異世界医学部看護学科 ~王子から婚約破棄された悪役令嬢は看護師を目指します~ 

せんぽー

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 王城でのパーティー。きらびやかな会場で、ゴージャスな服をまとう生徒たち。卒業で浮かれ気分でいるみんなは、楽しそうにワルツを踊っていた。
 その中、浮かない顔の私には踊る相手などいない。1人で立っていた。
 金髪王子と涙を浮かべる少女と向き合って。

 金髪碧眼王子こと、クローディアス王子は私の婚約者。私と王子との間にはかなり距離がある。
 しかし、少女ウルリカと王子の距離は近く、クローディアス王子はウルリカを守るように抱き寄せている。

 王子はちらりと茶髪少女ウルリカの顔を見て、そして、私の方に険しい顔を見せる。彼はビシッと真っすぐ人差し指を向けてきた。
 会場の人々の視線が私に集まる。グサグサと刺さってきた。
 
 「ルナメア・ジャクリーン・バーン!! 貴様との婚約を破棄させてもらう!!」
 
 その瞬間。
 私の脳内で突然ビリビリっと電撃が走る。

 「っ!!」
 
 あまりの痛さで、思わず頭に手を当てた。
 王子の婚約破棄が原因ではない。
 思い出した……………………。
 
 「……………………私には前世がある」

 私は誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
 前世での私は受験生だった。自分が志望していた大学の合格通知が届いて、自分へのご褒美に小説を買いに行こうとして……………………交通事故で死んだんだ。

 小さい頃から看護師を目指していた。
 やっとスタート地点に立てたと思ったのに。
 転生してしまった。婚約破棄されてしまった女に。

 最悪、最悪だよ……………………。
 衝撃のあまり私はうつむき、口を手で覆う。
 すると、何も返事をしない私に王子はイラついたのか、声を上げる。
 
 「おい!! 貴様聞いているのか」
 「……………………なんだよ、この茶番」
 
 思わず本音が出る。ハッとして口を押えた。
 そして、恐る恐る顔を上げ、銀の髪を振り払い、あたりを見渡す。
 ここ……………………小説の世界??

 あの涙目の少女も見たことがあるし、クローディアス王子の性格だって小説の王子にそっくり。この卒業パーティーだって、この婚約破棄だって、どこかで覚えがある。
 
 「アッ!!」
 
 思い出した。この世界が学生の間で話題となった恋愛小説「ストロベリームーン」であることを。
 なぜ話題になったのか。簡単に言えば「主人公がヤバい」のである。

 主人公とこの目の前にいる暴君王子が婚約するまでは至って普通。学園に入学した主人公ウルリカとこの王子が出会い、悪役令嬢ルナメアからいじめを受ける。ウルリカはそれに耐え抜き、卒業パーティーでルナメアの行いが断罪され、ウルリカと王子は結ばれる。

 至って普通でしょ?? でも、ここからが「ヤバい」のよ。

 「ストロベリームーン」が発売されて半年後、続編が発売された。その内容は前回と著者が違うのではないかとネットで議論されるぐらい、雰囲気は異なっていた。

 無事王子の婚約者となったウルリカはルナメアに仕返しをもくろむ。その理由として、ルナメアに国外追放等の罰が与えられず、彼女が社交界に顔を出していること。国王がウルリカよりも、なぜかルナメアの肩を持っていたこと。そして、学生時代にルナメアからいじめを受けてきたこと。

 これら全てウルリカの恨みとなり、復讐を企んだのだ。
 ……………………。
 続編でこの展開。「昼ドラかっ!?」と思わずツッコミたくなる。普通の女子高校生向けの小説ならこんなところ書かないだろう。

 一方、断罪されたルナメアは悪の組織スソと手を組み、ウルリカの首を取りに行こうとする。しかし、ウルリカを溺愛しているクローディアスによって、返り討ち。殺されてしまう。それだけでは足らずウルリカはバーン家もろとも地方に追いやったのだ。

 そんな恐ろしい主人公ウルリカが涙目でこちらを見ている。
 続編の話を思い出していると、彼女の涙がウソにしか見えなくなる。こわ。
 すると、王子がまた話しかけてきた。もういいんじゃない?? あなたは婚約破棄するって言ったんだから。私に拒否権なんてないでしょ??
 
 「おい、お前。話を聞いていたか??」
 「はい」
 「なら、なんとか返事をしろ」
 「申し訳ございません」
 
 こんなわがまま王子に礼なんてしたくないのだけれど。
 しかし、私は素直に王子に一礼をする。そして、彼女の方にゆっくりと目を向けた。
 ウルリカから恨みを持たれたくない。ここでなんとかしておかないと。
 
 「ウルリカさん」
 「…………………………………………な、なんですか」
 「今までごめんなさい」
 
 私は丁寧に彼女に頭を下げる。
分かっている。周りに一庶民に貴族の令嬢が頭を下げるなんてと思われるだろう。
 でも、今までの私はそれだけ彼女にひどいことをしてきたのだ。

