僕は死んだ。そして転生した。…………エロゲのヒロインとして。

布施鉱平

文字の大きさ
上 下
1 / 11

転生した! けど…………

しおりを挟む
 風が吹いた。
 
 その風に紛れて、不快な臭いが漂ってくる。

 死の臭いだ。

 ボクは心を乱すその臭いに顔をしかめると、隣に立つ男を見上げた。
 彼がどんな表情をしているのか、知りたかったからだ。

 ──ウィル

 ボクよりも頭ひとつ以上高い身長、細く引き締まった肉体、そして青く輝く鋭い眼光をもつ青年。
 
 彫りの深い端正な横顔をじっと観察してみるが、そこからはどのような感情も読み取ることはできなかった。
 青い瞳には、ただ、目の前に広がる凄惨な光景が写りこんでいる。

 ──【勇者ウィル】

 神の正義をになう者。

 人類最強の戦士にして、ボクの幼馴染。

 この光景を作り出した張本人。
   
 そして……

 

 






 ……18禁アダルトゲーム【ファリアの翼】の主人公。




 ◇

 
 この世界が【ファリアの翼】であることに気づいたのは、七歳の誕生日を迎えた日のことだった。

 神官のとして生まれ、父と母の厳しくも深い愛情のもとに育てられたボクは、その三日前から高熱を出して寝込んでいた。
 そして、夢現ゆめうつつに前世のことを思い出したのだ。

 前世のは、冴えない中年のサラリーマンだった。

 三十間近で嫁なし子なし。
 それどころか、魔法使い予備軍の童貞であった。

 仕事に追われ、家には寝に帰るだけの日々。
 どれだけ心と体をすり減らしても、それを癒してくれる人はいない。
  
 そんな僕の唯一の潤いが18禁アダルトゲーム、いわゆる『エロゲー』だった。

 他に予定もない僕は、休みの日は一日中エロゲーをして過ごしていた。
 たとえ次の日が仕事だろうと、睡眠時間を削ってまでシコシコとゲームにいそしんでいた。

 好きなジャンルは『抜き』よりも『泣き』、つまりストーリー重視である。

 作りこまれた物語のいろどりとして『エロ』がある。
 それこそが至高だと思っていた。

 今の時代、ストーリーに力を入れるエロゲーは少ない。

 やれアニメーションだ、やれ3Dだと外見ばかりに力が注がれ、中身を重視しているソフトは数える程しかなかった。

 そんな中で、僕の心をがっちり掴んだのが【ファリアの翼】だった。

【ファリアの翼】は『勇者が冒険して魔王を倒す』という、オーソドックスな内容のRPGだ。
 仲間と共に冒険し、絆を深め、時には悲しい別れを繰り返しながら、いくつもの困難を乗り越えて魔王のもとに到達する。

 端的に言えばこれだけで説明がついてしまうが、そのシナリオを担当したのはかつて直木賞を獲り、『絶対に泣ける』と言われた漫画の原作も手がけた有名作家。
 
 さらにエロシーンには別のライターを起用しており、こっちも『発行は初版で一万行けばいいほう』と呼ばれる官能小説業界で、異例の五万部を叩き出した鬼才に担当させるなど、相当に気合を入れた布陣となっていた。

 しかも声優は第一線で活躍する大物ぞろいという大盤振る舞いだ。

『どうしたフェアリー!』とネット上にいくつも戸惑いの声が上がるほどであった。
 
 ちなみに【フェアリー】というのは【ファリアの翼】の制作会社だ。
 それなりに老舗のメーカーだったが、ここまで力を入れた作品はかつて存在しなかった。

 僕も期待に期待を積み重ね、当然のように予約をして購入し、ワクワクそわそわと胸を高鳴らせながらプレイを開始した。
 もちろん有給を取ってである。
 
 ゲームの出来は、想像以上だった。

 重厚なストーリー、プレイヤーを飽きさせないゲームシステム、豪華声優陣の圧倒的な演技力、程よいタイミングで入ってくるエロ。

 何もかもが僕の好みにドンピシャだった。

 そして食事も睡眠も忘れてプレイしているうちに、日頃の無理が祟ったのか、胸の苦しみを感じた僕はそのままあっけなく死んでしまったのである。

 そして……気がついたら転生していたのだ。

【ファリアの翼】の主人公であるウィル………ではなく、その幼馴染。
 
 サブヒロインのひとりである、ボクっ娘の【リース】として。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...