上 下
13 / 17

13

しおりを挟む
 ヴェス・デ・アシュトン。
 アシュトン王国の第1王子。側室の子であるため、王位継承権は第2王子であるクローディアスよりも低い、第2位。
 
 そんな彼の母親は、娼婦だった、ということを耳にしたことがある。
 ヴェス王子の実母は、どういう経緯かは知らないが、現国王に見初められ、王宮に入った。
 彼女の城での生活は、初めに男児を授かったということもあって、高い身分の人たちからいじめを受けていた。そのせいか、体も心も弱り、ヴェス王子が幼い頃に亡くなったとか。
 
 ヴェス王子の母親は、スラム出身だったはず。
 もしかして、家族に会いにいくために、スラム街に行くのだろうか?? 

 「ルナメアさん、危ないから付いてこないでいいよ」
 「いえ、私は殿下に身に危険があったらいけませんので、ついて参ります」

 私は、スラム街に向かおうとするヴェス王子の後ろをついて歩いていた。彼は、私が来ることを嫌がっているけど、私は意地でもついて行くつもりだった。
 剣術とか武道とかやってないから、強くはないけど、盾になることはできるはず。

 「スラム街の人たちはね、別に全員が全員、危ない人ってわけじゃない。特に顔を知られている人に襲うことはそうない」

 僕は、スラム街に知り合いが多いから、と説明する。母方の家族がいるからかな??

 「でも、ルナメアさんは、知り合いはいないだろう?? しかも、変装していないときてる。危なすぎるよ」
 「そうですが………」

 ヴェス王子は、次期国王ではないとはいえ、一国の王子。そんな彼は、変装しているとはいえ、もしものことがあったら、国中大騒ぎだ。
 ヴェス王子が、スラム街に行くというのであれば、私も行く。行くったら行く。
 私は逃げるように話題を変え、別の質問をした。

 「殿下は、スラム街に何をしになさるのですか?? ご親戚様にお会いになさるのですか??」
 「いいや、僕に王族以外の親戚はいないよ。残念ながらね。唯一の親戚だった人は、最近この世を去ったんだ」

 ヴェス王子の顔は見えないが、彼の背中から悲しいオーラ。
 ………初めて会った時に聞いた、いとこのことだわ。まさか、その人がヴェス王子の最後の親戚だったなんて。
 でも、なぜスラム街に行くのだろう?? 親戚がいないのに。

 「ご親戚の方がいらっしゃらないのなら、なぜ………」
 「スラム街に住む人たちのためさ」

 そうして、ヴェス王子について行っていると、スラム街についた。いつから放置されているのだろうか、道端にはたくさんのゴミ。

 汚臭もひどく、思わず鼻をつまみたくなるほど強烈だった。しかし、ヴェス王子は慣れているのか、なんともない様子で進んでいく。
 道を歩いていると、無邪気に遊ぶ少年少女たちが見えた。彼らの服はボロボロだった。

 「ホーネット兄!!」
 「ホーネット兄ちゃんが来たぞ!!」

 彼らは、ヴェス王子を見るなり、声を上げ、輝きの目を向けていた。
 分かっていることではあったが、確認のため小さな声で彼に尋ねた。

 「ホーネット様ってどなたですか」
 「僕のこと」

 あれ??
 ホーネットって………スズメバチって意味じゃなかった??
 なんて危なっかしい名前を自分につけているのかしら。

 「兄貴、その人誰??」

 すると、無垢な瞳の少年が私に向かって指をさす。

 「人に指をさしちゃダメだよ」
 「ねぇ、あの人は誰なの??」
 「彼女は………」
 
 ヴェス王子は、私の方にちらりと目を向ける。
 
 「僕の恋人」
 「へ??」「マジかっ!!」「ほんとっ!?」

 子どもたちは、嬉しそうにキャッキャッと黄色い声を上げる。私は、1人ポカンと口を開いていた。
 私が………誰の恋人ですって??
 ヴェス王子の耳元で、私はそっと尋ねる。

 「殿下、何を言っているのですか??」
 「こっちの方が、理解してもらいやすいかなと思って」
 「友人でも妹でもいいじゃないですか。恋人って………」
 「僕、1人っ子って言っているし、妹にしては似てないとか言われて疑われそうだしね」

