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ヴェス・デ・アシュトン。
アシュトン王国の第1王子。側室の子であるため、王位継承権は第2王子であるクローディアスよりも低い、第2位。
そんな彼の母親は、娼婦だった、ということを耳にしたことがある。
ヴェス王子の実母は、どういう経緯かは知らないが、現国王に見初められ、王宮に入った。
彼女の城での生活は、初めに男児を授かったということもあって、高い身分の人たちからいじめを受けていた。そのせいか、体も心も弱り、ヴェス王子が幼い頃に亡くなったとか。
ヴェス王子の母親は、スラム出身だったはず。
もしかして、家族に会いにいくために、スラム街に行くのだろうか??
「ルナメアさん、危ないから付いてこないでいいよ」
「いえ、私は殿下に身に危険があったらいけませんので、ついて参ります」
私は、スラム街に向かおうとするヴェス王子の後ろをついて歩いていた。彼は、私が来ることを嫌がっているけど、私は意地でもついて行くつもりだった。
剣術とか武道とかやってないから、強くはないけど、盾になることはできるはず。
「スラム街の人たちはね、別に全員が全員、危ない人ってわけじゃない。特に顔を知られている人に襲うことはそうない」
僕は、スラム街に知り合いが多いから、と説明する。母方の家族がいるからかな??
「でも、ルナメアさんは、知り合いはいないだろう?? しかも、変装していないときてる。危なすぎるよ」
「そうですが………」
ヴェス王子は、次期国王ではないとはいえ、一国の王子。そんな彼は、変装しているとはいえ、もしものことがあったら、国中大騒ぎだ。
ヴェス王子が、スラム街に行くというのであれば、私も行く。行くったら行く。
私は逃げるように話題を変え、別の質問をした。
「殿下は、スラム街に何をしになさるのですか?? ご親戚様にお会いになさるのですか??」
「いいや、僕に王族以外の親戚はいないよ。残念ながらね。唯一の親戚だった人は、最近この世を去ったんだ」
ヴェス王子の顔は見えないが、彼の背中から悲しいオーラ。
………初めて会った時に聞いた、いとこのことだわ。まさか、その人がヴェス王子の最後の親戚だったなんて。
でも、なぜスラム街に行くのだろう?? 親戚がいないのに。
「ご親戚の方がいらっしゃらないのなら、なぜ………」
「スラム街に住む人たちのためさ」
そうして、ヴェス王子について行っていると、スラム街についた。いつから放置されているのだろうか、道端にはたくさんのゴミ。
汚臭もひどく、思わず鼻をつまみたくなるほど強烈だった。しかし、ヴェス王子は慣れているのか、なんともない様子で進んでいく。
道を歩いていると、無邪気に遊ぶ少年少女たちが見えた。彼らの服はボロボロだった。
「ホーネット兄!!」
「ホーネット兄ちゃんが来たぞ!!」
彼らは、ヴェス王子を見るなり、声を上げ、輝きの目を向けていた。
分かっていることではあったが、確認のため小さな声で彼に尋ねた。
「ホーネット様ってどなたですか」
「僕のこと」
あれ??
ホーネットって………スズメバチって意味じゃなかった??
なんて危なっかしい名前を自分につけているのかしら。
「兄貴、その人誰??」
すると、無垢な瞳の少年が私に向かって指をさす。
「人に指をさしちゃダメだよ」
「ねぇ、あの人は誰なの??」
「彼女は………」
ヴェス王子は、私の方にちらりと目を向ける。
「僕の恋人」
「へ??」「マジかっ!!」「ほんとっ!?」
子どもたちは、嬉しそうにキャッキャッと黄色い声を上げる。私は、1人ポカンと口を開いていた。
私が………誰の恋人ですって??
