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第三章
彼女たちと少年(リディア)1
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リディアは、庭で剣を振っていた。
まだ、空が白み始めたばかりの時間である。
剣だけではなく蹴りや突き、肘打ちなどの体術も交えながら、彼女の演武は休むことなく続く。
その動きは魔物との戦いばかりではなく、対人戦も視野に入れたものだ。
冒険者ともなれば、野盗などの犯罪者を相手にすることも珍しくはないのだから、当然のことだといえよう。
もはや型といってもいいほどに洗練されたその動きは、リディアの強さを支える土台となっている。
リディアが得意とするのは、技と手数で敵を圧倒する、攻めの型だ。
…………だが最近になって、その型には変化が訪れていた。
振り下ろす剣の先に、倒すべき敵の幻影を見据えていないのだ。
足捌きも、鋭く踏み込むために前後に開くのではなく、左右に素早く動けるよう横に開いている。
以前とは完全に正反対の、守りの型であった。
これは、リディアの中で『強さ』の定義が変わったために起こった変化だ。
かつてリディアが求めたのは、優しくはないこの世界で生き抜くための強さだった。
自分を傷つけようとする人間から身を守るための、自分を見下す人間よりも高い位置に行くための強さだった。
だが、今彼女が必要としているのは、自らの背後にある、大切なものを守るための強さなのだ。
相手が魔物だろうと人だろうと、指一本触れさせない。
悪意も、殺意も、欲望も、何一つ通さない。
その真剣な想いが、すでに完成されつつあったリディアの動きを変え、彼女の強さをさらに向上させていた。
冷静に自分の能力を見極めるリディア自身ですら『なにか壁のようなものを超えた』と感じているくらいだ。
それでも、リディアの心に慢心はない。
上には上がいることを経験から理解しているし、現に身近にはアレックスやミゼルといった、天賦の才をもつ超人が存在しているからだ。
リディアは、地力では決して彼女たちに敵わないだろう。
アレックスの常識はずれの身体能力や、天性の戦闘センス。
ミゼルの底知れぬ魔力や、驚異的な術式構成速度。
それらは、努力して手に入れられる類のものではないからだ。
だが、だからこそ、リディアは常に努力を怠るわけにはいかなかった。
彼女こそがA級冒険者パーティー『はぐれ者たち』のリーダーであり、今や家族となった仲間たちを束ねる家長なのだから。
「…………ふぅ」
二時間ほども動き続け、ようやくリディアは動きを止めた。
全身にはうっすらと汗が浮かび、炎のような色をした赤い髪が一筋、額に張り付いている。
剣を持たない左手でそれをかき上げると、自分から放たれる汗のにおいが漂ってきた。
一瞬、その細い眉を顰めたリディアは、流れるような動きで剣を鞘にしまうと、庭を後にした。
早急に風呂に入り、身を清めなければならない。
少年が汗のにおいを気にしないことは知っているが、それはそれ、これはこれだ。
今日は、リディアの番なのだ。
清潔な体と装いで、愛しい少年との一日を始めたかった。
◇
────朝食を終え、まったりとした時間を過ごしてから数時間後。
リディアは、少年とともに厨房に立っていた。
「さて……」
と冷蔵庫から取り出した食材を並べ、リディアは腕を組む。
ゴボー、ネンジン、コンナク、メソ、長ネグ、トゥフ、オーク肉…………
普段であれば、この食材なら『ゴボーとネンジンとコンナクの煮物』『長ネグとトゥフのメソ汁』『オークカツ』でも作るところだが、リディアは隣にいる少年に視線を移すと、
「今日は、何を作ろうか?」
と優しく問いかけた。
リディアが一人で作るのではない。
今は、少年とともに料理を作る、教育の時間なのだ。
問われた少年は、踏み台の上で「□$%……」と唸った。
リディアの真似をしているのか、短い腕を組み、真剣に食材を見つめてメニューを考えている。
かわいい。
思わず抱きしめて部屋に連れ去りたくなるリディアだったが、『天使七ヶ条』が頭をよぎり、ぐっとその衝動を押さえ込んだ。
もし実行してしまえば、即座に裁判にかけられ、『世話係、夜の権利の一週差し置き刑』は免れないだろう。