 ヴェス王子はアハハと満面の笑みを浮かべる。私をからかって、楽しんでいるわ。
 むぅ………………。

 「恋人であれば、みんなに信用してもらいやすくなるから、いいじゃない??」

 え、そうなの………。
 結局、私は何も言い返せず、ヴェス王子は子どもたちのところへ歩いていく。

 ………仮だから。こんなイケメン王子が恋人だったら嬉しいけど、私は仮の恋人。そう、仮よ!! 浮かれるんじゃない、ルナメア。
 自分にそう言い聞かせた私は、ヴェス王子の恋人として、彼とともに、集まってきた子どもたちと過ごし始めた。勉強を教えたり、料理を提供したり、前世でいうボランティア活動のようなことをした。
 
 彼らが楽しんでいる中、私は子どもたちの体をじっと観察していた。
 子どもたち、かなり痩せている。みんな、痩せすぎているわ。
 骨の形がはっきり目にできるほど、彼らは恐ろしく痩せていた。

 もしかして、ヴェス王子は子どもたちの健康のためにここへ??
 王族とは思えないほど、料理は手慣れており、作ったカレーを子どもたちに配るヴェス王子。そんな彼は、今までに見たことのない幸せいっぱいの笑顔を浮かべていた。

 「ルナメアさんも食べる??」
 「あ、はい」

 つげられたご飯の上には、スパイシーな臭いを漂わせるカレー。具だくさんでとっても美味しそうだった。
 私は、古びたベンチに座る。すると、ショートカット髪の女の子が隣にやってきた。

 「お姉ちゃん、一緒に食べよ??」
 「え?? いいの??」
 「もちろん!! みんなで食べた方が美味しいもん!!」

 女の子はにひっと笑う。
 服はボロボロ。手足にはところどころ傷があるのにも関わらず、彼女は、世界一幸せそうな満面の笑みを浮かべていた。

 ヴェス王子が作ったカレーは、とても美味しく、あっという間に食べつくしてしまっていた。
 あまりの美味しさに、おかわりをしようかなと思ったが、成長期の子どもたちが欲しがっていたので、遠慮した。

 その後、子どもたちが暮らしている家で昼寝をすることに。私とヴェス王子は、窓際にあった椅子に座って、子どもたちを見守っていた。

 「殿下は………」
 「僕は、ホーネット」

 ホーネットこと、ヴェス王子は、スヤスヤと眠っている子どもたちの方をちらりと見る。聞こえるかもしれないから、殿下と呼ぶなということね。

 「ホーネット様は、ここに来ては彼らと一緒に過ごされるのですか」
 「うん。言い方はあまり良くないかもしれないけど、恵まれない子たちでね。この通り、親や家族はいないから、みんな一緒に過ごしているんだ」

 「孤児院は??」
 「………ここの孤児院は頼ったところでダメだった。噂を聞くからに、危ないことに手を出しているみたい」

 そんな………………。
 孤児となった子どもにとって希望の場所なのに。孤児院すらダメなんて。
 ————————この国は、なんのためにあるの??
 私は、現実を前に下唇をかむ。何も知らなかった自分が、悔しかった。

 「だから、僕が頑張って面倒を見てる。僕が来れない時には、近所の大人の方に頼っているけど、彼らも自分の生活でいっぱいみたいで」
 「だから、子どもたちの身体があんなにやせ細って………」

 ヴェス王子は、「そうさ」と答え、小さくうんうんと頷く。

 「以前は、前に行ったいとこに子どもたちの面倒を見てもらっていたんだ。だけど、彼がいなくなった今、子どもを守るのは、僕しかいない。でも、講義や課題があるし、人目を集めやすい僕はそんなに外が出れるわけじゃない。十分に守ってあげることができないのは、本当に申し訳ないよ」

 彼は、少し潤めた瞳で、子どもたちを見つめる。
 きっとヴェス王子は、自分のお金を使ってやっているのだろう。王族とはいえ、そんなに自由に使えないし、自分の生活費も必要なはず。時間的な面もだけど、経済的な面も問題があるはずだ。

 「僕は、医師免許を持ったら、子どもたちのための孤児院を作りたいと思う。そして、彼らが自分の夢や目標のために必要な教育を提供できたらいいなと思っているんだ」

 ヴェス王子は、2年生。医学科は6年まであって、あと4年もある。子どもたちにとっては、長い時間だろう。
 
 「医師免許を持ったらですか………」
 「うん。それまでに信用できて頼れる人が見つかれば、4年間は何とかなるんだけどね」
 「信用できて、頼れる人ですか………」

 私は、うーんと唸る。信用はできるけど、相手に時間がなさそうな人しか思いつかない。
 みんな、忙しいものね。

 「僕には、信用できる人が少ないからなぁ」

 彼は、窓の外の空を見た。空はどことなく曇りだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

処理中です...