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第三章
28.異端審問
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「わ、私……ですか?」
「はい。顔色が優れないようですし、先程から目線も落ち着かないようです。少し休まれては?」
――見られていた。私の挙動不審な様子を。今ここで怪しまれる訳にはいかない。
荒くなる呼吸と心臓の鼓動を悟られないよう平静を装い、必死に頭を回して取り繕う。
「すみません、私……こんな立派な教会でお祈りしたことがなくて、少々緊張してしまいまして。何せ田舎住みだったものでしたから……」
「そうでしたか……失礼致しました。万が一何かございましたら、すぐに仰ってください」
……乗り切った、と見ていいのだろうか。しかし、先程のシスターの視線から感じたのは間違いなく疑念に他ならなかった。あの人は、最初に話しかけに来た時から私を警戒していたに違いない。
こうなった以上、派手に動かずにミェルさんに任せるしかなかった。私から作戦を申し出た手前、自分自身の考えの甘さと青さを身に染みて痛感する。
「――主は告げる。我が身に祈り、生命に祈り、魔を憎めと。善良なるリスルディアの子らよ、その身に我が光をその身に受け、安寧の為に信仰を捧げよ」
何事もなかったかのように朗読を再開したシスターは、その一節を読み終えると不意に自らの前の祭壇に置かれていた杯のような物体に手を伸ばす。
再び私達に向き直った彼女は、その手を高く掲げ、表情一つ変えず言葉を紡ぐ。
「これより、我らが主の威光を皆様に。――祈りなさい」
その言葉を皮切りに、今まで静かに手を合わせていただけの数名の信徒達は一斉に祈りの言葉を口走り始め、不気味なコーラスのように教会中に声が反響する。
恐怖すら覚える非現実的な光景の中、無表情を貫いていたシスターの口角が不気味に吊り上がり、呼応するかのように掲げた手の中から薄紫の禍々しい光が漏れ始める。
私はその光に、見覚えがあった。……忘れるはずもない、あれは――――
「魔術。魔術の……光。嘘だ、だってリスルディアは魔術を……」
魔術を忌み嫌い、挙句の果てに魔女の命を奪ってまで魔術を根絶しようとしているリスルディアが、魔術を使う。到底理解できない。
「……さあ同胞達よ、祈りを!主に祈りを捧げなさい!」
極限まで増幅した光は、ステンドグラスに無数に反射を繰り返し、教会内を埋め尽くす光の大洪水へと変わり果てていく。ただ一つ本能的に分かることは、あの光を直視してはいけないということ。咄嗟に頭を下げ、ぎゅっと目を瞑る。
もう迷っている暇なんてない。ミェルさんを呼ばないと……!!
忍ばせていた懐のベルを、半ば投げつけるようにして傍らの壁へとぶち当てる。凛と響いた鈴の音が鳴った、その直後。
高所にあるガラスが割れる。
びゅん、と風を裂く音と共に、鈍く光る大鎌が超高速で空を切った。シスターの眼前を一閃し、その真横に轟音と共に地面を抉って突き刺さる。
紛れもない、あの鎌は。
「……おや、なんですこれは」
冷徹に鎌の放たれた場所を見上げたシスター視線の先に、見慣れた姿の魔女がひとり。
割れた窓枠に足をかけ、注がれた視線に応えるように赤い瞳で睨みつけるミェルさんがそこにいた。
「ミェルさん……!!」
思わず口をついた一言に反応するようにこちら向いたミェルさんは、こちらの位置関係を把握するように視線を流した後、軽やかに窓枠から私の前へと舞い降りた。
「すまない、少し遅れた。見た目以上に広いなここは」
視線をシスターから外すことなく答えた彼女は、小気味よく指をぱちんと鳴らす。
主の命令に応じるように、突き刺さっていた鎌はミェルさんの手元へと引き寄せられるように動き出し、その手中へと収まった。
「……さて、どういうことかご説明願おうか、シスターさん?」
