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11.起伏させるための
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今日は神殿、パトリスを訪問していた。いつもの質素な執務室でお茶をご馳走になりながら、早速本題に入る。
パトリスは優雅な所作で口を開く。
「未婚で、後ろ盾がなく、使い勝手が良い人間ですか」
条件に合う人材を紹介してもらいたい――これが本題である。
「そう。いるか?」
「神官の多くは使い勝手が良いですよ。未婚で後ろ盾がない人間だって多い。こちらに損がなければ好きに使ってもらって構いませんが」
「なら後で適当に見させてもらうかな」
「神官が必要なんですか?」
神官というより女性だ。
「俺と恋人ごっこをしてくれる人を探している」
パトリスは声を弾ませた。
「恋人! アリーチェにですか!?」
「ごっこだぞ」
「だとしても、あなたに恋人が出来るなんて。信じられません」
瞳を輝かせながら両手を組む。その姿は神にでもあったかのような興奮具合だ。
「なんという嬉しいことでしょう。これはぜひ間近で見させてもらいたい」
「お好きにどうぞ」
「こうしてはいられない。早く相手を探しに行きましょう」
自分事のようにパトリスは立ち上がって俺を急かす。何が理由か分からないが、パトリスの関心に触れたらしい。
俺とパトリスは二人揃って神殿内を回り、神官の様子を窺う。俺たちが通る度に皆足を止めて頭を下げた。
神官の多くはパトリス猊下を尊敬し敬愛しているが、同じように貴族にもそういう人間は多くいる。パトリスが猊下になってから貴族からの寄付額は歴代一らしい。一目見るためにわざわざ祈りにやってくる貴族は少なくない。
何が良いのか分からないが、今日も神殿は賑わっている。
「そういえば、ソフィアとエレノアは上手くいっていないみないですね」
「神殿まで噂が回ってくるのか」
「皇太子も関わるんですから、より注目されるのは必然でしょう?」
「まあな。そもそも上手くいかないだろ」
エレノアはレオナルドを好いている。好きな人が義理の妹に心を傾けていたら誰でも楽しくはない。しかもソフィアも自分からレオナルドとの距離を縮めており、レオナルドも好意を示している。仲良くなんて出来ないはずがない。
「ソフィアとは話したくないと言って、用事は全て侍女を通すか手紙を書かせているよ。その手紙も読まずに燃やしているようだけど」
「徹底していますね。ソフィアは神殿の奉仕作業にも顔を出してくれます。とても気立ての良い女性だと思いますけどね」
「ははは。そうだな」
曲がり角を曲がるところだった。パトリスの方を見ていたせいで、向こう側から来る人間とぶつかってしまった。
「すまない、大丈夫か?」
俺とぶつかったのは神官の女性だった。持っていた書類をぶち撒け尻餅をついている。パトリスが書類を拾いながら「大丈夫ですか? マリー」とその名前を口にした。
「はい、大丈夫です! 申し訳ございません! 私が拾いますので!」
「マリーと言うのかな? ごめんね。どこか怪我していないか?」
マリーがこちらを見上げると、慌てていた表情がぴたりと止まる。惚けたように口を半開きにした顔は、俺を初めて見る人間によく見られるそれだ。
「マリー、リシャール殿がお聞きしているでしょう?」
「は! ぁ、はい、はい、大丈夫です!」
「前を見ていなかった。立てる?」
手を差し出せば、細い手のひらが恐る恐ると重なる。
「どこも怪我はない?」
「はい! あっ」
マリーは大丈夫と言おうとしたが、すぐに左手首を摩った。見れば赤く腫れている。捻ったのかもしれない。
「パトリス、医者を呼んでくれ」
「はい」
「大丈夫です! すぐに治りますから」
俺たちはマリーの言葉を無視し医者へ見せる。結果としては軽い捻挫。十日も安静にしていれば治るだろうとのことだった。
「本当に申し訳なかった」
「いえ、本当に大丈夫です。私も前を見ていなかったので。医者にまで診せてもらってすみません」
「君が謝ることはないよ。それより、治るまで不便だろう? 俺に手助けさせてくれるかな?」
「え?」
マリーの診察中、パトリスから彼女のことを聞いた。
マリーは神官の中でも頭が良く、書類整理を担当していると聞いた。利き手が使えない今、仕事はしばらく休む必要があり、パトリスの許可も得られている。
「リシャール殿の言う通りにしてはどうでしょう。マリーは神官になってから殆ど休んだことがないですし。治るまでゆっくりしてください」
「でも、ご迷惑をかけられませんし」
「大丈夫ですよ。彼は結構暇人なんです」
まあ、そう言われても仕方ない。表向き、俺は家督も継いでいないしどこかに勤めに出ているわけでもない。呪いの影響で療養のため領地に引き篭もっていると思われている。
世間的には間違いなく暇人だ。
「むしろ世捨て人のようなところがあるので、マリーが彼の相手をしてくれると助かります」
「マリー、猊下の言う通りなんだ。俺に出来ることなら何でもするよ。どんなことでもね」
俺とパトリスで交互に言葉を発したからか、マリーはパニックになったようだ。「じゃあ」と吃りながら続けられた言葉は正気のようには思えなかった。惚けた顔をしているから余計にそう感じる。
