19 / 64
第一章
19話 暗闇の奥には
しおりを挟む
洞窟の入口に戻ってきた。
目の前に広がる暗闇の奥に、無数のヒルヒルが潜んでいるのを想像し、チロの背筋に寒気が走る。
おそらく大丈夫だろうと当たりはつけているが、念のため手の先に『微光』を発生させると、恐る恐る暗闇に向かって差し出した。
薄い明かりに包まれた手が、闇に飲み込まれていく。
そのまま動かず、二秒…………三秒…………
ヒルヒルの襲撃は────なかった。
「ふぅ……」
やはり、ヒルヒルたちは熱で獲物を感知し、襲いかかっているようだ。
安堵の息を一つ吐くと、念の為手に塗っていたドリンギ汁を腰ミノで拭い、チロは洞窟の奥に歩を進めた。
だが、ヒルヒルの襲撃がないからといって、洞窟探索は楽なものではなかった。
岩肌がむき出しの地面はただでさえ歩きにくいというのに、何やら表面がヌルヌルとしていて、しかも『微光』の足元さえ照らせないほど弱い光量が、それに拍車を掛けていた。
何度も躓き、転びそうになりながら、それでもチロは洞窟の奥にと進んでいく。
そして、
「おぉ……っ」
たどり着いた場所に広がる光景に、チロは目を見開き、声を上げた。
そこは広々とした、美しい空間だった。
洞窟の天井部分にはぽっかりと大きな穴が空いており、そこから太陽の光が差し込んでいる。
その光に照らされた中央の辺りには綺麗な湧水が湧き、周りには様々な植物が生い茂っていた。
だが、なによりもチロの目を奪ったのは────
「なんだこれ…………水晶か?」
所々に隆起する、白く透き通った鉱物の柱だった。
近づいて、触れてみる。
キラキラと、陽の光を弾いて輝くその水晶の表面は滑らかで、冷たかった。
「うっ……」
不意に、感動がこみ上げてきた。
チロの前世である『田中一郎』は、無気力な人間だったが決して無感動なサイコパスではなかった。
いい映画を観たりすれば、人並みに感動したり泣いたりもしたものだ。
だがこれは、この感動は、違う。
これは、他人の作り出したものに共感しての感動ではなく、自らの努力と挑戦によって生み出された、自分だけの感動なのだ。
「俺、生まれ変わって、よかったなぁ……」
この世界に転生して初めて、チロは心からそう思えた。
食べ物はまずいし、娯楽はないし、どこもかしこも危険に満ち溢れていて、平穏や安心とは程遠い世界だ。
だけど今、自分は生きている。
生きるということ自体に、喜びを感じている。
そのことが、どうしようもなく嬉しく、そして大切なことのように、チロには思えたのだった。
目の前に広がる暗闇の奥に、無数のヒルヒルが潜んでいるのを想像し、チロの背筋に寒気が走る。
おそらく大丈夫だろうと当たりはつけているが、念のため手の先に『微光』を発生させると、恐る恐る暗闇に向かって差し出した。
薄い明かりに包まれた手が、闇に飲み込まれていく。
そのまま動かず、二秒…………三秒…………
ヒルヒルの襲撃は────なかった。
「ふぅ……」
やはり、ヒルヒルたちは熱で獲物を感知し、襲いかかっているようだ。
安堵の息を一つ吐くと、念の為手に塗っていたドリンギ汁を腰ミノで拭い、チロは洞窟の奥に歩を進めた。
だが、ヒルヒルの襲撃がないからといって、洞窟探索は楽なものではなかった。
岩肌がむき出しの地面はただでさえ歩きにくいというのに、何やら表面がヌルヌルとしていて、しかも『微光』の足元さえ照らせないほど弱い光量が、それに拍車を掛けていた。
何度も躓き、転びそうになりながら、それでもチロは洞窟の奥にと進んでいく。
そして、
「おぉ……っ」
たどり着いた場所に広がる光景に、チロは目を見開き、声を上げた。
そこは広々とした、美しい空間だった。
洞窟の天井部分にはぽっかりと大きな穴が空いており、そこから太陽の光が差し込んでいる。
その光に照らされた中央の辺りには綺麗な湧水が湧き、周りには様々な植物が生い茂っていた。
だが、なによりもチロの目を奪ったのは────
「なんだこれ…………水晶か?」
所々に隆起する、白く透き通った鉱物の柱だった。
近づいて、触れてみる。
キラキラと、陽の光を弾いて輝くその水晶の表面は滑らかで、冷たかった。
「うっ……」
不意に、感動がこみ上げてきた。
チロの前世である『田中一郎』は、無気力な人間だったが決して無感動なサイコパスではなかった。
いい映画を観たりすれば、人並みに感動したり泣いたりもしたものだ。
だがこれは、この感動は、違う。
これは、他人の作り出したものに共感しての感動ではなく、自らの努力と挑戦によって生み出された、自分だけの感動なのだ。
「俺、生まれ変わって、よかったなぁ……」
この世界に転生して初めて、チロは心からそう思えた。
食べ物はまずいし、娯楽はないし、どこもかしこも危険に満ち溢れていて、平穏や安心とは程遠い世界だ。
だけど今、自分は生きている。
生きるということ自体に、喜びを感じている。
そのことが、どうしようもなく嬉しく、そして大切なことのように、チロには思えたのだった。
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
調香師・フェオドーラの事件簿 ~香りのパレット~
鶯埜 餡
ファンタジー
この世界における調香師とは、『香り』を扱うことができる資格を持つ人のこと。医師や法曹三資格以上に難関だとされるこの資格を持つ人は少ない。
エルスオング大公国の調香師、フェオドーラ・ラススヴェーテは四年前に引き継いだ調香店『ステルラ』で今日も客人を迎え、様々な悩みを解決する。
同時に彼女は初代店主であり、失踪した伯母エリザベータが彼女に遺した『香り』を探していた。
彼女と幼馴染であるミール(ミロン)はエリザベータの遺した『香り』を見つけることができるのか。そして、共同生活を送っている彼らの関係に起こる――――
※作中に出てくる用語については一部、フィクションですが、アロマの効果・効能、アロマクラフトの作成方法・使用方法、エッセンシャルオイルの効果・使用法などについてはほぼノンフィクションです。
ただし、全8章中、6~8章に出てくる使用方法は絶対にマネしないでください。
また、ノンフィクション部分(特に後書きのレシピや補足説明など)については、主婦の友社『アロマテラピー図鑑』などを参考文献として使用しております(詳しくは後書きにまとめます)。
※同名タイトルで小説家になろう、ノベルアップ+、LINEノベル、にも掲載しております。
※表紙イラストはJUNE様に描いていただきました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる