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第1章
第1章 第12話
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1
朝日が昇りきる前から、商店街は慌ただしく動き始めていた。店の前には手作りの看板や飾り付けが並べられ、テントが立ち並ぶ。商店街の人々は準備に追われながらも、どこか落ち着かない様子で手を動かしている。
普段は降りたシャッターが目立つ商店街が、今日ばかりは以前の活気を取り戻していた。
「よし、こっちはオッケー!」
アンナが勢いよく声を上げる。
和菓子屋の店主が並べた試食品の数を数え、呉服屋の前にはサキがコーディネートした着物の見本写真が目を引く。喫茶ともしびの本田夫妻の出店も最後の準備を終えテーブルを拭いている。
「……ほ、本当に人、来るのかな?」
チエはポツリと呟いた。
「やることはやったよ」
サキが穏やかに微笑みながら言う。
「来なくても、ここまでやったってことが大事でしょ?」
アンナも晴れやかな表情で続ける。
「う、うん……そ、そうだね……」
チエは胸に手を当て、大きく深呼吸する。
やがて、イベント開始の時間を迎えた。開始時間になっても人の姿は少なく静かだった。商店街の人々も黙って様子をうかがっている。アンナが時計をちらりと見て、唇を噛む。
「やっぱりダメだったのかな……ちょっと駅を見てくる」
アンナはそう言うと、商店街からほど近い駅に向かって歩き出した。チエとサキも後に続く。
駅前もいつもの通りの静けさだった。
その時、桑咲駅に綾宮駅方面からやってきた電車が到着した。二両編成の車両には朝の通勤時間のような人数が乗っているのがガラス越しに見えた。
電車が停車し、ドアが開くと一気にホームに人が出てくる。若いカップル、親子連れ、学生くらいの年齢のグループ。その集団は電車から降りると、ぞろぞろと改札から出てきた。
その人数に驚いて動けずに見守っていた三人の横を、一組の親子連れが通る。小さな男の子が「おまつり?」と言いながら指をさし、母親が優しく頷く。続いて、数人の高校生くらいの若者たちがスマホを片手に通りを歩いてくる。
「……来てくれた」
サキが小さく囁く。チエは緊張しながらも、少しだけ安堵の表情を浮かべた。
こうして、商店街の町おこしイベントが始まった。
2
開始時間を1時間も過ぎると人が増え始め、商店街は一気に賑やかになった。
和菓子屋まつかわ菓舗の店先では、小さな木の台にもなかや団子、季節の和菓子が並ぶ。桑咲新名物桑の葉もちというチラシが目を惹く。店主が「遠慮せず食べてってね」と優しく声をかけると、親子連れや年配の女性たちが手を伸ばした。
「これ、おいしい!」
子どもが目を輝かせる。
「懐かしい味ねえ」
昔を思い出したのか、微笑むおばあさん。
その様子を横で見守っていたチエは、店主に頼まれて追加の試食品を並べる。お客さんと目が合うたびに緊張しながらも、少しずつ「い、いかがですか?」と声をかけるようになっていた。
一方、商店街の中央では、着物姿のサキが歩くたびに注目を集めていた。紺地に桜の柄があしらわれたシンプルな着物に、帯は少しモダンなデザイン。観光客の若者たちが「かわいい!」「写真撮ってもいいですか?」と声をかける。サキは少し照れながらも、落ち着いた笑顔で頷く。
「この商店街、こんな雰囲気だったんだね」
「レトロな感じがいいかも」
そんな声がちらほらと聞こえてくる。
「良かったら試しに着物、着てみませんか?」
サキが若い女性のグループに声を掛ける。
「着れるんですか?」
「はい! ぜひ古い町並みをバックに写真撮ってください」
「楽しそう!」
「ねえ。着てみようか」
サキは呉服屋柿崎へ女性たちを案内した。
アンナは、賑やかな様子を見ながら商店街を駆け回っていた。イベント全体の流れを確認し、各店舗の人手が足りているかをチェックする。お年寄りが休めるようにと用意したベンチの場所を少し調整し、道端で写真を撮る人たちが増えたことに気づくと、自然とフォトスポットの案内を始めた。
「お嬢ちゃん、よく気がつくねえ」
「まあね!」
アンナは笑う。気がつけば、商店街全体がにぎわいを増していた。最初は不安げだった商店街の店主や老人たちも、次第に楽しそうな表情を浮かべ始める。
