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2 どうなるか分からなくても
しおりを挟む『親愛なるティオへ。
魔物の討伐、お疲れ様でした。
戻ってきたばかりで疲れているとは思いますが、貴方にどうしても頼みたいことがあります。
封印された魔女の復活、という噂をご存知でしょうか。
近頃町では、北西の丘にある遺跡の結界が消え、封印されていた邪悪な魔女が復活した――そんな噂が囁かれているようです。
今はまだ小さな噂ですが、もしそれが事実であれば町に影響があるでしょう。
貴方には、遺跡の調査をお願いしたいのです』
見慣れた流麗な文字で綴られた依頼が、簡潔な文章でまとめられている。
そこまではいつもと同じだが、内容が内容だ。
「魔女……ねぇ」
ティオはまじまじと手紙を見返しながら怪訝に唸る。
従姉の話を疑うわけではないが、それでもにわかには信じがたい。
世界では、大国を中心とするいくつかの研究機関において、魔術の成り立ちや、力の根源である存在の解明は進み、今なお魔術は発達、発展し続けている。
仕組みを解き明かす学者とは別に、魔術を極めようとする魔術師たちも多い。
彼らによって魔術とは何か、どういうものかが世間に伝わり、決して不可思議な力ではないと証明されているのだ。
もちろん片田舎のフィールドールにも、それなりに腕のたつ術師がいる。
その内の領主家に仕える者たちによって、子供たちは学術指南を受けるため、世間とはそうそう知識の隔たりはない。
つまり魔術うんぬんに関しても理解されていることだ。
とはいえ『魔女』となると話は違ってくる。
ティオの頭の中にある魔女のイメージといえば、よく分からない凶悪な強い魔術をもって、冒険者を追い詰めてくる悪役。
または不幸な運命を背負う者を、多彩な魔術で助けるなどといったおとぎ話の存在。
つまり胡散臭い。
「とはいえ……あの遺跡となるとな」
ぼやきながら、ティオは窓の外を見やった。
さすがにティオの家からは見えないが、町を出て北西に向かうと、山伝いに広がる大きな森がある。
森を抜けると小高い丘があり、頂上には石垣に囲まれた遺跡がひとつあった。
石垣がびっしりと蔦で覆われていて、見た目にも古い遺跡ということが分かる。
どれだけ昔の遺跡か正確には分かっていないらしいが、外見を調べた学者によると、ざっと数百年前という話だ。
石垣には強い結界が施されていて、決して遺跡への立ち入りを許さない。
学者や魔術師たちは遺跡を調べるために、何とか結界を消そうとしていた。
そうしていると、無理に結界を壊そうと攻撃した魔術師が跳ね返った魔術で大怪我をした事件が起こった。
報告を受けた国は、あまり無謀な調査をしないようにと定め、遺跡に一番近いという理由で、当時のディール領主が遺跡を管理することとなった。
以来、遺跡に立ち寄るのは調査を諦めていない学者や魔術師たち、興味本位の冒険者のみ。
しかし事件があったのはティオの年齢が10にも届かない頃の話。
この頃は、ティオだけでなく住民もほとんど遺跡の噂など耳にしないだろう。
遺跡を管理するのは今でも変わらず領主に一任されている。
本格的な調査は許可が必要になるのだ。
町の住人であるティオはそれらを全て知っていたが、好奇心には敵わない。
数年前、遺跡に興味を持っていた仲間の魔術師とともに、一度だけこっそりと遺跡を見に行ったことがある。
ギルドの依頼を終えて帰る途中、町へ戻る前に二人で立ち寄ってみた。
頂上まで行って初めて遺跡を見た時には、古くも威厳を感じさせる遺跡の佇まいに驚いたものだ。
『へー、すごいな。こんな遺跡だったのか』
『ふふ……腕がなる――っと……?』
『どうした?』
『だめ。これ無理』
魔術師が目を輝かせて、足早に石垣に近づく。
だが結界を見たとたん、あっさりと、自分には壊せないと首を振った。
少しだけ悔しそうな表情を浮かべた魔術師は、『遺跡と同じように、結界も古い魔術が使われている。壊した時の衝撃は大きいだろうから、自然に効力が弱まるのを待つ方がいい』とティオに答えた。
魔術に関して知識を膨大に有し、腕がたつ仲間の実力は知っている。
見ただけでそこまで言い切るならば無理なのだと、ティオは素直に納得したのだ。
しかし、その結界が消えたという。
誰かに壊されたのか、仲間が行っていたように効力が弱まって消えたのか。
手紙に何も書かれていないため、結界に関しても調査の内容に含まれているのだろう。
今はまだ小さな噂、という文字を視線でなぞる。
『遺跡に関して分かっていることは少なく、危険な調査になるかもしれません。
だからこそ、信頼している貴方へ頼みたいと思います』
手紙の最後は、そう締めくくられていた。
いつもより少し固い印象を受ける文章からは、調査について慎重にならざるを得ないこと、危険かもしれないことが読み取れる。
それでも、調査を望む学者や魔術師たちではなく、従姉があえて自分に調査の依頼をしてきた事実。
ティオにとってそれが何よりも嬉しい。
「あだっ!」
「クゥルルルル……」
突然、ティオは前髪を強く引っ張られて飛び上がる。
伝書の返信を待っていた鳥がついに我慢をきらし、催促に出たらしい。
「クゥルルル」
「わ、悪い悪い! すぐに返事書くから!」
「クゥル、クゥルルル」
頭をバサバサと翼でせっつかれながら、ティオは慌ててテーブルへ駆け寄る。
もたもたしていると、今度は鋭利なくちばしでつつかれそうだ。
従姉の手紙の最後に依頼を了承する返事と、自分の名前をて早く書き込む。
円筒に手紙をしまいこみ、鳥の足にもう一度括りつける。
返事を受け取った鳥は、ようやく仕事を再会できるとばかりに翼を大きく広げ、窓辺から優雅に飛び立っていった。
姿が見えなくなるまで見送っていたティオは、ぐっと背伸びをした。
「……さてと……」
未だに寝巻きのままの格好を見下ろし、息をつく。
急いで身支度を整え、遺跡に向かう準備をしなくてはならない。
ティオはもう一度大きく背伸びをしながら、朝になったばかりなのに長い一日になりそうな予感を覚えた。
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