ヴェス王子の耳元で、私はそっと尋ねる。
「殿下、何を言っているのですか??」
「こっちの方が、理解してもらいやすいかなと思って」
「友人でも妹でもいいじゃないですか。恋人って………」
「僕、1人っ子って言っているし、妹にしては似てないとか言われて疑われそうだしね」
ヴェス王子はアハハと満面の笑みを浮かべる。私をからかって、楽しんでいるわ。
むぅ………………。
「恋人であれば、みんなに信用してもらいやすくなるから、いいじゃない??」
え、そうなの………。
結局、私は何も言い返せず、ヴェス王子は子どもたちのところへ歩いていく。
………仮だから。こんなイケメン王子が恋人だったら嬉しいけど、私は仮の恋人。そう、仮よ!! 浮かれるんじゃない、ルナメア。
自分にそう言い聞かせた私は、ヴェス王子の恋人として、彼とともに、集まってきた子どもたちと過ごし始めた。勉強を教えたり、料理を提供したり、前世でいうボランティア活動のようなことをした。
彼らが楽しんでいる中、私は子どもたちの体をじっと観察していた。
子どもたち、かなり痩せている。みんな、痩せすぎているわ。
骨の形がはっきり目にできるほど、彼らは恐ろしく痩せていた。
もしかして、ヴェス王子は子どもたちの健康のためにここへ??
王族とは思えないほど、料理は手慣れており、作ったカレーを子どもたちに配るヴェス王子。そんな彼は、今までに見たことのない幸せいっぱいの笑顔を浮かべていた。
「ルナメアさんも食べる??」
「あ、はい」
つげられたご飯の上には、スパイシーな臭いを漂わせるカレー。具だくさんでとっても美味しそうだった。
私は、古びたベンチに座る。すると、ショートカット髪の女の子が隣にやってきた。
「お姉ちゃん、一緒に食べよ??」
「え?? いいの??」
「もちろん!! みんなで食べた方が美味しいもん!!」
女の子はにひっと笑う。
服はボロボロ。手足にはところどころ傷があるのにも関わらず、彼女は、世界一幸せそうな満面の笑みを浮かべていた。
ヴェス王子が作ったカレーは、とても美味しく、あっという間に食べつくしてしまっていた。
あまりの美味しさに、おかわりをしようかなと思ったが、成長期の子どもたちが欲しがっていたので、遠慮した。
その後、子どもたちが暮らしている家で昼寝をすることに。私とヴェス王子は、窓際にあった椅子に座って、子どもたちを見守っていた。
「殿下は………」
「僕は、ホーネット」
ホーネットこと、ヴェス王子は、スヤスヤと眠っている子どもたちの方をちらりと見る。聞こえるかもしれないから、殿下と呼ぶなということね。
「ホーネット様は、ここに来ては彼らと一緒に過ごされるのですか」
「うん。言い方はあまり良くないかもしれないけど、恵まれない子たちでね。この通り、親や家族はいないから、みんな一緒に過ごしているんだ」
「孤児院は??」
「………ここの孤児院は頼ったところでダメだった。噂を聞くからに、危ないことに手を出しているみたい」
そんな………………。
孤児となった子どもにとって希望の場所なのに。孤児院すらダメなんて。
————————この国は、なんのためにあるの??
私は、現実を前に下唇をかむ。何も知らなかった自分が、悔しかった。
「だから、僕が頑張って面倒を見てる。僕が来れない時には、近所の大人の方に頼っているけど、彼らも自分の生活でいっぱいみたいで」
「だから、子どもたちの身体があんなにやせ細って………」
ヴェス王子は、「そうさ」と答え、小さくうんうんと頷く。
「以前は、前に行ったいとこに子どもたちの面倒を見てもらっていたんだ。だけど、彼がいなくなった今、子どもを守るのは、僕しかいない。でも、講義や課題があるし、人目を集めやすい僕はそんなに外が出れるわけじゃない。十分に守ってあげることができないのは、本当に申し訳ないよ」
彼は、少し潤めた瞳で、子どもたちを見つめる。
きっとヴェス王子は、自分のお金を使ってやっているのだろう。王族とはいえ、そんなに自由に使えないし、自分の生活費も必要なはず。時間的な面もだけど、経済的な面も問題があるはずだ。
「僕は、医師免許を持ったら、子どもたちのための孤児院を作りたいと思う。そして、彼らが自分の夢や目標のために必要な教育を提供できたらいいなと思っているんだ」
ヴェス王子は、2年生。医学科は6年まであって、あと4年もある。子どもたちにとっては、長い時間だろう。
「医師免許を持ったらですか………」
「うん。それまでに信用できて頼れる人が見つかれば、4年間は何とかなるんだけどね」
「信用できて、頼れる人ですか………」
私は、うーんと唸る。信用はできるけど、相手に時間がなさそうな人しか思いつかない。
みんな、忙しいものね。
「僕には、信用できる人が少ないからなぁ」
彼は、窓の外の空を見た。空はどことなく曇りだった。
アシュトン王国の第1王子。側室の子であるため、王位継承権は第2王子であるクローディアスよりも低い、第2位。
そんな彼の母親は、娼婦だった、ということを耳にしたことがある。
ヴェス王子の実母は、どういう経緯かは知らないが、現国王に見初められ、王宮に入った。
彼女の城での生活は、初めに男児を授かったということもあって、高い身分の人たちからいじめを受けていた。そのせいか、体も心も弱り、ヴェス王子が幼い頃に亡くなったとか。
ヴェス王子の母親は、スラム出身だったはず。
もしかして、家族に会いにいくために、スラム街に行くのだろうか??