 髪を引っ張ったり、教科書を勝手に捨てたり、悪口を言って精神的ダメージを与えたり。
 …………………………………………ルナメアがやった内容が小学生だな。
 人として謝罪するのは当たり前だろう。
 すると、王子がかぁーとなってか、声を荒げた。
 
 「謝って済むとでも思っているのか??」
 「そうですよ……………………」

 ウルリカはさらに桃色の瞳を潤ませる。
 くっ。もうウルリカの本性、小悪魔ちゃんが出てきたのね。
 
 「はい、分かっております。だから、私は二度と社交界に顔を出しません。それでお許しいただけないでしょうか??」
 
 ストーリーの前倒しよ。小説では私は殺されて、文字通り二度と社交界に顔を出さないのだから。
 社交界に出ないということは、他の貴族たちと関係を築くことがないということだ。
 ウルリカの恨みを買わないためにはこれがいいだろう。
 私たちに注目していた周りの人たちがざわつき始める。小さな声だったが、私の耳には届いた。
 
 「バーン家のご令嬢が顔を出さない?? まさか、あの子は陛下のお気に入りだぞ??」
 「婚約破棄って…………陛下はどう判断なさるのかしら」
 
 王子にもその声が聞こえたのか、チッと舌打ちをしていた。自分の立場よく分かっているじゃない。
 彼は睨みの聞いた目をこちらに向けてくる。その瞳には少々殺意があるような気がした。
 
 「いいだろう。二度と俺の前に現れるな」
 
 私は王子に一礼をすると、颯爽とその場を去っていった。
 


 ★★★★★★★★



 パーティー会場を後にし、私は逃げるように庭に向かった。
 とりあえず新鮮な空気を吸いたい。休みたい。
 前世のことと婚約破棄のことで頭をフルに動かしていたから、疲れがどっと出た。

 私は庭を少し歩くと、ベンチに座っている人を見つけた。黒髪のその人は顔をうつむかせ、暗いオーラを放っていた。
 あれは…………………………………………第1王子??
 この国には2人の王子がいる。さっきの婚約破棄を申し出てきた王子は第2王子。正室の子だ。

 一方私が目にしているのは第1王子。側室の子であるため、第2王子よりも王位継承権は下である。
 そんな彼がここで何をしているのだろう?? まぁ、王城だから彼にとっては自分の庭なんだけどさ。
 気になった私は声を掛けた。

 「失礼いたします、ヴェス殿下」

 私が声を掛けると、彼はゆっくりと顔を上げた。
 なっ。
 彼のきれいなエメラルドの瞳の下にはクマ。疲れ切っているような、悲しそうな顔をしていた。横からライトで照らされているため、相手が王子だと知らなければ、悲鳴を上げていただろう。

 「……………………君は弟の」
 「元です。元」
 「元?? それはどういう……………………」
 「婚約破棄されました」
 「えっ!?」

 ヴェス王子は驚きの表情を見せる。
 私の婚約破棄話はどうでもいい。その話題は疲れた。
それよりも、ヴェス王子がなぜこんな所でしょぼくれているのか知りたい。

 「それで、なぜ殿下はこんなところに??」
 「……………………大切な人を失くしたんだ」
 「大切な人??」

 恋人かしら??
 私の心を読んだのか、ヴェス王子は付け加えるように言った。

 「あ、恋人じゃないよ。大切な友人さ」
 「友人ですか……………………お悔やみ申し上げます」
 「ありがとう。立っては疲れるだろう。横に座ってくれ」

 私は素直に一礼し、彼の隣に座る。そして、亡くなったヴェス王子の友人の話をじっと聞いた。
 ヴェス王子の友人は母方のいとこだったらしく、幼い頃から仲良くしてもらっていたとか。しかし、彼は2年前に不治の病にかかり、そして今日亡くなったという知らせを聞いたらしい。

 「男が涙を見せるなんて……………………情けない」
 「そんなことないですよ。大切な人を失った時は悲しく、つらいものです」

 私はそっと彼に微笑みかける。ヴェスは「そうだな」と小さく呟いた。

 「彼はいいやつだった」

 そうして、私はヴェス王子と他愛のない話を少しした。ヴェス王子は医大で医師になるため勉強をなさっていた。そのためか、頻繁に王城に来ていた私は彼と会うこともなく、もちろん話すこともなかった。
 そんなヴェス王子と話をしているうちに、彼の本当の姿をみることができた。

 クローディアスとそっくりの性格かなと思っていたけど、全然違う。落ち着きのあるいい人だわ。
私はもう少し彼と話していたいと思ったけれど、時間も時間だったので、帰ることにした。

 「今日はありがとう。話を聞いてくれて」
 「こちらこそありがとうございます」

 私は頭を下げ、そして、彼の顔を見た。
 ヴェス王子は最初に会った時より、元気を取り戻していた。ニコリと笑みを向けてくる。

 「君に、また会えたらいいな」
 「そうですね」

 私が社交界に顔を出すことはない。彼と会うことはまずないだろう。
 そう思いながら、私は彼と別れの挨拶を言い、王城を去った。
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