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エルフのお婿さん
おっさんは部下と同棲することになりました
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「────……はっ!」
良夫が目を覚ますと、そこは見知らぬ天井の下、見知らぬベッドの上であった。
どうやって眠りについたのか記憶は朧気だが、おそらくここは、人小屋の中に用意された良夫のための部屋なのだろう。
「ふぅぅ……っ」
額の汗を拭い、良夫はゆっくりと息を吐く。
額だけではなく全身が汗にまみれ、その不快感とともに原因不明の不安が胸の中に渦巻いていた。
……なにか、とても嫌な夢を見ていたような気がする。
心の平安がかき乱されるような、ひどく不快な夢を……
ガチャッ
「おっ、起きたかヨシオさん。ちょうどいま夕飯が出来たところだ。食うだろ?」
「……………………」
部屋の扉を開いて入ってきたジャックの問いかけに、良夫は表情を固くしながら長い沈黙を返した。
しかし、それは無理もないことだろう。
むしろ、叫び声を上げなかったことを賞賛されてもいいくらいかも知れない。
なぜなら────ジャックが、エプロンを身につけていたからだ。
しかも、素肌の上に直接。
「……ん? あぁ、この格好か? 相変わらず着るものはないんだが、なぜかこいつだけは置いてあってな。
今日からヨシオさんの身の回りの世話は俺がさせて貰うことになったわけだし、ならこのエプロンも俺のもんかと思って着けさせて貰ったんだ。どうだ、似合うか?」
良夫の視線を察したジャックが、男臭い笑みを浮かべながら冗談めかしてそう言う。
「……えぇ……はい……」
良夫は、声を絞り出すようにしてそれに答えた。
「ははっ、そうかそうか! じゃあさっきも言ったが、夕飯が出来たところだ。
起きたばかりみたいだが、どうだ、食えそうか?」
「……えぇ……はい……」
「そいつはよかった。じゃあ、冷める前に食っちまおう。
俺は先に行って準備してるから、顔でも洗って目を覚ましてから来てくれ。
浴室……ってほどたいそうなもんでもないが、水場はこの部屋を出てすぐ左に曲がったところにあるからな」
「……えぇ……はい……」
「よし、じゃあ待ってるぜ」
言いたいことを言い終え、それに対する良夫の反応を確認したジャックは、エプロンの裾をひらりとはためかせながら部屋から出て行った。
「…………」
良夫は、夢の中でも似たようなやりとりがあったような気がする、と思いながらも、なぜか『それを思い出してはいけないっ!』と必死に訴えかける自らの心に従って、記憶に蓋をする。
そして、のろのろとした動きでベッドから起き上がると、ジャックに言われた通り顔を洗うべく、浴室に向かって歩き出すのだった。
……この数分の記憶もさっぱりと洗い流せてしまえばいいのにと、切に願いながら。
◇
「──ごちそうさまでした。とても美味しかったですよ、ジャック」
ジャックの作った夕食を食べ終え、良夫は感謝の言葉とともにその感想を伝えた。
実際、色々な野菜を煮込んだらしいスープも、酸味のある果物の汁をドレッシングとして使用したサラダも、刻んだイモをパテ状にして焼いたメインも、全くお世辞を言う必要がないほどによく出来ており、エルフから与えられていた素のままの野菜や果物が餌だったとするならば、ジャックが作ってくれたものはまさに『料理』であった。
あれほど青臭くて不味かった回春草のゼリーも、何やらフルーツを加えたスムージーのようなものに加工し直してあり、普通に美味しく飲めたくらいだ。
「ははっ、口に合ったようで何よりだ」
料理を褒められたジャックが、嬉しそうな笑顔を浮かべる。
もしジャックが女であったなら、胃袋まで掴まれてしまった良夫は一発で惚れていただろう。
……だが現実は非情であり、良夫がどれだけ目を細めてみたところで、ジャックは裸エプロンのイケメンでしかなかった。
「こほん……それで、ジャック。食事中に話していたことをもう一度確認したいんですが……」
良夫は、視線をジャックの顔から下に動かないよう固定しながら、食事中に聞かされた『愛玩動物』としての自分の現状を、ジャックに再確認する。
良夫は記憶力がいい方ではないので、一度に覚えられなかったのだ。
「……ああ、分かった。色々言われたが、まあ要点だけ言えば────」
と、ジャックはやや苦々しげな顔をしながらも、エルフから伝えられた内容をもう一度かいつまんで良夫に説明してくれた。
それによって良夫が理解した内容が、以下のものである。
────────────
①種付け用の愛玩動物になった良夫には、専用の人小屋が一軒与えられる。
②『①』に伴い、ジャックが専属の使用人として住み込みで良夫の身の回りの世話をすることになる。
③人小屋には二~三日に一度エルフが訪れるので、良夫はそのエルフとセックスをしなければならない。
④訪れるエルフは一人とは限らないが、もちろん良夫は全てのエルフとセックスをしなければならない。
⑤もしかしたら二~三日に一度ではなく連日でエルフが訪れることもあるかも知れないが、やっぱり良夫はエルフとセックスをしなければならない。
────────────
「…………」
改めて聞くと、①②以外は明らかにテキトーな感じである。
特に③以降の取って付けた感は、言いながら思いついたのだとしか思えなかった。
「まったく……エルフどもはふざけてやがる」
「まあまあ、ジャック。私は別にかまいませんよ。例え連日だろうと、喜んで応じさせて貰います」
眉を顰めるジャックに対し、良夫はむしろ楽しげな声でそう返した。
というか、一日三回の床オナを日課にしていた良夫の性欲的には、毎日である方が望ましいくらいなのだ。
「……ふっ、さすがはヨシオさんだ。なら、俺はせいぜい精の付く料理を毎日作らせて貰うとするさ」
「ええ、よろしくお願いしますよ、ジャック。あなたの料理は本当に美味しかったですからね。
これから毎日楽しみにしてます」
「ああ、任せておけっ!」
こうして、イケメンとフトメンの同棲初日は、何事もなく過ぎていった────
────と、良夫は思っていた。
その日の夜が、来るまでは。
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