彼女がドアの前に立っていたのだ。
「姉さん、どうしたの? 体調が悪いの? 熱でもあるの?」
キーランの質問に、イザベラは横に首を振る。
「発熱はないですし、流行りの病にかかったわけではありません。私がいますので、どうかキーラン様はご安心を」
優しく微笑むイザベラ。
しかし、そんな曖昧な説明でキーランは納得がいくはずもなかった。
「でも――」
「ご安心を」
キーランはそんな彼女に目を細める。が、どうすることもできないため、小さく頷いた。
「…………分かった」
キーラン、一時後退。
――――次の日。
彼は再度ルーシーの部屋に訪れた。
「え? 今日も会ってくれないの?」
「はい。今日もご気分が優れないようでして」
キーランは朝すぐに起きると、着替えることもせず、すぐにルーシーの部屋に向かった。
しかし、扉の前にはすでにイザベラが。
彼女は先日も遅くまで起きていた。
ふとキーランは思う。
イザベラは一体いつ寝ているのだろう、と。
昨日のキーランは日中がダメなら誰もいない夜に、と姉さんの部屋に忍び込もうとした。
だが、深夜になってもイザベラはドアの前に立ったまま。
まるで彼女は門番のように立ちはだかっていた。
結局キーランはルーシーに会えないまま。
しかし、夜遅くまで起きていたイザベラの目にクマ一つなく、元気な様子。
そんな彼女にキーランは疑惑の目を向けるも、彼女は表情一つ変えず微笑んでいた。
「イザベラ、昨日も遅くまでドアの前に立っていたけど、寝ていないんじゃない? 僕が変わろうか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、私には睡眠を必要といたしませんので、ご心配なく」
「……君、ショートスリーパーなの?」
そう尋ねると、イザベラは肩をすくめた。
この世界にもショートスリーパーはいるらしい。
キーランはそう納得すると、小さく微笑んだ。
「分かった。ありがとう、イザベラ」
キーラン、一時撤退。
――――次の日。
「ねぇ、イザベラ」
「はい。なんでしょう、キーラン様」
「今日も姉さんは……」
「はい。ご気分が優れないようです」
「最近の姉さんはずっと言ってるけど、本当は元気じゃないの?」
「身体的異常はないようですが、ご気分が本当に優れないようでして。キーラン様ともお会いする気分じゃないと……」
「………………そう。分かった」
――――次の日。
「今日も?」
「はい。今日もご気分が優れないとおっしゃっていまして」
「そっか……無理に会うのもダメだよね。分かった。ありがとう、イザベラ」
――――そして、また次の日。
「今日も会ってくれないの? 感染症でもないのに? 5日も経つよ?」
「はい。今日も……」
迫ってくるキーランに、イザベラは困ったように微笑む。しかし、それ以上は何も言わなかった。
姉さんは何にも言ってこない。ドア越しですら、話してくれない。
そう思い、さすがにうんざりしたキーラン。
「ちょっとどいて」
ぶっきらぼうに彼が言うと、イザベラはすぐにドアから離れた。
そして、キーランはドアの前に立つと、ドアを叩き始める。
「ねぇ、姉さん! 返事して!」
返事はない。部屋はしんとしていた。
風の音が小さく聞こえるが、それ以外は何も聞こえてこない。
「ねぇ、姉さん! 話を聞いて! 僕は姉さんのこと愛してる!」
「……」
イザベラはジト目でみる。
だが、キーランは気にしなかった。気にしている場合ではなかった。
「僕は姉さんが恋愛的な意味で好きなんだ! 愛しているんだ!」
「なっ、キーラン様?」
「だから、姉さん出てきて! ちゃんと話したいんだ!」
その時。
彼の背後から、カツっという音が聞こえてきた。
――――もしかして、姉さん?