リディアが自らの腕に爪を立て、鋼の自制心で湧き上がり続ける衝動を押さえ込んでいると、少年の顔がリディアに向いた。
どうやら、何を作るのか決めたらしい。
一緒に何度か料理を作っていて分かったのだが、少年には多少なりとも料理の経験があるようなのだ。
愛する男が誰にその手料理を食べさせたのかは気になるところだが、今はその疑問を横に置き、リディアは少年の指示を仰ぎながら下ごしらえをしようと、食材に手を伸ばす。
しかし、
「○&%□#」
少年が、リディアの手を遮った。
そして、自分と食材を交互に指差す。
「……ふむ」
どうやら、今日は自分が作る、と言っているようだ。
少年が主体で料理を作ったことは、まだ一度もない。
今のところ作るのはリディアで、少年はメニューを決めるのを手伝ったり、見て学んだり、配膳や後片付けを手伝うという役割分担になっていた。
少年が不器用というわけではないが、手つきなどを見る限り経験不足は否めないし、なによりまだ少年が、リディアに合わせて作られた調理台や調理器具の扱いに慣れていないのは明らかだったからだ。
安全を考えれば、止めるべきだろう。
しかしこれはチャンスだ、とリディアの心の声が囁く。
なにせ、少年の手料理が食べられるのである。
しかも、サポートに回るという大義名分があるため、リディアは仲間の誰よりも先んじて『味見をする』という栄誉を得ることが出来るのだ。
少年の安全に関しても、リディアの反射神経であれば、たとえ少年が包丁の扱いを誤ったとしても、指を切ってしまう前に包丁をつまんで阻止することが可能だ。
よく注意していれば問題ないだろう。
(ふふふ、役得というやつだ。恨むなよ、妹たち)
ニマニマとした笑みを浮かべながら、リディアは少年を常に視界に収めたまま、その手伝いを開始するのだった。
◇
────かつて、こんなことがあった。
------------------
「おう、チビエルフ」
「……なんだ、バカ虎」
「前に言ったよな。メソ汁にコンナクを入れるんじゃねぇって。味がしないから嫌いなんだよ、コンナクは。コンナクを入れるくらいなら肉を入れろ、肉を」
「……コンボ出汁の染みたコンナクの味を理解できない、バカ舌のバカ虎が不憫でならない。……そして、メソ汁にオーク肉の塊を入れる、バカ虎の感性も理解できない」
「なんでだよ! 肉入りメソ汁うまいだろうが!」
「……表面に脂の層ができたアレをおいしいと思うのは、肉食の大女だけ」
「あぁん!? そんならコンボだのコンナクだの、身にならねぇもんばっか入ったメソ汁をうまいと思うのは、草食の小女だけだろうがっ!」
「……コンボを馬鹿にしたな。……表に出ろバカ虎。 ……海に叩き込んで、コンボの栄養分にしてやる」
「そっちこそ覚悟しやがれチビエルフ! 叩き潰して、オークの脂を増やすための餌にしてやる!」
------------------
その後二人はいつもどおり、日が沈むまで戦い続けたが決着はつかなかった。
そして、うまいのはコンナクのメソ汁か、それともオーク肉のメソ汁か、というメソ汁戦争にも、未だ決着はついていない。
リディアら他の三人が、どちらかといえばどちらも好みではなかったため、この戦いに興味がなかったからだ。
────今日、この日が来るまでは。
◇
「────という訳で、今日は彼の手料理だ」
「「おぉ~!!」」
リディアの言葉に、彼女を除いた四人の歓声が上がる。
「手料理……夫の手料理……夢じゃないのよね……」
「……空想の産物だと思っていた」
「はやくっ、はやく食おうぜっ」
「天に在す英霊ファナカよりも尊き我らが夫よ。素晴らしき糧をお与えくださった事に感謝いたします。
その絶えることない慈しみと、尽きることのない愛情に感謝いたします。
この命ある限りあなたを賛美し、あなたを愛し、祈りを捧げることを誓います。
…………さぁ、お祈りが終わりましたのでいただきましょうか」
食卓に置かれているのは、汁物と炊いたコミの二種類だけ。
リディアがつくる普段の量に比べれば、見た目も量も質素だと言えよう。
それでも、それが少年の手作りというだけで、四人のテンションはいやが上にも高まっていた。
「では、いただきます」
「「いただきます!!(○&×#$!)」」
リディアの音頭で全員がいただきますを唱和し、少年の手作りであるという汁物に手を伸ばす。
そして────
「おいしい……」