「みんな楽しそう!」
アンナはそう呟くと、改めて商店街を見渡した。今日の成功が、大きな一歩になるかもしれない。
3
和菓子屋の店主松川は、目の前の光景をしばらく信じられないように眺めていた。
「こんなに若い子が来るなんて……」
桑の葉もちを頬張る高校生たち、写真を撮る大学生のグループ、親子連れでにぎわう店先。いつもなら、商店街を歩く若者などほとんどいない。けれど、今日は違った。
桑咲商店街振興組合の組合長として、この景色を誰よりも感慨深く見守っていた。
「おじさん、このお餅、SNSに載せてもいい?」
女の子がスマホで撮影した桑の葉もちの写真を見せる。
「おお、いいとも! その代わり、ちゃんと桑咲の名物って書いてくれよ!」
他のお店の店主たちも、最初は半信半疑だったが、次第に表情が変わり始める。
「……もしかして、これを続けていけば、本当に何か変わるかもしれん」
「このままじゃいかんと思っとったが、何か動けば違うもんだね」
呉服屋の店主志乃は、着物の着付けをした女性グループを見送りながらぽつりと呟く。
「昔は、こうやってみんな着物で歩いとったんだ……若い子たちも、着物も悪くないって思ってくれたらええが」
イベントを楽しんでいた若葉住宅の老人たちが、アンナに声を掛ける。
「アンナちゃん、大成功じゃないか」
「ほら、やっぱり、お手玉が人気だよ」
イベント会場の片隅で、お手玉を披露している寺田のおばあさんに、若者たちが「すごい!」と拍手している。最初は遠巻きに見ていた老人たちも、いつの間にか輪の中に入って話し始めていた。
「おばあちゃん、これって手作りなの?」
「おお、そうじゃ。お手玉作りはあっちで教えてるから、良かったらどうじゃ?」
寺田のおばあさんが指差す方向には、富田のおばあさんがお手玉の作り方を教えているワークショップのテントがあった。
「おお、アンナちゃん。用意した端切れが全部なくなりそうじゃ」
富田のおばあさんの嬉しい悲鳴が聞こえた。
そんな光景を見ながら、ふと誰かがつぶやく。
「私たちの町、まだまだ捨てたもんじゃないねえ」
「そうだな」
周囲の人々もうなずいた。
商店街に響く笑い声と、にぎわう光景。町の人々の心の中に、生きる希望が再び灯り始めていた。
4
イベントも終盤に差しかかり、商店街はまだ賑わいを見せていた。
アンナは道の真ん中に立ち、笑い声のあふれる光景をじっと見つめる。子どもたちは紙風船を持って駆け回り、若者たちは写真を撮ったり、食べ歩きを楽しんでいる。
「……すごい」
ポツリと呟いた言葉には、驚きと実感が混ざっていた。
「私たちの小さな力でも町を動かせるんだ」
今まで、町はただの背景でしかなかった。くすんだ風景の中で、流されるように生きてきた。でも、今日は違う。少しの工夫と少しの行動で、こんなにも町が変わる。人が集まり、笑顔が生まれる。
その横で、サキは着物の袖を軽く直しながら、商店街の人々の様子を見ていた。
「町の人と一緒に何かをやるのって、楽しいね……」
着物を着て歩くだけで、若い子たちが興味を持ってくれた。呉服屋の店主も嬉しそうにしていた。アンナやチエと一緒に準備して、商店街の人たちと協力して、この場を作った。それが、思った以上に心地よかった。
一方、チエは和菓子屋の店頭に立ちながら、商店街の人たちが若者に話しかけるのをそっと見ていた。
「……わ、私も、この町の、一人として関われるかもしれない」
人と話すのはまだ得意じゃない。でも、少しずつならできるかもしれない。町の一員として、この輪の中に入っていけるかもしれない。そんな気持ちが、ほんの少しだけ芽生えていた。
そのとき、不意に背後から声がかかった。
「お前たちのおかげだな」
振り向くと、そこに町内会長の大石が立っていた。
「俺一人では何もできなかった。できないって、ずっと諦めていた。でも、お前たちが動いたことで、この町も変わり始めた」
その言葉に、三人は目を見開く。
「若葉住宅も、商店街も……変えたのは、お前たちの気持ちだ」
真剣なまなざしでそう言う大石の言葉に、三人は互いに顔を見合わせた。
これは、終わりじゃない。これからが始まりなんだ――そう実感しながら。
5
イベントが終わり、商店街にはいつもの静けさが戻った。
夕焼けに染まった空の下、三人は商店街の人々と一緒に片付けを進めていた。テーブルをたたみ、装飾を外し、最後のゴミを拾い集める。