と思い、キーランはゆっくりと振り返る。
しかし、そこにはルーシーは立っていなかった。
彼の義母が立っていた。
「お、お母様!?」
「キーラン、あなた……」
大混乱のキーラン。彼の目は泳ぎまくる。
背中には汗を感じていた。
「お、お母様、おはようございます!」
「おはよう……今日は随分と元気がいいわね」
「はい! 僕はいつだって元気ですよ! それで、お母様。姉さんが体調を悪くしているのはご存知ですか?」
「……え、ええ。イザベラからそう手紙を貰って、心配で帰ってきたんだものの。それより、キーラン。さっき話していたことって――」
「そう! 僕も姉さんのことが心配だったんです! だから、姉さん! 悪いけど、部屋に入るよ!」
「キーラン様!」
キーランは勢いのままに魔法を使い、ドアを開ける。いや、壊しているといった方がいいだろう。
彼はドアをぶち壊すと、逃げるように部屋に入った。
「…………姉さん?」
隅々まで見渡すが、部屋のどこにもルーシーの姿はない。
開けっ放しになった窓から風が吹いているだけだった。
キーランの駆け落ち案に賛同した後も、4人はその案についてさらに話し合っていた。
一方、ほっとかれているルーシーはというと……木の下で寝転んでいた。
包み込んでくれそうなこぼれ日。
庭を流れる爽やかな風。
その風を感じながら、彼女は眠っている。
隣にいるミュトスもスヤスヤ。
普段のカイルたちなら、そんな彼女の姿が目に入れば、じっとはしていられない。
秒で彼女の隣に行くことだろう。だが、今回は我慢。
彼女の傍に行きたいという思いを抑え、彼らは恋敵と向き合い直す。
「駆け落ちすると言っても、具体的にはどうするの?」
「うーん。まずは姉さんの気持ちを確認しないといけないんじゃない?」
「確かに。駆け落ちって両想いが前提だもんね」
4人はお互いの様子を探る。
今のところ、ルーシーの気持ちはライアンに向いている――とカイルたちは思っている。
ルーシーがゲームのようにライアンに付きまとっていないのにも関わらず、彼らはそう思っているのだ。
もちろん、ルーシーはこれっぽっちもライアンが好きではないし、むしろ嫌っている。
ライアンとの婚約がなくなり、彼との関わりがなくなれば、ルーシーは大はしゃぎ間違いなし。
街中をはだしで駆けまわることだろう。
まぁ、そんなルーシーの本心をカイルたちが知ることはなく。
彼らは「どうすればルーシーの気持ちをライアンから自分たちに向けることができるか」を考えていた。
難しい顔を浮かべていたカイルが話し始める。
「ルーシーはライアンのことが好きなようだけど、僕らに向けることはできるはず。たとえばルーシーを口説き落とすとかこっちに気を向けるとか……難しいとは思うけどね」
「姉さんに対する思いが本気ならできるさ。まぁ、僕なら絶対にできる」
「ハッ。キーラン、あなたはルーシー様の弟でしょ? あなたがいくら本気でもルーシーは姉弟としての認識の方が強いと思うけど」
リリーがそう言うと、カッと睨むキーラン。
2人の間に火花が散る。
そんなどうしようもない2人に対し、カイルは「停戦中なんだから落ち着いて」となだめている。
すると、先ほどから黙っていたエドガーが呟いた。
「ルーシーを口説くなりなんなりして、ルーシーの気持ちがこちらに向いていると分かれば、駆け落ちしても全然問題ない……ってわけだな」
「つまり?」
「ここから口説き勝負ってことでしょ」
カイルはさっと立ち上がった。
その瞬間、彼の前髪がさっとなびく。瞳はいつになく鋭くなっていた。
「――――――僕らは正々堂々と戦おうか」
そう言うと、カイルはニコリを微笑む。
そんな彼の笑みを見たリリーは、呆れた表情でフッと鼻で笑った。
「停戦していた時間は随分あっという間だったわね」
「……まぁ、いつかは俺たちはまた戦い始めていただろう。ただそれが早くなっただけだ」
「じゃあ、その戦いはさっさと決着つけよう。僕はできる限り早くルーシーと2人きりで過ごしたいから、期限は1ヶ月後にしよう」
「「「分かった」」」
こうして、彼らの口説き勝負が始まった。
★★★★★★★★
ルーシーと会える機会の少ない、王子のエドガー。
そんな彼は全力でルーシーを振り向かせるために、さっそく行動していた。
それは何かというと、手紙を書くこと。
ルーシーを口説き、こちらに気持ちを向けるなら、会って話すのが一番。
そう考えたエドガーはもちろん、ルーシーに会おうとした。
だが、先日からルーシーが会ってくれない。
作戦会議の日までは難なく会ってくれたのに、だ。
彼はなんとかして気持ちを伝えないと、他の人にルーシーが奪われる。
それでエドガーは手紙を書くことにしたのだ。
「……でも、なんて書けばいんだ?」
転生して勉強を頑張ったエドガー。
彼は前世以上に知識人になり、論理的な文章も書けるようになっていた。
だが、手紙は別。
前世でのエドガーはまともに手紙なんて書いたことはない。もちろん、現世でも。
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最後に書いた手紙といえば、小学生の頃に書いたラブレターぐらいだ。
まぁ、そのラブレターはすぐさまゴミ箱行きとなったが。
ともかく、エドガーは手紙なんてまともに書いたことがない。
そこでエドガーは他の人の手紙を参考にすることにした。
まずは、手紙の書き方の本を参考にして書いてみることに。
『ルーシー様。
拝啓
秋風が心地よい時節となりました。ルーシー様はいかがお過ごしでしょうか。私は元気に過ごしております。
さて、今回あなたに手紙を送ったのは他でもありません。あなたにお会いしたいからです。最近のあなたは全くと言っていいほど、会っていただけません。もしかして、あなたは私を避けているのでしょうか。
ご都合のいい日をご連絡ください。
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書き終えると、エドガーは手紙を見つめた。
「……なんか堅苦しいな」
そう呟くと、彼は手紙をクシャクシャ。新たに便箋を広げ始める。
次はくだけた文章にしようと、前世の姉のメールを参考にして書くことにした。
『ヤッホー! ルーシー!