「……野菜がいっぱい。……肉も入ってるけど、薄く切ってあって食べやすい。……おいしい」
「がつがつむしゃむしゃ…………おかわり!」
「素晴らしいですね。まさに天上の味といえるでしょう」
それは、全員に高評価であった。
五人の中で最も料理を得意とするリディアが、味見をした瞬間に「これは……」と唸るようなうまさだったのだから、当たり前と言えば当たり前だろう。
「これはメソ汁……よね。でも、こんなに具沢山でおいしいメソ汁、初めて食べたわ」
「……オーク肉特有の臭みを、薄切りにしてゴボーと炒めることで消して、旨みを中に閉じ込めている。……すごい」
「がつがつむしゃむしゃ…………おかわり!」
「お肉も、たくさんのお野菜も摂れて、栄養バランスもいいです。これは、なんという料理なのですか?」
「それが、私にもわからないんだ。鍋ではなく、煮物でもなく、普通のメソ汁とも違う。おそらく、彼の創作料理なんだろう」
リディアの言葉に、アレックスを除く三人が驚きを顕にする。
「創作料理……! あぁ……かわいらしく、優しく、(夜は)逞しく、そのうえ料理の才能までおありなのですね。さすがは天使様です」
「これほどの料理をとっさに思いつきで作れるなんて…………この子はほんとうに天才かも知れないわね」
「……すごい。……尊敬する」
「ああ、全く同意見だ。彼は、きっとすぐに私なんかより料理が上手くなるに違いない」
「がつがつむしゃむしゃ…………おかわり!」
少年が新たに見せた家庭的な才能に、四人(アレックスは夢中)は改めて惚れ直し、賛辞とともに愛情の篭った視線を向けるのだった。
────かくして、ルナとアレックスの間に繰り広げられていたメソ汁戦争は終わりを迎えた。
そして同時に、その日は少年が初めて手料理を作ってくれた記念すべき日であり、はぐれ者たち全員の新たな好物が誕生した日にもなった。
その名も────『天使汁』。
まだその料理に名前がなかったために全員で候補を出し、『究極汁』『至高汁』『平和汁』『幸福汁』などの並み居る候補を抑え、最終的には全員一致で決定した名称である。
ちなみに、ミゼルの一押しであった『少年汁』は、第一選考の時点で他の四人から却下をくらい、最終選考に残ることはなかった。
その理由は、あえて述べるまでもないだろう。
まだ、空が白み始めたばかりの時間である。
剣だけではなく蹴りや突き、肘打ちなどの体術も交えながら、彼女の演武は休むことなく続く。
その動きは魔物との戦いばかりではなく、対人戦も視野に入れたものだ。
冒険者ともなれば、野盗などの犯罪者を相手にすることも珍しくはないのだから、当然のことだといえよう。
もはや型といってもいいほどに洗練されたその動きは、リディアの強さを支える土台となっている。
リディアが得意とするのは、技と手数で敵を圧倒する、攻めの型だ。
…………だが最近になって、その型には変化が訪れていた。
振り下ろす剣の先に、倒すべき敵の幻影を見据えていないのだ。
足捌きも、鋭く踏み込むために前後に開くのではなく、左右に素早く動けるよう横に開いている。
以前とは完全に正反対の、守りの型であった。
これは、リディアの中で『強さ』の定義が変わったために起こった変化だ。
かつてリディアが求めたのは、優しくはないこの世界で生き抜くための強さだった。
自分を傷つけようとする人間から身を守るための、自分を見下す人間よりも高い位置に行くための強さだった。
だが、今彼女が必要としているのは、自らの背後にある、大切なものを守るための強さなのだ。
相手が魔物だろうと人だろうと、指一本触れさせない。
悪意も、殺意も、欲望も、何一つ通さない。
その真剣な想いが、すでに完成されつつあったリディアの動きを変え、彼女の強さをさらに向上させていた。
冷静に自分の能力を見極めるリディア自身ですら『なにか壁のようなものを超えた』と感じているくらいだ。
それでも、リディアの心に慢心はない。
上には上がいることを経験から理解しているし、現に身近にはアレックスやミゼルといった、天賦の才をもつ超人が存在しているからだ。
リディアは、地力では決して彼女たちに敵わないだろう。
アレックスの常識はずれの身体能力や、天性の戦闘センス。
ミゼルの底知れぬ魔力や、驚異的な術式構成速度。
それらは、努力して手に入れられる類のものではないからだ。