「……終わったなぁ」
アンナが空を見上げながらつぶやく。
「でも、あっという間だったね」
サキが微笑み、チエもこくりとうなずいた。
すると、次々と商店街の人々がやってきた。
「ありがとうよ、こんなにお客さんが来るなんて思わなかったね」
やってきたのは喫茶ともしびの本田夫妻だった。
「うちの珈琲も若い子に好評だったよ。また、新しいブレンドでも試してみるよ」
「私は、もっとSNS映えするデザートを考えるわ」
奥さんの言葉に、アンナは目を輝かせる。
「それ、めっちゃいいじゃん!」
次に、呉服屋の店主志乃もお礼を伝えにやってきた。
「……若い子が着物を着て町を歩くのを見て、昔を思い出したよ」
そう言って、ふっと微笑む。
「三人とも、今日は本当にありがとう。サキ、明日からもよろしくね」
サキは驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔になった。
「もちろんです!」
そのやりとりを見て、和菓子屋まつかわ菓舗の店主も笑う。
「アンナ、サキ、そしてチエ……本当にありがとな」
店主は腕を組みながらしみじみと言った。
「最初はどうなるかと思ったが……商店街も、まだやれることはあるかもしれん」
その言葉に、三人は思わず顔を見合わせた。
すると、誰からともなく、ぽつりと声が漏れる。
「次は何をする?」
「今度はこれを試してみたい」
「もっとこうすれば良かった」
その会話に、驚いたように周囲を見渡す。
和菓子屋の店主、呉服屋の店主、ともしびの夫婦、そして町内の人々。
誰もが自然と、次のことを考え始めていた。
「この町をもっと良くしたい」
そんな想いが、みんなの中に生まれているのを感じた。
アンナはグッと拳を握る。サキは静かに笑う。チエは小さく息を吸って、頷いた。
「まだやれることはある」
夕暮れの商店街に、温かい希望の空気が流れていた。イベントが終わり、商店街には静けさが戻っていた。
夕焼けに染まった空の下、三人は商店街の人々と一緒に片付けを進めていた。テーブルをたたみ、装飾を外し、最後のゴミを拾い集める。
三人娘の始めた町おこしイベントはこうして一応の大成功を収めた。
朝日が昇りきる前から、商店街は慌ただしく動き始めていた。店の前には手作りの看板や飾り付けが並べられ、テントが立ち並ぶ。商店街の人々は準備に追われながらも、どこか落ち着かない様子で手を動かしている。
普段は降りたシャッターが目立つ商店街が、今日ばかりは以前の活気を取り戻していた。
「よし、こっちはオッケー!」
アンナが勢いよく声を上げる。
和菓子屋の店主が並べた試食品の数を数え、呉服屋の前にはサキがコーディネートした着物の見本写真が目を引く。喫茶ともしびの本田夫妻の出店も最後の準備を終えテーブルを拭いている。
「……ほ、本当に人、来るのかな?」
チエはポツリと呟いた。
「やることはやったよ」
サキが穏やかに微笑みながら言う。
「来なくても、ここまでやったってことが大事でしょ?」
アンナも晴れやかな表情で続ける。
「う、うん……そ、そうだね……」
チエは胸に手を当て、大きく深呼吸する。
やがて、イベント開始の時間を迎えた。開始時間になっても人の姿は少なく静かだった。商店街の人々も黙って様子をうかがっている。アンナが時計をちらりと見て、唇を噛む。
「やっぱりダメだったのかな……ちょっと駅を見てくる」
アンナはそう言うと、商店街からほど近い駅に向かって歩き出した。チエとサキも後に続く。
駅前もいつもの通りの静けさだった。
その時、桑咲駅に綾宮駅方面からやってきた電車が到着した。二両編成の車両には朝の通勤時間のような人数が乗っているのがガラス越しに見えた。
電車が停車し、ドアが開くと一気にホームに人が出てくる。若いカップル、親子連れ、学生くらいの年齢のグループ。その集団は電車から降りると、ぞろぞろと改札から出てきた。
その人数に驚いて動けずに見守っていた三人の横を、一組の親子連れが通る。小さな男の子が「おまつり?」と言いながら指をさし、母親が優しく頷く。続いて、数人の高校生くらいの若者たちがスマホを片手に通りを歩いてくる。
「……来てくれた」
サキが小さく囁く。チエは緊張しながらも、少しだけ安堵の表情を浮かべた。
