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序章
しおりを挟む――ぽたりと、音がした。
破られた静寂。
ぽたり、ぽたりと一定の間隔で滴る音が響く。
ゆっくりと……少しずつ確実に、溶け出していく世界。
音が響くごとに、ふわりと生まれる波紋。
流れるように全体に、波紋は、キンと凍てついていた思考を揺らした。
揺れるままの思考はやがて、ゆるやかに回転していく。
回ることによって、かたく閉ざした瞼の裏に面影を浮かばせた。
誰であるのかは分かっている。
しかし、水の中にいるように姿が揺らぐ。
はっきりとした輪郭は現れない。
向けられる言葉でさえ、大きく重く反響しあって意味をなさない。
いいや、意味は分かっている。
それはかつて、聴いた言葉だから。
明確な感情に火が灯る。
生まれた熱に煽られて、ぽたりぽたりと、滴る音が早くなっていく。
溶け始めた世界、動き始めた思考。
その狭間の奥底で理性が叫ぶ――凍てつけと。
けれど警告が発せられた時には、全て遅かったのだ。
世界は、溶け出してしまえば最後。
誰かが手を加えない限り、自力で凍ることが出来ないのだ。
反響していた言葉が遠くなっていく。
声が小さくなるほど、暗闇の視界がだんだんと白くなる。
――ぴしり。
滴る音の中に入りこむ、ひび割れる音。
ひびは枝葉のように広がっていき、伸びてゆく。
それほど時間をかけずに、世界全てを包みこんでしまった。
視界に光が差しこんだ瞬間。
ついに、音を立てて世界が崩れた。
雫をはじいて煌めき、虚空に落ちる氷の世界。
胸にこみ上げてくる想いが、落胆なのか、歓喜なのか、分からない。
まぶしさを堪えながら瞼を押し開く。
氷塊の向こう側には、かつての世界があった。
ひとつ瞬いて眺める世界の中。
そこにいるのは、瞼に浮かんだひとではない。
ただ、優しく微笑むひとがいた。
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