だが、だからこそ、リディアは常に努力を怠るわけにはいかなかった。
彼女こそがA級冒険者パーティー『はぐれ者たち』のリーダーであり、今や家族となった仲間たちを束ねる家長なのだから。
「…………ふぅ」
二時間ほども動き続け、ようやくリディアは動きを止めた。
全身にはうっすらと汗が浮かび、炎のような色をした赤い髪が一筋、額に張り付いている。
剣を持たない左手でそれをかき上げると、自分から放たれる汗のにおいが漂ってきた。
一瞬、その細い眉を顰めたリディアは、流れるような動きで剣を鞘にしまうと、庭を後にした。
早急に風呂に入り、身を清めなければならない。
少年が汗のにおいを気にしないことは知っているが、それはそれ、これはこれだ。
今日は、リディアの番なのだ。
清潔な体と装いで、愛しい少年との一日を始めたかった。
◇
────朝食を終え、まったりとした時間を過ごしてから数時間後。
リディアは、少年とともに厨房に立っていた。
「さて……」
と冷蔵庫から取り出した食材を並べ、リディアは腕を組む。
ゴボー、ネンジン、コンナク、メソ、長ネグ、トゥフ、オーク肉…………
普段であれば、この食材なら『ゴボーとネンジンとコンナクの煮物』『長ネグとトゥフのメソ汁』『オークカツ』でも作るところだが、リディアは隣にいる少年に視線を移すと、
「今日は、何を作ろうか?」
と優しく問いかけた。
リディアが一人で作るのではない。
今は、少年とともに料理を作る、教育の時間なのだ。
問われた少年は、踏み台の上で「□$%……」と唸った。
リディアの真似をしているのか、短い腕を組み、真剣に食材を見つめてメニューを考えている。
かわいい。
思わず抱きしめて部屋に連れ去りたくなるリディアだったが、『天使七ヶ条』が頭をよぎり、ぐっとその衝動を押さえ込んだ。
もし実行してしまえば、即座に裁判にかけられ、『世話係、夜の権利の一週差し置き刑』は免れないだろう。
リディアが自らの腕に爪を立て、鋼の自制心で湧き上がり続ける衝動を押さえ込んでいると、少年の顔がリディアに向いた。
どうやら、何を作るのか決めたらしい。
一緒に何度か料理を作っていて分かったのだが、少年には多少なりとも料理の経験があるようなのだ。
愛する男が誰にその手料理を食べさせたのかは気になるところだが、今はその疑問を横に置き、リディアは少年の指示を仰ぎながら下ごしらえをしようと、食材に手を伸ばす。
しかし、
「○&%□#」
少年が、リディアの手を遮った。
そして、自分と食材を交互に指差す。
「……ふむ」
どうやら、今日は自分が作る、と言っているようだ。
少年が主体で料理を作ったことは、まだ一度もない。
今のところ作るのはリディアで、少年はメニューを決めるのを手伝ったり、見て学んだり、配膳や後片付けを手伝うという役割分担になっていた。
少年が不器用というわけではないが、手つきなどを見る限り経験不足は否めないし、なによりまだ少年が、リディアに合わせて作られた調理台や調理器具の扱いに慣れていないのは明らかだったからだ。
安全を考えれば、止めるべきだろう。
しかしこれはチャンスだ、とリディアの心の声が囁く。
なにせ、少年の手料理が食べられるのである。
しかも、サポートに回るという大義名分があるため、リディアは仲間の誰よりも先んじて『味見をする』という栄誉を得ることが出来るのだ。
少年の安全に関しても、リディアの反射神経であれば、たとえ少年が包丁の扱いを誤ったとしても、指を切ってしまう前に包丁をつまんで阻止することが可能だ。
よく注意していれば問題ないだろう。
(ふふふ、役得というやつだ。恨むなよ、妹たち)
ニマニマとした笑みを浮かべながら、リディアは少年を常に視界に収めたまま、その手伝いを開始するのだった。
◇
────かつて、こんなことがあった。
------------------
「おう、チビエルフ」
「……なんだ、バカ虎」
「前に言ったよな。メソ汁にコンナクを入れるんじゃねぇって。味がしないから嫌いなんだよ、コンナクは。コンナクを入れるくらいなら肉を入れろ、肉を」
「……コンボ出汁の染みたコンナクの味を理解できない、バカ舌のバカ虎が不憫でならない。……そして、メソ汁にオーク肉の塊を入れる、バカ虎の感性も理解できない」
「なんでだよ! 肉入りメソ汁うまいだろうが!」
「……表面に脂の層ができたアレをおいしいと思うのは、肉食の大女だけ」