こうして、商店街の町おこしイベントが始まった。
2
開始時間を1時間も過ぎると人が増え始め、商店街は一気に賑やかになった。
和菓子屋まつかわ菓舗の店先では、小さな木の台にもなかや団子、季節の和菓子が並ぶ。桑咲新名物桑の葉もちというチラシが目を惹く。店主が「遠慮せず食べてってね」と優しく声をかけると、親子連れや年配の女性たちが手を伸ばした。
「これ、おいしい!」
子どもが目を輝かせる。
「懐かしい味ねえ」
昔を思い出したのか、微笑むおばあさん。
その様子を横で見守っていたチエは、店主に頼まれて追加の試食品を並べる。お客さんと目が合うたびに緊張しながらも、少しずつ「い、いかがですか?」と声をかけるようになっていた。
一方、商店街の中央では、着物姿のサキが歩くたびに注目を集めていた。紺地に桜の柄があしらわれたシンプルな着物に、帯は少しモダンなデザイン。観光客の若者たちが「かわいい!」「写真撮ってもいいですか?」と声をかける。サキは少し照れながらも、落ち着いた笑顔で頷く。
「この商店街、こんな雰囲気だったんだね」
「レトロな感じがいいかも」
そんな声がちらほらと聞こえてくる。
「良かったら試しに着物、着てみませんか?」
サキが若い女性のグループに声を掛ける。
「着れるんですか?」
「はい! ぜひ古い町並みをバックに写真撮ってください」
「楽しそう!」
「ねえ。着てみようか」
サキは呉服屋柿崎へ女性たちを案内した。
アンナは、賑やかな様子を見ながら商店街を駆け回っていた。イベント全体の流れを確認し、各店舗の人手が足りているかをチェックする。お年寄りが休めるようにと用意したベンチの場所を少し調整し、道端で写真を撮る人たちが増えたことに気づくと、自然とフォトスポットの案内を始めた。
「お嬢ちゃん、よく気がつくねえ」
「まあね!」
アンナは笑う。気がつけば、商店街全体がにぎわいを増していた。最初は不安げだった商店街の店主や老人たちも、次第に楽しそうな表情を浮かべ始める。
「みんな楽しそう!」
アンナはそう呟くと、改めて商店街を見渡した。今日の成功が、大きな一歩になるかもしれない。
3
和菓子屋の店主松川は、目の前の光景をしばらく信じられないように眺めていた。
「こんなに若い子が来るなんて……」
桑の葉もちを頬張る高校生たち、写真を撮る大学生のグループ、親子連れでにぎわう店先。いつもなら、商店街を歩く若者などほとんどいない。けれど、今日は違った。
桑咲商店街振興組合の組合長として、この景色を誰よりも感慨深く見守っていた。
「おじさん、このお餅、SNSに載せてもいい?」
女の子がスマホで撮影した桑の葉もちの写真を見せる。
「おお、いいとも! その代わり、ちゃんと桑咲の名物って書いてくれよ!」
他のお店の店主たちも、最初は半信半疑だったが、次第に表情が変わり始める。
「……もしかして、これを続けていけば、本当に何か変わるかもしれん」
「このままじゃいかんと思っとったが、何か動けば違うもんだね」
呉服屋の店主志乃は、着物の着付けをした女性グループを見送りながらぽつりと呟く。
「昔は、こうやってみんな着物で歩いとったんだ……若い子たちも、着物も悪くないって思ってくれたらええが」
イベントを楽しんでいた若葉住宅の老人たちが、アンナに声を掛ける。
「アンナちゃん、大成功じゃないか」
「ほら、やっぱり、お手玉が人気だよ」
イベント会場の片隅で、お手玉を披露している寺田のおばあさんに、若者たちが「すごい!」と拍手している。最初は遠巻きに見ていた老人たちも、いつの間にか輪の中に入って話し始めていた。
「おばあちゃん、これって手作りなの?」
「おお、そうじゃ。お手玉作りはあっちで教えてるから、良かったらどうじゃ?」
寺田のおばあさんが指差す方向には、富田のおばあさんがお手玉の作り方を教えているワークショップのテントがあった。
「おお、アンナちゃん。用意した端切れが全部なくなりそうじゃ」
富田のおばあさんの嬉しい悲鳴が聞こえた。
そんな光景を見ながら、ふと誰かがつぶやく。
「私たちの町、まだまだ捨てたもんじゃないねえ」
「そうだな」
周囲の人々もうなずいた。
商店街に響く笑い声と、にぎわう光景。町の人々の心の中に、生きる希望が再び灯り始めていた。
4
イベントも終盤に差しかかり、商店街はまだ賑わいを見せていた。
