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1 のんびりできない朝

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深い山並みの合間から、するりと陽が差し込んでいく。
ゆったりと昇る陽は山々と森林を照らし、その先にある町にもようやく届いた。
連なる屋根を、徐々に光で染め上げていき、やがて町全体を包み込む。
その瞬間を待っていたかのように、鐘楼が高らかに目覚めの音を響かせる。
澄んだ鐘の音は国の隅々まで響き渡り、眠っていた町を目覚めさせていく。
やがて起きだした人々の声が、静かだった町を明るくさざめかせた。

それがフィールドール領の辺境にある町・ディールの一日の始まりだ。

ディールに住んでいる青年ティオも、例外なく鐘の音で目を覚ます。
ぼんやりとした頭を枕に乗せたまま、何度か瞬きを繰り返して、ひとつ大きなあくびを落とした。
普段であれば、目覚めたあとはそれほど間をおかず、ベッドを離れる。
簡単な支度をしたあと朝食を食べ、もしくは朝食を食べに町へ出るのがいつもの朝だ。
だが、今日はいつもの朝と違ってティオが起き上がることはない。
ティオは瞬きを繰り返しながら脱力したまま。

(……あんまり腹減ってないし……昼まで寝てていいよな。……あー、でも剣の手入れはしなきゃダメか……。まあ、それは午後にやって……)

ぼんやりと一日の予定を考えながら、ベッドの上で微睡みを楽しむ。
まったりとのんびりと朝を迎えるのは久しく感じる。
柔らかな毛布の居心地の良さに存分に甘えた。

(報告は昨日のうちにしてあるから、今日は特にすることないんだよな。……数日ぶりのベッドだし、寝て過ごすのもいいよな……わりと疲れたし)

ちらりと昨日までのことを思い出して、ティオは深く頷く。

ティオはディールのギルドに所属する剣士だ。
ギルドに持ちこまれた依頼を受けこなし、数年前から生計をたてている。
つい昨日までも、数人のギルド仲間とともに町を離れて魔物退治に奔走していた。
受けた依頼は隣町から緊急要請されたもの。
町に近い洞窟に魔物が住みつき、農作業に出る者を頻繁に襲うため、早急に退治してほしいという切羽詰った内容だった。
趣いたティオたちに対し、魔物はそれほど強くなくあっさりと退治できたのだが、問題はそのあと。
仲間の一人である魔術師が調べた所、退治した魔物の血や体液が毒を発していて、周囲に害をもたらしていることが判明したのだ。
そのままにすることは出来ず、ティオたちは魔物が出没したと思われるいくつかの場所を巡り、かたっぱしから毒を浄化するという予想していなかった作業に数日を費やすはめになった。
幸運だったのは毒に侵されていたのが植物のみで、人への被害はなかったことだろうか。
剣士ではあるが、多少魔術の心得のあるティオ。
浄化作業を存分に手伝わされてしまい、魔物を退治した時よりも疲れてしまった。
諸々の後処理を終えてようやく町へ戻ってきたのが、昨日の夜更け。

(今日ぐらい、ぐうたらに過ごしても構わないだろ……)

もぞもぞとティオは寝返りをうった。
微睡みの中にいたせいか、目を閉じるとすぐに睡魔が押し寄せる。
穏やかな至福のひとときに逆らう気は欠片もなかった。

――コン、ココン

「っ!!」

深淵に落ちかけた意識が覚醒する。
睡魔を振り切って勢いよく身体を起こしながら窓辺に視線を向ける。

――コン、ココン。

「やべ!」

急かすようにもう一度鳴る音。
夢ではなかったと慌ててベッドを飛び降り、窓辺に駆け寄ったティオは片窓を開く。
柔らかな朝の日差しと爽やかな風が部屋の中に入り込んでくる。
だがそんな朝の様子ではなくティオが目にしたのは、窓辺に備え付けられた止まり木の上にいる一羽の鳥。
それは今日の空と同じ、透き通るような蒼穹の美しい羽根を持っている。
鳥の足首に掌におさまるほどの円筒がくくりつけられているのを見て、ティオは鳥を部屋に招き入れて円筒を外す。
小さな受け皿に水を入れて窓辺に置くと、鳥は少し水を飲んだ。
しかし飛び立つことはなく、じっとティオの目を見つめる。
ギルドで育てられ、伝書を躾けられているこの鳥は、ティオの返答を待っているのだ。

「クゥルル」
「ちょっと待て、すぐ読むから」

ティオはベッドに座り直し、円筒の中から丸められた紙を引っ張り出す。
紙を留める深い赤の飾り紐に、ティオは思わず声を上げる。

「姉上から!?」

手紙がギルドからではなく、従姉から直接の伝書であることに、ティオは首を傾げた。
ティオが幼少より姉上と慕う従姉は、仕事と立場が極めて特殊な女性だ。
そうそう気安く出歩くことが出来ない彼女は、自分の力ではどうしようも出来ない場合のみ、こうしてギルドに所属するティオに伝書を送ってくる。
従姉の事情を理解し、また自分のある事情でも恩を感じているティオは、従姉からの依頼を一度も断ったことがない。
断る気もないが、出来る限り力になりたいと思っている。
きっと今回も何か気にかかることがあるのだろう。
ティオは飾り紐を外して紙を広げる。

「……んん……?」

文字を目で追い、真面目に読んでいたティオは疑問にうめく。

「……依頼は依頼だけど……」

伝書の内容は単純な依頼のようにも思える。
しかし、ティオは眉根を寄せた。
伝書にはこうある。

――『封印された魔女の復活』と。


 
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