「あぁん!? そんならコンボだのコンナクだの、身にならねぇもんばっか入ったメソ汁をうまいと思うのは、草食の小女だけだろうがっ!」
「……コンボを馬鹿にしたな。……表に出ろバカ虎。 ……海に叩き込んで、コンボの栄養分にしてやる」
「そっちこそ覚悟しやがれチビエルフ! 叩き潰して、オークの脂を増やすための餌にしてやる!」
------------------
その後二人はいつもどおり、日が沈むまで戦い続けたが決着はつかなかった。
そして、うまいのはコンナクのメソ汁か、それともオーク肉のメソ汁か、というメソ汁戦争にも、未だ決着はついていない。
リディアら他の三人が、どちらかといえばどちらも好みではなかったため、この戦いに興味がなかったからだ。
────今日、この日が来るまでは。
◇
「────という訳で、今日は彼の手料理だ」
「「おぉ~!!」」
リディアの言葉に、彼女を除いた四人の歓声が上がる。
「手料理……夫の手料理……夢じゃないのよね……」
「……空想の産物だと思っていた」
「はやくっ、はやく食おうぜっ」
「天に在す英霊ファナカよりも尊き我らが夫よ。素晴らしき糧をお与えくださった事に感謝いたします。
その絶えることない慈しみと、尽きることのない愛情に感謝いたします。
この命ある限りあなたを賛美し、あなたを愛し、祈りを捧げることを誓います。
…………さぁ、お祈りが終わりましたのでいただきましょうか」
食卓に置かれているのは、汁物と炊いたコミの二種類だけ。
リディアがつくる普段の量に比べれば、見た目も量も質素だと言えよう。
それでも、それが少年の手作りというだけで、四人のテンションはいやが上にも高まっていた。
「では、いただきます」
「「いただきます!!(○&×#$!)」」
リディアの音頭で全員がいただきますを唱和し、少年の手作りであるという汁物に手を伸ばす。
そして────
「おいしい……」
「……野菜がいっぱい。……肉も入ってるけど、薄く切ってあって食べやすい。……おいしい」
「がつがつむしゃむしゃ…………おかわり!」
「素晴らしいですね。まさに天上の味といえるでしょう」
それは、全員に高評価であった。
五人の中で最も料理を得意とするリディアが、味見をした瞬間に「これは……」と唸るようなうまさだったのだから、当たり前と言えば当たり前だろう。
「これはメソ汁……よね。でも、こんなに具沢山でおいしいメソ汁、初めて食べたわ」
「……オーク肉特有の臭みを、薄切りにしてゴボーと炒めることで消して、旨みを中に閉じ込めている。……すごい」
「がつがつむしゃむしゃ…………おかわり!」
「お肉も、たくさんのお野菜も摂れて、栄養バランスもいいです。これは、なんという料理なのですか?」
「それが、私にもわからないんだ。鍋ではなく、煮物でもなく、普通のメソ汁とも違う。おそらく、彼の創作料理なんだろう」
リディアの言葉に、アレックスを除く三人が驚きを顕にする。
「創作料理……! あぁ……かわいらしく、優しく、(夜は)逞しく、そのうえ料理の才能までおありなのですね。さすがは天使様です」
「これほどの料理をとっさに思いつきで作れるなんて…………この子はほんとうに天才かも知れないわね」
「……すごい。……尊敬する」
「ああ、全く同意見だ。彼は、きっとすぐに私なんかより料理が上手くなるに違いない」
「がつがつむしゃむしゃ…………おかわり!」
少年が新たに見せた家庭的な才能に、四人(アレックスは夢中)は改めて惚れ直し、賛辞とともに愛情の篭った視線を向けるのだった。
────かくして、ルナとアレックスの間に繰り広げられていたメソ汁戦争は終わりを迎えた。
そして同時に、その日は少年が初めて手料理を作ってくれた記念すべき日であり、はぐれ者たち全員の新たな好物が誕生した日にもなった。
その名も────『天使汁』。
まだその料理に名前がなかったために全員で候補を出し、『究極汁』『至高汁』『平和汁』『幸福汁』などの並み居る候補を抑え、最終的には全員一致で決定した名称である。
ちなみに、ミゼルの一押しであった『少年汁』は、第一選考の時点で他の四人から却下をくらい、最終選考に残ることはなかった。
その理由は、あえて述べるまでもないだろう。
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