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4 それは情報にもならない

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「ああ、その噂のことね」

顔馴染みの女性職員は、大げさな溜息をついた。

ギルド・ディールの両開きのドアを開けて中に入ると、右手に受付カウンターが、左手には待ち合いの長椅子が3つ並ぶ。
常に開かれている奥のドアの先は、簡易的な食堂となっている。
ちなみに2階が簡易的な宿泊施設で、3階が職員専用の事務室だ。
食堂は自由だが、宿泊施設もギルド員であったり、ギルドを利用する者、旅人や冒険者なら申請すれば使えるようになっている。
町の住民であるギルド員は元々各自の家があるので、滅多に使うことはないが。

まだ昼にもなっていない時間のせいだろう、職員以外は見当たらず静かな空間。
とりあえず受付に行き、ティオは職員に噂のことを訪ねてみた。
ティオがギルドに所属した時、すでに担当を持ち働いていた彼女は、職員の中でもベテランだ。
ティオがどのような情報が欲しいのかすでに察しているだろう。
いつもならばてきぱきと情報を出してくれるというのに、反応が悪い。
顔をしかめている彼女に首を傾げる。

「何か話しづらいことでもあるんですか?」
「話しづらいというか、ティオ、貴方昨日まで外に出ていたでしょう? 噂はどこから聞いたの?」
「鳥の声で」

やんわりとティオが言葉を濁す。
女性は怪訝そうに目を瞬かせながらも、頷いた。

「……なるほど? 困ったものね」
「勘弁してください」
「いいわ。で、貴方は噂をどう思ったのかしら?」
「いや、正直言って胡散臭いとしか……なので詳しいことを訊きに」

ここで隠しても意味がない。
ティオは正直に、噂について思ったことをさらりと告げた。
女性は特に言及するまでもなく軽く肯定する。

「あまりに信憑性がないものよ」
「……まあ、そりゃそうでしょうけど」
「困ったものね」

もう一度繰り返して肩をすくめる。
そうしながらも、彼女はひとつ咳払いをして姿勢を正す。
少し声を潜めつつ、きちんとティオに答えてくれた。

「今はまだ小さく囁かれている噂よ。騒ぎになるほどではなく、実害は出ていない。噂の出処も不確かで、話す内容も食い違っている部分がある。……つまり曖昧すぎて、詳しく提供できる情報ではないの。情報と呼べるものですらない。これは貴方だからこそ、言えることだけど」
「あー」

ティオは思わず納得の声をあげた。

ギルドでは仕事のひとつとして情報提供というものがある。
任務に赴く場所の治安や、依頼人の人柄や事情、魔物などの情報を、必要とした時に与えてくれるのだ。
簡単な情報なら無償だが、情報によっては情報料を払わねばならない。
つまり今の彼女が言うには最初から金銭は関係なく、噂の情報を得ようとしても、ギルドが胸を張って提供できる情報ではないのだ。
そして言外に、口の軽い者にはギルド員だとしても言える内容ではないと。

「噂を面白がる奴のが面倒ですからね」
「そういうこと」

実害が出てないと彼女は先ほど口にした。
ということは、今はまだ小さな噂を噂として楽しんでいるだけなのだ。
片田舎で王都のような華やかな噂が頻繁に流れるわけがなく、時折訪れるある種の娯楽と言える。
むしろギルドとして心配しなければならないのは、嘘でも真実でも噂が肥大化し、鵜呑みにした者たちが好奇心でハメを外すこと。
この場合は、肝試しのように遺跡へ近づき、怪我をするかもしれないといったように。
領主が遺跡を管理していると住民は知っているため、今の所は噂を口にするだけで、実際に行動は起こしていないのだろう。
魔女が復活したという遺跡からも、特に何かあったというわけでもない。

「ギルドが動く方が信憑性を増してしまいますか」
「その通り。察しが早くて助かるわ」

にっこりと彼女が笑う。

「これくらいはさすがに……」
「ギルドに直接噂を訊いてくる人も、今の所いないわ」
「じゃあ町で聞き込みした方が早そうだな。ありがとうございました」
「あ、ティオ!」
「分かってますよ」

小さく肩をすくめて、ティオはカウンターから離れた。
慌てて立ち上がる彼女に、苦笑して振り向く。

「ギルドが聞き込みしてると疑われないようにしろってことでしょ」
「くれぐれもお願いね」
「了解」

ひらりと片手を振って、ティオはギルドの外へ出る。
話していた時間はそれほど長くなかったおかげか、天に陽が届くまではまだまだ時間もありそうだ。

ギルドで得られないほどの瑣末な情報。
そうなると、一般の店が集う街道より南の街道の方が集まるかもしれない。
町に住む一般人よりは、各地をまわる冒険者の方が噂に対する耳が早いこともある。
そう判断したティオは一旦広場で出て、歩き出した足を南街道へ向けた。
ごちゃごちゃと軒を連ねる冒険者たちの通り。
とはいえ、冒険者がぽつぽつとしか来ていない昨今では、利用しているのはほとんどギルド員ばかり。
もしくは時折訪れる旅人だが。

「どうするかな……まずは武器屋にでも行ってみるか……」

遺跡に移動する時間を考えると、せめて昼前までには出来るだけ情報を集めきりたい。
行きは順調でも、帰りが夜になると魔物に襲われる可能性が高くなる。
調査に行くのだから、別に戦うことが本命ではない。
できれば、昨日の今日で魔物退治で忙しくなるのは遠慮したい所だ。
腰に帯刀した剣に触れて、ぴたっとティオは立ち止まった。
剣の状態を思い出して肩を落とす。

「手入れしてなかった……」


 
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