アンナは道の真ん中に立ち、笑い声のあふれる光景をじっと見つめる。子どもたちは紙風船を持って駆け回り、若者たちは写真を撮ったり、食べ歩きを楽しんでいる。
「……すごい」
ポツリと呟いた言葉には、驚きと実感が混ざっていた。
「私たちの小さな力でも町を動かせるんだ」
今まで、町はただの背景でしかなかった。くすんだ風景の中で、流されるように生きてきた。でも、今日は違う。少しの工夫と少しの行動で、こんなにも町が変わる。人が集まり、笑顔が生まれる。
その横で、サキは着物の袖を軽く直しながら、商店街の人々の様子を見ていた。
「町の人と一緒に何かをやるのって、楽しいね……」
着物を着て歩くだけで、若い子たちが興味を持ってくれた。呉服屋の店主も嬉しそうにしていた。アンナやチエと一緒に準備して、商店街の人たちと協力して、この場を作った。それが、思った以上に心地よかった。
一方、チエは和菓子屋の店頭に立ちながら、商店街の人たちが若者に話しかけるのをそっと見ていた。
「……わ、私も、この町の、一人として関われるかもしれない」
人と話すのはまだ得意じゃない。でも、少しずつならできるかもしれない。町の一員として、この輪の中に入っていけるかもしれない。そんな気持ちが、ほんの少しだけ芽生えていた。
そのとき、不意に背後から声がかかった。
「お前たちのおかげだな」
振り向くと、そこに町内会長の大石が立っていた。
「俺一人では何もできなかった。できないって、ずっと諦めていた。でも、お前たちが動いたことで、この町も変わり始めた」
その言葉に、三人は目を見開く。
「若葉住宅も、商店街も……変えたのは、お前たちの気持ちだ」
真剣なまなざしでそう言う大石の言葉に、三人は互いに顔を見合わせた。
これは、終わりじゃない。これからが始まりなんだ――そう実感しながら。
5
イベントが終わり、商店街にはいつもの静けさが戻った。
夕焼けに染まった空の下、三人は商店街の人々と一緒に片付けを進めていた。テーブルをたたみ、装飾を外し、最後のゴミを拾い集める。
「……終わったなぁ」
アンナが空を見上げながらつぶやく。
「でも、あっという間だったね」
サキが微笑み、チエもこくりとうなずいた。
すると、次々と商店街の人々がやってきた。
「ありがとうよ、こんなにお客さんが来るなんて思わなかったね」
やってきたのは喫茶ともしびの本田夫妻だった。
「うちの珈琲も若い子に好評だったよ。また、新しいブレンドでも試してみるよ」
「私は、もっとSNS映えするデザートを考えるわ」
奥さんの言葉に、アンナは目を輝かせる。
「それ、めっちゃいいじゃん!」
次に、呉服屋の店主志乃もお礼を伝えにやってきた。
「……若い子が着物を着て町を歩くのを見て、昔を思い出したよ」
そう言って、ふっと微笑む。
「三人とも、今日は本当にありがとう。サキ、明日からもよろしくね」
サキは驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔になった。
「もちろんです!」
そのやりとりを見て、和菓子屋まつかわ菓舗の店主も笑う。
「アンナ、サキ、そしてチエ……本当にありがとな」
店主は腕を組みながらしみじみと言った。
「最初はどうなるかと思ったが……商店街も、まだやれることはあるかもしれん」
その言葉に、三人は思わず顔を見合わせた。
すると、誰からともなく、ぽつりと声が漏れる。
「次は何をする?」
「今度はこれを試してみたい」
「もっとこうすれば良かった」
その会話に、驚いたように周囲を見渡す。
和菓子屋の店主、呉服屋の店主、ともしびの夫婦、そして町内の人々。
誰もが自然と、次のことを考え始めていた。
「この町をもっと良くしたい」
そんな想いが、みんなの中に生まれているのを感じた。
アンナはグッと拳を握る。サキは静かに笑う。チエは小さく息を吸って、頷いた。
「まだやれることはある」
夕暮れの商店街に、温かい希望の空気が流れていた。イベントが終わり、商店街には静けさが戻っていた。
夕焼けに染まった空の下、三人は商店街の人々と一緒に片付けを進めていた。テーブルをたたみ、装飾を外し、最後のゴミを拾い集める。
三人娘の始めた町おこしイベントはこうして一応の大成功を収めた。
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