「ルナメアさん、危ないから付いてこないでいいよ」
「いえ、私は殿下に身に危険があったらいけませんので、ついて参ります」
私は、スラム街に向かおうとするヴェス王子の後ろをついて歩いていた。彼は、私が来ることを嫌がっているけど、私は意地でもついて行くつもりだった。
剣術とか武道とかやってないから、強くはないけど、盾になることはできるはず。
「スラム街の人たちはね、別に全員が全員、危ない人ってわけじゃない。特に顔を知られている人に襲うことはそうない」
僕は、スラム街に知り合いが多いから、と説明する。母方の家族がいるからかな??
「でも、ルナメアさんは、知り合いはいないだろう?? しかも、変装していないときてる。危なすぎるよ」
「そうですが………」
ヴェス王子は、次期国王ではないとはいえ、一国の王子。そんな彼は、変装しているとはいえ、もしものことがあったら、国中大騒ぎだ。
ヴェス王子が、スラム街に行くというのであれば、私も行く。行くったら行く。
私は逃げるように話題を変え、別の質問をした。
「殿下は、スラム街に何をしになさるのですか?? ご親戚様にお会いになさるのですか??」
「いいや、僕に王族以外の親戚はいないよ。残念ながらね。唯一の親戚だった人は、最近この世を去ったんだ」
ヴェス王子の顔は見えないが、彼の背中から悲しいオーラ。
………初めて会った時に聞いた、いとこのことだわ。まさか、その人がヴェス王子の最後の親戚だったなんて。
でも、なぜスラム街に行くのだろう?? 親戚がいないのに。
「ご親戚の方がいらっしゃらないのなら、なぜ………」
「スラム街に住む人たちのためさ」
そうして、ヴェス王子について行っていると、スラム街についた。いつから放置されているのだろうか、道端にはたくさんのゴミ。
汚臭もひどく、思わず鼻をつまみたくなるほど強烈だった。しかし、ヴェス王子は慣れているのか、なんともない様子で進んでいく。
道を歩いていると、無邪気に遊ぶ少年少女たちが見えた。彼らの服はボロボロだった。
「ホーネット兄!!」
「ホーネット兄ちゃんが来たぞ!!」
彼らは、ヴェス王子を見るなり、声を上げ、輝きの目を向けていた。
分かっていることではあったが、確認のため小さな声で彼に尋ねた。
「ホーネット様ってどなたですか」
「僕のこと」
あれ??
ホーネットって………スズメバチって意味じゃなかった??
なんて危なっかしい名前を自分につけているのかしら。
「兄貴、その人誰??」
すると、無垢な瞳の少年が私に向かって指をさす。
「人に指をさしちゃダメだよ」
「ねぇ、あの人は誰なの??」
「彼女は………」
ヴェス王子は、私の方にちらりと目を向ける。
「僕の恋人」
「へ??」「マジかっ!!」「ほんとっ!?」
子どもたちは、嬉しそうにキャッキャッと黄色い声を上げる。私は、1人ポカンと口を開いていた。
私が………誰の恋人ですって??
