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第1章

食べたい!

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(で、運良く求人に当選してここまで来たけど…)

「あっー、食べたい食べたい食べたい!自国の料理が食べたい!!大根の煮物が食べたい、味噌汁も飲みたい、梅干しをご飯の上に乗せて、白飯をほうばりたいっ!!」

完全に食に関してウメはホームシックになっていた。
確かに半年間の間は生活費補助のお陰で給料が自国にいた時と比べると貯まった。肉がちょっと高い代わりに魚は安い。何なら野生のイノシシが捕れた日には町から肉が貰えるし、運が良ければ酪農家から牛乳や牛肉がもらえる事もある。魚は町のパン屋さんが趣味で釣って来て、大漁の時はおすそ分けしてくれる。野菜は職場から貰えるし、家の水は井戸水なので水道代はタダである。
仕事は楽しく、ご近所付き合いも良好。友達も何人か出来た。この国の言葉もゆっくりとなら話すことが出来る。生活はこの上なく満足している。
しかし自分の食べたい料理を作るには足りない物が多かった。

「何でこの近くに瑞穂国のスーパーが無いの?というより、ミネタ州の首都から遠すぎ!!何でミネタ州の都市ばかりに瑞穂みずほ人は集まるの?そんなに田舎は嫌なのかい!?田舎、いいじゃない!スローライフ万歳!!」

大変大きな独り言である。
ウメはベットの上でゴロゴロとしながらモヤモヤとしたやり場のない感情を叫んだ。

「どうしたの、大きな声出して?ゴキブリでも出た?」

ふと窓の外から男性の声が聞こえた。
ウメは、ハッとして居住まいを正して窓の外にいる男性に話しかけた。

「あっ、えっと、レヴィ、こんにちは。私の声、聞こえてましたか?」
「うん、家が2軒分離れているとは言え、聞こえてたよ。どうしたの?」

長身の男性、レヴィは首をコテンと傾げる。長身ながらも瑞穂人と比べて目鼻立ちがしっかりしているのでどんな姿でも様になる。
ウメはその姿を心の写真に記録しながらもレヴィの問いに答えた。

「自分の国の料理の動画を見ていました。自分の国の料理が食べたくなった、でも材料がありません。あるけど首都に行かなければなりません。なので叫んでいました。」

ウメは拙いながらもゆっくりと自分の伝えたいことを話した。
レヴィは顎に手を置いて納得したように頷いた。

「なるほど、それで叫んでいたんだね。ところでこのまま話しているのもなんだし、家の中に入るね。カギは開いてる?」
「ちょっとまって、今、カギを開けます。」

そう言って二人は玄関まで歩いて行った。
ウメはカギを開けてレヴィをリビングまで招待した。

「いらっしゃい。」
「おじゃまします」

12畳ほどのリビングで狭くもなく広くもない丁度よい広さだ。椅子が2つにテーブルが一つ部屋の大きな窓の前に設置されている。その上にはノートパソコンが1台とガラスの花瓶に白と黄色の水仙すいせんが置いてあった。
部屋の南側の大きな窓からは雪の小山と、ウメが来る前から植えてあったおそらく自生していただろう水仙の花が庭の一角を占拠している様子が観察できる。薄い雪の絨毯からちらりと見える薄い緑は、そろそろ冬の終わりを知らせているようだ。
東側には小さな窓があり、窓辺にはシクラメンが飾られ、その下には中くらいのアロエが置かれていた。二つの窓からは、柔らかな春の光が淡く室内を優しく照らしている。
壁側には中くらいの本棚とクローゼットがあり、本棚には植物関連の本と料理本が何冊か置かれていた。

二人は椅子に腰かけて会話を再開させた。
まず会話を始めのはレヴィからであった。

「へえー、これは美味しそうな料理だね。何て名前の料理なんだい?」

レヴィはノートパソコンに映っている料理を見てウメに訊ねた。

「ダイコンと鶏肉のそぼろあんかけ、と言います。自国では私のお気に入りの料理で、母がよく作ってくれました。寒くなるとこの料理が食べたくなります。」

ウメは自国の料理を懐かしむように軽く説明した。

「ダイコン、何それ?」

ダイコンを見た事も聞いたこともないレヴィは、ダイコンとはどんな物なのか首を傾げながらウメに質問をした。

「ダイコンはこの丸くてちょっと透明なやつです。はつか…いえ、ラディッシュの大きくて白いバージョンです。生でも食べられます。私は火を通した方が好みです。」
「ラディッシュの仲間なのか。なるほど。」

疑問が解決したのか納得した顔でレヴィは頷いた。

「じゃあ、育ててみなよ。ダイコン。」

レヴィからの提案にびっくりしたようにウメの目が丸くなった。

「作る、私がですか?」
「そう、自分で作るんだ。無い物は自分で作ればいい。」

どうして自分から作るという選択が頭の中から消えていたのだろう。自分はまだ未熟者だが農業に携わっているじゃないか。と心の靄が晴れたようにウメはハッとした顔をした。

「そうです、何故自分で作るという簡単な答えが出てこなかったのでしょうか。私は愚か者です!」
「いや、そこまで言わなくても。」

レヴィはウメの自分への叱責をやんわりと否定した。

「いいえ、私は愚か者です。こんな簡単な答えが直ぐに出てこないなんて!農業をしているのに!」

半年、短い期間かもしれないがそれなりに友人としての関係を築いてきたレヴィには、このままウメを喋らせるとウメ自身が自分を責め続けることが容易に想像できたので、話題をずらすように次の提案をした。

