ゴブリン飯

布施鉱平

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第二章

35話 緑色の893

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「さ、お嬢。帰りますぜ」

 数匹のうち、他の者よりも一回り大きいゴブリンが前に出て、近寄りながら声をかけてきた。

「…………(ふるふる)」
 
 それに対し、ヒナは無言で首を振りながら、チロに体を寄せる。
 柔らかいものが腕に押し当てられ、緊迫した状況にも関わらず、チロは少し喜んだ。
 
「なんでぇ、お前は」
 
 そこでようやく気づいたかのように、ゴブリンがチロに視線を合わせてきた。
 実際、ヒナが寄り添うまで、一見して貧弱そうなチロなど眼中になかったのだろう。

「俺は、チロって言います。この洞窟に住んでる者です」
「そうかい。どきな、チビ・・

 聞かれたので自己紹介をしたが、返ってきたのはあからさまな言い間違いと恫喝だった。

「だ、だけど、ヒナも嫌がってますし、無理やりに連れてくってのは……」
「あぁっ!? てめぇ、なにお嬢のこと呼び捨てにしてやがるっ!」
「っすぞコラァ!」
「バラされてぇのか!?」

 なんとか話し合いに持ち込もうとしたが、ヒナの名前を口にしただけで、後ろに控えていたゴブリン達から怒声があがった。

 言い回しといい、沸点の低さといい、まるでVシネマに出てくるヤ○ザである。

 緑色で全裸のヤ○ザだ。

「お前ら、そこまでにしとけ」

 怒鳴り続けるゴブリン達を止めたのは、チロのことをチビと呼んだゴブリンだった。
 もしかしたら、若頭わかがしら的な立ち位置のゴブリンなのかもしれない。

「なぁ、チビさんよ。見ての通り、俺の部下はあんまり気が長くない。素直にそこをどいてくれねぇかな。お嬢の前で、血は流したくねぇんだ」

 若頭は静かな声で、しかし明確な脅しを口にした。

 本気であることは、睨みつけてくるその目を見れば疑いようもない。

 すぐに実行しないのは、チロのすぐ横にヒナがいるから、という理由だけだろう。
 
「……ゴルジ、チロにひどいことしたら、許さないから」

 一触即発の空気が流れる中、それを破ったのはヒナの声だった。

 若頭────ゴルジと呼ばれたゴブリンが、驚いたような顔でヒナを見る。

 そして、何かを言いかけた口をグッとつぐむと、チロに視線を戻し、これまでにないほどの強さで睨みつけてきた。

「てめぇ……お嬢をたぶらかしやがったな!」

 ゴルジが、牙を剥き出しにして叫んだ。

 それに呼応するように、手下のゴブリン達も牙を剥き、チロを威嚇し始める。

 どうやら、戦いは避けられそうにないようだった。


 
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