俺が誰だって? 俺だよ! 俺! エドガー!
最近のルーシーは全く会ってくれないけど、一体どうしたんだー?
俺は会いたくてたまらなーいぃ! お前のこと、大好きだー!
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「……これは誰だ。俺じゃない」
その手紙もゴミ箱行きに。
そして、またエドガーは便箋を用意し、書き始める。
だが、数分後。エドガーはその手紙をくしゃくしゃにする。
書いては捨て、書いては捨て。それを何度も繰り返した。
以前もらったご令嬢の手紙を参考にしたり、時には小説の中のキャラクターが書いた手紙を参考にしたりした。
だが、どれも違った。
全然ルーシーに渡そうとする気にはなれなかった。
そうして、ゴミ箱が失敗した手紙でいっぱいになった時。
ようやく、納得のいく手紙ができた。
『ルーシーへ。
ルーシー、突然の手紙で驚いたよな。俺がお前に手紙なんて出したことないのに。だが、みんなで集まった日からお前は会ってくれなかったから、こうするしかなかったんだ。許してくれ。それで、最近体どうしたんだ? 何かあったのか? お前が大丈夫かどうか、連絡してほしい。いつ会えそうか言ってくれ。お前とまた話したい。
それと、あと……お前を愛してる。お願いだから、連絡をくれ。
エドガーより』
「こんなものか……」
エドガーは書き終えると、ペンをそっと机に置く。
堅くなく、他の人が書いたものでもない。それはエドガー自身が書いた手紙。
拙い文章だが、エドガーが納得のいく手紙になっていた。
エドガーはやっとできた手紙を手に取る。
その時だった。
「何してるの、エドガー?」
「きゃっ!」
突然の背後の声に、思わずエドガーは驚く。
振り向くと、そこには優しい笑みを浮かべたライアンが立っていた。
「どうしたんだよ、女の子みたいな声を出して」
「……お前が急に声を掛けてきたから」
「別にそんなに驚くことないじゃないか。兄弟が部屋に入ったくらいで――」
エドガーの手元にある手紙。
それに書かれたものがライアンの目に入る。
「こ、これは……」
動揺したエドガーはとっさに手紙を隠したが、時すでに遅し。
ライアンは彼が何をかいていたのかはすぐに検討がついた。
しかし、ライアンは怒ることはなく、ただ鼻で笑うだけ。
「……別に君がルーシーに手紙を送ろうと、僕には関係のないことだよ」
と言うと、ライアンは静かに部屋を去っていった。
★★★★★★★★
作戦会議の次の日のキーラン。
エドガーと同じように、彼もまた行動していた。
偶然にも昨日から両親が留守にしており、1週間は帰ってこないとのこと。この1週間がルーシーと駆け落ちするチャンスだ。
彼は他の人に抜かれまいと、朝の準備をするなりすぐに隣の部屋――つまり姉の部屋に向かった。
…………向かったのだが。
「え? 姉さんが会いたくないって言ったの?」
「はい……今日のルーシー様はどうやらご気分が優れないようでして」
今すぐにでも自分の気持ちを伝えるために、ルーシーに会おうとしていたキーラン。
だが、現在彼の前にはだかっているのはルーシーの侍女、イザベラ。
彼女がドアの前に立っていたのだ。
「姉さん、どうしたの? 体調が悪いの? 熱でもあるの?」
キーランの質問に、イザベラは横に首を振る。
「発熱はないですし、流行りの病にかかったわけではありません。私がいますので、どうかキーラン様はご安心を」
優しく微笑むイザベラ。
しかし、そんな曖昧な説明でキーランは納得がいくはずもなかった。
「でも――」
「ご安心を」
キーランはそんな彼女に目を細める。が、どうすることもできないため、小さく頷いた。
「…………分かった」
キーラン、一時後退。
――――次の日。
彼は再度ルーシーの部屋に訪れた。
「え? 今日も会ってくれないの?」
「はい。今日もご気分が優れないようでして」
キーランは朝すぐに起きると、着替えることもせず、すぐにルーシーの部屋に向かった。
しかし、扉の前にはすでにイザベラが。
彼女は先日も遅くまで起きていた。
ふとキーランは思う。
イザベラは一体いつ寝ているのだろう、と。
昨日のキーランは日中がダメなら誰もいない夜に、と姉さんの部屋に忍び込もうとした。