久しぶりに純粋に驚くが、俺としては断る理由がない。
「じゃあ、十日間よろしくね」
パトリスは優雅な所作で口を開く。
「未婚で、後ろ盾がなく、使い勝手が良い人間ですか」
条件に合う人材を紹介してもらいたい――これが本題である。
「そう。いるか?」
「神官の多くは使い勝手が良いですよ。未婚で後ろ盾がない人間だって多い。こちらに損がなければ好きに使ってもらって構いませんが」
「なら後で適当に見させてもらうかな」
「神官が必要なんですか?」
神官というより女性だ。
「俺と恋人ごっこをしてくれる人を探している」
パトリスは声を弾ませた。
「恋人! アリーチェにですか!?」
「ごっこだぞ」
「だとしても、あなたに恋人が出来るなんて。信じられません」
瞳を輝かせながら両手を組む。その姿は神にでもあったかのような興奮具合だ。
「なんという嬉しいことでしょう。これはぜひ間近で見させてもらいたい」
「お好きにどうぞ」
「こうしてはいられない。早く相手を探しに行きましょう」
自分事のようにパトリスは立ち上がって俺を急かす。何が理由か分からないが、パトリスの関心に触れたらしい。
俺とパトリスは二人揃って神殿内を回り、神官の様子を窺う。俺たちが通る度に皆足を止めて頭を下げた。
神官の多くはパトリス猊下を尊敬し敬愛しているが、同じように貴族にもそういう人間は多くいる。パトリスが猊下になってから貴族からの寄付額は歴代一らしい。一目見るためにわざわざ祈りにやってくる貴族は少なくない。
何が良いのか分からないが、今日も神殿は賑わっている。
「そういえば、ソフィアとエレノアは上手くいっていないみないですね」
「神殿まで噂が回ってくるのか」
「皇太子も関わるんですから、より注目されるのは必然でしょう?」
「まあな。そもそも上手くいかないだろ」
エレノアはレオナルドを好いている。好きな人が義理の妹に心を傾けていたら誰でも楽しくはない。しかもソフィアも自分からレオナルドとの距離を縮めており、レオナルドも好意を示している。仲良くなんて出来ないはずがない。
「ソフィアとは話したくないと言って、用事は全て侍女を通すか手紙を書かせているよ。その手紙も読まずに燃やしているようだけど」
「徹底していますね。ソフィアは神殿の奉仕作業にも顔を出してくれます。とても気立ての良い女性だと思いますけどね」
「ははは。そうだな」
曲がり角を曲がるところだった。パトリスの方を見ていたせいで、向こう側から来る人間とぶつかってしまった。
「すまない、大丈夫か?」
俺とぶつかったのは神官の女性だった。持っていた書類をぶち撒け尻餅をついている。パトリスが書類を拾いながら「大丈夫ですか? マリー」とその名前を口にした。
「はい、大丈夫です! 申し訳ございません! 私が拾いますので!」
「マリーと言うのかな? ごめんね。どこか怪我していないか?」
マリーがこちらを見上げると、慌てていた表情がぴたりと止まる。惚けたように口を半開きにした顔は、俺を初めて見る人間によく見られるそれだ。
「マリー、リシャール殿がお聞きしているでしょう?」
「は! ぁ、はい、はい、大丈夫です!」
「前を見ていなかった。立てる?」
手を差し出せば、細い手のひらが恐る恐ると重なる。
「どこも怪我はない?」
「はい! あっ」
マリーは大丈夫と言おうとしたが、すぐに左手首を摩った。見れば赤く腫れている。捻ったのかもしれない。
「パトリス、医者を呼んでくれ」
「はい」
「大丈夫です! すぐに治りますから」
俺たちはマリーの言葉を無視し医者へ見せる。結果としては軽い捻挫。十日も安静にしていれば治るだろうとのことだった。
「本当に申し訳なかった」
「いえ、本当に大丈夫です。私も前を見ていなかったので。医者にまで診せてもらってすみません」
「君が謝ることはないよ。それより、治るまで不便だろう? 俺に手助けさせてくれるかな?」
「え?」
マリーの診察中、パトリスから彼女のことを聞いた。
マリーは神官の中でも頭が良く、書類整理を担当していると聞いた。利き手が使えない今、仕事はしばらく休む必要があり、パトリスの許可も得られている。
「リシャール殿の言う通りにしてはどうでしょう。マリーは神官になってから殆ど休んだことがないですし。治るまでゆっくりしてください」
「でも、ご迷惑をかけられませんし」
「大丈夫ですよ。彼は結構暇人なんです」
まあ、そう言われても仕方ない。表向き、俺は家督も継いでいないしどこかに勤めに出ているわけでもない。呪いの影響で療養のため領地に引き篭もっていると思われている。
世間的には間違いなく暇人だ。
「むしろ世捨て人のようなところがあるので、マリーが彼の相手をしてくれると助かります」
「マリー、猊下の言う通りなんだ。俺に出来ることなら何でもするよ。どんなことでもね」
俺とパトリスで交互に言葉を発したからか、マリーはパニックになったようだ。「じゃあ」と吃りながら続けられた言葉は正気のようには思えなかった。惚けた顔をしているから余計にそう感じる。
久しぶりに純粋に驚くが、俺としては断る理由がない。
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