ヴェス王子の耳元で、私はそっと尋ねる。
「殿下、何を言っているのですか??」
「こっちの方が、理解してもらいやすいかなと思って」
「友人でも妹でもいいじゃないですか。恋人って………」
「僕、1人っ子って言っているし、妹にしては似てないとか言われて疑われそうだしね」
ヴェス王子はアハハと満面の笑みを浮かべる。私をからかって、楽しんでいるわ。
むぅ………………。
「恋人であれば、みんなに信用してもらいやすくなるから、いいじゃない??」
え、そうなの………。
結局、私は何も言い返せず、ヴェス王子は子どもたちのところへ歩いていく。
………仮だから。こんなイケメン王子が恋人だったら嬉しいけど、私は仮の恋人。そう、仮よ!! 浮かれるんじゃない、ルナメア。
自分にそう言い聞かせた私は、ヴェス王子の恋人として、彼とともに、集まってきた子どもたちと過ごし始めた。勉強を教えたり、料理を提供したり、前世でいうボランティア活動のようなことをした。
彼らが楽しんでいる中、私は子どもたちの体をじっと観察していた。
子どもたち、かなり痩せている。みんな、痩せすぎているわ。
骨の形がはっきり目にできるほど、彼らは恐ろしく痩せていた。
もしかして、ヴェス王子は子どもたちの健康のためにここへ??
王族とは思えないほど、料理は手慣れており、作ったカレーを子どもたちに配るヴェス王子。そんな彼は、今までに見たことのない幸せいっぱいの笑顔を浮かべていた。
「ルナメアさんも食べる??」
「あ、はい」
つげられたご飯の上には、スパイシーな臭いを漂わせるカレー。具だくさんでとっても美味しそうだった。
私は、古びたベンチに座る。すると、ショートカット髪の女の子が隣にやってきた。
「お姉ちゃん、一緒に食べよ??」
「え?? いいの??」
「もちろん!! みんなで食べた方が美味しいもん!!」
女の子はにひっと笑う。
服はボロボロ。手足にはところどころ傷があるのにも関わらず、彼女は、世界一幸せそうな満面の笑みを浮かべていた。
ヴェス王子が作ったカレーは、とても美味しく、あっという間に食べつくしてしまっていた。
あまりの美味しさに、おかわりをしようかなと思ったが、成長期の子どもたちが欲しがっていたので、遠慮した。
その後、子どもたちが暮らしている家で昼寝をすることに。私とヴェス王子は、窓際にあった椅子に座って、子どもたちを見守っていた。
「殿下は………」
「僕は、ホーネット」
ホーネットこと、ヴェス王子は、スヤスヤと眠っている子どもたちの方をちらりと見る。聞こえるかもしれないから、殿下と呼ぶなということね。
「ホーネット様は、ここに来ては彼らと一緒に過ごされるのですか」
「うん。言い方はあまり良くないかもしれないけど、恵まれない子たちでね。この通り、親や家族はいないから、みんな一緒に過ごしているんだ」
「孤児院は??」
「………ここの孤児院は頼ったところでダメだった。噂を聞くからに、危ないことに手を出しているみたい」
そんな………………。
孤児となった子どもにとって希望の場所なのに。孤児院すらダメなんて。
————————この国は、なんのためにあるの??
私は、現実を前に下唇をかむ。何も知らなかった自分が、悔しかった。
「だから、僕が頑張って面倒を見てる。僕が来れない時には、近所の大人の方に頼っているけど、彼らも自分の生活でいっぱいみたいで」
「だから、子どもたちの身体があんなにやせ細って………」
ヴェス王子は、「そうさ」と答え、小さくうんうんと頷く。
「以前は、前に行ったいとこに子どもたちの面倒を見てもらっていたんだ。だけど、彼がいなくなった今、子どもを守るのは、僕しかいない。でも、講義や課題があるし、人目を集めやすい僕はそんなに外が出れるわけじゃない。十分に守ってあげることができないのは、本当に申し訳ないよ」
彼は、少し潤めた瞳で、子どもたちを見つめる。
きっとヴェス王子は、自分のお金を使ってやっているのだろう。王族とはいえ、そんなに自由に使えないし、自分の生活費も必要なはず。時間的な面もだけど、経済的な面も問題があるはずだ。
「僕は、医師免許を持ったら、子どもたちのための孤児院を作りたいと思う。そして、彼らが自分の夢や目標のために必要な教育を提供できたらいいなと思っているんだ」
ヴェス王子は、2年生。医学科は6年まであって、あと4年もある。子どもたちにとっては、長い時間だろう。
「医師免許を持ったらですか………」
「うん。それまでに信用できて頼れる人が見つかれば、4年間は何とかなるんだけどね」
「信用できて、頼れる人ですか………」
私は、うーんと唸る。信用はできるけど、相手に時間がなさそうな人しか思いつかない。
みんな、忙しいものね。
「僕には、信用できる人が少ないからなぁ」
彼は、窓の外の空を見た。空はどことなく曇りだった。
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