だが、深夜になってもイザベラはドアの前に立ったまま。
まるで彼女は門番のように立ちはだかっていた。
結局キーランはルーシーに会えないまま。
しかし、夜遅くまで起きていたイザベラの目にクマ一つなく、元気な様子。
そんな彼女にキーランは疑惑の目を向けるも、彼女は表情一つ変えず微笑んでいた。
「イザベラ、昨日も遅くまでドアの前に立っていたけど、寝ていないんじゃない? 僕が変わろうか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、私には睡眠を必要といたしませんので、ご心配なく」
「……君、ショートスリーパーなの?」
そう尋ねると、イザベラは肩をすくめた。
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キーランはそう納得すると、小さく微笑んだ。
「分かった。ありがとう、イザベラ」
キーラン、一時撤退。
――――次の日。
「ねぇ、イザベラ」
「はい。なんでしょう、キーラン様」
「今日も姉さんは……」
「はい。ご気分が優れないようです」
「最近の姉さんはずっと言ってるけど、本当は元気じゃないの?」
「身体的異常はないようですが、ご気分が本当に優れないようでして。キーラン様ともお会いする気分じゃないと……」
「………………そう。分かった」
――――次の日。
「今日も?」
「はい。今日もご気分が優れないとおっしゃっていまして」
「そっか……無理に会うのもダメだよね。分かった。ありがとう、イザベラ」
――――そして、また次の日。
「今日も会ってくれないの? 感染症でもないのに? 5日も経つよ?」
「はい。今日も……」
迫ってくるキーランに、イザベラは困ったように微笑む。しかし、それ以上は何も言わなかった。
姉さんは何にも言ってこない。ドア越しですら、話してくれない。
そう思い、さすがにうんざりしたキーラン。
「ちょっとどいて」
ぶっきらぼうに彼が言うと、イザベラはすぐにドアから離れた。
そして、キーランはドアの前に立つと、ドアを叩き始める。
「ねぇ、姉さん! 返事して!」
返事はない。部屋はしんとしていた。
風の音が小さく聞こえるが、それ以外は何も聞こえてこない。
「ねぇ、姉さん! 話を聞いて! 僕は姉さんのこと愛してる!」
「……」
イザベラはジト目でみる。
だが、キーランは気にしなかった。気にしている場合ではなかった。
「僕は姉さんが恋愛的な意味で好きなんだ! 愛しているんだ!」
「なっ、キーラン様?」
「だから、姉さん出てきて! ちゃんと話したいんだ!」
その時。
彼の背後から、カツっという音が聞こえてきた。
――――もしかして、姉さん?
と思い、キーランはゆっくりと振り返る。
しかし、そこにはルーシーは立っていなかった。
彼の義母が立っていた。
「お、お母様!?」
「キーラン、あなた……」
大混乱のキーラン。彼の目は泳ぎまくる。
背中には汗を感じていた。
「お、お母様、おはようございます!」
「おはよう……今日は随分と元気がいいわね」
「はい! 僕はいつだって元気ですよ! それで、お母様。姉さんが体調を悪くしているのはご存知ですか?」
「……え、ええ。イザベラからそう手紙を貰って、心配で帰ってきたんだものの。それより、キーラン。さっき話していたことって――」
「そう! 僕も姉さんのことが心配だったんです! だから、姉さん! 悪いけど、部屋に入るよ!」
「キーラン様!」
キーランは勢いのままに魔法を使い、ドアを開ける。いや、壊しているといった方がいいだろう。
彼はドアをぶち壊すと、逃げるように部屋に入った。
「…………姉さん?」
隅々まで見渡すが、部屋のどこにもルーシーの姿はない。
開けっ放しになった窓から風が吹いているだけだった。
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5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います
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