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13.回る噂は真実

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 婚約指輪。贈る相手が決まっていれば、自然とどのような形が欲しいかイメージ出来る。俺はサンプルやデザイン帳を見ながら詳細にそれを伝えた。
「最短で頼めるか?」
「もちろん。徹夜で作業させるよ。だけど、相変わらずお前は面白そうなことをしてるな~」
 オーナーが顎に手を置きながら、俺のオーダー表を眺める。そこから何かを勝手に想像したのだろう。
「一枚噛ませてもらいたいが、面倒事には関わらないのが長生きの秘訣だからな。今回はやめておくか。どうなったかまた教えろよ」
「これに関わったからって命に関わるような事態にはならないだろ」
「どうかな~。商人の直感的には外野に徹するべきだって言ってる」
 オーナーがケラケラと笑う。
 その直感はきっと正しい。自分が楽しければ損をしても良いというタイプのパトリスとは違い、オーナーは自分の安全が確保されている大前提がないとあまり動かない。今回は他人を巻き込んでいるため、蓋を開けてみないとどのような結果になるか分からない。
「まあいいや、落ち着いたら皆で酒でも飲もうぜ」
「あぁ。また連絡する」
「健闘を祈るよ」
 軽薄に見える笑みに別れを告げ、店を後にする。長く滞在していたつもりはなかったが外はすでに夕暮れ時だ。少しずつ日が短くなってきている。秋が終わる頃には俺の計画も終わり新たな生活が始まっていることだろう。
 想像するだけで面白く、自然と口元は緩んだ。
 

 公爵邸に帰れば、執事から可愛らしい封筒を一つ渡される。どこの家門も押されていない。自室に戻ってから開ければ、想像通りの中身が入っていた。
 

 マリーをデート終わりに神殿まで送った後のことだった。公爵邸に帰るため馬車に乗った瞬間、ゾクっと背筋に鳥肌が立つ。理由はすぐに分かった。
「……ランベール殿」
 人の馬車に我が物顔で座るルカが、殺気を放っていたからだ。帝国最強の男が放つそれは、安全な場所で生きてきた俺にとってはただただ息苦しい。……いや、死地に赴いた経験のある者でも辛いだろう。ここだけ一気に酸素が薄くなったように感じ、細胞一つ一つが萎縮しているようだ。
 俺は踏み入れた足を戻したくなったが、何とか堪えて対面へと座る。
「人を待ち伏せまでして、そんなに会いたかったのか?」
 平静を装い軽口を使うが、ルカが乗ることはない。開かれた口からは威圧的な声しか出てこなかった。
「お前が婚約したと、つまらん噂話を聞いた」
「はは。回るのが早いな」
 女性と頻繁にデートをし、帝国一の宝石商で婚約指輪を注文したのだ。噂が回っていても不思議ではない。むしろ噂が回るように装ってきた。
「噂を放置する理由は?」
「否定する必要がないからだ」
「引き篭もっていたお前が皇都まで来たのは理由があるからだろう。その理由のために婚約話が必要ということか?」
 随分と察しの良い回答だ。
「あは。そんなに俺が結婚するのが信じられないのか? 見た目はどうでも、子どもがいてもおかしくない年齢だ。弟でさえ二人も子どもがいるんだから。俺だって人並みに恋愛くらいする」
「今はお前と会話を楽しむ気はない」
 ルカは戦地にいるかのような鋭い視線を投げて来た。冗談はいらない、真実だけを話せと視線で訴えられる。嘘を吐いたら殺すぞと言っているようにも感じる。
「アリーチェ、答えろ」
 久しぶりに名前を呼ばれる。
「悪いが婚約は本気だ」
 真っ直ぐと見つめてくる瞳に殺意が馴染むようだった。
「そろそろ身を固めたくなったんだよ。だから同窓として祝福を頼む、ルカ」
 俺の表情から、冗談ではないと悟ったのだろう。ルカは御者に馬車を停めるよう伝えた。俺との会話を終わらせるらしい。
 ルカは立ち上がると腰を屈めた。迫ってくる顔を、俺は拒む。手のひらにルカの唇の感触が伝わる。
「大切な婚約者がいる。お前とは二度と二人きりでは会わないよ」
「……理由は?」
「お互い、特別に見ているから」
 それだけ言うと、ルカは空気を吐き出すように笑ってから降りて行く。肯定も否定もない。
 居心地の悪い原因がいなくなったことに胸を撫で下ろし、深く背にもたれる。
「ふぅ」
 久しぶりに向けられた純粋な殺気。しばらく馬車に乗ることがトラウマになりそうだなと思った。
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