日も傾き始めた薄暗い教会の中で、静かにミェルさんが口を開いた。
「はい。顔色が優れないようですし、先程から目線も落ち着かないようです。少し休まれては?」
――見られていた。私の挙動不審な様子を。今ここで怪しまれる訳にはいかない。
荒くなる呼吸と心臓の鼓動を悟られないよう平静を装い、必死に頭を回して取り繕う。
「すみません、私……こんな立派な教会でお祈りしたことがなくて、少々緊張してしまいまして。何せ田舎住みだったものでしたから……」
「そうでしたか……失礼致しました。万が一何かございましたら、すぐに仰ってください」
……乗り切った、と見ていいのだろうか。しかし、先程のシスターの視線から感じたのは間違いなく疑念に他ならなかった。あの人は、最初に話しかけに来た時から私を警戒していたに違いない。
こうなった以上、派手に動かずにミェルさんに任せるしかなかった。私から作戦を申し出た手前、自分自身の考えの甘さと青さを身に染みて痛感する。
「――主は告げる。我が身に祈り、生命に祈り、魔を憎めと。善良なるリスルディアの子らよ、その身に我が光をその身に受け、安寧の為に信仰を捧げよ」
何事もなかったかのように朗読を再開したシスターは、その一節を読み終えると不意に自らの前の祭壇に置かれていた杯のような物体に手を伸ばす。
再び私達に向き直った彼女は、その手を高く掲げ、表情一つ変えず言葉を紡ぐ。
「これより、我らが主の威光を皆様に。――祈りなさい」
その言葉を皮切りに、今まで静かに手を合わせていただけの数名の信徒達は一斉に祈りの言葉を口走り始め、不気味なコーラスのように教会中に声が反響する。
恐怖すら覚える非現実的な光景の中、無表情を貫いていたシスターの口角が不気味に吊り上がり、呼応するかのように掲げた手の中から薄紫の禍々しい光が漏れ始める。
私はその光に、見覚えがあった。……忘れるはずもない、あれは――――
「魔術。魔術の……光。嘘だ、だってリスルディアは魔術を……」
魔術を忌み嫌い、挙句の果てに魔女の命を奪ってまで魔術を根絶しようとしているリスルディアが、魔術を使う。到底理解できない。
「……さあ同胞達よ、祈りを!主に祈りを捧げなさい!」
極限まで増幅した光は、ステンドグラスに無数に反射を繰り返し、教会内を埋め尽くす光の大洪水へと変わり果てていく。ただ一つ本能的に分かることは、あの光を直視してはいけないということ。咄嗟に頭を下げ、ぎゅっと目を瞑る。
もう迷っている暇なんてない。ミェルさんを呼ばないと……!!
忍ばせていた懐のベルを、半ば投げつけるようにして傍らの壁へとぶち当てる。凛と響いた鈴の音が鳴った、その直後。
高所にあるガラスが割れる。
びゅん、と風を裂く音と共に、鈍く光る大鎌が超高速で空を切った。シスターの眼前を一閃し、その真横に轟音と共に地面を抉って突き刺さる。
紛れもない、あの鎌は。
「……おや、なんですこれは」
冷徹に鎌の放たれた場所を見上げたシスター視線の先に、見慣れた姿の魔女がひとり。
割れた窓枠に足をかけ、注がれた視線に応えるように赤い瞳で睨みつけるミェルさんがそこにいた。
「ミェルさん……!!」
思わず口をついた一言に反応するようにこちら向いたミェルさんは、こちらの位置関係を把握するように視線を流した後、軽やかに窓枠から私の前へと舞い降りた。
「すまない、少し遅れた。見た目以上に広いなここは」
視線をシスターから外すことなく答えた彼女は、小気味よく指をぱちんと鳴らす。
主の命令に応じるように、突き刺さっていた鎌はミェルさんの手元へと引き寄せられるように動き出し、その手中へと収まった。
「……さて、どういうことかご説明願おうか、シスターさん?」
日も傾き始めた薄暗い教会の中で、静かにミェルさんが口を開いた。
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