「ウメ、ダイコンって育てたことある?もちろん、僕はないよ。」

ウメは過去の経験を思い出しながら話した。

「おばあちゃんの手伝いで収穫なら何回か手伝いました。でも、種をいたり育てたことはありません。せいぜい水やりをしたことがあるくらいです。」

そもそも農業自体は祖母の手伝い程度、植物は幼いころから好きだったが、小学生の自由研究の朝顔観察のために一人で育てた経験しかなかった。今でも上司の指示の下で植物たちの世話をしているに過ぎなかった。
そうウメは圧倒的に農業について経験不足、知識不足であった。

レヴィは少し考えるそぶりをして、おもむろにどこかへ電話をし始めた。

「こんにちは、エレン。今、仕事中かい?」
『その声はレヴィか?仕事中だけど客いないし問題ないぜ。どうしたんだ?』

はきはきと通る声でエレンという男性が電話に出た。

「実は育ててみたい野菜があってね、ダイコンって言うんだ。ホームセンターに種が無いか知りたくて電話したんだ。」

電話に出たエレンは、そんな商品うちにの店にあっただろうかと頭の中を整理しながら答えた。

『いや、俺が知る限りでは店には販売していないな。入荷予定が無いか調べてみる。一旦電話切るぞ。』
「うん、よろしく頼むよ。じゃあ、また後で。」

そう言って二人は電話を切った。

「エレンに電話をしましたか?」

ウメも先ほどの会話を聞いていたので、レヴィが誰に電話したのか想像が付いた。

「そう、園芸コーナー担当のエレンなら何か知ってるかなと思ってね。彼、ダイコンの事を知ってるみたいだったよ。ダイコンってどんなものだ、なんて言わなかったしね。でも生憎ホームセンターに置いてないみたいで、今、入荷予定などを調べてくれているよ。」

プルルルル、プルルルル
どうやらエレンから折り返しの電話が来たようだ。
レヴィはスピーカーモードにして電話に出た。

「はい、レヴィです。どうだった?」

レヴィからの返事に申し訳なさそうにエレンは答えた。

『エレンだ。やっぱり在庫や入荷予定を調べてもダイコンの種は今のところ、店に置く予定はないみたいだ。そもそもダイコンって瑞穂国の野菜だろ。この地域でその種を買っていく人は殆どいない。ラデッシュならよく売れるからいつでもおいてあるんだがな。力になれなくて悪かったな。』

「そっか、調べてくれてありがとう。だってさ、ウメ。」

『ウメ?お前、ウメと一緒にいるのか?』

「うん、ウメに勉強を教えに来ていてね。好きな食べ物について話していたらダイコンって言葉がウメから出てきたんだよ。そしたら話の流れでダイコンを育てることになってね。それで君に電話してみたんだ。」

『ふーん、なるほどね。育てるのは本当はお前じゃなく、ウメの方だったのか。ウメは瑞穂国の出身だもんな、納得した。よう、ウメ元気か?』

突然自分に会話が降られるとは思わな方ウメはちょっと緊張しながら、電話をレヴィから受け取りながらエレンと話すことにした。

「エレン、こんにちは。私は元気です。エレンは大根を知っていましたか?」

『おう、ミネタポリスへ行った時に瑞穂国のスーパーで見たぜ。すげぇ大きな野菜だよな、あれ。もし上手く育ったらダイコンを使って何か料理してくれよ。見た事はあっても食べたことはまだないんだ。取りあえずダイコンの種が売っているサイトのURL貼っておくからそこで調べてみてくれ。』

「エレン、ありがとう。上手に育てられるか分かりません、でも作ったら必ず料理を貴方に食べさせてあげると約束します。」

『はは。上手くいくこと願っている。じゃあ、またな。』

そう言ってエレンは電話を切った。
その直後、エレンからURLが添付されたメールがウメのメールに送られてきた。
ウメはとレヴィは早速パソコンからそのURLをクリックし、サイトを見てみることにした。

「珍しい野菜や花の種も売っているんだね。あ、ダイコンだ。」

レヴィはダイコンの写真のバナーをクリックした。

「種って意外にも安いんだね。最低数の25粒は送料込みで4.2ダリアか。50粒入りや250粒入りなんてもの売っているよ。どれにする?」

ウメは少し考えた。
もし失敗したときを考えるとそんなに多くの種を植えられない。そもそも植えるのは庭のどこかになるだろうし、まずは少量から試してみよう。

「まずは少量から始めます。庭のどこかで植える予定です。それに作るなら他の野菜も育ててみたいです。」

せっかくの機会だ。いろいろの野菜を育ててみようじゃないか。そしてゆくゆくは食費を限りなくゼロにして自給自足をするのだ。
ウメは心の中で小さな夢を抱き始めた。
そして何としてでもダイコンのあんかけそぼろにを思いっきり、自分の腹がはち切れるまで食べてやるのだ。

ウメはダイコンの他にサツマイモの苗、青じそシソ、赤しそ、イチゴの苗、ウメの木を注文することにした。

「届くのは1週間後。楽しみです。」

ウメの顔はそれはもう誰が見ても分かるほどウキウキとしている。

「よかったね。君の夢を叶える第一歩だ。」

レヴィはウメの喜んでいる姿を見ながら言った。

「もし仕事が無ければ手伝いに来るよ。」

「ありがとうレヴィ。そういえば何故、真実を言わなかったのですか?本当は貴方は私の叫び声を聞いて私の家に来ました。」

レヴィは先ほどの電話の内容か、と思い出し答えた。

「例え友達同士だとしても、君が叫んでいた何て言ったらウメは嫌な気分になるかなと思ったんだ。時には真実を時には嘘を入れながら話すのも、また友情ってやつさ。」

そう言ってレヴィはお茶目にウインクをした。
ウメはそんなレヴィの姿と言葉に、美形って何をしても様になる、羨ましい。と思ったが、口には出さなかった。
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